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第9話 “黄黄の2番手”秋山千沙




 青藍魔法学園の生徒会という組織は、その人数の少なさに加えて、戦闘ができる人間は更に少ない。


 副会長は、自称「魔法って得意じゃない」人だし、花宮は光魔法という特殊な属性を発現できる人材ではあるものの、性格が致命的なほど戦闘向きではない。

 従って、戦えるは会長に俺、蔵屋敷先輩、片桐の計4人だけだ。

 しかし、万が一に備えて生徒会館は空けたままにできないということで、蔵屋敷先輩には引き続き生徒会館で待機してもらうことになった。そう電話している会長の横で、俺は小さくため息を吐く。


 これで残りは3人。正直なところ、もう少し人手が欲しいところではある。


「操られている人間を無力化していくのは当然だが、操作する本人が見付けられればそれに越したことはない。第一目標はあくまでも操作魔法を扱う本人だ。他に有力な情報が手に入らない以上、相手は黄黄魔法学園の2番手、秋山千紗と仮定して動く」


 電話を終えた会長の言葉を聞き、俺と片桐は頷いた。


「中条君は商店街で会ったことがあるからいいとして、沙耶ちゃんも人相は知ってたっけ?」


「以前、黄黄魔法学園の学園祭に足を運んだ際、見たことがあります。相対すれば問題無いと思われます」


「なら平気か」


 手で弄んでいたピッチをポケットへ仕舞いながら、会長は続ける。


「さっき、チャンスを与えると称して俺たちに接触してきた際、相手側は致命的な失言をしていたわけだが。君たちはちゃんと聞いてたかな?」


 ……失言?


「約束、というやつですね」


 俺の隣で片桐が答えた。


「その通り」


 約束。

 100人の駒のうちの1人に、自分の居場所が書かれた紙を持たせている。そして、自分はタイムリミットまでの間、その場所から動かない。


「……そうか。部外者が長い間動かなくても、不自然にならない場所」


「文化祭は良くも悪くも非常に人通りが激しいからね。かなり絞れるだろう」


 会長は肩を竦めながら言う。


「喫茶店などの出し物も不可ですね」


「まあ、ずっといたら追い出されるのが関の山だろうな」


 人通りの無い場所か。

 空き教室、トイレ、立ち入り禁止区域。少ないとは言えないが、それなりに限定されることになる。


「森の中だとすると、手に負えなくなりません?」


「それはないんじゃないかな。どうやって場所を記すのかって話になる」


 ……そうか。方角や距離を示されても、大してあてにならないか。


「もちろん、校舎裏や教会裏、生徒会館の周辺の森くらいは捜索しておくべきだろうね。生徒会館の周辺は鈴音君に任せておくとして……」


「学園外にいる、という可能性は?」


 俺の質問に対して、会長の動きが一瞬だけ止まった。


「無きにしも非ず、かな。君が操られた時、鈴音くんは操作魔法の使い手を感知できなかった。つまり、それなりの距離があっても操作は可能だということ」


「だとしたら、結構まずいんじゃあ……」


 やはり、100人の駒を潰すことを考えるべきか?


