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第6話 相性 / 取引




 鑑華を見付けたらクラスに戻るように伝えておくと約束を交わして、C組のメイドとは別れた。


 鑑華のことは、軽いように見えて自分の役割はしっかりとこなすタイプだと思っていたが、どうやら認識を改める必要があるらしい。

 聞いた話じゃ他の学園の制服を着た男子生徒と一緒に何処かへ向かったらしいが……。

 まさか彼氏と愛の逃避行でもしてるんじゃあないだろうな。……それは無いか。それなら先日俺にしてきた告白は何だったのか、って話になる。


 ……いや、待て。関係を拗らせた元カレが乗り込んできて刃傷沙汰って可能性は。

 ……、……アホか。

 そこまで考えた俺は首を振って思考をリセットさせた。

 どこの昼ドラだよそのどろどろの人間関係は。勝手にやってくれ。実力でClass=A(クラスエー)の座を勝ち取ったあいつだ。何かしらのハプニングがあっても自力で切り抜けられるだろう。

 頼むからややこしい話を持ち込んでこないで欲しい。


 俺は関わらないぞ、絶対にだ。何かとてつもない前振りになっている気もするが知ったことか。


「……とりあえず、出張所の方に顔出してみるか」


 あれから会長が新しい指示を出していなければ、副会長や片桐、花宮はそこで待機しているだろう。片桐に任せてしまった男子生徒のその後も気になるところではある。

 俺は生徒会出張所へと足を向けることにした。







「アイリス・メディカル・リーリ・ロジカル!!」


「はっ!! 甘ぇ!!」


「『ウェン――かっ、あ!?」


 不可視にして圧殺の魔法が、水月を叩き潰す。手のひらサイズになっている水月は、体内から無理矢理吐き出されてしまった酸素を取り戻そうとして、大きく咳き込んだ。


「けほっ、けほっ!! ……くぅっ」


「いやいやいや、面白ぇよお前の魔法。こんな魔法は初めて見た……あん?」


「はああああああっ!!」


 一歩。倒れ伏す目の前の水月へと踏み出したところで、死角から声。緩慢な動きで声のする方向へと目を向けた大和だったが、彼が直接手を下す必要は皆無だった。


「ああああっ!?」


 身体強化魔法。それも『風』の属性付加を得た水月の一撃は、無防備な大和の背中へと吸い込まれ、そして自滅する。大和へと叩き込んだはずの脚を抱えて、水月が蹲る。


 装甲魔法(アーマー)

 大和の身を包むその絶対的な鎧は、力無き相手にはそのまま有効な攻撃手段となる。

 ここからは見えないが、既にこの周囲には3人の水月(、、、、、)が大和に敗れ、戦闘不能の状態へと陥っていた。


「くくくっ」


 大和が口角を吊り上げる。長髪を揺らしながら笑う。


「対象物を分裂させる魔法か。それは人、物、魔法を問わずに、触れたものを何でも分裂させる。珍しいタイプの無系統魔法もあったもんだ」


 近くに伏す2人の水月とは別の方角へと目を向けながら、大和は言う。


「ただ、相手が悪かったな。相性で言えば、その魔法に俺は最悪だ」


 手すら掲げなかった。大和は突っ立ったまま、そのまま飛来してくる魔法球を受ける。魔法球は大和へ着弾する寸前に5つに分かれた。右足に3発、左足に2発。うまく対象者のバランスを崩すように仕向けられた攻撃だったが、大和相手には意味を成さなかった。

