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第83話 思わぬ影響

「いやぁ~やっぱり視線を感じますね~」


 ロズリアは周囲を見回しながら、吞気にそんなことを口にする。


「立派な有名人ですね、お二人とも。まあ、新聞に載るくらいですもんね」


そう言って、狭い馬車の中で見せつけるように新聞を広げる。

紙面の一面には俺がエリンをお姫様抱っこで連れ去っている写真が、でかでかと載っていた。

見出しには『突然の乱入者⁉ 愛の告白とともに七賢者候補エリンを略奪⁉』と書かれている。


「はあ……だよなぁ……」


ロズリアの言う通り、今やイザールの街では俺とエリンは一躍時の人となってしまっていた。

まあ、それも当たり前というかなんというか。


国中が注目していた七賢選抜で優勝していた少女の前に突然現れ、辞退させたとなれば存在となれば、話題にならないわけがない。

珍しい魔道具により写真を撮られ新聞に公開された俺達は、面も割れ、街中を歩いて買い物をするだけでざわつかれる始末だった。


エリンを連れ去ったこと自体は街の有権者に咎められることもなく、エリンの辞退も正式に受理されたため一件落着といえば一件落着なのだが。

それでも、イザールを出た帰りの馬車でさえ奇異な目を向けられるのは、気が休まらないというかなんというか……。


「いいわよね、この写真。ロマンチックっていうか」


 うっとりとした目で新聞を見つめているエリン。

どこか別の場所にトリップしているかのように、焦点が定まらないまま口を半開きにしている。


「ずっとこの調子ですよね……。どうしますか、このアホ魔導士?」


「どうしますって訊かれても……」


「こんなんじゃダンジョン探索に使えませんよ。『到達する者(アライバーズ)』を追い出しましょう!」


「ちょっと待ちなさいよ! 何、追い出そうとしているのよ! 追い出したら七賢者にならなかった意味がないじゃないの! 辞め損じゃない!」


「そうしたら、話題になること間違いなしですね。よかったじゃないですか、また新聞に載れて。見出しはこんな感じですか? 『元七賢者候補エリン、男に捨てられる』的な?」


「新聞に載ること自体が好きなわけじゃないから! そんな話題で載りたいわけないでしょ!」


 両手を太ももに叩きつけながら、声を荒らげるエリン。

 二人の見慣れた言い争いも、随分と見るのが久しいものだ。

 不思議な感慨に襲われながら笑っていると、エリンから鋭い視線を向けられる。


「何、笑っているのよ。笑ってないで、私の味方をしなさいよ」


「おかしなこと言わないでくださいよ。もちろん、ノートくんはわたくしの味方をしますよね?」


「そんなはずないじゃない! ノートは私をあんなにロマンチックに連れ出してくれたのよ!」


「それはただパーティーに引き入れるためですよ。勘違い女はこれだから困っちゃうんですよね、ノートくん?」


「ノート、あの借りの存在忘れたわけじゃないでしょうね?」


「ごめん、ロズリア。俺はエリンの味方をすることにするよ」


「卑怯ですよ、エリンさん! 正々堂々戦いましょう!」


「言い争いに正々堂々も何もないわよ。勝った方が勝ちなのよ!」


 二人は再会してからずっとこんな感じだった。言い争いしかしてないよね、本当に。

 せっかくエリンが戻ってきてくれたんだから、平和的な会話もしてみたいものだ。

 そう思って話題を変えることにする。


「そういえば知り合いとかに挨拶とか済ませ終わったの?」


「それは大丈夫よ。あまり知り合い多くないし、そんなに手間はかからなかったわ」


「そうなの?」


「イザールに帰ってから頻繫に会ってたのって、師匠と家族くらいだったのよね……。師匠にはブチ切れられて破門されたし、家を出るって言ったら親とも喧嘩しちゃったで散々だったわ」


