第86話 もう一人の【地図化】
新メンバーが見つからないとあれば、ダンジョン攻略を進めることができない。
手持ち無沙汰になってしまった『
一つ目は新メンバーのスカウト。一度は募集という形を取ったが、いい人物が集まらなかったためスカウトに手を伸ばしてみようという判断だ。
この役目はパーティーの中で最も人脈がある人物――消去法的にフォースが担うことになった。
別にフォースは特段顔が広いってわけではないが、『
全く友達がいないエリン、悪名がまだぬぐい切れていないロズリア、人見知りのネメ、何故か知人が少ない俺。
他の比較相手がしょぼすぎるだけな感じは大いにある。
まあ、フォースはこの街にいた歴も一番長いし、男相手に限れば友人も少なくない。
今の彼なら見た目だけで可愛い女の子を選ぶなんてことはないと思うし、安心していいだろう。
二つ目は資金稼ぎ。この一年、各々が好きなように暮らしていたせいで、ダンジョン攻略の活動資金はほとんどないといった状況だ。
スカウトのための資金を稼ぐためにも、ダンジョン探索をしてお金になりそうな宝や素材を探すことにした。
こちらの役目はエリンとロズリア。圧倒的な火力のあるエリンと、その盾となりモンスターを引きつけるロズリア。
この二人がいればダンジョンの中層くらいなら楽々探索できるはずだ。
そのためにエリンにはモンスター探索系の魔法や罠探知系の魔法を覚えてもらっている。
同時並行でスペルを使うことができないという欠点はあるが、適宜使い分けていけばそこまで問題ないはずだ。
唯一の心配といえば、二人の組み合わせといったところか。
エリンとロズリア二人で探索させるってなんか怖いよな。いつもいがみ合っている気がするし。
まあ、流石に命の危険が伴うダンジョンで喧嘩を起こしたりはしないだろうけど。……しないよね?
三つ目はダンジョン探索のノウハウの獲得。
パーティー運営を行ってきたジンがいなくなって、『
どんな備品が必要だったのかとか、活動資金はどうやって手に入れるかなど、わからないことは山ほどだ。
ジン一人に任せてきたつけが回ってきてしまった。
これに関しては他のダンジョン攻略パーティーに頼み込んで、パーティー運営のノウハウを教えてもらうことで解決するつもりだ。
この役目は俺が担うことになった。これもまた消去法的に手が空いている人物。
ちなみにネメはお休みである。
人見知り (本人は頑なに認めないが)なのでスカウトにも、運営ノウハウを教わりに行くこともできない。
資金稼ぎのためのダンジョン探索はエリンとロズリアだけで充分なので、当面の間ネメには自由にしていていいと言ってある。
休みの時は『最強無敵パーティーず』のみんなとも会っているみたいだし、休みを多くもらって困るということはないだろう。
というわけで、今日俺はあるダンジョン攻略パーティーの活動拠点の前に来ていた。
加入する冒険者が多いため、複数のパーティーが集まってクランという形で活動している、ピュリフの街最大規模のダンジョン攻略集団『迷宮騎士団』だ。
現時点ではダンジョン攻略パーティーの中で到達階層二位を記録しているクランであり、一軍の面々は22階層まで攻略を果たしている。
ちなみに到達階層一位のパーティーは『
二つのパーティーは事前に『到達する者』の探索の情報を手に入れていたことによって、『到達する者』が壊滅させられた21階層をも突破したそうだ。
神聖術無効というギミックの存在を知って対策したからといって、あの21階層を突破することは容易ではないはずだ。
一時は『
現在『
大通りにある大きな建物を見つける。看板を見れば一発で『迷宮騎士団』の活動拠点であるとわかる作りだ。
建物の正面には両開きの大きな扉があり、誰でも中に入ることができるようになっている。