 ダメージどころか、着弾による衝撃すら大和の身体には届いていない。


「分裂によって、威力も分散されてやがるな? この魔法」


 無詠唱。無属性の魔法球が3つ、大和の周囲に発現される。それは特に合図も無しに射出され、茂みの向こうにある何かを貫いた。


「避けたか。まあ、このくらいは避けるか」


 手を振る。瞬間、圧殺の魔法が発現され、地に伏す2人の水月は声を出す間も無く意識を手放した。


「本体をこれ見よがしに分裂させて見せたのは間違いだったな。サイズが分裂のたびに小さくなってんのを見れば簡単に想像が付く」


 足元の雑草を刈り取りながら低空飛行をしてきたカマイタチを、大和が蹴り壊す。


「属性付加されてても、この威力じゃあな。小技使い(トリッカー)クラスだぜ」


 大和が手を掲げると同時、離れた一本の木が根元から砕け散った。「また外したか」と舌打ち混じりに呟く。


「火力不足。もう今のお前じゃ俺は倒せねぇよ」


 頭元に迫った魔法球を文字通り手で払いながら、大和はそう結論付けた。


「お前の魔法は分身じゃねぇ、分裂だ。つまりは全部が本体。最初は意識が無い分裂体は再び融合できねぇのかと思ってたが、こりゃあ違うな」


 地面を蹴る。


「ダメージも引継いじまうんだろ? だからお前は、元の大きさに戻らない」


「なっ!? がっ!?」


 一瞬にして距離を詰めた大和に、隙を突かれた水月の身体が硬直した。そしてその隙を大和は逃さない。脇腹にめり込んだ拳に呻き声を上げることなく、この水月も(、、、、、)意識を手放した。


「俺の装甲魔法を突破したけりゃ、俺の装甲に割いている発現量を越えた発現量が必要だ。分裂で6人に増えてんなら俺の6倍、10人に増えてんなら俺の10倍の発現量を持ってる魔法使いじゃねぇと俺は倒せねぇ。そんな馬鹿みたいな魔力を持ってんのは、俺の知る限りじゃあ聖夜くらいだぜ」


 ピクリとも動かない水月から視線を外す。


「これで5人、いや6人だったか。分裂毎に等分されるんなら二桁にはなってねぇよな」


 大和は、ふと何かに気が付いたかのように視線を上にあげる。


「まあ、あくまで等分されてれば、って仮定付きだが。そこんところはどうなんだ?」


「うっさいっ!!」


 大和の前面で着地した水月が、手を振るう。無詠唱で発現された10の魔法球が、一直線に大和へと着弾した。


「だから、こんなモン目くらまし程度にしか――」


「『遅延術式解放(オープン)』!! 『疾風の砲弾(ウェンペティア)』!!」


 魔法使いが詠唱し、発現させる魔法。

 世界魔法協議会が管理するオフィシャルキーには、それぞれ難易度に応じたランク付けが行われている。最低ランクの『F』から順に、『A』『S』『M』と。

 魔法に抵抗が無い者なら、RankCの魔法で致命傷を与えられるし、RankBならほぼ即死させてしまうほどの威力を持つ。

 その中で。


 RankA。


 魔法球を発現させた水月の後方。

 遅延呪文で待機していたRankAの攻撃呪文・風系魔法『疾風の砲弾(ウェンペティア)』が、もう1人の水月の手によって発現した。

 大和の目の前にいた水月が、分裂魔法によって2人に分かれる。この能力によって強引に硬直状態から開放された水月は、目隠し(ブラインド)の役割は果たしたとばかりに『ウェンペティア』の射程外へと左右へ跳躍した。