「全然大丈夫じゃなかった……」


「別に構わないわよ、そんなこと。それに妹だけは応援してくれたし」


「妹なんていたんだ?」


「まあね。それよりノート達はイザールで挨拶する人とかいなかったの?」


「いたよ。一人だけ。その人にはちゃんと挨拶してきたから、大丈夫」


 面白いものが特等席で見られたと、満足していたユイルの姿を思い出す。

 せっかく色々と世話してもらったのに七賢選抜をかき乱すようなことをしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、本人は怒っていないみたいなのでよかった。


 ちなみに今回の七賢選抜で七賢者に選ばれたのは、あらゆる候補者に負けていたミル・ガンダクであった。

 彼女以外が全員辞退してしまったために起きた異例の事態だった。


「そういえば、これからピュリフの街に戻ってどうするの?」


 ふと気になったといった様子でエリンが尋ねてくる。


「その辺、まだ全然考えてないんだよね……」


 エリンが戻ってきてくれたのは喜ぶべきことだが、『到達する者(アライバーズ)』復活の道のりは未だ長い。

 パーティーに戻ることを拒否しているネメとフォースをなんとかして説得する必要があるのだ。

 七賢者になれる権利を捨ててまで、俺達について来てくれたエリンのためにも、ここで諦めるわけにはいかなかった。


「とりあえず、もう一度ネメ姉さんに会ってみるか……。エリンも久しぶりに会いたいでしょ?」


「そうね。どう? 何か変わったところとかあった?」


「人望を得ていたってことですか?」


「何、それ? 気になるんだけど……」


 ロズリアの呟きに興味津々な反応を見せるエリン。

 人差し指を立てながら、ロズリアは説明していく。


「新しいメンバーとパーティーを組んでいたみたいなんですけど、ちゃんとリーダーをやっていましたよ。みんなに慕われて、わたくし達もビックリしました」


「超見てみたいかも……その光景……」


 まあ、一年前のネメだけを知っていたら想像できないよな。

 この一年間で大躍進を遂げたエリンだが、ネメやフォースにだって変化はあった。

 彼らとの再会で感じ取っていたことだ。


「まあ、楽しみにしていなよ」






 ***






「あっ、エリン! お久しぶりです!」


到達する者(アライバーズ)』のパーティーハウス――正確に言うと元パーティーハウスなのだが――に戻ってくると、ネメは快く迎え入れてくれた。

 エリンはほっと息を吐くと、笑顔で右手をあげた。


「久しぶりね。一年ぶりかしら。あんまり変わってないわね」


「そんなことないです! ネメはちゃんと成長したです!」


「そう? 身長伸びてたの? 全然気づかなかった……」


「身長は伸びてないです……」


 エリンと同じ感想を浮かべていたので一瞬ドキッとしたが、どうやら目に見える成長はしていなかったようだ。

 その分、目に見えない成長はたくさんしていると思うのだが……。


「ノートさんとロズリアさんじゃないっすか! それと、もしかしてそのお方は……?」


 どうやらナクト達、『最強無敵パーティーず』の面々もパーティーハウスにいたようだ。

 リビングの方から続々と見知った顔が出てくるなか、一際興奮した様子の人物がいた。


「エリンさんですよね? わたし、ファンなんです! 握手してください!」


 顔を赤くさせながら、エリンに詰め寄るフーリエ。

 突然の申し出に戸惑いながらも、エリンはしっかりと握手に応じていた。


