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第15話 決裂

 前回更新から今回までの間で、『テレポーター』のお気に入り登録件数が10000件を超えました。これも常日頃からこのような稚拙な作品を応援してくださる皆様のおかげです。

 マイペースな更新となりますが、これからも頑張っていこうと思いますのでよろしくお願い致します。

 SoLa




「見い付けたあああああああああああああああっ!!!!」


 星々が瞬く夜空に一点の影。

 突如上空から襲来した人影に目もくれず、リナリーは鬱陶しそうにその何かを手で払う仕草を見せた。


 硬く鈍い音が鳴り響く。

 リナリーを襲った黒い影は、距離を取るために弾かれるようにその場を離れた。

 リナリーが再度手を振るう。闇夜に出現した4本の眩い剣は、地面を滑るようにして着地した人影の足元を正確に射抜く。


 外したわけではない。

 これは、牽制。

 これ以上やるならば、容赦はしないという警告。その証拠に、光の剣はその原型を保つ事無くすぐに音を立てて砕け散った。


「くひゃっ、やるねぇ」


 その牽制に、微塵も恐怖を抱いた様子も無く立ち上がる人影。


 蟒蛇雀。

 身体のボディーラインを強調するかのような、ぴっちりとした魔法服に身を包み、真っ黒な黒髪を闇夜になびかせる魔法使い。凝視していなければ、今にも暗闇に溶けてしまいそうなほどに怪しい印象を抱かせている。


