第88話 神童と幻の七賢
「いやぁーノート先輩と戦えてよかったです。もうインスピレーション湧きまくりですよ。【
18階層のモンスターとの戦闘を終えて、しばらく探索した後、俺と『迷宮騎士団』は探索を切り上げることにした。
クーリは散々駄々をこねていたが、そもそも『迷宮騎士団』の一軍パーティーは俺と一緒に行動する予定はなかったのだ。
クーリの希望あって18階層に行っていただけで、一軍パーティーにとって俺と行動するメリットはあまりない。
ということで、早めの帰還となったわけだ。
現在は各階層に繋がる転移結晶がある、遺跡様の建物から出たところである。
クーリはさっきまで駄々をこねていたことなんてけろっと忘れて、楽しそうに語っていた。
「クーリの役に立つものは見せられなかったと思うけどね。それよりクーリの方がすごいじゃん。あんなすごい魔導士だったなんてね」
「まあ、そうですね。僕、天才らしいですから。みんなが言うにはですけど」
クーリはさらっと言う。
「僕としてはどうしてみんな僕と同じようにできないのか、わからないんですけどね」
天才と呼ばれ慣れた少年は言うことが違う。見えている世界自体が違うのか。
ダンジョンに潜る前にこんなこと言われたら、何言っているんだと笑ってしまったかもしれない。
だけど、実力を見せつけられた今では笑う気も起きなかった。
ライシュ達四人の背中がどんどん進んでいくのが見える。
それに追いつこうと歩き出すと転移結晶が光った。誰かが帰還した合図だ。
「ちょっと歩くところが近い! さっきから盾が肩に当たって痛いから!」
「そちらこそスペルをわたくしに誤射したじゃないですか。少し髪焦げてましたよ? どう責任とってくれるんですか?」
「回復スペルで治ったからいいじゃない」
「肩だって回復スペルで治せるじゃないですか」
「それはそうだけど――ってだからってガチガチぶつけてくるんじゃないわよ!」
「なんかうるさい人達がいますねー」
クーリは両手を頭の後ろに組みながら言う。
「まあ、そうだね……」
こんなに白昼堂々言い合いをしている女二人組なんて、多分彼女達しかいないような気もしたが、先輩としての面子を保つためにも見知らぬふりをした。
うん、多分知らない人。人違いだよね。聞いたことある声だったけど。
急いでその場から立ち去ろうとすると声をかけられた。
「あっ、ノートくん」
どうやら見つかってしまったようだ。
観念して振り向くと、そこにはやっぱり見知った二人の姿が。
一方はこちらに手を振って、もう一方は俺達の存在にまだ気がついていないようだった。
「そうやって話を逸らそうとしても無駄よ、ロズリア。もうその手には引っかからないんだから」
「ほんとですって、エリンさん! 見てくださいよ!」
「信じるわけないじゃない。そこまで私も馬鹿じゃないわよ」
「じゃあ本当にいたらどうするんですか? どう責任とってくれるんですか?」
「それはもう全裸になって――」
瞬間、目が合う。
「全裸になってどうするんです?」
「ええと……お風呂に入ろうかしら? いつも通り」
「なるほど。全裸で街中を徘徊すると」
「まだそこまで言ってないじゃない!」
まだってなんだよ。言うつもりだったのかよ……。
開いた口が塞がらないまま二人の口論を眺めていると、きりっとした目で見つめられる。
「そもそもどうしてこんなところにいるのよ、ノート! 危うく街中全裸ダッシュするところじゃない!」
「理不尽!」
なんで俺が怒られるんだよ。完全にエリンに非があると思うんだけど……。
「あのー、この変な人達、もしかしてノート先輩の知り合いですか?」
「残念だけど否定できないのが辛いところだよね……」
クーリもだいぶ変わっている方の人種に分類されそうな気がしたが、この光景を見せられたらなぁ……。
頼むから、言い合いは人目につく場所では止めてほしい。
「それで隣にいる方はどなたですか?」
ロズリアは頬に人差し指をあてながら質問をした。
ニコッと笑いながら目の前の少年は答える。
「クーリ・ルイソンです。ノート先輩の後輩やってます。あと、『迷宮騎士団』にも加入してます。よろしくお願いします」
俺の後輩やってますってなんだよ。それと『迷宮騎士団』の方をおまけみたいに言うな。
「そうですか。わたくしはロズリアです。ノートくんとはパーティーメンバーであり、恋仲です。よろしくお願いいたします」
「確かにロズリアさん、綺麗ですもんね。先輩にぴったりだと思います」
「そう思いますか? 見る目ありますね」
「ちょっと。嘘の情報のまま、話進行しないでくれる?」
毎度のこと、その類の自己紹介を挟んでくるせいで違和感を覚えなくなってきた。
今回だって反応が遅れたし。このままいけば、否定し忘れる可能性も出てくるんじゃないか?
「付き合っていないから。ただのパーティーメンバーだから。こういうこと言って、人を困らせることが好きなんだよ」
「えーっ。ノートくん、酷いですよ。人を悪女かなんかみたいに」
「……」
過去にやった行いを思い出して欲しい。
どうしたら、そんな自分は純粋な乙女ですよみたいな瞳を浮かべられるんだ。もしかして、記憶喪失なのか?