「こいつ、あの新聞見てからすっかりエリンさんのファンになっちゃって。本当、ミーハーっすよね」


「あの新聞?」


「知らないんすか? 七賢選抜でノートさんがエリンさんを連れ去った写真付きの新聞を?」


「もしかしてあれ、こっちでも出回っている感じ?」


「当たり前じゃないっすか! あんな国中を騒がすニュース、話題にならない方がおかしいっすよ!」


「マジか……」


どうやら俺の向こう見ずな行動はピュリフの街に知れ渡っているようだった。

事情が事情といえ、少し背中がむずがゆくなってくる。


「この街ではみんなノートさんのこと、七賢攫いなんてみんな呼んでるっすよ」


 なんか二つ名が『幼女攫い』から『七賢攫い』にランクアップしていた。

 以前の二つ名よりは断然マシなのだが、やってしまったことがあまり褒められるようなことじゃないので微妙な気持ちである。


「ネメ由来の呼び方が消えちゃったです……」


 何故か、ネメが少し落ち込んでいた。

 あの……。幼女って呼ばれるの嫌っていたし、『幼女攫い』の二つ名がなくなったことは良いことなんじゃ……。


「でも、すごいっすよね。七賢者がパーティーに入るって。普通ならあり得ないことじゃないっすか⁉」


「正式には七賢者じゃないけどね。辞退しちゃったから」


「でも、世間では幻の七賢者って呼ばれてますよ! 実際、魔導士としての実力は七賢者クラスってことじゃないっすか!」


「それは否定しないよ。ほんと、すごいよね……」


「ノートさん達なら、本当にダンジョン制覇できるんじゃないっすか⁉」


「どうだろう……。したいけど、現状だとちょっとね……」


 ナクトと違って、俺達はダンジョンの深層の手ごわさを肌で味わっている。

 大切な仲間を失った身としては、簡単にダンジョン制覇できるなんて口が裂けてもいえない。


「ダンジョンは厳しいところだから。深くなればなるほど。いくらエリンがすごかったとしても、それだけで突破できるほど甘くはないからね」


「やっぱり、ノートさんとかでも厳しいんですか……」


「当たり前だよ。それに今はパーティーメンバーもろくに揃ってない状態だからね。三人でダンジョン攻略するなんて無謀もいいところだよ」


 改めて口にしてみると、現状は前途多難だ。

 メンバーも集まっていないし、集まったところで、そこがスタートラインなのだ。

 ダンジョン制覇なんて夢のまた夢みたいな話で笑えてくる。

 現状を嘆きながら自嘲した笑いを浮かべていると、ナクトは真剣な顔をして口を開いた。


「ノートさん、あとで話したいことがあるんですけど、いいですか?」


 なんだろう、突然。話だったら、今ここですればいいのに。


「何? どうせだったら、今でもいいけど」


「ここだとちょっと……。ボスには聞かせにくい話なので……」


 ネメには聞かせにくい話か。それなら仕方ないけど。

 パーティーメンバーには聞かせられなくて、部外者の俺には聞かせられる話か。

 ちょっと身構えてしまう。誕生日のサプライズパーティーとかならいいけど、この感じだとそんなお気楽なものじゃないだろう。


「わかった。必要なのは俺だけ? ロズリアやエリンもいた方がいい?」


「ロズリアさんもいて欲しいですね。エリンさんはどうでしょう……。フーリエがたくさん話たそうにしているんで、そっちにいてもらいたいですね」


「じゃあ、ロズリア呼んでくるよ」






「で、何? 大事な話って?」


ネメに見つからずにロズリアを呼び出すのは簡単だった。ネメはエリンやフーリエとの会話に夢中になって、俺達がパーティーハウスから抜け出したのに気がついていないようだった。