「……狂犬を迎え入れたという話は聞いていたんだけど。噂に違わず趣味悪いわねぇ」


「狂犬、狂犬ねぇ」


 リナリーからのその言葉に、雀は肩を震わせた。


「まあ主人に尻尾振って言われた人間殺して(かね)貰ってんだ。間違ってはいないワン?」


 あからさまな挑発にも動じることはなく、雀は特に気にした様子も見せずににんまりと笑う。


「会いたかったわよぉ“旋律(メロディア)”ちゃん。主人は貴方にちょーご執心だからさぁ妬けちゃうワン」


「あら、嫉妬深い男は嫌われるんだけどね」


「だから嫌われてるのはアンタの方だって言ってるワン……って」


 そこまで言ったところで、雀はようやく道に伏す亡骸に気が付いた。


「ちょいちょい、そこのお方。まさかとは思うけど、転がってるその青いの死んでないでしょうね」


 リナリーの表情に影が宿る。


「……どう見える?」


 雀が露骨に顔をしかめた。

 そして。


「ふっっっっざけんなよおおおおおおおおおおお!! 今日のアタシの仕事はそこのゴミ拾って帰ることだったんだからさあああああああああああ!!!!」


「ああうるさいうるさい。やるなら来なさいついでに殺してあげるわ」


「上ッ等だあああああああああああああ!!」


 雀が地面を蹴る。

 リナリーとの距離を瞬く間に詰めようとして。


「師匠ォォォォォォ!!!!」


「――――むっ!?」


 頭上からの声に、雀はやむを得ず進路を変えた。リナリーへと振りかぶっていた拳を下ろし、進んでいた方向とは直角に地面を蹴る。

 直後、その地面に1つの影が着地する。

 雀はそれを見てにんまりと笑みを浮かべた。


「……あんらぁ、お早いお着きねぇ。けどタイミングは最悪かなぁ。これ以上焦らされちゃ私堪えられなくなっちゃう」


「……てめぇ、急にいなくなりやがって。あちこち動き回って騒ぎ起こすんじゃねーよ」


 自分の到着に怖気づいた様子も無くどこか楽しむような口調で話し掛けてくる雀に、聖夜は吐き捨てるようにそう言った。


「……聖夜」


「お久しぶりです、師匠」


 雀を牽制しつつ、チラリとリナリーへと目を向ける聖夜。そして、その足元に転がっているものを見て僅かにだが硬直した。


「……師匠、まさか」


「殺したわよ」


 聖夜からの遠回しの問いに、遠慮は不要とリナリーは簡潔に答える。同時に怪訝そうな顔を作った。


「なによその反応。ちょっと貴方、この学園でぬるま湯に浸かり過ぎてるんじゃないでしょうね」


「そっちじゃない」


 聖夜は唸るように答える。

 そして。


「使ったんですか」


 その問いにリナリーは視線を外した。


「……使うほどの相手では無かったでしょう」


「貴方が取り逃がしたからでしょう。私の心配をするくらいなら貴方の手で片付けておきなさいな」


「そういう問題じゃ――」


「あのさぁ」


 ぽん、と。

 親友に挨拶する程度の気安さで。


 雀が聖夜の(、、、、、)肩を叩く(、、、、)


「――っ!?」


「おっと」


 聖夜が反応するよりも先にリナリーが動いた。

 聖夜の耳元を掠める角度で光の矢が通過する。それを余裕の動作で回避した雀は、改めて聖夜とリナリーから距離を取った。


