前へ次へ
104/432

第8話 リスクとリターン




「……舞さん」


 顔色を窺うように自らの名を呼ぶ可憐をしり目に、舞は舌打ちした。


「演技だったか」


「何がです?」


 小さな声で呟かれたそれに可憐が反応する。


「リナリーの名前、出してたでしょ」


「あぁ……」


 先ほど、紗雪からの質問に対して可憐はこう言った。姫百合家は護衛役として中条聖夜を正式に採用しようと打診している、と。その打診先について、紗雪は分からぬ振りをしていたということだ。下手な演技をしつつも、隠すところはしっかり隠していたらしい。

 舞はもう一度舌打ちをしてから、テーブルの上に残された白い風呂敷に手を伸ばした。


「……どうされるのですか?」


「それを決めるのは私じゃないわ」


 立ち上がり、それを脇に抱えた舞は言う。


「聖夜に話す。あいつが望む通りに、私は従うだけよ」







「あら、ごきげんよう。まさか貴方も中条聖夜さん目当てでここへ?」


「馬鹿か。なぜ欠陥品を眺める為に、わざわざこちらが出向かねばならん」


 紗雪から放たれた質問に、質問をされた側は不快感を隠そうともせずにそう吐き捨てた。


 廊下の混雑は未だ絶賛継続中であり、そこで止まって立ち話など、周りの人間からすれば不愉快極まりない。現に、露骨に舌打ちしたりわざと聞こえるように文句を言う輩もいたが、混雑した廊下の中央に立つ3人は素知らぬ顔だ。


「じゃあなぜここへ?」


「それを貴様に教えなければならない義務でもあるか?」


「ないわね、別に」


 質問に質問で返された紗雪だったが、気にした様子もなく首を振る。


「中条聖夜は、クラスにいない」


「関係無いと言っただろう」


 自らの質問に対する答えに、美雪はピクリと眉を吊り上げた。


「本当に?」


「鳴けぬ鳥に興味は無い」


「私たちより、強いかもしれないのに?」


「ばかばかしい」


 唾でも吐き捨てそうな勢いでそう言い切る。


「下らぬ問答で時間を費やす趣味は無い。失礼する」


「待って」


 鼻息荒く立ち去ろうとする後ろ姿に、紗雪が待ったをかけた。


 そして。


「今年の権議会(けんぎかい)が楽しみね、“黄黄の1番手(ファースト)”さん」


「白岡の没落が目の当たりにできるのなら、さぞかし愉快な場になるだろうな」


 お互いにそう言い合い、視線を外した。







「大和さんっ!!」


 寮棟。

 515号室。

 ノックもせずにドアノブを捻り、開ける。もどかしくなりながらも靴を脱ぎ捨て、中へと進むとそこには。


「やあ、来たか。中条君」


 会長に片桐。

 そして。


「こんにちは」


 宙に浮いた車椅子に腰掛けている、“青藍の5番手(フィフス)”がいた。


「それじゃあ僕は失礼するよ」


 俺へと向けていた視線を会長へ戻しながら、5番手は言う。


「ああ。色々と助かったよ」


「構わないさ。彼とは、それなりの仲であると自負しているからね」


 車椅子が、空中でゆっくりと向きを変える。


「中条聖夜君。後はよろしく」


「え? え、ええ」


 からからと。

 車椅子のタイヤを空中で空回りさせながら、5番手は俺の横を抜け、退出していった。







「早かったね」


 予想外の人物がいたことで思考が停止しかかっていたが、会長のその声で何とか持ち直した。


「それで、大和さんは」


「ああ。拙いレベルだが、俺が回復魔法と睡眠魔法を掛けておいた。今はぐっすりだよ」


 会長が顎で指し示した先には、ベッドの中で眠る大和さんの姿がある。回復魔法と言ってもあくまで簡易的なものだったのか、身体の至る所に包帯が巻かれていた。

 くそっ、のんびりティータイムなんざ洒落こんでる場合じゃなかった。いったい、大和さんの身に何が……。

 ん?


