第87話 『迷宮騎士団』とクーリ
ピュリフの街で最大規模を誇るダンジョン攻略クラン『迷宮騎士団』。
その一軍と探索に向かった先は、人間の身長の十数倍はあるような巨大な樹木に覆われている18階層であった。
この階層の最大の特徴といえば、すべてにおいてスケールがでかいことだ。
地形はもちろんのこと、出てくるモンスターはどれも大型だ。
ほぼ全部のモンスターが人よりでかく、踏みつぶされるだけで殺されてしまうような相手ばっかりである。
中ボスなんかは山と見間違うくらい大きくて、最初に挑んだ時は度肝を抜かれた記憶があった。
そんな階層に降り立ったのは俺を含めて六人。
『迷宮騎士団』のリーダーであり、『雷槍』の異名を持つライシュ・ミストレイ。
新しく『迷宮騎士団』へと加入した期待の【
ピュリフ一のタンクとして名高い、『
ほか、ピュリフの街人気冒険者ランキング1位常連である我が街のアイドル的存在の神官や、自らを『
この街にいれば一度は耳にしたことのあるような有名人が勢揃いであった。
この五人が『迷宮騎士団』の最高戦力。
あともう一人精霊剣士の人が一軍にはいるらしいのだが、今回は俺が入るということで休みとなっている。
「クーリって魔導士だったんですね」
横にいる女性に話しかける。ピュリフの街のアイドル的存在である女神官はにこやかに答えた。
「そうだよー。知らなかったの?」
「今日知ったんですよね、クーリのこと」
白いローブを身につけた少年の方に目を向ける。
右手には一本のショートステッキ。それをペン回しの容量でくるくるといじっている。
俺の視線に気づくと、子犬のようにはしゃいで駆け寄ってきた。
「なんですか⁉ 僕に用ですか⁉」
「いや、クーリって魔導士だったんだなって」
「そうですよ! 見えませんか?」
「さっきはそれらしい装備してなかったし。言われてみると華奢だし、魔導士っぽいかも」
「やっぱそう思います? 魔導士の家系から生まれた根っからの魔導士人間ですから」
「ということはイザールにいたこととかあったりするの?」
「はい、住んでました! というか、生まれも育ちもイザールです」
「マジで? この前行ったんだよ、イザール」
「もちろん知ってますよ。有名でしたから、先輩が派手にイザールでぶちかましたの。新聞でも見ました」
やっぱりクーリにも知られていたか……。
あれほど話題になれば当たり前っちゃ当たり前かもしれないけど、自分が悪目立ちした過去が国中の人に知られているのには辛いものがあった。
「その話はまあいいよ……」
「えっー! 聞きたかったのにー! 先輩ってエリン先輩とデキてるんですか? やっぱりモテるんですか?」
「デキてないし、モテないから。そもそも何が『やっぱり』なの?」
「だって、先輩かっこいいじゃないですか! 絶対いけますって。アタックすれば絶対落とせますよ」
「なんでそんなに俺の評価が高いんだよ……。というか、それを言うならクーリの方がモテそうじゃない? イケメンだし」
クーリは美少年だ。幼さの残る顔立ちに澄んだ青色の瞳。感情豊かな表情も彼の魅力を引き立てているように思える。
「まあ、そうですね。モテますよ、そりゃあ」
「そこは認めるんだ……」
「だって、事実ですから。僕みたいな人が『全然モテないですよー』って謙遜したところで腹が立つだけじゃないですか? それよりか素直に認めた方がいいかなって」
「そういうものなのか……?」
だからって断言するのもどうかと思ったが、まあ清々しくて嫌味に聞こえないという部分では悪くないのかもしれない。
戸惑いの表情を浮かべていると、隣にいた女神官は言った。
「気をつけた方がいいよ。この子かわいい顔して、この街に来てからもう十人以上の女の子に手出してるから。キミのお気に入りの女の子も食べられちゃうかもよ?」
「えっ⁉」
「そんなこともありましたね……」
驚く俺に、クーリはなんてこともないように言う。
「そもそもですね、言い方が悪いですよ。向こうからアプローチをかけてきたので抱いただけです。据え膳食わぬは男の恥って言うじゃないですか。それを人をそんな性欲魔人みたいな言い方して」
「抱いた? えっ⁉」
「どうしたんですか、そんな過剰に反応して。童貞じゃないんですから」
いや、その童貞なんだよ。悪いけど、こっちは。