「……、はぁ、っ、はぁっ!! て、……てめぇ、今」


 隙を突かれた。

 一切の油断をしていないこの状況下で。

 その事実が遅れて聖夜の頭を過ぎり、鼓動が加速する。

 呼吸が荒くなる。


 雀がその気だったなら。

 ――――中条聖夜はここで死んでいたのだ。


「気を緩めるんじゃないよ」


 音も無く聖夜の隣に並んだリナリーが言う。


「一瞬たりとも気を緩めちゃ駄目。死ぬわよ」


「……っ、はぁ、はぁ」


 頷く。額を伝う汗を聖夜は拭った。それを見つつリナリーは続ける。


「私を庇おうとするんじゃない。貴方のレベルで他者に気を配れるほど、あの狂犬はトロい動きじゃない」


「……みたい、ですね」


 1つ大きな息を吐き、聖夜は改めて構えを取った。


「ふぁあ、……気は済んだわけ?」


 欠伸をしながら雀が聞く。


「あのさぁ。私をほっぽり出して2人の世界に入るのやめてもらえる? 物理的に引き裂きたくなるから」


「発想からして獣ね」


 リナリーの冷淡な物言いに、雀はくひっという笑い声と共に口角を歪ませた。


「獣はね、生きる為に獲物を狩るわけ」


「貴方は違うのかしら?」


「いいや一緒よ。私は人殺して金貰ってる。けどね、……理由は他にもある」


「……師匠、何なんですかこいつは」


「魔法世界の裏側じゃ名の知れた殺し屋よ。フリーってのが売りだったはずなんだけど」


 聖夜の潜められた声にリナリーは答える。


「私が人を殺す理由ってのはもう1つあってね」


 雀が一歩、踏み出した。


「気持ちいいからよ」


 ゾアッと。

 気持ちの悪い何かが背筋を駆け抜ける感覚。


 聖夜が唾を飲み込むより先に、雀の姿がその場から消えた。


「命を握り潰すその瞬間がさァ!! 最っ高に快感なわけだぶっお!?」


 聖夜の背後を取った雀を、眩い光を放つ塊が襲う。

 聖夜ではない。聖夜はまったく反応できていなかった。


「せっかく後ろを取ったのにね。本能のまま叫ぶから」


 リナリー。

 雀の驚異的な移動速度に引けを取らぬ反応を見せたのは、世界最強と謳われる魔法使い。

 脇腹から抉り込むようにして襲い掛かった眩い光を放つ衝撃に、雀の身体が「く」の字に折れ曲がる。


「ああああああっ!!!!」


 咆哮。

 その動作で硬直状態から強引に抜け出した聖夜の回し蹴りが、宙に浮いていた雀の側頭部を捉えた。


「追うな!!」


 吹っ飛んだ雀を追おうと動いた聖夜。

 それをリナリーが制する。


「追っちゃ駄目」


 ゆっくりと聖夜の前へと進み出るリナリーは言う。


「完全に隙ができたと判断しない限り、貴方は手を出さないこと」


「……分かりました」


 渋い顔をしながらも、聖夜は了承した。


 そう。

 相手は納得せざるを得ないほどの実力者であると、聖夜はその身を以って痛感していた。


「けほっ、痛てーなーもう」


 ふらりと雀が起き上がる。聖夜たちとの距離は10mほど。

 それだけの距離を空けておきながらも。

 それでもなお、聖夜は自分のいる場所が安全であるとは到底思えなかった。


(……次元が、……違い過ぎる。これまでの戦い全てが遊びであったと錯覚するほどにっ)


