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第95話 敗因


 レイファのホテルから出た後、俺はすぐに『到達する者アライバーズ』のパーティーハウスへと戻ることにした。


 玄関で靴を脱ぎ、すぐさま階段を上って二階へ。

自分の部屋に入るとそこにはベッドに眠るネメがいた。


「無事に救出しておいたぞ。交渉はどうだった?」


 部屋の陰から大柄な男が現れる。

その傍には眼鏡をかけたおっとりした顔の美人が。


 彼らこそ俺が王都から招いた救援、ヒューゲルとエイシャである。


「大丈夫でしたよ。おかげで一応はまとまりました。本当にありがとうございます」


 事前にヒューゲルには、俺がレイファと交渉しているうちにネメを回収してもらうようにお願いをしてあった。


「勝手にあがりこんじゃいましたよ。外で変に落ち合って、レイファ陣営の人物に見られるのも都合が悪いので」


ネメをパーティーハウスに送り届けることになってはいたが、まさか俺の部屋まで送り届けてくれるとは。


気配を消して忍び込んだのだろう。一階にいるパーティーメンバーは、ヒューゲル達の存在に気がついていなかった。

さすがはこの国一の暗殺者。彼らほど隠密行動に長けた人間はいないのではないだろうか。


「全然構いませんよ。無茶なお願いをしたのは俺の方ですから」


 両手を握って横たわるネメに視線を寄せる。彼女の胸は上下に動いていた。

 どうやら息はしているようだ。目立った外傷も見当たらない。


「突入した時は既に眠っていたみたいだ。おかげで騒がれることもなく、連れ去ることができて助かった」


「そうですか。まあ怖い思いさせちゃったのはあれですが、無事に帰ってきてよかったです」


「そうだな。それでこそ手を貸したかいがあるというものだ」


「ですね。わたしが集めた情報でも、監禁されている間ネメさんは好待遇な扱いを受けていたみたいです。心配いらないと思いますよ。ホテルの料理を食べ過ぎて、3キロほど体重が増えたというデータも集まっています」


 待って。どうやって知ったの、その情報。

 エイシャが情報収集のプロフェッショナルなことは知っていたが、いくらなんでもプロフェッショナル過ぎないか?


「それならよかったんですかね?」


 せっかく手を煩わせたのに、なんか身内の恥ずかしい情報が出てきて申し訳なさを感じている自分もいた。


「でも、本当にすみません。二人に無理なお願いを言って巻き込んじゃって」


 それも合わせて、再度頭を下げる。


 今回のレイファとの抗争において、一番の功労者はヒューゲルとエイシャである。

 彼らの尽力がなかったら、レイファを無償で折れさせることはまず不可能であった。

 彼らの暗殺者としての実力、そしてレイファほどの人間をも恐怖させる知名度があったからこそ作戦は上手くいった。


 しかし、それは同時に首切りがレイファに目をつけられるという可能性も孕んでいた。

 今は正体不明の謎の暗殺者として活躍しているが、レイファが本気を出せば正体にたどり着く可能性もありうる。


 ヒューゲル達にとって、この依頼を受けることは百害あって一利ない行為なはずだ。

 それを二人は嫌な顔一つせず、快く引き受けてくれた。


「それはいいって言ったじゃないですか。もう謝らないでくださいよ」


「そうは言われても。この恩は絶対返しますから」


「それもいいですって。今回は無報酬で引き受けるって決めたんですから」


「元々、私達はレイファ・サザンドールに目をつけていた。依頼さえあればいつ暗殺してもおかしくなかった。それを今回はたまたま知り合いから承ったというだけだ。ノート殿が気に病む必要もない」