ナクト以外の『最強無敵パーティーず』の面々は不審に思われないように家の中にいてもらっている。

 もちろんこれから話すことはネメ以外のパーティーメンバーは知っているらしく、ナクトが代表して話すことになったらしい。


「そうっすね……はい……」

 そんな彼は煮え切らない返事をしながら頭を掻いている。

 何やら話にくいことなんだろう。

 俺とロズリアは目を見合わせて、彼が言葉を放つのを待つことにした。

 しばらくすると決心がついたのか、ゆっくりと口を開いた。

「実は『最強無敵パーティーず』を解散させようと思ってるんです……」

「えっ……」

 予想外の告白に俺は戸惑う。

ロズリアの方に目を向ける。彼女も同じ気持ちだったらしい。目を見開いている。

「それはまた……なんで?」

 とりあえず理由を訊いてみることにする。

 部外者の俺達ではパーティーの内情を把握することができないが、それでも数日行動を共にしていた感じとしてはパーティーの人間関係に問題があった様子はなかった。

『到達する者』より仲が良かったんじゃないか? と思うことさえあったくらいだ。

「俺達、本当にダンジョン攻略できると思いますか?」

 ナクトは質問を質問で返してきた。

「どうしたの? いきなりそんなこと訊いてきて?」

 俺は戸惑いながらも、丁寧に聞き返した。

「やっぱりできるって即答してくれないんすね……。そういうことです」

「そういうことって……?」

「わかってるんじゃないっすか? ノートさん達も、俺達のパーティーがダンジョン攻略できる実力じゃないって?」

 ナクトの真っ直ぐな視線に一瞬たじろいでしまう。

 慌てて表情を取り繕おうとするも、既に手遅れなんだろうなという気がした。

「だからっすよ。俺達も馬鹿じゃないんす。わかってんっすよ。俺達五人じゃダンジョン制覇なんて夢のまた夢だって」

「……」

「はっきり言って俺達は冒険者として、ノートさんやロズリアさんの足元にも及んでいません。こうして今、誰一人欠けることなくダンジョン攻略を進められているのはボス一人の力っす。そうじゃないっすか?」

「そんなこと言われても……」

 答えられるはずがない。そんな残酷な事実。


ナクト達の努力が足りないわけじゃない。みんな精一杯頑張っている。

 だけど、スキルが、経験が、優秀な指導者が。そのどれもが足りていないのが現状だった。

 感じている現実を覆い隠すように、フォローをしていく。


「まだそんなことわかんないんじゃない? パーティーも出来たばっかりでしょ? ここから成長していくんじゃないの?」


「成長しても、ダンジョン制覇はできないんじゃないですか?」


「そんなのどのパーティーでも同じことだし……」


 それは『到達する者(アライバーズ)』でも、ピュリフの街にあるトップクラスのダンジョン攻略パーティーでも言えることだ。

 ダンジョン制覇できる保証なんてどこのパーティーでも持ち合わせていない。


「それにダンジョン制覇ができないからってパーティーを解散させることもないんじゃない? 今まで通りダンジョンの浅層の探検だけに絞ったり、地上での活動に移していくってもあるんじゃない?」


「それじゃ駄目なんすよ。だって、『最強無敵パーティーず』はボスがダンジョン制覇をするために作ったパーティーなんですから」


 ナクトは強く言い切った。


「ボスは『到達する者(アライバーズ)』が解散して、ノートさん達がみんないなくなってもなお、ダンジョン攻略を続けようとしてたんすよ。一人で。誰よりも真剣に」


 その通りだ。俺達が一時は簡単に諦めたダンジョン制覇という夢を、彼女は一人愚直に追い求め続けた。

到達する者(アライバーズ)』の中で最も熱意があったのは、蓋を開けてみればネメだった。


「そんななか、仲間を探してさまよっていた俺達を拾い上げてくれたんです。実力が足りないんだったら、自分が引っ張り上げればいいって。みんなを引っ張ってくれたんです」


 目尻に涙を浮かべながら、ナクトは拳を強く握った。


「ボスには感謝してみしきれないほどの恩があるっす。その恩を必死に返そうと努力してきました。だから、ノートさん達が最初にやってきたとき、内心不満がなかったかといえば嘘になります。ボスを見放した癖に、今更どの顔を下げてやってきたんだって」


 そうだったのか。全然気がつかなかった。

 それもそうだよな。ナクト達に責められるのも無理はない。

 俺達は一度ネメを見放したのだ。彼女の気持ちを慮ることなく、自分達の感情だけでパーティーを解散させてしまった。


「だけど、お二人の戦う姿を見て。そして元パーティーメンバーのエリンさんが七賢者になる権利を得て。それを捨ててまでパーティーに戻ってきて。気づいたんす。ボスに本当に必要なのは、俺らじゃなくて『到達する者(アライバーズ)』の皆さんなんだって」