 どろりとした粘着質の視線が聖夜とリナリーの身体を這う。


「あーあーあー、やってくれるじゃないか。駄目だわこれ殺しちゃうわ跡形も無く。もう許してやらないよ」


「――――っ」


 殺気。

 圧倒的魔力による威圧感だけではない。

 自らに向けられた明確なる殺意を、聖夜は正確に察知した。


「大丈夫」


 無意識のうちに震えだしていた聖夜の肩を、リナリーはそっと抱く。


「貴方はちゃんと私が守ってあげるから」


「っ」


 その言葉に聖夜は何とも言えない表情をした。顔を赤くしながらそっぽを向く。


「……自分の身くらい、……自分で守れます」


「そう?」


 この状況下でありながらも、リナリーは軽く微笑みながらそう返した。


 自分の身は自分で守る。

 雀と対峙したこの短い時間で、既に2回も守られている人間がする発言ではない。


 それでも。

 その程度の意地を張る程度には聖夜は子どもであり男の子であったし、その程度の意地を聞き流してやる程度にはリナリーは大人だった。


「んで、もういいわけ? くっだらない茶番はさぁ」


 2人の会話に見切りを付けたのか雀が割り込んでくる。それに対してリナリーは鼻を鳴らしてこう答えた。


「あら。『待て』とは一言も言ってないのに。狂犬の割に随分と躾がなっているようね」


「ぶっ殺す!!!!」


 咆哮と共に雀が踏み込む。

 聖夜が応戦しようと身構えたところで、それは鳴り響いた。


 それは、携帯電話の着信音。


「……出ないのかしら? さっきのお返しに待っててあげてもいいわよ」


 沈黙を破ったのはリナリー。

 着信音は雀の懐から発せられていた。舌打ち1つ、雀は携帯電話を取り出す。画面に表示されている名前を見て、雀は更に舌打ちを重ねた。


「ご主人様かよぉ~」


 あからさまな声をあげる。項垂れるようにして通話ボタンを押した。


「はぁい。……はい。……はい、はい」


「……やらなくていいんですか、師匠」


 千載一遇のチャンスと捉えているのか聖夜がそう提案するも、リナリーは首を横に振った。


「迂闊に手を出せば噛み付かれるわよ。隙があるように見える?」


「ですが、……ここにはいない仲間に情報を流されるのでは」


「それは平気。彼女自身は大した情報持ってないわ。頭が切れるタイプじゃないから」


 これだけ今回の騒動に絡んでいるにも拘わらず酷い評価だ、と聖夜は思った。同時に、それだけ雀のことを理解しているリナリーに疑問を覚える。しかしそれを問うべき状況じゃないことくらい、聖夜も十二分に理解していた。


「それに……」


 リナリーは更に声を潜める。もはや聖夜に話し掛けているわけでもない、ただ独り言を呟いているだけのような音量。


「おそらく、電話の相手は……」


「……分っかりましたー」


 とてもローテンションな声色で雀がリナリーと聖夜へ目を向けた。手持ちの携帯電話を操作して2人の方へと向ける。


「……何の真似かしら?」


「ご主人様が貴方とお話したいってさ」


 ご主人様。

 すなわち、今回の騒動を引き起こした元凶。


 受け取れるわけがない。

 聖夜は一瞬にしてそう結論付けた。

 元凶に対して言ってやりたいことは山ほどあるが、それでも受け取れるわけがない。雀の下へ携帯電話を受け取りに行く行為がどれだけ危険を伴うものであるか、聖夜はこの短い戦闘で嫌というほど味わっている。