 直後、大和へと暴風の塊が着弾する。

 凄まじい地響きと衝撃音が辺り一帯に響き渡った。







「契約、……詠唱」


 舞は端正な顔を歪めながら、呻くようにその単語を口にした。


「なぁにその反応。別に外道ってわけじゃないでしょう」


「それでも一般的な技法ではありません」


 口を尖らせて反論する紗雪に対して、可憐がそう評した。


「まあ、過去の遺物って言う人はいるね。確かに」


 紗雪は、特に怒ることなく頷く。


「でも、やっぱりこの技法を必要とする人はいるんだよ。これは、詠唱の音を自分の身体に作用させるんじゃない。世界の理に直接働きかける技法だからね」


 つまりその技法は、“詠唱の音を拒絶して魔法発現を妨害させる体質”を無視できるということで。


「……それでも、……駄目よ」


 普段の姿からは想像できぬほどか細い声で舞は言う。


「巻物へ契約してしまえば、……もう戻れない。あいつには、あいつの魔法がある」


「いやいやいや」


 舞のその言葉を、紗雪は鼻で笑い飛ばした。


「花園家だって相当熱心に収集してたって話じゃない。……いや、花園家っていうか、舞っちが?」


「っ」


 言葉に詰まる舞を見て、紗雪が目を細める。


「健気だよねぇ。彼のために」


「な、……何の話よ」


 おっかなびっくりといった風情で言い返してくる舞を尻目に、紗雪は既に冷え切っているコーヒーカップに手を伸ばした。

 そして、言う。


「とぼけるつもり?」


「と、とぼけてなんか」


 舞の目が泳ぐ。紗雪がにんまりと笑った。


「いくら使ったの? 彼のために」


「だ、だから何の話をっ」


「火の巻物(スクロール)は何種類集めた? 一番普及された矢だけ? 拘束魔法は手に入れた? それとも天蓋魔法まで手を伸ばした? まさか属性奥義まで収集してないよねぇ?」


 畳み掛けられる言葉に、舞の顔が一気に真っ赤になる。殺意すら篭った視線で睨まれ、紗雪が怪しげな笑みを浮かべた。

 テーブルへと掌を叩き付け、舞が立ち上がる。


「あ、貴方!!」


「紗雪」


 そこで。

 これまで一度も口を開かなかった美雪が、初めてその名を呼んだ。


「意地悪はやめて」


「意地悪って。別に私は」


「やめて」


 冷徹な視線に、冷徹な声。

 それら全てを一身に受けた紗雪は、浮かべていた余裕の笑みを若干ではあるが引きつらせた。


「ほ、ほんの冗談だってば」


 慌てた様子でそう言い繕う。それを見た美雪はため息1つ、舞へと向き直る。そして無言のまま頭を下げた。


「あ、いや……。私こそ、熱くなっちゃってごめん」


 その姿勢に毒気を抜かれたのか、舞が謝罪しながら席に着く。

 その隣では。

 誰にも聞こえないように、可憐がひっそりと安堵の息を吐いた。







「ははははははっ!!」


 高笑い。

 両手を広げ大和は笑う。


「凄ぇじゃねーか!! まさかこの学園でRankAの魔法が見れるとは思わなかったぜ!!」


 一見隙だらけのようにも見えるが、実際にはその逆。装甲魔法(アーマー)発現状態の豪徳寺大和に、一切の隙は無い。事実、水月の放ったRankAの高等魔法『疾風の砲弾(ウェンペティア)』でさえも、大和は障壁1つ発現させることなく防いでみせた。


「……な、……んなのよ、貴方」


 倒れ伏す水月は、震える声でそう言う。既に分裂魔法で分かれた自らの分裂体は、今口を開いた1人を除いて全て戦闘不能になっていた。


「何なのもクソもねーだろうが」


 その質問は心外だ、そう言外に吐き捨てるかの如く大和は顔をしかめる。


「残念だぜ。お前が無系統魔法を使わずに挑んで来たら、流石に俺の魔法でも防ぎきれなかったかもしれねぇ。だが……」


 大和は、立ち上がろうとして失敗し再び転倒する水月へと視線を下ろした。


「今の『疾風の砲弾(ウェンペティア)』は、実際の威力の、何分の一だ(、、、、、)? 数で勝負のお前の魔法じゃあ、俺の魔法は貫けねぇよ」


「ふ、ふふ……。私の分裂魔法(ブレイクアッパー)が、ここまで枷になるなんて、ね」


 皮肉交じりに笑う水月に、大和は舌打ちする。


「それだけじゃねーだろうが」


「……え?」


「何をそんなに躊躇(ためら)った? いちいち見せてきた隙は何だ? お前は俺にどうして欲しかったんだ?」


「きゅ、急に何を……」


「馬鹿が」


 大和は吐き捨てるようにそう言った。


「俺の無系統魔法に関する情報は、この学園じゃかなり広まってる。隠してねーからな。お前もこの学園の生徒だってんなら、俺の魔法は知ってたはずだ」


「それがいったい何だっていうのよ」


「皆まで言わなきゃ分かんねーか?」


 水月からの震える問いに、大和は躊躇いなく答えを口にする。


「お前は俺との魔法の相性を知ってて、その魔法を使った。勝つ気なんてさらさら無かったんだろ? 止めて欲しかったのか? それとも(、、、、)止まる(、、、)口実が欲しかった(、、、、、、、、)のか(、、)?」