 俺とロズリアはナクト達の道を阻まないようにと、ネメの勧誘は早々に打ち切っていたつもりだった。

 でも、俺達が『到達する者(アライバーズ)』を諦めきれない気持ちは彼らには伝わってしまっていたはずだ。


 きっと、その気持ちが今回のナクト達の選択を引き起こしてしまった。

 無自覚のうちに傷つけてしまっていた。


「俺達に気をつかわなくても……」


「ノートさん達に気を遣ってるわけじゃないっすよ。俺達はボスのためだけに今回の決断をしたんす。きっとボスは優しいから、俺らのことを思って解散なんて絶対切り出さないです。だから、俺達が解散を切り出さなくちゃいけないんす。ボスのためを思うなら」


 そう言って、彼は続けた。


「これはフーリエ、リラ、レイズ、みんなが話し合って決めたことです。決心は変わらないっす。なんとしてでも、パーティーを解散するつもりです。だから、ボスをよろしくお願いします!」


 ナクトは深く頭を下げた。声を張り上げながら。想いを吐き出すように。


「俺らではボスの夢を叶えてあげることはできませんでした。だから、俺らの代わりにボスの夢を叶えてやってください」


 俺はなんて答えていいかわからなかった。

 ただ、ここで偽りの言葉を述べるのは間違っている。思ってもない当たり障りのないの返答をするのは間違っている。そう思った。


「ナクト達の気持ちは充分伝わってきた。だから、俺も本心で答えるよ」


 俺も誠心誠意、気持ちをぶつけることにした。


「正直に言う。ネメが俺達のパーティーに戻ってくるなら嬉しい。ナクト達が手放してくれるというなら、容赦なく奪い取る。ダンジョン制覇はなんとしてでも叶えたい夢だから。こっちもナクト達に気を遣ったりするつもりはない」


「……っ」


「でも、同時にネメは大切な仲間だ。仲間だった。彼女を悲しませるようなことは俺もしたくない。だから、解散するつもりなら、ネメを悲しませないようにしっかりと五人で話し合って欲しい。そして、ちゃんとネメに納得してもらって。俺達のパーティーが解散した時のような失敗をもう一度しないで欲しい。みんなが笑顔で新しい道を歩めるようにして欲しい。それが条件だ」