「いえ。その程度の特定なら容易でしょう。学園の外にいるのか、それとも中にいるのか。ここまでの事態を招いたのです。当然調べて頂けるんですよね? 貴方が」


「そんな冷徹な目で睨まないでくれるかな。新しい何かに目覚めてしまいそうだよ」


 絶対零度の眼差しで会長を睨み付ける片桐に、会長は苦笑いを浮かべた。


「何をさせる気だ?」


「監視カメラです。校門にもカメラは設置されています。本来ならば学園生が見ることはできませんが、この男ならばなんとかするでしょう」


「なんとかって……。いや、そもそもお前なぁ」


 片桐の間違いを正してやろうと口を開いたが、会長に肩を叩かれたせいで言葉に詰まる。


「……何スか」


「無駄口を叩いている時間は、残念ながら無い。行動に移ろうか」


 俺の肩に手を置いたまま、会長は片桐へと視線を向けた。


「沙耶ちゃんは、『約束の泉』と旧館を先に見て来てもらえるかな」


「分かりました。では、先に行きます」


 片桐はそう言うなり踵を返し、走り出す。それを会長と2人で見送った。


「……何の真似です」


「何がかな?」


「カメラの話ですよ」


「はは、やっぱり君は気付いていたか」


 気付いていたか、じゃねーよ。

 会長の手を払って距離を取る。


 おそらく、校門に設置されている監視カメラの映像はあてにならない。

 相手側の駒は、文化祭の開始とほぼ同時に生徒会館を襲撃してきている。つまり、校門を使わずとも学園内に侵入する手段があるということだ。あの時の駒が青藍の学園生なら、前以って操作魔法の下準備さえしておけばどうとでもなっただろう。


 しかし、実際に攻めてきたのは紅赤と黄黄の学園生。

 あの時は、自らが所属する学園を絞られないようにするための工作だと納得していたが、どうやら別の意図もしっかり織り交ぜてあったらしい。

 学園の外にいるのか、中にいるのか。それすら分からないようにと。


「その割には、言動がお粗末なものなんだけどね」


 俺の心を読んでいたかのようなタイミングで、会長は言う。


「でも、実際に学園内にいるか外にいるかは分からないですよ?」


「十中八九、学園内だね」


 十中八九、という表現を使っている割には100パーセントと言わんばかりに自信満々だ。


「根拠は?」


「これから少人数で馬鹿真面目に100の駒を追ったと仮定して、1時間や2時間で効くと思うかい? しかも、潰した後に秋山千紗のところまで辿り着かなきゃいけないんだ。学園の外にいられちゃあ、絶対に間に合わないじゃないか」


 ……凄く情けないことを断言された。それはこっち側の都合だろう。


「まさかそれが根拠って言うんじゃないでしょうね」


「これが根拠だけど?」


 とても不思議そうな顔をされた。

 ……片桐を先に行かせて正解だ。こんなことを片桐の前でぶちまけていたら、一緒に頭の中身までぶちまかれていただろう。


「……片桐がカメラの件に気付いていなくて良かったです」


「彼女も必死なんだろうね。普段は気付かない子じゃないんだけどなぁ。そこがまだまだ甘いところか」


 他人事のように言ってくださる。

 俺のジト目もどこ吹く風。会長はいつもの不敵な笑みを浮かべながら言う。


「まあ、俺の勘の域は出ていないわけだが、信じてくれて構わないよ。こんな馬鹿げた勝負に、『フェア』なんて言葉を持ち出してくる輩だ。今頃は学園内でそわそわしているはずさ」







 部活棟や体育館の方を見て回ると言った会長と別れ、新館へと戻って来た。

 会長の言う根拠はまったくあてにできないが、正直そこはどうでもいい。相手側の狙いはおそらく俺。一獲千金とやらに狙われたこと、あいつの言っていた内容を踏まえると、高確率で正解だろう。だとすれば、100人の駒の件は囮と考えていい。

 俺が向こうの指示通りに動けば、だが。


 次のアクションには、余程の内容で無い限り従ってやるとしよう。この事態を長引かせるのはお互いにとってマイナスでしかないはずだ。

 そんなことを考えていると、早速向こうからやって来た。


「中条聖夜だな」


「ああ」


 新館の昇降口。その扉の横で控えていた男からの質問に頷く。


 予想より遥かに早い登場だ。

 俺が相手の立場なら、このタイミングではなく一呼吸置く。俺と話がしたいのか俺を殺したいのかは知らないが、時間制限まで設けて勝負を仕掛けてきたのだ。リミットぎりぎりまで焦らし、心理的に追い詰めてからアクションを掛けた方が有利に進められる。これではせっかく仕掛けていた勝負が意味を成さない。俺と他の生徒会役員を分断させるためだけなら、もっと他に方法があったはずだ。


 焦っているのか?

 だとしたら、いったい何に?