「ふ、ふざけないでよっ!! 何を根拠にそんなこと――」


「で、……だ」


 水月からの反論を遮るように、大和が口を開く。

 視線を、ゆっくりと横へスライドさせる。


「こいつに何かを強要させようとしてんのは、お前ってことでいいのか?」


 そこにいるのは、紅赤の制服を身に纏った黒髪の少年。


「……千金、……貴方、今までどこにっ」


「ずっとついて回ってたさ。実にくだらねぇオママゴトだったな、水月」


「なっ!?」


「お前に元から期待はしてねぇよ。お疲れさん」


 心底見下した視線で水月へと目をやり、千金は直ぐに大和へと視線を移した。


「んで、何の話だっけ? ああ、そこの女にイヤイヤ何かをやらせてたかって話だったか」


 そこで一旦言葉を止め、


「そうだ、って答えたら、……どうするよ?」


 品定めをするかのような目つきで大和へ問う。


「そん時は、……お前を潰して、それで終わりだ」


「ははっ、いいねいいねぇ。お前も中々に、……面白ぇよ」


 ドスの効いた大和の声に動じることなく、千金は手を叩きながら嗤った。

 そして。


「そこまで言い切ったんだ。中条聖夜の前菜程度の働きは、期待していいんだよなぁ」


 叩いていた手を止め、指を鳴らす。

 大和がピクリと眉を吊り上げた。


「聖夜? 前菜? 何でそこであいつの名前が出てくる。てめぇら、聖夜をどうするつもりだ」


「それも含めて力づくで聞き出せよ。言葉で丸め込むタイプじゃねーんだろう?」


 その言葉と同時に、大和は地面を蹴る。


「もっとも……」


 一歩を踏み出し、凄まじい速度で距離を縮めてくる大和を見据えながら。


「相性の話をするなら、俺の魔法はお前にとって相性最悪だけどな」


 千金は呟くようにそう口にした。







「悪いね、舞っち。火の(さかずき)はうちが握ってるから」


「……知ってるわよ」


 ぶすっとした顔を隠そうともせずに舞は言った。


「彼に巻物(スクロール)の話をしなかったのは、それが用意できなかったからって認識でいいのかな。最初に杯と契約しておかないと、いくら巻物(スクロール)を所持していても、契約詠唱なんて行えないからね」


「それを知ってて貴方達は落札したんでしょうが」


「人聞きが悪いなぁ」


 舞のドスが効いた声を聞いても、紗雪は揺るがない。


「火属性魔法を得意とする花園家に、火の巻物(スクロール)まで所有されちゃあ堪らないっていう考えがあったのは否定しないよ。ただ、彼とは別問題。だってその時、まだ彼のことなんて知らなかったもん」


「事実」


 紗雪の言葉に続くように、美雪も一言だけ口にした。


「アギルメスタ様がいくつ用意なされたかは知らないけど、基本的にあれは流通しないからねぇ。あれから追跡できてないでしょ?」


 無言で睨みつけてくる舞に、紗雪は肩を竦めてみせた。


「だからさ、ここで1つ取引なんてどうかなって」


「……取引?」


「そう。舞っちのところ、火系の巻物(スクロール)はそれなりに揃ってきてるでしょ? ああ、別に答えなくてもいいよ。そっちの動向はある程度把握できてるから」


 舞が何かを言う前に、紗雪は手を振ってそれをけん制する。


「こっちは“アギルメスタの聖杯”を出す」


「……まさか」


 取引を持ちかけられている舞ではなく、可憐が驚愕の眼差しと共に口にした。


「それがどれほどの価値を有している物なのか……、お分かりの上での発言ですか?」


「もちろん。魔法世界(エルトクリア)で落札したのはこの私だよ? 価値の話なら、誰よりも私自身が一番よく分かってる」


「……見返りは?」


 抑揚の無い低い声で、舞が問う。予想通りに乗ってきた舞に対して、紗雪は不敵な笑みを浮かべながら言った。


「白岡と中条聖夜君との仲を取り持って欲しいなぁ、……なんて」

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