第89話 エリンと王都での思い出話
エリンとロズリアと合流したということもあり、当初は『迷宮騎士団』の活動拠点による予定だったのだが、その足でパーティーハウスに帰ることにした。
俺を挟んで右側にロズリア、左側にエリン。
傍から見たら、両手に華みたいな状況だ。
「そういえば、久しぶりですよね。ノートくんとこうして二人っきりになるの」
ロズリアが腕を掴んで話しかけてくる。
ん? 聞き間違いかな? 思いっきりエリンいるんだけど。俺の左側にちゃんといるんだけど。
「いや、エ――」
「どうかしましたか?」
「どうかしましたかじゃなくて、エリ――」
「じっくり二人きりになれたのって、王都での生活以来でしょうか?」
「あっ、いないことにしたまま、押し切るつもりなんだ……」
強引にこちらの話を打ち切るロズリアに戸惑いを隠せない。
「あのー、私もいるんだけど……」
ほらエリンなんて怒るのを忘れて、宙に手を上げたまま視線を泳がせている。どう対処したらいいのか、動揺を隠せていなかった。
「そういえば、ノートとロズリアって私がイザールにいる間、二人で暮らしてたのよね?」
「そうですよ。――って反応しちゃいました!」
「していいのよ! ていうか、しなさいよ! 無視とか結構傷つくんだから! 学生時代のいじめとか思い出しちゃって!」
ロズリアが反応したことで、いつもの調子に戻るエリン。
なんかしおらしいなって思ったら、そういうことだったのね。
「なんかすみません。さらっと闇っぽいエピソード挟むの止めてくれません? 罪悪感がすごいんですけど……」
「罪悪感を覚えるなら、最初からしなければいいじゃない。そもそも、あんたに罪悪感という感情があったのが驚きなんだけど……」
「酷くないですか? わたくしも罪悪感くらい覚えますよ」
「……」
それに関しては全面的にエリンに同意だった。
罪悪感を覚えるんだったら、パーティークラッシャーなんかになるなよ……。
「それでどうしたんですか? いきなり昔のこと訊いてきて」
「だって、気になるじゃない! 私がいない間、二人だったんでしょ? 何があったとか……」
「ははーん。さては不安なんですね。二人で生活している間に何か起こらなかったかと?」
人差し指をこねくり回しているエリンと、口元に薄すらと笑みを浮かべているロズリア。
ああ、全然両手に華なんかじゃないわ。結局、いつもの口論が繰り広げられるだけだ。ただの激戦地だ。
これからろくなやり取りが行われないことは百も承知だったが、ここで離れたら何を吹き込まれるかわかったものじゃない。
何もやましいことはしていないのだ。ここは動じず、どっしりと構えることにしよう。
「そうよ! 何かあったの? 教えなさいよ、ロズリア!」
「わかりました。いいですよ」
軽く咳払いをすると、ロズリアは口を開いた。
「それはですね……」
「……ごくりっ」
「実は――」
「実は?」
「何も――」
「何も?」
「起こらなかったんですよ! 酷いと思いません、もう!」
「そんなもったいぶっておいて、何もなかったの⁉」
エリンは驚きが隠せない様子だった。ロズリアに詰め寄って、襟を掴んで言う。
「逆に何もないって言われると不安なんだけど! 隠しているとかじゃないわよね!」
「隠してなんかいませんよ。何かあったら自慢しています」
「それもどうかと思うんだけど……。そうなの? ノート」
「まあね……」
想像を外れた展開に戸惑いながらも返事をする。
まさか、ロズリアが噓偽りなく話をするとは……。変な疑いをかけてしまったことに、心の中で謝っておこう。
「意外ね。どうしたの? ロズリア」
「あの時期は色々込み入っていたんですよ。ノートくんも今のように立ち直ってなかったですし。ふざけた雰囲気じゃありませんでしたから」
「それもそうよね……」
エリンもジンが死んで、パーティーが崩壊したことを思い出したのだろう。
目を細めて、口元を引き締めるエリン。
「それにミーヤさんとかいう邪魔者が現れてしまったばかりに……」
「えっ、ちょっと待って⁉ 誰、それ? 全く知らない女の人が出てきたんですけど!」
「あれ? もしかして知らなかったんですか? ノートくんの古い知り合いですよ?」
「何それ⁉ 初耳なんですけど! どういうことなの、ノート⁉」
そんなシリアスな雰囲気は、ロズリアの放った一言で跡形もなく消えてしまった。
「あれ? エリンに言っていなかったっけ? ミーヤのこと」
「ミーヤって誰よ! そんな人知らないんだけど!」
「いや、幼馴染の子だよ。前に言わなかったっけ? 『
「それは知っているけど……。って、幼馴染と再開したの⁉」
「うん、ロズリアと王都にいる時ね」
「どうしてそんな大事なこと今まで黙っていたのよ!」
「いや、てっきり忘れてたというか……。完全に報告し忘れてました……」
エリンと再会してからというものの、七賢選抜で騒ぎを起こしたことへの反響だったり、フォースとの再戦だったり、新メンバー探しのことだったりでね? 色々と忙しかったじゃん。
別に都合が悪かったから黙っていたとかじゃないよ!
下手に言って、エリンとミーヤが顔を合わせるなんて事態になったら面倒になりそうとか全然考えていないからね!