「で、どこに行けばいい」


 俺の質問に対して、操られた男子生徒は僅かにだが眉を吊り上げた。


「……素直だな?」


「これ以上は時間の無駄だと判断しただけだ」


 また1つ、ボロを出した。

 操った駒は感情を表現できないんじゃない。感情のONとOFFとが選択できるわけだ。

 100人の駒を止める勝負を馬鹿正直に受けたとして、これを利用されていたら負けていたな。感情表現をONにされた状態で周囲に溶け込まれていたら判別できなかっただろう。

 時間に追われているのは、どうやら相手の方で間違いないらしい。


「ついてこい」


 男子生徒は俺に背を向けて歩き出す。人ごみを掻い潜り、新館へと踏み入っていく。


 ……これはチャンスだ。

 相手方は今、もともと用意していた手順を機械的に進めているだけに過ぎない。理由は分からないが、せっかくの利点を全て棒に振ってまで状況を進めようとしている。そう考えさせるようにミスリードしている可能性も無くはないが、そうだとは思えない。そうする利点が思い浮かばないからだ。


 相手は焦っている。

 俺に何をさせたい?

 俺をどうしたいんだ?


 待っているのは合縁奇縁か。それとも一攫千金か。もしくはまったく別の誰か。袋叩きにするため、用意しているという100人弱の駒全員という可能性もある。

 俺は無言で男子生徒に続いた。







「先に入れ」


 新館の最上階。立ち入り禁止のロープを潜り、階段を上った先にある最後の扉の前で、操られた男子生徒はそう言った。


「なるほど。ここか」


 ここは先日、俺と大和と蔵屋敷先輩で大騒ぎした時に立ち入り禁止となった場所だ。俺自身は操られていたせいで当時の記憶は無いが、操った張本人は立ち入り禁止になるほどの被害が生まれたことを知っていても不思議じゃない。

 俺が扉の前に立つのと同時に、操られている男は俺の背後に回る。


 良い位置取りだ。……やはり、相手は馬鹿じゃない。だからこそ、相手の焦燥感が手に取るように分かってしまう。

 いったい、何をそんなに焦っているというのか。


「早く開けろ」


「はいはい」


 後ろから聞こえてくる非難へおざなりに返事をして、屋上の扉を開ける。

 重苦しい扉を開けると、そこには。


「ようこそお越しくださいました」


 扉の正面、正反対に位置するフェンスへ身体を預けている1人の少女。


「これで直接お会いするのは二回目ですね」


 異性だけでなく同性さえも虜にしてしまいそうな笑顔で少女は言う。

 ……一番可能性としては低いと思っていたが、まさか本人がいるとは。

 少女の周囲には、黄黄の生徒が男子2人女子2人が、感情の読めない表情で控えるようにして立っている。


「……黄黄魔法学園の2番手、秋山千沙だな?」


「あら。わたくし、自己紹介しましたでしょうか」


 黄黄の制服に身を包みながらも、青藍商店街で出会った時に感じたあの人形のような雰囲気はそのままだ。

 俺は、自分の髪に触れながら正解を口にする。


お互い(、、、)こういう時には(、、、、、、、)不便だよな(、、、、、)