「ノートさん……」


「偉そうなこと言っちゃってごめん……。失敗した先輩からの情けないアドバイスだと思って、お願いできるかな……?」


「はい!」


 ナクトは大きく返事をした。


「というのが、俺からなんだけど、なんかある?」

 そう言って、隣のロズリアに視線を向ける。

 先ほどから黙っていた彼女は、ぶんぶんと首を横に振った。


「いいと思いますよ。ネメさんが納得してくれるなら。わたくしとしても戻ってきてくれるのは嬉しいことです」


「お二人とも、本当に容赦ないっすね。俺らに遠慮しようとかいう気持ちはないんすか?」


 泣きそうな顔を振り払い、ナクトは冗談だとわかるように口元に笑みを浮かべた。


「パーティーを解散させるのに一々罪悪感なんか覚えていられないですよ……」


 それはそれで間違っていると思う……。

 少しは罪悪感持とうよ、傾国(クラッシャー)さん……。


 ロズリアの悪評を知らないナクトは、頭上にはてなマークを浮かべていた。

 そんな純情な彼の様子を無視して、ロズリアは続けた。


「まあ、安心してくださいよ。ネメさんを不幸せにするようなことはしませんから」


「わかった。じゃあ、俺達は絶対ダンジョン制覇してみせるから。ナクト達の分まで」


 今まで俺達は自分のためだけにダンジョン攻略を進めていた。

 だけど、この瞬間から夢は一人だけのものじゃなくなった。


「約束っすよ。ボスを連れていってあげてください、ダンジョンの一番深くまで」


 俺達は託された願いを叶えることを、目の前の少年と約束した。






 ***






「……なんでそんなこと言うんです?」


『最強無敵パーティーず』の四人が下した決断を聞いて、ネメは泣き声混じりに呟いた。

 俺に話した全てをネメに伝え終わったナクトは、未だ俯いたままだ。


「五人でダンジョン攻略しようって決めたです! それなのに! どうして解散なんていうんです⁉」


「それは……」


「絶対ダンジョン制覇できるです! みんなで頑張れば! 諦めちゃ駄目です!」


「……」


「ネメももっと頑張るです! みんなのサポートするです! だから、解散したくないです!」


「ボスは充分頑張ってるっすよ……」


 ナクトは静かに呟いた。


「新人冒険者で右も左もわからなかった俺らのために、充分すぎるくらい頑張ってるっす。感謝してもしきれないっす」


「そんなことないです! 一緒に冒険する人がいなくて困っている時に来てくれたのが、みんなです! 助けてもらったのはネメの方です!」


「ありがとうございます。気持ちは嬉しいです」


「だったら――」


 ネメが言葉を言い切る前に、ナクトが口を開いた。


「でも、恩があるからって理由だけで、ダンジョン制覇の近道を捨てるのは間違っていると思うっす。ボスの傍にいて、ボスがダンジョン制覇にかける想いの強さは知っています。ダンジョン制覇より恩を優先するんですか? それでいいっていうなら、別に解散しなくてもいいですけど?」


「ダンジョン制覇は諦められないです……」


 ネメは小声ながらも強く言い切った。やはり彼女のダンジョン攻略にかける思いは本物だ。


「そうっすよね。知ってるっす。だったら、俺達に気を遣わないでください。好きなように夢に向かって突き進んでください」


「っ⁉」


 息を吞み込むネメ。彼女もわかっているのだろう。現状に塞がるジレンマについて。

 大切な仲間がいる『最強無敵パーティーず』を解散させたくない。

でも、ダンジョン制覇をなんとしてでも成し遂げたい。


ダンジョン制覇に至る最短の道は『到達する者(アライバーズ)』を復活させることだ。一流のメンバーとともにダンジョンに挑むことだ。

その二つは両立することができない。スキルというものが絶対視されている世界では揺るぎない事実だ。

そんな彼女に優しく、微笑みかけたのはフーリエだった。


「ボスはわたし達のこと嫌い?」


「そんなことないです! 大好きです!」


 ネメは首を振りながら、必死に否定した。

 彼女の小さな手をフーリエはそっと両手で包み込むと、優しい声色で言った。


「それはわたし達も一緒だよ。ボスのことは大好き」


「フーリエ……」


「だから、ボスには叶えて欲しい。ダンジョン制覇っていう夢を」


「……」


 次に口を開いたのは女盗賊のリラだった。


「パーティーを解散したからってお別れなわけじゃない。みんな、ピュリフの街にはいるから」


「そうだね。休みが合ったら気分転換がてら、五人でダンジョンに潜ろうよ! それなら寂しくないんじゃない?」


「いいこという、フーリエは」


「うむ……」


同意するリラに、無口なレイズも満足したように頷く。

いい落としどころだと思う。これならみんながこれでお別れということにはならない。

パーティーが解散するのは悲しいことだが、きっとこれは最良のお別れの形だ。

これより優しいパーティーの解散の仕方を俺は知らない。


「いいんです? パーティーを出ていくネメと、一緒に冒険してくれるです?」


 不安そうにみんなを見つめるネメ。

 もちろん四人は笑顔で頷いた。


「もちろんっすよ! こっちからお願いしたいくらいっす!」


「そうね。まだたくさんボスと冒険したいもん!」


「うん、私もまだまだボスとたくさん冒険者したい」


「『最強無敵パーティーず』はここで終わりじゃないってことだ」


「みんな……ありがとうです……」


 四人の思いやりに溢れた言葉に、瞳に涙を浮かべながら頭を下げるネメ。

 俺はその光景を眺めながら、こんなにも彼女を思いやってくれる人達がいて、そういう人達に囲まれて過ごせていたという事実に胸が温かくなった。


 きっとネメはこの一年間、幸せだった。そして、その幸せは今日限りで終わるものではない。ずっと続いていく。そう断言することできた。



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