中に入ると受付があり、カウンターには受付嬢が座っていた。用件を伝えると、リーダーを呼ぶので待つように言われた。
本当の会社みたいだ。『
うちのパーティーに用がある人間なんて滅多に来ないんだけど。
一、二分経ったくらいだろうか。奥の扉からやってきたのは上背のある黒髪の男だった。
ピュリフの街でこの人物の顔を知らない人はいないといっても過言ではないだろう。
彼こそが『迷宮騎士団』のリーダー、ライシュ・ミストレイである。
またの名を『雷槍』。【槍術・極】のスキルを持つこの国最強の槍術師である。
「こんにちは。待たせて悪かったね」
穏やかな声で挨拶をするライシュ。落ち着きがあって知性を感じる声色だが、身長が高く、体格がいいせいで迫力もある。
なんというかオーラがあるというか、とにかく出来る人間なんだろうなって雰囲気がビシビシ伝わってくる。
「今日はパーティーの運営方法について教わりたいということでいいのかな?」
「はい、お願いします」
事前に『迷宮騎士団』の方には用件は伝えてあった。もちろん引き受けてもらうにあたって、タダでとはいかない。
「その代わりにこちらのパーティーのダンジョン探索を手伝ってくれると?」
「はい。新しいメンバーが見つからないうちは暇ですから。いくらでも手伝えますよ」
【
新しい階層を攻略するときはもちろんのこと、行ったことのある階層でもいるだけで探索効率が格段に変わる。
「ああ。そういえば君に会いたいって人がいたんだ。連れて来たんだけど、いいかな?」
「誰ですか? 自分の知り合いですか?」
「知り合いじゃないと思うけど、もしかしたら存在だけなら知ってるかもね。うちのパーティーの超大型新人だよ」
そうライシュが口にすると、後ろの扉からひょこっと飛び出してきた人物が。
小柄で金髪の少年。中性的な顔をしていて、はっきり言って美形だ。
同性の俺から見ても、圧倒的にかっこいいと思える。
そんな少年が飛びかかるように迫ってきた。
「こんにちは。先輩、会いたかったですっ!」
「先輩って……」
俺に後輩なんていただろうか。生まれ故郷の村の人ではないはずだ。こんなに歳の近い人はいなかった。
そうなると、野良で冒険者をやっていた頃の知り合いだろうか。でも、こんなに顔がいいなら見覚えがあるはずだ。
「って言われても困りますよね。僕が勝手に呼んでるだけですから。お初だと思いますよ。自分はただのノートさんのファンです!」
遂に俺にもファンが……。
ダンジョン攻略パーティーとして脚光を浴びていた『
当たり前だ。【地図化】の存在を知らなかった第三者からは、大した戦闘能力も持っていない凡人が精鋭揃いのダンジョン攻略パーティーにおこぼれで入れてもらっているように見えるんだから。
まあ、事実そのようなところもあり、大っぴらに否定はできないのだが。
「なんかありがとう」
照れながらもとりあえず握手に応じる。
こういう状況ってあまりないから戸惑うな。変な顔になってないといいけど。
「僕、ノートさんの影響を受けて冒険者になったんですよ!」
えっ⁉ そこまでのファンなの⁉
あれか? もしかしてサインとか頼まれちゃう感じか?
サインなんて全然考えてなかったよ。適当に書いて誤魔化せるかなぁ?
「こういう風に言われると結構嬉しいものなんだな。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます! 握手までしてもらって! 先輩が優しそうな人でよかったです!」
「そうだ。それ。その呼び方なんで? なんで先輩なの?」
最初から気になっていた点だ。なんで先輩なんだろう。
俺が年上っぽい風格があるからか? まあ身長も伸びてきたことだし?