「睡眠魔法?」


「そこはほら、俺に介抱なんてこの男が受け付けるわけないだろう?」


 お手上げ、みたいなポーズされても。いや、凄く納得だけれども。


「なるほど」


「いやいや、そこでそんな納得しないでくれよ」


 せっかく納得したのに、会長に止められてしまった。


「この人の性格上、目を覚ませば形振り構わずに元凶へ突貫するのが目に見えていますので」


「あー」


 会長の戯言でも納得できたが、片桐の言う可能性も理解できるな。確かに目に浮かぶようだ。


「で、元凶ってのは?」


「さてね」


 会長が首を振る。


安楽(あんらく)君が発見した時には、既に気を失っていたそうだよ。場所は教会近くの森の中。おかしな音がしたから駆けつけたら、大和と、……もう1人いたという話だったが」


 教会の近く? 何でそんな所で……、いや、戦闘の最中に移動したってだけか。相手方に、人目に付くような場所で乱闘を起こすメリットは無いはず。

 て言うか、もう1人って。


「そいつが犯人で間違いないじゃないですか。拘束できなかったんですか?」


「この男を無力化できるほどの手練れだ。それを安楽君1人に相手取らせるのは無理があるんじゃないかい?」


「……そうか。そうですね」


 序列で言えば、安楽先輩は大和さんの下。普通に考えて大和さんが勝てない相手に安楽先輩が勝てるはずがない。特攻を仕掛けるより戦闘を避けたその決断は、むしろ褒められるべき行為か。


 深い眠りについたままの大和さんを見る。

 大和さんには装甲魔法がある。並大抵の実力では、傷を付けるどころか戦闘にすらならないだろう。それを突破してきたということは、その元凶とやらはそれだけの発現量を有しているということになる。


「大和さんから情報を聞き出さずに眠らせたのは間違いでは?」


「リスクとリターン。それを天秤にかけることは重要だよ、中条君。君に激昂状態のこの男を御し切れるかな?」


 ……無理だろうな。

 大和さんなら、自分の手でどうにかしたいと考えるだろう。情報なんて口にしている暇があったらベッドから飛び出していきそうだ。

 口にせずとも俺の出した結論を理解したらしく、会長はやれやれとため息を吐いた。


「まあ、そういうことだ。もともと内々で解決させようとしていることだし、自力で何とかするしかないだろう」


「分かりました」


 頷く。

 それにしても、大和さんを撃破するレベルの手練れか。男子生徒と聞いて真っ先に候補に挙がるのは、一獲千金とやらだ。ただ、相対した時に喰らった魔法から察するに、あの男の発現量では、大和さんの装甲魔法は突破できないだろう。


 だとすると、一獲千金と一緒にいたあの青い魔法使いか? てっきり移動要員かと思って頭数から抜いていたのだが、そうだとすると厄介かもしれない。劣勢だと感じられたら即座に逃げられてしまいそうだ。


「何か心当たりがあるんですか?」


 色々と考えを巡らせていたら、片桐から質問されてしまった。


「大和さんを倒せる人間に心当たりなんかいねーよ。装甲魔法を突破するなんて、相当な発現量が必要だぞ」


「流石、実際に拳を交えただけあって説得力が違うね」


「だとすると、俺のように操られて自爆した可能性の方が高いんじゃないかなって」


 会長の面倒な発言はスルーしておく。


「操作系の魔法を有しているのは、黄黄の女子生徒と伺っていますが」


「あらかじめ条件を満たしていたなら、その場にいる必要は無いんだろ?」


「……なるほど。そういう考え方もありますね」


 片桐は顎に手をあてて頷いた。


「なら、大和はあの監視カメラに映っていた黄黄の女子学生と接触している、と?」


「操られた結果がこれだとするのなら、可能性は高いと思います」


 会長からの質問に答える。


「だとするならば、これは結構問題になるかもしれないねぇ」


 ため息を吐きながら会長は言った。


「監視カメラに映っていた、白い髪が特徴的な彼女。あれは黄黄魔法学園の2番手、秋山(あきやま)千紗(ちさ)だ。大和を撃破したのが彼女だとするならば、黄黄学園の『番号持ち(ナンバー)』が青藍の『番号持ち(ナンバー)』に喧嘩を売ってきたことになる」