「それに今回の一件、元をたどればわたし達も部外者というわけじゃないですしね」


「そうだな。後始末をしただけだ。こちらも一度ジンを襲おうとした。その分の償いだと考えてくれ」


 そう言って、二人は宥めてくれた。

なんといい人達であろうか。この人達と俺は知り合うことができて本当によかった。


きっと二人は一般常識で見れば悪人なのだろう。悪人だけを裁く暗殺者といっても、やっていることは人殺しだ。

でも、たとえ世界中の人が糾弾しようとも、仲間を助けてもらった俺だけは彼らの味方であり続けたかった。


そもそも俺に人殺しを責め立てる資格なんて、存在しないのだ。

今回の一件、俺は確かにレイファを殺すつもりで、計画を進めていた。


結果的にはレイファが折れてくれたおかげで暗殺は未遂に終わったが、覚悟だけは本物だった。殺意のトリガーを引いていた。

レイファが言っていた。俺は目的のためなら手段を選ばない人間だと。おそらく、それは真実なのだろう。


俺はダンジョン制覇のためなら、仲間のためだったら、なんだってできる。

たとえレイファのような残虐な行いでも、必要に迫られれば選んでしまうという確信があった。


だからだろうか。全てが終わった今なら、レイファに少しだけ親近感を抱いている自分がいた。

ネメを人質に取ったことは許せないけど、もし彼女が王の座を本当に手に入れることになっても、そこまで嫌悪感を覚えないような気がする。


だからといってはなんだけど、レイファが王の座を目指してダンジョンを攻略するのなら邪魔はしないつもりだ。

やるなら、勝手にやって欲しい。


お互いに足を引っ張り合うんじゃなくて、同じ一つの目標を目指す好敵手として、関わっていきたいという気持ちであった。

まあ、あちら側は全然そんなこと考えてないんだろうけど。絶対恨んでいるだろうな……。


「ううんっ……」


 ベッドの上から寝返りを打つ音が聞こえる。

 目を移すと、布団を被りながらもぞもぞと動くネメの姿が。


「そろそろ起きそうだな。見つかる前にお暇することにしようか」


「そうですね。それじゃあ、わたし達は帰ることにします。すみませんね、ゆっくりできなくて。また助けがいるようならいつでも手紙をください」


「元々は俺が急に呼び出したのがいけないんですから。すみません、お忙しいところ。またいつか、時間ができた時にでも会いましょう」


「そうだな。今度は王都にでも来てくれ」


「うちに来れば、また美味しいご飯作りますよ」


 二人は手を振って、そのまま部屋の扉から出ていく。

 まるで知人の家に遊びに来たような態度で帰っているのに、《隠密》のおかげで誰も気づくことはなかった。


 まあ、いくらパーティーメンバーとはいえ首切りの正体を打ち明けるわけにはいかない。

 秘密はどこから漏れるかわからないものだ。彼らが安全に暮らすためには、正体を知る人は極力少ない方がいい。


 そういった背景もあり、今回の計画はパーティーメンバーに教えるわけにはいかず、すべて一人で抱え込んでいたというわけだ。

全てが上手くいったことだし、みんな許してくれないかな?