 しかし、聖夜のその考えは無用なものだった。


『リナリー、そこにいるのか』


 雀の持つ携帯電話から男の声が発せられる。どうやら雀はスピーカーモードへと変更していたらしい。

 雀とは正反対の落ち着いた声色だった。


「ええ、いるわ」


 呼び掛けられたリナリーが答える。


「久しぶりね、神明(かみあき)


 聖夜は驚いてリナリーの方へと振り返った。相手の名前を知っていることはもちろん、何よりリナリーの声は悲しみを押し殺すような震えた声だった。


『ああ、……久しぶりだ。君がいなくなってから随分と経つ』


「ええ。……その月日に応じて貴方も随分と変わってしまったようね」


『変わってしまったのは君の方だろう』


 少しだけ、携帯電話の先にいる男の声が強くなった。


『私の目指すところは最初から変わってなどいない。変わってしまったのは君の方だ』


「……違う。違うわ。……貴方は、……変わってしまった」


『……はぁ』


 携帯電話から相手側のため息が漏れる。


『これだから女性というものは……。感情が先行し言葉にならない。物事は論理的に説明してもらわねば伝わらない』


「違う!!」


 リナリーの感情の発露に一番動揺しているのは雀でも電話越しの相手でもない。

 聖夜。


 聖夜は今リナリーが露わにしている一面を知らない。今、何の話が展開されているのかの興味よりも、ここまで感情を揺さぶられているリナリーへの動揺の方が大きかった。


「貴方は昔からそう……。全てを理屈で考えるが故に感情を挟み込む余地が無い。感情を挟み込む余地が無いから無機質な結論しか導き出せない。だから貴方は――」


『だから言っているだろう。私の目指すところは、最初から1つだけだと』


 リナリーの言葉を遮るようにして紡がれたその声は、今までで一番人間味を感じさせる声色だった。


『私は、その目的の為ならば手段を選ばない』


「……貴方の今取っている手段は、もう人が行っていいものじゃない」


『だからどうしたというのだ。私は人ではない』


 その返答にリナリーは目を見開く。


「……なら、……貴方は何だって言うの?」


 囁くような口調だった。掠れた声でなお、リナリーは問う。


「貴方はいったい、……何になってしまったの?」


『神だ』


 その答えに、場が静まり返る。


「……そう」


 少し間を置いて。

 リナリーは、どこか呆然とするようにそう呟く。

 何をふざけたことを、と聖夜は思った。これ以上の茶番に付き合う必要は無い。そう告げようとリナリーへと視線をやり、必要が無いことに気付かされた。


 いつの間にか。

 リナリーは聖夜のよく知る表情へと戻っていた。


「やっぱり変わったわ、貴方」


『そうか。君がそう感じてしまうのならば、もはや何も言うまいよ』


「決裂よ」


『……。私はまだ何も言っていないが?』


「思考が一回転してぶっ飛んじゃった貴方と交渉することなんて何も無い」


「ふひっ」


 リナリーのその言葉に。

 今の今まで大人しく傍観していた雀が、怪しい笑みを浮かべる。


「ご主人様、聞きました? 決裂ですって」


『悲しいことにそうらしい』


 雀の笑みが更に深まった。


「つまり、()っちゃっていいってことですよね?」


「――――っ!?」


 雀から暴力的なまでの魔力が吹き荒れる。

 それを感じ取った聖夜が息を呑んだ。

 しかし。


『待て』


 携帯電話からの一言で、雀はピタリと動きを止めた。


『現状を聞いていないぞ。どうなっているのだ』


 お預けを喰らったかのような顔をする。


「一気呵成が死亡で、一獲千金と合縁奇縁は回収完了。鏡花水月は取られちゃったみたいです。これから目の前にいるクソ餓鬼吊し上げて吐かせるから安心してくださいな」


『だから待てと言っている』


 その命令に雀は露骨に嫌そうな顔をした。


「これ以上何があるって言うんです?」


『一気呵成は死んだと言ったな』


「ええ」


『死体は』


旋律(メロディア)の足元に」


『原形は保っているか?』


「はい。相当量の出血はしているようですが」


『そうか。……ならばその個体を回収して帰還しろ』


「はあっ!?」


 雀が大声をあげる。


「冗談でしょう!? “旋律(メロディア)”と“白影(ホワイトアウト)”が目の前にいるんですけど!!」


「……神明。私が大人しくこの死体を手渡すと思う?」


「ちょっとあんたは黙ってな!! 今ご主人様と交渉してるのは私だよ!!」


『大人しく手渡すさ。これは一気呵成の個体に考慮してくれた君への礼でもあるのだが』


 雀の言い分など聞く耳持たず。

 携帯電話から聞こえる男の口調は変わらない。


『リナリー・エヴァンス』


 彼女の名を、呼ぶ。


一気呵成の(、、、、、)個体とそこ(、、、、、)にいる(、、、)中条聖夜の首(、、、、、、)どちらを(、、、、)蟒蛇雀の(、、、、)手土産に(、、、、)させたいね(、、、、、)?』


「……あ?」


 それを聞いたリナリーが、ドスの効いた声を出す。


「はいはーい。私としては断然に後者の方が面白いでーす!!」


『私は君に聞いているんだよ、リナリー』


「神だか何だか知らないけど。随分と横柄な態度を取るようになったじゃない、神明」


「……し、師匠?」


 味方であるはずの聖夜ですら尻込みするほどの怒気を発しつつ、リナリーは雀の持つ携帯電話を睨み付けた。


「それに貴方、1つ見込み違いをしているわよ」


『ほう? それはとても興味深いな、是非教えてくれ』




「そこの小娘が私の前から生きてお前のところに帰れるとでも思ってんのかふざけんな」




 直後。

 真夜中であるはずのこの空間に、眩い光が降り注ぐ。


「――――は?」


 突然の変化に呆けた声をあげる雀。それでも身体は反射で動いた。雀が今の今まで立っていた場所に、幾多の剣が突き刺さる。

 コンクリートが爆ぜた。

 轟音と共に破壊を繰り返しながら、降り注ぐ光の剣は雀の後を追う。


「ひゃあはははははははははっ!! ご主人様!! こりゃあもう殺っちゃっていいですよねぇ!!」


『おい待て、蟒蛇雀。私は――』


「がっ!?」


 機敏に動き回っていた雀の動きが突如止まった。


 いや、正確には。

 雀の下半身が(、、、、、、)一瞬にして(、、、、、)氷漬けにされた(、、、、、、、)


