第85話 『到達する者』の新エース
金銀、魔道具、叡智。地上では手に入れられない宝の数々を秘めている閉鎖空間。ダンジョン。
誰も最奥まで到達したことのないその未開の地は、人々を興味という見えない力で引き寄せる。
夢や希望、はたまた欲望や打算など、大小、公私を問わない様々な理由で冒険者達はダンジョンに挑まんとする。
そのようなダンジョン攻略を目論む無数の冒険者の中で、かつて最も偉業に近いとされているパーティーの一つが、俺の所属していた『
各
しかし、順調な攻略はそう長くは続かなかった。
パーティーの屋台骨であるジンが、21階層で命を落としてから急転。
相次ぐパーティーメンバーの脱退により、『
その後、俺は冒険者を引退する決心をしたものの、あの輝かしいダンジョン攻略に挑む日々を忘れられるわけもなく。
バラバラになったパーティーメンバーを再集結させ、『
立ちはだかる色々な難題を解決して、ようやく五人は再出発をすることにしたのだが――。
「どうしましょう、これ……」
現在『
というのも、通常ダンジョン攻略はボス部屋に挑める上限人数である六人で挑むのがベストだとされており、ジンがいなくなってしまった『到達する者』はその上限人数に足りていない。
一年前の六人だった『
各々がいくら戦力増強をしたからといって、六人で行けるところをわざわざ五人で挑むメリットはない。
というわけで、六人目の新メンバーを探す流れとなった。
各階層にある転移結晶は一人一人がたどり着いたことのある階層にしか飛ぶことはできない。
ダンジョン攻略に行き詰まってから新メンバーを調達するとなると、新しいメンバーの到達階層に合わせてもう一度ダンジョンを攻略し直さなければならなくなり、二度手間となる。
そういった背景もあり、『
ダンジョンギルドに募集を張り出して、早一週間。手元には様々なプロフィールが送られてきている。
書かれている内容は名前と
募集用紙において、プロフィールとして知らせて欲しいと書いていた要項である。
『
ある程度の人気はあるようで、来ていたプロフィールの数は膨大な量となっていた。どこから聞きつけたのかわからないが、他の街からの募集だってある。
膨大な量の応募が来たのはいいが、ものには限度というものがある。多すぎるがあまり捌ききれていないのが現状であった。
「またポストに入っていましたよ」
たった今帰ってきたのはロズリアだ。聖剣フラクタスの使い手であり、聖騎士としてパーティーの壁となる要の存在。
かつてはパーティー崩壊を引き起こす魔性の女として、このピュリフの街で悪名を轟かせていたが、なんやかんやあってこの『
そんな彼女は買い物に行ってきた荷物とともに、封筒の束を机の上に置いた。
またしても十人以上の候補が追加されてしまった。やっとこれまでに来たプロフィールの開封&仕分け作業が終わったというのに、作業の終わりが引き延ばされてしまった。
ため息を吐きたい気持ちはあったが、封筒をポストから持って来てくれただけのロズリアには非がない。むしろ感謝すべきだ。
封筒の束を二つに分け、片方を隣に座っていた人物に手渡す。
「ノート、疲れたんだけど……」
隣で泣き言を言��ているのは『
先日行われた七賢選抜という魔導士の頂を決める大会において、最大の優勝候補を圧倒し棄権させた後に、自身も棄権をしてしまうという前代未聞の行いをした、今国中で一番話題になっている魔導士である。
まあ、棄権した原因の一端に俺が関わっているというか、ほとんど俺のせいのような気もするので、この件についてはあまり深く考えないようにしよう。
本当に悪いことしたと思ってるよ、エリン。
「ねえ、休憩しない? ロズリアがなんか食べ物買ってきてくれたみたいだし」
エリンは机にうつ伏せになりながら脱力する。
確かに俺もちょうど気分転換でもしたいと思っていたところだ。
二人してロズリアが置いた買い物バッグに手を伸ばすと、エリンの手が弾かれた。
「これは今日の夕食分と明日のための食材ですよ。つまみ食いはよくないですから」
「確かにそれは正論なんだけど……」
エリンは納得行かないような顔で口を開いた。
「なんで私だけなの? ノートは?」
パンを頬張っていた俺に視線が寄せられる。
ロズリアはこほんと咳払いをすると、エリンに向き直った。
「エリンさん、つまみ食いはよくないですよ」
「だから、なんで私だけなの⁉」
「そうやって他の人がやってるからって、自分の行いを正当化しようとするのはよくないと思います」
「だから正論なんだけど、一旦ノートを止めなさいよ! 二つ目に手をつけ始めてるじゃない!」
「ネメ姉さんもいります?」
「はい、食べたいです!」
「他の人に配り始めちゃったよ⁉ ロズリア、どうするの⁉」
「今はエリンさんに怒ってるんですよ! そうやって話を逸らそうとしても無駄です!」
「理不尽っ⁉」
二人の言い争いもいつもの光景だ。別に今更気にするようなことでもない。
どちらかというと、懐かしの光景って感じがして感慨深いくらいだ。
まあ、言い争いの原因の一端に俺が関わっているというか、ほとんど俺のせいのような気もするので、この件についてもあまり深く考えないようにしよう。
悪いことをしている自覚はあるんだけどなぁ……。
ちなみに横でパンを両手持ちしながら美味しそうに頬張っているのは、『
見た目と精神年齢は幼いが、実年齢は俺よりも上。
最近は慕ってくれる後輩冒険者も現れたことで、少し大人に近づいたか?