割と反感を買うような言動をとっていた自覚はあるので、あとで詰め寄られそうな気もする。

 あとでネメのことも含めてなんて説明しようかな。首切りのことは言うわけにはいかないし、どうやって誤魔化そう。


 今後のあれやこれやを考えると、完全に晴れやかな気持ちとならないのが残念であった。






***






 人に対してこれほどの怒りを覚えたのは、いつぶりであろうか。

 温室育ちの姉上達。愚鈍な父上。私を排斥しようとする宰相。


「ああっ、くそっ! ノート・アスロンっ!」


 彼らへ向ける憎しみと同じほどの激情が、レイファ・サザンドールの胸で叫び声をあげていた。


「私をコケにしやがって! くそっ、くそっ!」


 何度も執拗に机を叩く。既に机の脚は折れて傾いている。拳の側面は青あざになっていた。

 それでも力を込めることはやめない。


「首切りを持ち出すなんて! 反則じゃない!」


 ノート・アスロンという存在を侮っていた。

 彼は自分に似た存在だと思っていた。目的のためなら手段を選ばない賢明な人間だと思っていた。


 だが、目的のためなら人を殺す選択をも厭わない狡猾さを兼ね備えているとまでは思わなかった。

 狡猾さは自分が持ちうる最大の武器だ。レイファはそう考えていた。自分だけの武器だとおごっていた節もあった。


 だけど、それは間違っていた。

 ノート・アスロンは本気だ。己の行く道を阻む者には容赦しない。

彼の瞳からは本物の覚悟が窺えた。


欲しかった。王への道に是非とも必要な人材だった。チャンスを失った今となっては、ただただ惜しく感じるのみだ。

 もうノート・アスロンには手出しすることはできない。首切りに目をつけられたとあれば。


 様々な悪事を働いていた自分にとって、悪人のみに手を下す暗殺者、首切りは天敵というべき存在だ。

 神出鬼没。ぽっかりと浮かんだ影のようにその正体は不明で、しかし首を刈られた死体は存在する。


 いくら護衛を雇おうとも、衆人の中だろうと、容易く首を刎ねられる。

 護衛はおろか、刎ねられた者まで一部始終に気づかないまま全てが終わるという。


 もはや都市伝説的な存在だ。実在する最悪の都市伝説。

 黒い封筒に入った予告状。それが届いた者は、自身の犯した罪を後悔しながら処刑までの日々に怯えなくてはならない。


 民衆にとっては勧善懲悪のヒーローのような存在なのだろうが、狙われる立場としてはたまったものではない。

 これからの毎日、自分の死に怯えながら生きていかなくてはいけないのだ。おちおちと寝てもいられない。


 いくら最強の神官兵士であるギルベルトを護衛として雇っているからといって、きっと首切りの襲撃を防ぐことはできない。

 あれは回避不能な類の怪異である。


「落ち着いてください。レイファ殿下」


 机をひたすら叩き続けるレイファの腕をソフィーが掴んだ。

 身を案じてだろう。ソフィーの眉は下がっている。


「怪我をしてしまいます。どうか冷静に」


「冷静になれるわけないでしょ! あの首切りに目をつけられたのよ!」


「そうですが……。ノート・アスロンは手を引けば、首切りへの依頼を取り消すと言っていました。早急に対策を講じる必要はないのでは?」


「貴方は何もわかっていないのね。首切りに目をつけられたことの意味が」


 ああ、ムカつく。この状況も、頭の悪い配下を持つのも。

 なんでこんな簡単なことを一々説明してあげないといけないのかしら。


「これから先、私が王を目指すうえで謀略が使えなくなったのよ。これから首切りはノート・アスロンに危害を加えないか私をマークするはず。その上で、目立った悪事を働けばノート・アスロンに関係あろうとなかろうと、正義の執行人である首切りは手を下す方向に動く可能性がある。要するに今回の一件で、正攻法でしか王を目指す手段を失ってしまったのよ」


 割に合わない戦果である。

 ダンジョン攻略を少しでも有利に進めようとノート・アスロンの勧誘に乗り出した。


 別にダンジョン攻略にノート・アスロンの存在が必須だったわけでもない。

 パーティーに引き入れることができたならベストだったが、最悪失敗しても別のマッピング担当を用意することはそう難しいことではなかった。


 現に失敗した時の代替案も用意していた。

 だけど今回の一件は、何の利益を得ることもできないまま、ただ首切りに目をつけられたという最悪の結果に終わってしまった。


 首切りに目をつけられたことで、王への道は遠いものとなってしまった。

 自身の得意とする非道な一手が使えなくなったとあれば、王の座に届かなくなってしまう可能性もある。


 この程度の些細な一幕で、悲願の達成から離れてしまうとは。

 油断をしていた自分にも非はあるが、やりきれない思いが湧いてくるのも事実であった。


「すみません……」


 自分の考えが至らないことへなのか、ソフィーが頭を下げる。

 申し訳なさそうに感じていない形だけの謝罪。尚更、レイファの中の怒りは増大していく。


「すみませんじゃない! 謝って済むようなことじゃないでしょ!」


「はい、すみません!」


「ああ、もうっ! 使えないんだからっ!」


 レイファは頭を掻きむしる。

 なんで、この子はいつもそうなんだろう。使えない。


「元はといえば、貴方に原因があることがわかっているの?」


「原因……ですか?」


「理解できていないの? 首切りが出てきたのも、そもそもは貴方のせいじゃない!」


「はい、最初にノート・アスロンを逃したのは反省しております……」


「そうじゃない!」


 使えない。使えない人間だ。

 忠誠心だけはあるから置いておいたものを、ここまで使えない人間だとは思わなかった。


 まず、第一に頭が回らない。言われた通りにしか動くことができない。指示待ち人間だ。

 言われてないことへの対応力がない。よかれと思ってやったことが裏目に出るタイプの人間。


 付け込めると思って、恩を売って配下にしたのはいいが、とんだハズレを引いてしまった。


「確かに貴方が最初にノート・アスロンを逃がさなかったら、こうはならなかった。首切りを呼ばれる前に決着をつけられていれば問題は起こらなかった。でも、今私が言っているのはそのことじゃない!」


「といいますと?」


 ここまで言ってもまだソフィーは事態が理解できていないようだ。彼女が犯した最大の失態に。

 腸が煮えくり返りそうだ。貴方が勝手なことをしなければ、こうして首切りに目をつけられることもなかったのに。


「まだ気づいていないのね……」


「一体なんのことですか……?」


「なんのことですかじゃない! 貴方が犯した最大の失態についてよ!」


 わからないなら教えてあげる。

 この使えない付き人、ソフィー・ディーンラークに。


「貴方が首切りに依頼してジンを暗殺しようとしなければっ!」


そして、レイファはまくし立てた。


「ノート・アスロンと首切りに接点が生まれた原因なんて、それくらいしか考えられない! 首切りはジンへの暗殺の際にノート・アスロンと出会って、どういうわけか暗殺を取りやめることにした。首切りが珍しく暗殺を失敗させたのも、ノート・アスロンが首切りへの連絡手段を持っていたのも、そう考えるとすべて辻褄が合う。今回の失敗は元をたどれば、全部貴方の勝手な行いのせいなのよ!」


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