「あのカメラの画像、結構荒くてはっきり見えてなかったと思いますけど、それは間違いないんですか?」


 俺の問いに会長は首を横に振る。


「あくまで見た目通りなら一番可能性が高い、ってだけだよ。ウィッグを被っていたのなら別人だろうねぇ」


 操作系魔法を扱っているのは合縁奇縁。つまりは、会長が口にした黄黄魔法学園の“2番手”秋山(あきやま)千紗(ちさ)で間違いない。おそらく監視カメラに映っているのも本人で間違いないだろう。

 情報源が俺の師匠であるだけに、これは会長たちには伝えられていない。標的は秋山千紗だと伝えられれば少しは楽になるかもしれないが、それはどこから得た情報だと問われるとまずい。可能性が高い、というこの状態でうまく折り合いをつけるしかないか。

 ……別人を候補に挙げられるよりかはマシだと思おう。


「うーむ」


 会長が腕を組み、わざとらしい声を出す。

 そして。


「起こすべきかな?」


「止めておきましょう」


 天秤にかけるなら、まだハイリスクローリターンの域は出ていないだろう。







 大和さんのことは心配だが(身体の心配というよりは、目覚めた瞬間に暴走されないかどうか)、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。「事情は話せないものの、ある程度関わってしまったのなら仕方が無い」という会長の意見が通り、安楽先輩に大和の看護(監視)を頼むことにした。


 安楽先輩には、「大和が他校の生徒と喧嘩した」「場合によっては傷害事件として訴える可能性もあるため、相手の情報収集をする」と伝えておく。

 文化祭期間中にも拘わらず、爽やかに了承してくださった安楽先輩に若干の罪悪感を覚えながらも、俺たちは寮棟を後にすることにした。

 そして。


「豪徳寺大和は負けたか」


 寮棟の正面口。出て直ぐの所にそいつはいた。


「ストップ」


 無力化しようと踏み込んだ片桐を、会長が幾分か鋭い口調で制する。


「どうせ操作されている駒だろう。潰すより情報を引き出させた方が有意義だ」


「……了解です」


 木刀に添えていた手を離し、片桐が一歩下がった。それを傍観していた名称不明の男子生徒は、まったく感情の篭っていない目で、順番に俺たちを視界に捉える。


御堂(みどう)(えにし)、片桐沙耶、中条聖夜。全員で出て来てよかったのか? ああ、豪徳寺大和は安楽淘汰に見張らせているのか」


 さして興味も無いといった口調で男子生徒は続ける。


「それにしても……。まさか部外者に協力を要請するとはな。生徒会の質もたかが知れているというもの」


「彼は善意の協力者だよ。事情は一切知らせていないがね」


「ほう?」


「君たち他校の『番号持ち(ナンバー)』を相手にするなら、こちらも相応の戦力強化は必要だろう?」


「自分が見当違いの発言をしているという自覚はあるか?」


「ふむ。腹の探り合いならこっちが圧倒的に不利だね。表情も声色も変わらないんじゃあ何も読めたものじゃない」


 話す言葉の間にも不自然さを感じられない。この程度の質問なら、あらかじめ予想していたということだろう。


「それで、わざわざ駒を1つ俺たちの前に用意して何の用だ」


 会長のやり取りが一段落したところを見計らって、今度は俺が問う。男子生徒は機械的に目をこちらへ向けた。


「チャンスでも与えてやろうかと思ってな」


「……チャンス?」


 俺のオウム返しに、男子生徒が頷く。


「この学園には、合計100名の駒が用意してある」


「何ですって?」


 反応したのは片桐だった。反射的にだろうが一歩を踏み出した片桐を、腕で押し留める。


「既にそちらで何人かの無力化に成功しているようだが、まだまだだな。ああ、言うまでもなく皆、アレを所持しているわけだが」


 アレ。魔法の爆竹か。大活躍だな。今のところは全て不発で済んでいるのが救いだ。

 合縁奇縁の言う数が本当に正しいのかどうかは調べようが無いが、これまで通りに怪しい奴は片っ端から無力化していく他無いだろう。幸いにして操られている人間は低レベルだ。一撃で無力化できるのならば、そう怖いものでもない。