「なんかあったの? そのミーヤって子と?」
「何もなかったよ。うん、何も」
「でも、好きだったんでしょ? 本当に何もなかったの?」
「一緒に冒険者活動したじゃないですか! 何もないっていうのはミーヤさんにも失礼なんじゃないですか?」
「ほら! 一緒に活動してたんじゃない!」
おい、ロズリア……。それ、エリンを怒らせるようにわざと言ってるよね?
ミーヤを思いやるような素振りなんて全然見せなかったじゃん! 思いっきりいじりまくってたじゃん! なんでこんなときに限って、急に配慮しだすの!
「それだけよね……それだけだと言ってよね……」
「この街に来るのも一緒でしたよね。仲良く馬車に乗って」
「この街にいるの⁉ それも初耳なんですけど!」
いや、確かに一緒に馬車に乗ってこの街に来たのは本当だけど、あれを仲良くというのは無理があると思う。
ギスギスしていただけというか、ミーヤがロズリアにからかわれていただけというか。
「もしかして、まだこの街にいるの?」
「はい、ノートくんの影響でダンジョン攻略するらしいですよ」
「なんで、そんなこと黙っていたのよ! やましいことあったんでしょ! それなら、一思いに言って!」
ぎゅっと目をつぶるエリン。やましいこととかないからね、本当に。
「というか、会いに行くわよ。今すぐに」
「それは勘弁というか……」
「なんでよ。も、もしかして陰で付き合っているとか……」
「違うから。逆だから。微妙にまだ仲が悪いんだよ! 会わないって約束しているんだよ!」
「いいから。私に気遣って隠しているんでしょ? わかってるから。よ、良かったわね……。初恋の幼馴染さんと付き合えて……」
「何もわかってないでしょ、絶対に。頼むからこっちの話訊いて!」
全然良さそうに思っている表情じゃないよ。
目から光が失われてるし。口から魂みたいなものが飛び出てるから。
「付き合ってないから! ミーヤとは本当に何もないんだって!」
「ほ、本当に……?」
「本当だよ。ライバル的な関係になって落ち着いたというか、先にダンジョンを制覇して見返してやろうみたいな? そういう関係になったんだよ。言葉では上手く伝えられないけど」
「仲直りしたわけでもないの? なんだか、色々とめんどくさそうね……」
「本当、おっしゃる通りだと思います」
なんで普通に仲直りしないで、歪な距離感に落ち着いてしまったんだろう。
仕方ない事情があったとはいえ、今となってはもう少し上手いやり方があったのではと思ったりもしていた。
「まあ、そういうわけだから、ミーヤとはこの街に来てから会ってないんだよね。今頃、何してるんだろ。いい仲間見つけたのかな?」
仲間を見つける方法はいくつかあるが、一番手っ取り早いのは既に有名なダンジョン攻略パーティーに加入することだ。
ピュリフの街で有名なダンジョン攻略パーティーといえば、『
かつては『
「『迷宮騎士団』には入ってなかったっぽいし、『
「別のパーティーに入ったっていう情報も聞きませんよね……」
「だよね……。ミーヤがどこかのパーティーに入ったら、絶対街中の冒険者達の話題になりそうだし」
「冒険者の話題といえばこの前小耳に挟んだんですけど、なんと遂に国がダンジョン攻略に乗り出したみたいですよ。知ってましたか?」
「えっ、そうなの⁉ 初耳なんだけど」
国がダンジョン攻略に乗り出すとあれば、ピュリフの街の冒険者勢力事情も大きく変わってくる。
まさに寝耳に水な情報だった。
「エリンも知ってた?」
「うん。ダンジョンギルドに行った時に、ロズリアと一緒に聞いた情報だから」
なるほど。そういう経緯で手に入れた情報なのか。
もう少しダンジョンギルドとかに通って、冒険者界隈の情報を積極的に手に入れていくべきなのかもしれない。
情報はあればあるだけ武器になる。情報のアンテナが広ければ、こんなに新メンバー探しに苦労していなかったかもしれないのだ。
「でも、どうなるんだろうね。俺達にとって向かい風となるのかな?」
「どうかしら。国中の人がピュリフの街に集まってくるようになるって考えればメンバー探しも楽になるかもしれないけど。そのパーティーに人員が取られちゃうって可能性もあるから。どっちもどっちじゃない?」
「そうですね。ライバルが増えるって意味ではマイナスにもなりますし」
「要するに一長一短ってことか……」
特に何をするってわけじゃないが、国がダンジョン攻略に乗り出したことを念頭に置いて、これから動いていった方が良さそうだ。
国が募集した人員の余りから、『
「それにしても、今更どうしてなんだろうね。国ってダンジョン攻略に長い間関わってなかったよね?」
「ノートくんとかの影響みたいですよ。【
俺のせいというより、クーリのせいの方が大きいかもしれない。
俺の【
トップクラスのダンジョン攻略パーティーに戦闘スキルでない【地図化】持ちが二人。
明らかにおかしい状況だ。偶然じゃすまされない一致。
この一致を機に、世間の人々が【
「国が動き出すって誰が主導なの? まさか将軍クラスじゃないよね?」
「違いますよ」
「だよね。さすがにそこまで大物は乗り出してこないよね」
「そうじゃないですよ。もっと大物です」
「もっと大物……?」
ロズリアの言葉に首を傾げる。
将軍よりも大物って……。
「もしかして王族とか?」
「大正解です!」
「マジか……」
驚きが隠せない。しかし、ロズリアが次に放った一言は更なる驚きをもたらすことになる。
「しかも、王族の中でもかなりの大物。暴虐王女といわれた、レイファ・サザンドールですよ」