成長が期待されるパーティーのマスコットキャラクター的存在である。
「フォースさんもいります?」
「いや、さすがにこの状況で食べられんわ……。エリン、かわいそうじゃね?」
意外にもまともなことを言われて、断られてしまった。
紙の山からプロフィールを抜き取り、一生懸命眺めているこの人物は『
過去には女好きだったり適当な性格をしていたが、最近は至って落ち着いてきた――というか改心したせいでパーティー一の常識人に近づいた疑惑のある人物だ。
いや、ほんとどうしちゃったの? エリンを気遣うなんて生まれて初めてのことじゃない?
「どうです? よさそうな人いましたか?」
「いいや、どれも微妙だな」
フォースは手に持った用紙を机の上に無造作に置くと、ため息を吐いた。
「募集で来ているのはどれも中堅クラスの冒険者。持ってるスキルがまず全員微妙なんだよなぁ……」
この世界では、スキルと呼ばれる個人に割り振られた技能で大抵のことが決まってしまう。
冒険者の素質だって、伸びしろだって、スキル構成をみれば大体は推測できる。
かつて自分の戦闘向きじゃないスキル構成に頭を悩まされた俺が、他人のスキル構成だけを見て選別しているんだから、なんとも皮肉なものだ。
もちろん、スキル構成がすべてじゃないことはわかっている。
ジンのようにスキル構成がずば抜けているわけではなく実力で補っていくタイプの冒険者も世の中にはいることは百も承知だ。
でも、スキル構成を見るのが一番手っ取り早く、わかりやすい方法だ。
一応経歴の欄も見て、総合的な判断を下しているのだが、どう見てもジンに匹敵する人物はいるように思えなかった。
そもそも一流の実力を持つ冒険者が、自分から『
実力のある人物は、既にそれ相応の居場所を手にしている。それを捨てて、わざわざ自分から他のパーティーに移り渡ったりしない。
もし移籍させたいのであれば、募集という形ではなくスカウトにするべきだ。待つんじゃなくて、自分達から引き抜く。
だけど、『
『
パーティーが活動休止していた一年の間に『迷宮騎士団』と『
功績目当ての冒険者はそちらに流れてしまうだろう。
「なんとか二、三人は選んでみたけど、どれも妥協案って感じだしなぁ……。できることなら、これだって人がいいよな」
「そうですね。21階層より先に進むならベストな人選をしたいですし。妥協が許されるほど、ダンジョン攻略は甘くないですからね」
ダンジョン攻略の難しさは身をもって知っている。
あのジンがいた、完璧と思えた六人のパーティーでさえ、21階層で破れてしまった。その一度の失敗は取り返しのつかない結末をもたらしてしまった。
もう二度とあんな失敗はするつもりはない。そのためにはメンバー選びですら最善を尽くすべきだ。
「じゃあ今選んだ候補は全部白紙に戻すか。これだと思える人が来るまで新メンバーを選ぶのはなしと」
「まあ、それでいいと思いますよ」
応募してくれた人達には悪いけど、今回は採用を見送ることにした。
彼らだって、無理して深層に行って命を落とすような羽目にはなりたくないはずだ。妥協して採用しても、彼らのためにも『
「そうするか。新しく15歳になったやつが『贈与の儀』でとんでもないスキルを手に入れる可能性もあるわけだし。そういった新人冒険者を引っ張ってくるのもありだしな」
フォースは身体を伸ばすと、息を大きく吸った。
「そういえばロズリアちゃん、例の手続きはしてくれた?」
「はい、ばっちりですよ。ちゃんとやってきました」
ロズリアが外に出かけていた理由は買い物のためだけではなかった。彼女にはもう一つ、用事を言い渡してある。
「ギルドでの手続きはやってきたので、ダンジョンに潜れるようになりましたよ」
一見無秩序に行われているようなダンジョン探索だが、実際のところは様々なルールが設けられている。
その決まりの中の一つに、ダンジョン探索を行うパーティーはダンジョンギルドの審査を受けたパーティーでなければならないというものがある。
要はダンジョンギルドによって、ダンジョンを探索できるだけの実力があると認められなければいけないのだ。この決まりは冒険者の安全を守るためのものである。
俺やロズリアが加入した時みたいに、ただメンバーが加わるだけでは申請はしなくていいのだが、一度パーティーを解散してしまったとなれば話は変わってくる。
というわけで、『到達する者』がピュリフの街に戻ってきてからしばらく経っていたが、これまで俺達はダンジョンに足を踏み入れることができないでいた。