 慣性の法則に従い、上半身が前のめりに折れ曲がる。


「あぐぅっ!?」


 その勢いで手にしていた携帯電話が吹き飛んだ。盛大に地面を転がり、聖夜の足元で動きを止める。


『どうした蟒蛇雀。おい、私の言うことが聞こえ――』


「じゃあな。首は俺らが貰っとくわ」


 足元で喚く携帯電話を、聖夜は踏み潰して黙らせた。


「美味しいところ持っていったわね」


「……そりゃどうも」


 リナリーからの軽口に聖夜も軽口で返す。

 2人はほぼ同時に雀の方へと目を向けた。


 だらりと垂れ下がった上半身。下半身は完全に氷結している。突然の衝撃に内臓器官でもやられたのか、雀はピクリとも動かない。


 現代の魔法メカニズムでは解明できない神秘の属性。

 氷属性。

 それを扱える一族は世界でただ1つのみ。


 姫百合美麗。

 漆黒の夜に忽然と姿を現した1人の女性。

 その圧倒的存在感に垂れ下がったままの雀が呻くように呟く。


「ここで“氷の女王”のお出ましかよぉ……」


「人様の庭で随分と好き勝手されているようで。これだけ騒げば馬鹿でも気付きます」


「あら、じゃあ姿を隠さないと駄目かしら」


 反応したのはリナリー。しかし美麗はゆっくりと首を横に振った。


「平気ですよ。あのコが防音の結界を展開してくれていましたから。……どうやら自分が姿を見せることは嫌ったようですけれど」


「……土壇場で怖気づいたか。後でお仕置きが必要なようね」


「まあ、怖い怖い」


 言葉とは裏腹に、美麗は優雅に微笑んだ。


「……美麗、さん」


「またお会いしてしまいましたね、聖夜君。本当なら、もう少し静かなところで再会したかったのだけれど」


 そう言いつつ視線は横にずらす。


「“闇の権化(ダークネス)”蟒蛇雀。何用でこの姫百合と花園の領分に踏み入りました? 回答如何によってはそのまま上まで氷漬けにしますから、細心の注意を払って答えてくださいね」


「……ちっ。流石にあんたら2人相手じゃ分が悪いか」


「認めることもまた、強さの1つですよ」


「ほざけ」


 ズルッと。

 雀の下半身が(、、、、、、)溶けた(、、、)


「な……」


 その光景に聖夜は思わず絶句する。


 下半身が原形を失い支えを失ったことで、上半身が氷の上を滑るようにして地面へと落下する。氷の戒めから解き放たれてから、雀の下半身はもう一度その原形を取り戻した。


「……非属性、無系統」


「違うわ」


 聖夜の見解をリナリーは即座に否定する。


「あれもまた、身体強化魔法の派生形の1つ」


「っ!? 師匠!!」


 聖夜が声を張り上げた。


 リナリーの足元。

 一気呵成が横たわる地面にどす黒い何かが渦を巻いている。

 死体がゆっくりと地面に沈み始めた。


「このっ、面倒臭い真似を!!」


「リナリー!!」


 リナリーがその光景へと目をやった一瞬の隙を突いて、雀が肉薄する。しかし、美麗がその名を呼ぶよりも先にリナリーは反応していた。

 即座に発現された輝く剣の数々が、目にも留まらぬ速さで雀の身体を串刺しにする。直後、美麗から放たれた氷の矢が、串刺しになっている雀の身体を更に横から撃ち抜いた。

 が。


「属性、……同調、ね」


 リナリーが苦々しい顔で吐き捨てる。

 串刺しにされ、穴だらけになった雀。


 その身体が(、、、、、)気化した(、、、、)


 どす黒い闇の気体はもはや人の原型すらも留めておらず。

 空気よりは重いのか地面へとさらさら落ちていく。


「……今回は大人しく引き下がるとするよ。ご主人様の言いつけは守れたしね」


「くそっ!!」


 聖夜が毒づく。

 一気呵成の身体は闇に呑まれて消えてしまっていた。そして、残る雀の身体も上半身を残すのみで下半身は既に地面の下へと消えている。その上半身すらも風によって揺らめいていた。


「運が良かったねぇ、“白影(ホワイトアウト)”」


 ゆっくりと地面へ沈みながら雀は言う。


「美麗!! なぜ干渉しない!?」


 リナリーの叫びに美麗は首を横に振った。舌打ちと共に雀の頭上へと発現された光の剣が、真上から雀の身体を射抜く。

 しかし。


「優秀なお守りに感謝するんだね。今日のところは殺さないでおいてあげるよ」


 縦真っ二つにされた状態でなお、雀は嗤う。


「ただし、次会った時は覚悟するんだね」


「……何にだ」


 その言葉に聖夜が反応した。


「あんたの今のレベルじゃ殺し合いにすらなりゃしない。うっかり挨拶で殺しちまいそうだからさァ!!」


「舐めるな!!」


 地面を蹴る。

 瞬時に距離を詰めた聖夜が、もはや首から上しか残らぬ雀の顔面を蹴り飛ばした。


「あはははははははははははははははは!!!!」


「くっ!?」


 それは案の定意味を成さぬことで。

 蹴り飛ばしたはずの雀の顔には何の手応えも無く。

 聖夜の蹴りは空振りに終わり。


 蟒蛇雀の存在は、闇に溶けて消えた。

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