無意識的にえげつない攻撃ぶち込んできてるからね。年下に童貞いじりされることほど傷つくことないからね。
「どんまいだね」
こちらの肩をポンポンと叩く女神官。どうやら彼女にはすべてがお見通しだったらしい。
ちなみに女の子に童貞なことを哀れまれるのも、人を充分傷つけるということを忘れないでほしい。
優しさが時に人を傷つけることもあるんだ。
「というか、ずっと話に夢中になってていいの? ナビゲーションとかしないで?」
都合の悪い話題から逸れようと、別の話題を振る。
クーリはこちらの思惑には気づいてないようだ。純粋な笑みを浮かべながら手を振った。
「大丈夫ですよ。コースを逸れていないのはわかってますし。それに今のところモンスターも襲ってこなそうですからね」
「まあ、そうなんだけど……。って、ちゃんとモンスターの動きまで把握しているんだ」
「《探知》使ってますからね。先輩の《索敵》と似たような効果のスペルですよ。ちゃらんぽらんに見えるかもしれないですけど、さすがにパーティーでの役目は果たしてます。安心してください」
人差し指、中指、薬指と器用にステッキを回しながら答えるクーリ。
「先輩の立ち回りを基に、僕もパーティーのサポーターとしてのスペルを極めることにしたんですよ。モンスターの察知や罠の解除はお手の物です。いわば先輩の魔導士版といったところですかね?」
魔導士版の俺か――。
エリンの罠魔法を用いた魔法系アタッカーとして転身し始めた俺にとっては、興味をそそられるワードだった。
彼の立ち回りを見れば、俺にも吸収できるところがあるかもしれない。
果たして戦闘スキルのない魔導士の彼がダンジョンにどう挑んでいくのか。見てみたい気持ちが強まった。
「どうせですし、先輩と一緒に戦いたいなー。モンスター出てこないかなぁー」
そう呟きながら、前方を歩くライシュに呼びかける。
「ライシュさん! モンスターと戦いたいんですけど! 呼び寄せちゃっていいですか?」
「確かにこのままだと歩いているだけだからね……。いつもと違うメンバーだし、連戦は避けたいから適度にだったらいいよ」
「やったー! じゃあ、派手にいきますよ!」
「おい、話を聞いて――」
ライシュが言い切る前に、飛び上がるクーリ。
腰に差してあったショートステッキをもう一本取り出し、右手で回し始める。
「《
その言葉とともに、魔力の塊がステッキから飛び出した。
発射された弾数は六つ。それぞれの弾丸が手元のステッキと同じように回転しながら上昇していく。
魔力の塊は天高く浮上すると、弾けるように四方へ飛び去っていった。
数秒後、遠く離れた場所で炸裂音が鳴る。
「よしっ、ヒット! ここから連発して放っておびき寄せます。ブラウさん頼みますよ。一番早くこっちに来そうなのは10時の方向の敵かなぁ」
そう言いながらも、無数の《
彼の右手からは幾重もの線が伸び、規則正しい軌跡を描いている。幾何学的で審美的な曲線はまるで芸術だ。
「すごいな……」
素直に感心の言葉が漏れ出る。
《魔弾》は決して珍しいスペルではない。
魔力でできた弾を誘導しながら発射するそのスペルは、どちらかというと魔導士にとって初歩中の初歩となるような基本的なスペルである。
だけど、《魔弾》をここまで自由自在に操る魔導師を俺は見たことがなかった。
魔力の弾丸は大樹が生い茂る森の中に消えていく。
と思ったら、弾が消えていった方向にいるモンスターからの敵意がすぐに増幅する。
おそらくモンスターに着弾している。しかも、百発百中。
常識的に考えてこれは異常だ。
【
地形が把握できるこのスキルは、弾道をコントロールする《魔弾》との相性がいい。
それにしたって、余程正確無比な魔法制御能力がない限りこんな芸当ができるはずがない。
相手だってモンスターだ。当然動いている相手だ。
モンスターの動きを読みながら、射線を描いているとしか思えない。
「来ました! 一番乗りはやっぱり10時の方向からのやつでした!」
クーリが声をあげると、真っ先に飛び出したのはタンクであるブラウだ。自身の数倍もあるような巨大な鹿相手に、弾丸のように飛び込んでいく。
刃を水に入れたときに万物を斬る長刀――名を『入水』と呼ぶ――を背中から抜くと、身体をしならせながら脚へ斬りかかった。