 そう考えた直後だった。


「それを17時ちょうどに、一斉に起爆するよう駒を操作してある」


「は?」


 思わず呆けた言葉が口を突いて出る。


「そちらには何の矜持も無いのですか!? 無関係な人を進んで巻き込もうとするなど、理解できません!!」


 片桐が肩を震わせて叫んだ。その怒気を一身に受けても、男子生徒は揺るがない。


「無関係な人間が巻き込まれるかどうかは、そちらの努力次第だろう」


「こ、このっ……!?」


「落ち着け片桐!! 今、こいつを潰しても意味が無いだろう!!」


 木刀に手を掛け突貫しようとする片桐を羽交い絞めにする。片桐と男子生徒の間へ割って入るように、会長がさりげなく位置を移動した。


「それで、俺たちに与えてくれるというチャンスとは何なのかな」


「100人の駒のうち、1人だけ。私の居場所が書かれた紙を持たせている」


「ほう。それは興味深いね」


 会長は1つ頷く。


「17時まで、私はその場所から動かないと約束しよう」


「なぜ?」


「このまま流すだけでは、フェアではないからだ」


「フェア……、フェアねぇ」


「何か?」


「いや。……これ以上、有意義なことは聞けそうにないね」


「何? 今、何と言っ――があっ!?」


 言い切る前に、その男子生徒は見えない何かによって押し潰され、地面へと叩き付けられた。


「……容赦無いっすね」


 一撃で男子生徒を沈めた会長に向かって、思わず呟く。


「必要な措置だろう?」


「まあ、そうですけど」


 俺の力が緩んだのを良い事に、片桐が俺の拘束から抜け出した。素早く倒れた男子生徒に近寄り、身包みを剥いでいく。


「おいおい片桐。追剥(おいは)ぎはよくないぞ」


「死にたいのですか?」


「冗談だ」


 視線すら寄越さずに冷徹な言葉で返されたため、さっさと冗談は切り上げておく。


「どう思う? 中条君」


 音も無く傍に寄ってきた会長が、声を潜めながら問うてくる。


「14時。リミットまでは3時間ですか」


「この大混雑した青藍から100人弱を探すのは、正直骨が折れるね」


「……探す気があるんですか?」


 俺の問いに、会長はニヤリと頬を歪めた。


「ないね」


「ですよね」

 ただ単に被害を拡散させたいだけの愉快犯なら、わざわざ自分の居場所を教えるような愚は犯さない。それを含めたゲームを楽しんでいるという可能性も無くはないが、これまでのことを踏まえると限りなく低いと見て良いだろう。

 だとすれば。


「目的は、俺たち戦力の分散ですか」


「そうだね。どうやら意中の人間は、俺たちの中にいるらしい」


 狙いが予想通りに俺だとするならば、早く1人になって次のアクションを待つ方が正解か。

 ウィリアム・スペードに助けられた一件は、潰さずに相手方の指示に従っておいた方が良かったのかもしれないな。折角、転移魔法まで使ってみせたというのに。世の中、往々にして上手くいかないものだ。


 居場所の書かれた紙を見付けられなかったであろう片桐が立ち上がり、こちらへと戻ってくる。


「どうしますか」


「そうだねぇ」


 片桐からの問いに、一瞬だけこちらに視線を寄越した会長は、直ぐに視線を片桐へと戻した。


「幸いにして駒とやらの戦闘力は皆無のようだし、ゆっくり潰していこうか。なぁに、時間はあるさ。十二分にね」


 そう言って、会長は笑った。

前へ次へ目次