「クーリ・ルイソン……? どこかで聞いた名前ね……」
エリンはというと、会話に参加しないでぶつぶつと呟いている。
クーリの手元でくるくると回されるショートステッキに視線が寄せられたと思ったら、その赤い瞳が見開かれる。
「クーリってあの、神童のクーリ?」
「もしかして知り合い?」
「知り合いってわけじゃないけど、有名人だから。私が学園に通っていた時に噂に聞いていたわ。1区の学園にすごい天才がいるって」
「エリン先輩に認知されてるなんて光栄ですね。どうも、今では『堕ちた神童』と呼ばれているクーリです」
指をくいくいと曲げながらピースをするクーリ。残酷な事実を口にするものの、表情はいつもの通りのヘラヘラとした笑みであった。
「堕ちた神童? なんかあったの?」
エリンは不思議そうに尋ねる。
「魔法系スキルが手に入らなかったんですよ。やっぱキツいですよね、スキルなしは。あるのとないのじゃ大違いですもん」
「確かにそれはご愁傷様ね……」
「本当に羨ましいです。エリン先輩、かなりいい魔法スキル持っているでしょ?」
「まあね。どちらかというと、私はスキルだけみたいなところあるから」
そう答えてエリンは腕を組んだ。人差し指で二の腕を叩きながら言う。
「でも、『迷宮騎士団』に入れたわけでしょ、一応? 何軍でやっているのかはわからないけど、採用されるくらいの力は認められたってことでしょ? 昔のように活躍はできないだろうけど、まあマシなんじゃない?」
「ねえ、エリン……」
「何、ノート?」
「クーリ、バリバリ一軍で活躍してるから……」
「えっ、本当っ⁉」
驚いて顔を突き出すエリン。
「魔導士辞めたってわけじゃないわよね……。装備は魔導士っぽいし。まさか魔法スキルなしで、一軍魔導士やってるの⁉」
「そういうわけじゃないですよ。魔導士はサブみたいなものです。メインはマッピング担当です」
「マッピング担当ってことは……」
「そうです。僕もノート先輩と同じ【
エリンは笑顔で答えるクーリを見つめる。
視線を上にあげてしばらく思案に耽った様子を見せると、口を開いた。
「厄介ね……。どうだった、ノート? その様子だと一緒にダンジョン潜ったんでしょ?」
「正直、俺より強かった」
「あり得る話なのが怖いところね……」
エリンは息を吐いて呟いた。
「一瞬でわかってくれるんだ」
「噂通りの才能があるなら、そうなるかもって推測しただけ。それだけイザールでの評判がすごかったから」
「そうなんだ」
「いい噂も悪い噂もね……」
「悪い噂って?」
「色々な女の子に手を出してたとか」
「ああ、それも有名だったんだ」
「現に私の同級生で付き合ってた子もいたはずだしね」
「えっ⁉ エリン先輩の同級生って誰ですか? 確か先輩って4区の学園出身でしたよね? それで年上ってなると、ミファ、アール、メイ、グリィシャ、フェルト……今言った中にいますか?」
「なんでそれだけの条件で五人も出てくるんだよ……」
俺なんて付き合ったことのある女の子って条件に緩めても誰も出てこないぞ?
無、無、無、無、無……いくら頑張っても誰も出てこない。
「ミファは知ってたけど、フェルトとも付き合ってたの⁉」
「はい……実は……」
後頭部を掻きながらヘラヘラしているクーリ。
こんな無害そうな顔をしておきながら、やっていることはやっているんだよなぁ。
「どうしてノートさん、そんな冷たい視線向けてくるんですか⁉ みんなの名前を覚えてたんですよ⁉ もうちょっと褒めてもよくないですか⁉」
「褒められるハードルが低いから……」
今まで関係を持ったことのある人の名前を全員覚えているのはすごいかもしれないけど、そんなに関係を持っているとなぁ。
あまりに住んでいる世界が違いすぎて、俺の物差しで測るのが難しくなってくる。
「でも、懐かしいなあ。やっぱり故郷が同じ人と話せるのは楽しいですね」
「ちょっと、エリンのことも口説かないでよ」
なんか不安になって、つい間に入ってしまう。
クーリかっこいいしなぁ。エリンもこういうかっこいい男の子に言い寄られたら、絶対嬉しいよなぁ……。
「先輩の狙ってる女の子を口説きませんよ。というか僕、女の子口説くの止めたんですよね」
クーリは口をすぼめて言った。
「僕、確かに昔はモテてたし女遊びはしてたんですけど、【
いつも通りのような笑みを見せていたが、一瞬だけ瞳に光が失われたのを見逃さなかった。
置かれた状況が違うため、はっきりしたことはわからないが、彼もまた【
約束された将来は、そのスキルによって失われてしまった。
その絶望は夢と幼馴染を失った俺と似通っているのかもしれない。
だからこそ、【
「ノートくん、エリンさん狙ってるんですか? 絶対、止めた方がいいですよ、あんな女……」
「ノートってやっぱり私のこと……」
不満そうに拳を握るロズリアと、頬を赤らめて口元を緩めてるエリン。
二人は二人で、またマイペースだよな……。