鹿は危険を察知して跳び上がる。入水は鹿の脚の下をすり抜けた。
ねじれた角が光る。そう感じた瞬間、雷撃がブラウの下へ走っていく。
だけど構わずブラウは突き進んでいく。敵の攻撃に視線を向けることもなく。ただ愚直に。長刀を振るっていく。
不思議なことに雷撃はブラウのことを避けるかのように通り過ぎていった。
いつ直撃してもおかしくないのに。ノーガードで当たったら即死だってあり得るのに。ブラウはただひたすら攻撃を仕掛けていく。
これが、ブラウが『
いつ死んでもおかしくない立ち回り。だけど、何故か死なない。まるで彼が神に愛されているかのように死が遠ざかっていく。
それこそが超変則攻撃型タンクであるブラウの戦い方である。
ブラウの豪運に頼った変則的な戦い方は、彼が『迷宮騎士団』に加入してから始まったものとされている。
以前の彼は普通に戦う、人並みの実力しかない戦士であったらしい。
今と同じように別のパーティーでダンジョン攻略に挑んでいたが、ある日の冒険でモンスターにより仲間の全員を失ってしまった。
それから彼は、死に場所を求めるかのようにダンジョンに一人潜ることとなる。
仲間の許へ向かおうと強敵と戦うも、何故か倒してしまう。どんなに死のうと思っても死ぬことができない。
不思議なことにモンスターの攻撃が当たらない。こちらの攻撃だけが当たってしまう。
それからだ。彼が覚醒したのは。
その後『迷宮騎士団』を率いていたライシュは、何度ダンジョンに潜っても死なないブラウに目をつけ、彼を己のパーティーへと勧誘した。
死に場所を求めていた彼は、より深い階層に行けば自分を殺してくれる敵と出会えるかもしれない、そう思ってライシュの誘いへと乗ることとなる。
次から次へと現れるモンスターを倒していくうちに、彼はいつの間にか『迷宮騎士団』一番のタンクへと――。
いや、ピュリフ一のタンクといっても過言ではないほどの評価を、この街の冒険者達から得ることとなる。
これが『迷宮騎士団』のブラウに関する最も有名なエピソードである。
「それでは参戦するとするか」
バチバチと弾けるような音がすぐ傍で鳴った。
ついに来た。『迷宮騎士団』のトップアタッカー、『雷槍』のお出ましだ。
ライシュの右手に持つ槍が、緑色の迅雷で包み込まれる。雷は地面や鎧へと吸い付くように拡散し、轟音を鳴らし続けていた。
これこそが『雷槍』の異名の由来であり、伝説級とされている最高峰の武具。雷槍エンバーレイン。
スキルだけ見れば、フォースと同程度。だけど、そこに最強の装備が加わったとあればどうなるか。
その結果が『迷宮騎士団』を設立してからというもの、一度もエースの座を譲ることなく君臨し続けたライシュ・ミストレイである。
「いくぞ」
右腕を引き、腰を低く。左半身を相対するモンスターに向けるような構え。
そこから一瞬で身体を捻り、アンダースローで雷槍を投擲した。
空を切り裂きながら直進するエンバーレイン。
敵のモンスターが、その攻撃に気がついた時には既に手遅れだ。
鹿の角から放たれる雷撃に覆い被さるように。打ち消すように。まるでなかったことのように。ぶち抜いていく。
鹿の頭部が吹き飛ぶ。目と鼻と頭があったはずの場所。そこに丸くぽっかりと穴が空いていた。
「戻れ、エンバーレイン」
ライシュが右手を前に出す。爆音とともに雷撃が走ったかと思いきや、いつの間にかライシュの手のひらにはエンバーレインが握られていた。
これが噂の雷槍。名を呼べば一瞬で持ち主の下に戻るとされている不可思議な魔槍。
実際に目にするのは始めてだが、見ただけで高位の魔道具なことがわかる代物だ。一体どんな仕組みで動いているのだろうか。
貴重な光景をわくわくしながら見ていると、視界に変化が現れた。
「黒き王よ。秩序と成りて、拡散し展開せよ。《
腕にチェーンを巻きつけた黒魔導士が呟くと、1メートル大の黒い球体がいくつも現れた。
球体はふらふらと宙に浮きながら進んでいく。かと思いきや、木々の隙間から飛び出してきた巨大な熊のようなモンスターにぶつかる。
「……あれ?」
爆発でもするのかと思って身構えていたが、何も起こらない。黒い球体は熊の肩に埋め込まれるように留まっていた。
他の四方から来たモンスターの身体の部位にも同様に球体が付着している。