そう思われるのが自然かもしれないけど。
「そういえば自分の自己紹介まだでしたね。興奮してすっかり忘れてました。自分、『迷宮騎士団』に新しく入ったクーリ・ルイソンといいます。っていっても、なんだお前ってなりますよね?」
クーリと名乗った人物はまくし立てる。
「こう言えばわかりやすいですかね? ノート先輩と同じ【
「俺と同じ……」
その言葉で思い出した。
【
俺とエリンが20階層で遭難した際に、救助を手伝ってもらうことへの対価として、ジンが他のダンジョン攻略パーティーに情報提供したからだ。
幸いにも自分達の力で20階層は脱出できたが、その後情報を手に入れた『迷宮騎士団』はその膨大な資金と情報網で【
そういう噂はかつて耳にしていた。
そして、俺達がピュリフの街を離れている間に『迷宮騎士団』はお目当ての人物を見つけたみたいだ。
ピュリフの街二番目の【
元々『
俺達が突破できなかった21階層も攻略しているし、あまりうかうかしていれない。
新メンバー探しに手間取っているうちに、先にダンジョンを踏破されてしまうということもある。
「それで俺の影響を受けて冒険者になったってことね」
すべてが上手く繋がった。
「そうです! ノート先輩が【
あまりに間接的な恩義のような気もするが、言っている意味も理解できる。
【
使いどころはないわけではないが、冒険者や騎士といった夢のある職業には向いていない。
そこに俺という存在が現れたことで、【
【
クーリにとっては、俺は【
実際のところはこのスキルの使い方を教えてくれたのはジンで、俺は何もしていないにも等しいのだが。
「いやぁ、嬉しいですね。先輩と話せて」
「そろそろいいかな?」
興奮し続けるクーリにストップをかけたのはライシュだった。
「本題に入りたいんだけど」
「ああ、そうでしたね。先輩と話すのに夢中でライシュさんのことすっかり忘れてましたよ」
「すっかりって……。お前なぁ」
「いやぁ、夢中になるとすぐ周りが見えなくなっちゃうんですよね。悪い癖ですよね。あはは」
「なんで笑ってるんだ……」
あまり反省しているように思えないクーリに、ライシュはあきれているようだった。深くため息を吐いていた。
「早く本題とやらを話し合ってください。自分はここで黙って聞いてますから。あっ、その本題とやらが終わったら先輩と話していいですよね?」
「もちろん」
「やったっー! そうと決まれば待ってます! 自分、あまり気長に待てないタイプなんで早巻きでお願いしますよ!」
このクーリって子、かなり自由だな。マイペースっていうか。強引に自分のペースに引き込んでくるっていうか。
悪気はないことはわかっているので、あまり悪い気はしないけど。
「はいはい、わかったよ。それでノート君――」
咳払いをして俺に向き直ると、ライシュは言った。
「じゃあ、今日は二軍パーティーと一緒に17階層に潜ってくれる? 一軍にはクーリが入っているから、ダンジョン攻略は進んでいるんだけど、二軍の進度が止まっているんだよね。手伝ってくれる?」
「はい、いいですよ」
二軍って17階層って、いくらなんでも進みすぎだろと思ったが、余計な口を挟むのは止めにした。
17階層って俺がダンジョン攻略に乗り出した当初は『
それで満足させないなんて。迷宮騎士団はかなりポテンシャルのあるクランなようだ。
「パーティーにピシャって子がいて、その子がリーダーをやっているんだけど、訊けばダンジョン攻略におけるノウハウは大体教えてくれるから」
「ちょっと待ってくださいよー!」
そこで割って入ってきたのはクーリだった。
「先輩と一緒にダンジョン潜れないんですか? 一軍に同行させましょうよぉー」
待ってますとはなんだったんだろうか。あまりに早い参戦だ。
ライシュは肩をすくめながら言った。
「あのね、一軍に同行させても意味ないよね?」
「意味ありますよ! ライシュさんは最強の【
「気になりはするけど――って、そもそも黙って聞いているって約束じゃなかった?」
「そんな話もありましたね。あはは」
本当に自由だな、おい。またしても笑って誤魔化そうとしているし。
「一回だけ。一回だけでいいですから、ノートさんと潜らせてくださいよ。絶対に役に立ちますって。先輩も『迷宮騎士団』の一軍パーティー見てみたいですよね?」
「それはまあ……」
確かに『迷宮騎士団』の一軍パーティーの実力を間近で見てみたいという気持ちはある。
他のパーティーのダンジョン攻略というのを見たことがないというのはあるし、何より伝説の雷槍が戦うところも見てみたい。
それに『迷宮騎士団』に新しく入ったマッピング担当が、どれほどの素質を持つ者か見極めたいという気持ちもあった。
「ですって! 一軍に同行させましょうよ~ライシュさん~」
「そうは言われてもね――」
「先輩のダンジョン攻略、見てみたいんですよ~。ほら、僕の戦いの何かインスピレーションになるかもしれませんし? そうですよ、絶対インスピレーション湧きますって。湧きまくりですって」
「こうなると、全然話聞いてくれないんだよね……」
ライシュは額に手をあてて、深く息を吐きながら俯いていた。
この人も苦労してそうだな……。眉間の皺がすごいことになってるし……。
「一回だけだよ? いいね?」
「やったー! さすが、ライシュさん。話がわっかるー!」
「わっかるー! じゃない。お前が言っても話を聞かないからだよ。お前が話をわからなすぎなんだ」
「よく言われます! ビシッ!」
「あのな……グーを作りながら言うな。褒め言葉じゃないんだから」
ライシュは呆れた表情を浮かべながら、肩を落としていた。