「……なるほど。確かに悪目立ちしますものね」


 くすくすと笑いながら、少女もまた白い髪を撫でる。

 その動作からは、彼女が時間に追われているようには見えない。しかし、本人がこうして姿を現せてみせたことで、焦っているのは確定的だ。

 操作魔法を扱う人間は、敵から隠れて戦うのが定石。


「駒は100人と言っていたが、護衛はそれだけでいいのか?」


「あれは嘘です」


 少女は隠すことなくあっけらかんとそう言い放った。


「嘘?」


「遊具とはいえ、制服に爆竹を隠し持っている生徒が1人でも第三者に見つかってしまえば、いろいろと面倒でしょう? 余計なリスクは背負いたくありませんので」


「なるほど。しかし、そんなことを俺に話して良かったのか?」


「それによってこの状況が左右されるとは思っておりません」


 左右に目を向けて少女は言う。

 これだけいれば、十分だとでも思っているのだろうか。

 まあ、いいか。話を進めてしまおう。


「何を焦っている?」


 問う。


「何のお話かしら?」


「お前は自らの能力を生かせていない。しかし、使いこなせない馬鹿にも見えない」


 その指摘に、少女の表情から笑みが消えた。


「何が目的だ? 何に追われている?」


「申し訳ございませんが、質問の意図が分かりかねますね。そして」


 少女が手を振る。それを合図として、傍に控えていた4人が緩慢な動作で歩き始めた。


「質問をするのは私。答えるのは貴方です」


 4人はそれぞれ屋上の四隅まで歩き、動きを止める。


「……飛び降りでもさせる気か?」


「関係の無い者の命を取ろうとは思いません」


 若干、硬い声で少女は答えた。

 そう言いつつも、4人の生徒はフェンスに足をかけて登り始める。


「おい」


「最初の質問です」


 俺からの追及を振り払うかのように、少女は口を開いた。


「貴方はこの学園へ転入してきたそうですね。それも帰国子女だとか。なぜこの学園へ転入しようと考えたのですか?」


 最初っから答えられない質問が来た。


「どうしました?」


 すぐに答えを返さない俺に、少女は重ねて問いかけてくる。

 俺がこの学園へとやってきたのは自分の意思ではない。師匠であるリナリー・エヴァンスから命じられ、姫百合可憐と咲夜を護衛しに来た。

 当然、言えるわけがない。どうしたものか。


「答えては、……頂けないのですか?」


 震える声で少女は言う。

 ……追い詰められているのはどっちだっつーの。


「あー」


 幸いにして、操られている生徒たちの動きは早くない。座標の固定も容易だ。


 使うか。

 目の前の女には、どちらが優位に立っているかを早めに教えてやった方がいいかもしれん。


「……面倒くせぇなぁ」


 呟く。


「……え?」


 瞬間。


 ――――“神の書き換え作業術(リライト)”。


 四隅に駒を分散させるという選択肢は悪くなかった。4人が同時に飛び降りるという行動を起こした際、並みの魔法使いではせいぜい助けられて1人か2人だろう。後ろへ1人を控えさせていたのも良い。それなりの牽制になるし、実際に足止めも可能だ。

 ただ、悪かった点を挙げるとするならば。


「がっ!?」


「あっ!?」


「うっ!?」


「ぐっ!?」


 対象となる4つの座標を固定する。それぞれを俺の目の前に整列させるように転移魔法を発現した。フェンスを登っている最中の、間抜けなポーズのまま位置情報を書き換えられた4人が、瞬く間に俺の目の前へと転移してくる。

 順番に顎を打ち抜き昏倒させた。


「なっ!? いったい何を――」


 喚く少女をしり目に、後ろに控えていた残りの1人も無力化しておく。


「こ、このっ!?」


 少女が自らの腕へと手を伸ばす。おそらくは制服の下にMC(マジックコンダクター)を忍ばせているのだろう。


「ま、そんなもん関係無いわけだが」


 身体強化魔法はあえて使わない。

 自らの座標を固定する。

 少女の真上へと転移した。


「は――――、あっ!?」


 速攻で組み伏せる。


「悪いな。操作魔法の発現条件が分からん以上、お前と仲良く話している余裕は無い」


「え、あ、ちょっと待っ」


 手刀を振り下ろす。

 呆気なく勝敗はついた。







 女の子を背負って学園を徘徊する趣味は無い。しかも女の子は美少女で気を失っているときた。犯罪の臭いしかしないだろう。俺が第三者なら、即座に警察へ通報する自信がある。