唯一『最強無敵パーティーず』として、時々ダンジョン探索を行っていたネメだけは例外だったが。
「それじゃあ、久しぶりにダンジョンにでも潜るか」
「いいですね」
最近はずっとプロフィール用紙と睨めっこしていたせいで、身体も凝り固まっていたところだ。思う存分身体を動かしたい気分だった。
それにみんながこの一年間でどう変わったのか見てみたい気持ちもある。
フォースは剣聖の丘でひたすら剣の修業を。
ネメはパーティーのリーダーとして新人冒険者を引っ張っていくとともに、神官としての立ち回りを覚えた。
そしてエリンは七賢者に選ばれるほどの魔導士へと至った。
そんな三人の力を間近で見てみたかった。
「わたくしも賛成です」
とロズリア。
「いきなりすぎるわよ。まあ別に問題はないけど」
と、いつも通り一言多いものの、結局は了承してくれるエリン。
「ネメも行くです」
続いてネメも賛同した。
「じゃあ、さっさと準備して行くぞ。どうせならこの一年間で誰が一番強くなったか勝負しようぜ」
***
「……」
「いや、勝負って言ったけどよ……」
戸惑う俺とフォース。というか、この場にいるほとんどの人物が驚きを隠せていなかった。
驚いていない人物がいるとすれば、ただ一人。この状況を引き起こした張本人くらいだろうか。
「何よ……」
けろっと振り向いたその少女こそ、我がパーティーの魔導士エリン・フォットロードであった。
しかし、目の前で起きていた出来事は『何よ……』じゃ済まされない出来事だった。
俺達が潜ったのは16階層だったはずだ。かつて次から次へと現れてくる膨大な敵の数に手を焼かされた、あのウマ人が出てくる16階層だったはず。
それを、たった一人で制圧してしまった。市街地にいるモンスターを殲滅してしまった。
辺りは既に焼け野原。度重なる超高威力炎魔法の連射で、街の形は跡形もなく消え去っていた。
なんだよ、これ……。強すぎだろ。完全にバランスブレイカーだ。
元から無限に近い魔力量があったのは知っていたが、魔法都市での修練により、豊富な技範囲、熟練したスペル、魔法を撃ち続けるだけのスタミナを手に入れてしまった。
その結果、攻撃面ではほぼ一人で、16階層を戦えている状況だった。
中層後半である16階層をソロで攻略したなんて話聞いたことないし、ましてやそれが後衛である魔導士とあれば前代未聞だ。
正直、人の域を超えている。エリンがこの国で上位七名の魔導士に入ることは七賢選抜を勝ち抜いたことからも明らかだ。だけど、これはその比を確実に超えている。
この国で一番どころか、全世界で見てもエリンを超える魔導士なんていないんじゃないだろうか。
七賢選抜という限られたルールの中の戦いじゃなくて、ダンジョン探索という自由に戦える状況で見てみてわかった。
エリンは魔導士の頂点となり得る存在だ。しかも、まだまだ成長段階というのが恐ろしい。
『
「これだけ倒せば私の勝ちでいいでしょ?」
エリンはこの事実に気づいているのであろうか。
かつて出会った当初の自己紹介で言っていた、世界一の魔導士という目標に到達しかけているという事実に。
20階層で二人遭難した時、エリンは世界一の魔導士であることを証明するなんて目標は嘘でしかなかったと言っていた。
だけど、その嘘は誠になり始めている。
「まあな……」
あのフォースでさえエリンの実力に気圧されているように見えた。
かつての『
フォースとジンがトップで、次点でエリンとロズリア。回復役のネメは戦闘技術を持っていないので対象外だが。
だけど、この順位は入れ替わった。
フォースの全力を見ていないからなんとも言えないが、おそらくエリンがトップ、次点でフォースといった具合になったはずだ。
『
これは新メンバーの方針も変えなくちゃいけないかもしれない。
俺がある程度前衛として戦えるようになったおかげで、新メンバーとしては後衛を入れるべきだと考えていた。
だけど、エリンが最強のアタッカーになった今、下手に後衛を入れるより前衛の人数をもっと増やして安定感を持たせた方がいいかもしれない。
エリンの攻撃力を活かすように組み換えた方が、先の階層に進めるような気もしてくる。
「どうします? ボス戦まで行きますか?」
俺はフォースに今後の方針を尋ねる。彼は首を振って答えた。
「意味ないだろ。またエリンが一人で倒して終わりだ」
「そうですね。モンスターもいなくなっちゃったし、階層でも移しますか」