「七賢攫いよ。我の術式は破壊術式ではない。神髄は拘束にこそあり」
前方に目を向けると、熊のようなモンスターは動きを封じられたようにもがいていた。他の球体に触れたモンスターも同様の動きをしている。
「戻れ、エンバーレイン!」
的が止まっているなら、何も難しいことはない。動きを封じられたモンスターは一匹ずつ雷槍の投擲の餌食となっていく。
「絡め技ですか。上手いですね」
ところどころに赤い紋章が散りばめられた派手な黒衣。左眼の眼帯。両腕に巻かれた鎖など自己主張が激しい装いや謎の詠唱から、目立ちたがり屋なのかと思っていたが、やっていることは堅実だ。
いぶし銀のような戦い方。闇の沼をモンスターの出所に置いて行動を封じたり、敵にデバフのような黒い靄をかけて動きに制限をかけていた。
「意外に思うでしょ? こう見えて技巧派なのよ」
こちらの言葉に反応しながらも、支援スペルを展開し続ける女神官。
一人前衛に出ているブラウを重点的に、雷槍の反動を受けているライシュのダメージも計算しながら、回復スペルを撃っている。
器用だ。こちらも派手な立ち回りはないが、堅実に支援がされている。
まるで回復職のお手本のような動き。戦っている方とすれば、やりやすいことこの上ない。
人気だけじゃなく、実力も兼ね備えた一流の神官の姿がそこにあった。
「黙れ、女。実力をひけらかすのは二流。真の一流は実力を隠して立ち回るものなのだ」
「えっ? いつもそんな戦い方じゃん」
「それは普段から実力を隠しているということだ」
「そうなの? 普段からのダンジョン攻略で手抜いてるの? ライシュに報告していい?」
「おいっ! ちょっと待て! 怒られるじゃないか、おい! 本気だ、本気に決まっている。命がかかっているダンジョン攻略で全力を出さないわけがないだろ」
「とか言っちゃってー。実力隠してるんでしょ? わかってるよ」
笑いながらからかっている女神官。黒魔導士はかっこつけているものの、完全にやり込められていた。
「そういえばクーリですけど――」
ただひたすら《魔弾》を放ち続けている若い魔導士に目を向ける。
「無駄な軌道多くないですか? 《魔弾》の」
彼が放つ《魔弾》は縦横無尽に戦場を駆け抜けている。駆け抜けているのはいいものの、過剰に駆け抜けすぎている気もした。
無駄な経路が多い。観測しうる限り、ほとんどの《魔弾》はモンスターに着弾している。
だけど、必要のない迂回をしたり、くるくると謎の渦を巻きながら放ったりと統一性がない。
まるで芸を見ているような印象だ。効率的な戦いというよりも魅せるための戦い。
先ほどまでの正確無比な着弾は鳴りを潜めていた。
「それに気づくとは流石だな七賢攫い」
黒魔導士は低く作った声で答えた。
「お前はクーリが《魔弾》の軌道で遊びながら戦っているように見えているんだろ? 戦いの最中でも舐めた態度を取る三流魔導士だと」
「そこまでは言ってないですけど……」
まあ、ちょっと遊んでるなとまでは思ったけど。
クーリの《魔弾》はパーティーの与えてるダメージとしては微々たるものだ。
エンバーレインを持つパーティー一のアタッカーであるライシュや、変則的な攻撃型タンクであるブラウには及ばないし、使う魔法の規模からもサポートに徹している黒魔導士が攻撃を仕掛けた方が火力が出そうである。
魔法操作がいくら得意といっても、クーリのスキルは【
ダンジョン攻略のサポートとしては必須級のスキルだが、3スロットという性能に見合わない効率の悪いスキル。
このスキルを持った者は戦闘スキルを持つことができない。
クーリがいくら魔法を駆使したところで、魔導士系スキルを持つ魔導士には勝つことができないのだ。
これは俺もぶち当たった壁。マッピング担当の宿命だ。
しかし、器用にスペルを放ち続けながら黒魔導士は笑った。
「そこまではってことは少しは思っているってことだな。一つ忠告しておく。お前は勘違いしている。クーリという魔導士を低く見積もりすぎている」
「低く?」
「そうだ。奴が入ってきて、『迷宮騎士団』は攻撃力、安定力ともに向上した。アタッカーが一人抜けたのにだ。クーリは正真正銘、『迷宮騎士団』一軍に相応しい魔導士だ」
アタッカーが抜けて攻撃力が増した? そんなことがあり得るのか?