 転移魔法を何度か繰り返し、教会の屋上へ着地した。

 周囲に人がいないことを確認して、扉の前へと飛び降りる。『関係者以外立ち入り禁止』という手作りのプラカードを意図的に無視して、もう一度転移魔法を発現した。

 視界が急激に暗くなる。扉一枚を挟んで内側へと転移したわけだ。


 ごしごしという音がする方へと目を向けてみると、そこにはこちらに背を向けたシスターが床をモップ掛けしているところだった。

 ……この人もちゃんと仕事してるんだな。

 そんな失礼なことを考えながら声をかける。


「シスター・メリッサ」


「うっひゃいっ!?」


 どんがらがっしゃんとか漫画のような効果音を立てて、目の前のシスターがバケツをひっくり返した。

 ……ここまで驚かれるとは思わなかった。


「ぎゃー!! せっかく磨いた床が水浸しにー!?」


「す、すみません」


 そうか。いきなり転移されちゃあ物音1つしないわけで、驚くのは当たり前だ。最近あまり使っていなかったせいで気遣いを忘れていた。


「……聖夜か。貴方、どうやって入ってきたのよ。扉の鍵は閉めてたはず、……って」


 シスターの視線が、俺の顔から俺の背に力なく身体を預けている少女へと移った。


「あぁー、そういうこと」


 シスターは納得したと言わんばかりの表情で頷き、モップを投げ捨てる。


「こっちへ」


「……いいんですか? 床、このままにして」


「それよりも先にするべきことがあるでしょうが」


 ごもっともで。

 シスターの後に続いて、教会の生活スペースへと足を向けた。







「ほい。それ、その子につけといて」


 ベッドがある部屋へと通されたので、とりあえず気を失ったままの合縁奇縁を寝かせた俺へ、シスターが何かを放ってきた。


「……えーと、シスター。これってもしかして」


「見たことあったんだ。なら話は早い。さっさと付けな。どうなっても知らないよ」


 言われるがままに、眠っている合縁奇縁の両腕をそれで束縛する。

 ……犯罪だ。これはどう見ても犯罪だよ。

 そう思った瞬間、安い電子音が鳴り響いた。


「はぁーい。眠ったままの幼気(いたいけ)な少女をベッドに寝かせ、両腕を手錠で束縛する変態男子生徒の写真ゲットー、って、ああ!?」


 こちらへ携帯電話を向けてニヤニヤ笑っていたシスターだったが、その携帯電話を目の前で真っ二つにされて驚愕の表情を作る。


「私のケータイがぁぁぁぁ!?」


 自業自得だ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「……」


「どぉぉぉぉしよぉぉぉぉ!?」


「……」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「うっさいな!?」


 携帯電話1つでそこまで喚かれるとは思わなかった。


「どうしてくれんのよ!! あんなに出すの渋ってたくせに!! 何で私のケータイ壊す時にはすんなり出すのよ!!」


 俺の“神の書き換え作業術(リライト)”によって、綺麗に分割された携帯電話を見せ付けるようにしながらシスターが叫ぶ。


「……貴方が悪いんでしょうが」


 悪趣味もいいところだ。


「で、これはどこで手に入れたんですか」


 合縁奇縁の手を、そして彼女の魔法発現を拘束しているそれ(、、)に目をやりながら問う。


『絶縁体』。

 触れた人物から発せられる魔力を吸い出す優れもので、発せられる魔力が大きければ大きいほどその吸収量は上がり、専門家からは魔法を使った破壊は見込めないとまで言われている一品だ。この国の魔法警察が、つい先日から試験運用し始めたばかりの貴重品でもある。


「何がよぅ……」


 目を濡らしながら(マジ泣きしていると思われる)、沈黙を貫く携帯電話のパーツを合わせたり離したりしているシスターがこちらを向く。


「『絶縁体』を使った手錠ですよ。何で貴方が持っているんです?」


 一般普及されるのはまだ当分先のはず、……と言うか、技術的に今後も一般普及されるかどうか怪しい代物のはずだ。


「……そりゃあ、私がシスターだからじゃない?」


「嘘吐きたいならもっとマシな嘘吐いてくれませんかねぇ!!」


 超投げやり気味にそう答えるシスターに思わずつっこんだ。


「何よ。文句あるわけ?」


「シスターは悔い改めさせるのが仕事でしょう。罪状で束縛するのは貴方の役目じゃない」


「チミにシスターの何が分かるってのさ!!」


 ……なにもうほんとめんどくせぇ。


「……ん、……ぅ」


 後ろ手に声が聞こえる。どうやら目を覚ましたらしい。

 ……まあ、これだけ騒げば目も覚ますか。


 さて。

 いくつか確認しておかないとな。

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