『迷宮騎士団』の一軍アタッカーといえば、元とはいえピュリフの街最高クラスの冒険者であるはずだ。
それを同じ【
「一体どうやって……」
「それはね。あの《魔弾》は一見遊んでいるように見えて、メッセージなんだよ。わたし達へのね」
女神官は杖をくるっと振りながら答えた。
「クーリくんは《魔弾》の起動を活かしてみんなに指示を出しているんだよ。例えばあの直角に曲がった青色の《魔弾》。あれはブラウへの指示だね。パーティーで決めたサインでいうとB-3。一撃入れた後に進行方向への敵へとシフトチェンジ」
「え?」
驚くことにブラウは女神官が言った通りに狙う対象を切り替えた。
「次は緑色の《魔弾》。太く一直線に伸びていく一本。G-1、対象を撃破までフルアタック。ライシュへの支持」
雷槍が轟きながら、ワイバーンの胸に風穴を開ける。
エンバーレインはライシュの叫びとともに帰還すると、次なる獲物を求めギアをあげていく。
「ね? クーリくんはいわばこのパーティーの司令塔。この複雑な戦闘をたった一人で管理している天才ゲームメーカーってわけ。あの子が入ったおかげでブラウの怪我もかなり減ったね。回復をする身としても助かるんだよね。ほら、ああやってモンスターの注意を向けたり」
大狼の横顔に《魔弾》がヒット。弾ける衝撃に横を向くと、そこにはブラウがいる。
自然と大狼の注意がブラウに向く。
「障壁を張って、援護をしたり」
くるくる、トンッ。クーリは左手に持ったショートステッキをライシュの前方に向けた。
斜めに展開した障壁は敵のブレスを防ぎ、ライシュの攻撃の隙を作る。
というか、左手にも杖を持っている。右手に二本、左手に一本。器用に回している。
一体どうなっているんだ、あれ?
「
それを超える
「奴は魔導士界きっての神童――真っ当な魔法系スキルさえ手に入れれば史上最強の七賢者になれたとさえ言われているほどの化け物だ。スキルなしの魔法センスだけ見たら、この我も足元には及ばないだろう」
「あっさり負けを認めるんですか……」
黒魔導士に向かって俺は言う。
「当たり前だろう。あれほどの才能を見せつけられたら。嫉妬も絶望もしない魔導士なんているわけがない。惜しむらくは【
ヘラヘラとした笑みを浮かべながら、《魔弾》の弾道で線の世界を描いていくクーリ。
その淀みなく輝いた瞳にはどんな光景が映っているのだろう。
「俺より強いな……」
自分のことを先輩と呼んでくれて、慕ってくれるかわいい後輩が出来て、少し調子に乗っていたところはあると思う。
《絶影》を身につけて、《
自分はダンジョン攻略に相応しい力を手に入れたんじゃないかと。せめて【地図化】を持つ人間の中では最も強い存在なんじゃないかと自惚れていた。
だけどそれは間違っていた。
クーリという天才の出現で悟ってしまった。俺は持たざる者だった。
そんな大事なことをやっと思い出した。
「ノート先輩! そろそろ参戦してくださいよ! こっちの動きも把握しましたよね? 合わせられますか? 一緒に戦いましょうよ!」
その残酷なほどに無邪気な誘いを、一瞬だけだが怖いと思ってしまった。
期待はずれだと思われるんじゃないかと。俺のしょうもない戦いぶりを見せたら、憧れは霧散してしまうんじゃないかと。
クーリは危険だ。いや、『迷宮騎士団』は――か。
彼らはダンジョン攻略を成し遂げうる存在だ。前人未到のダンジョン攻略という『到達する者』の野望を阻止しうる力を持つ存在だ。
今までは追うだけでよかった。ジンや『
だけど、今は違う。新しいライバル、湧いて出てくる下の世代。
競う相手は無限にいて、立ち止まっている暇なんてものはどこにもなかった。
「把握できるわけないから。ついていくだけでやっとだと思うよ」
俺は挑戦者だ。そういう心持ちで挑んでみよう。期待はずれだと思われることが怖くて物怖じしていたら始まらない。
せっかくの一流パーティーとの交流、年下の天才との共闘なのだ。一つでも多くの物を学んで帰ることにしよう。
俺は一軍パーティーとの交流を持ち掛けてくれたクーリに心の中で感謝しながら、戦場へ踏み出した。