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第80話 魔道具市、そして七賢選抜最終戦

「はあ、今日も出てこないか……」


 1区の学園前でエリンを待ち構えること数時間。

 相変わらずの結果に肩を竦めるほかなかった。


 俺達は未だにエリンと接触できていない。エリンが一度も学園の外に姿を表してこないのだ。

夜になれば家に帰るかと思いきや、そういうわけでもない。

どうやら学園に寝泊まりしているようで、四六時中学園にいる。


これが数日続いているとあらば、エリンとの再会は諦めた方が良さそうだ。

少なくとも七賢選抜が行われて、学園が立ち入り禁止の間は会うことはできないだろう。


「そうですね。学園に籠って一体何をしているんでしょう?」


「知らないよ。有名人にもなって、外を出歩きにくいんじゃない?」


「エリンさんが有名人ですか。時代が変わってしまいましたね」


「本当にね。エリンが七賢候補だもんな。時代もエリンも変わっちゃったよ……」


到達する者(アライバーズ)』にいた頃も、エリンの魔導士としての知名度はあった。

でも、それは現行で最高到達階層を誇るダンジョン攻略パーティーの魔導士としてのものだった。


しかし、今は一人の魔導士として、彼女は国中から認められていた。

それは嬉しいようで、ちょっと寂しかった。

 俺の知っているエリンが別の場所に行ってしまったようで。

 本来なら、知り合いの俺は喜ばなきゃいけないはずなんだろうけど、上手く素直に受け入れない自分がいるのも事実だった。


「どうします? エリンさんがもし本当に七賢に選ばれるようなことになったら?」


「その時は――『到達する者(アライバーズ)』復活を諦めなくちゃいけないのかな……」


 エリンが七賢者になったら、『到達する者』に入ってもらうことは不可能だ。

 国のお抱え魔導士である七賢者が、民間の一冒険者パーティーに入ることなんて無理である。

 ただでさえ、フォースとネメにはパーティー加入を断られている。


 かつていた六人が、俺とロズリアだけの二人に。

 そんなパーティーはもう『到達する者(アライバーズ)』ではない。何か別のパーティーだ。


到達する者(アライバーズ)』が復活できないとなると、この先俺達は一体どうすればいいのだろう?

 新しくダンジョン攻略パーティーを作るのか。

 それとも、ダンジョン攻略の夢を諦めざるをえないのか。

 苦渋の決断を迫られてしまう。


「エリンは無理でフォースやネメには断られているって、改めて考えると絶望的な状況だよな……」


「無理と決まったわけじゃないんですから落ち込まないでくださいよ!」


 胸の前に拳をつくり、肩を跳ねさせるロズリア。


「そもそも忘れたんですか? エリンさんの次の対戦相手はエスカーさんなんですよ? あの方にエリンさんが勝てると?」


「そうなんだよな……」


 エリンが七賢選抜を勝ち上がるには大きな障害があるのも事実だった。

 エスカー・バーンアウト。世にも珍しい空間魔法の使い手であり、現時点で全勝を誇っている最強の優勝候補。

 あのエリンですら、10戦の前半戦では手も足も出なかったと聞いた。


「ユイルさんも言っていたじゃないですか? エリンさんはきっと勝てないと。そもそも前半戦で全敗してるってことは、後半戦で全勝しなくちゃいけないってことじゃないですか?」


「まあね……」


 ロズリアの言う通り、エリンが七賢者に選ばれるには次の後半戦で最低でも全勝しなくてはいけない。

 しかも、それでやっと引き分けだ。

 他の候補者との戦績でエリンはエスカーに劣っているため、七賢者に選ばれるには後半戦で審査員に圧倒的だと思わせるような勝利を収めなければならない。


 既に圧倒的な勝利を重ねている《転送領域》相手に、エリンはさらに圧倒的な力を見せつけないといけないときた。

 かつての仲間であった俺達はエリンの勝利を信じないといけないんだろうけど、エスカーの圧倒的な実力を見た今ではエリンが勝利するのは難しいように思えた。


「そもそも、俺達はエリンを応援しなくちゃいけない立場だけど、エリンに七賢者になられたら困るっていうのも複雑だよなぁ」


「そうですね。知り合いとしてはエリンさんには勝って欲しいですけど、勝たれたらわたくし達と一緒に冒険できないってことになってしまいますもんね」


「このままエスカーが勝ってくれた方が都合がいいっていうか。そうすれば、エリンとも話がつけられるし……」


「エリンさんの負けを願うなんて、ノートくんは性格悪いですね」


「そうじゃないから! エリンには勝って欲しいよ! 頑張っているみたいだし! でも、勝たれたら勝たれたで実際困るというか……」


「わかってますよ。冗談みたいなものですから」


「それならいいけど……」


 とは言いつつ、エリンの勝利を素直に願っていない自分がいた。

 まあ、このまま下馬評通りの結果に終わってくれたら、何も問題はないわけで。

 この件はあまり深くは考えなくてもいいのかもしれない。


「それでどうします? もうちょっとここでエリンさんを待ちますか?」


「待っても出てこなそうだよね……」


「だったら、修業の予定を早めますか?」


このまま純粋に修業を続けてもいいが、壁にぶつかっているのも事実だった。

愚直に努力を続けたところでフォースには勝てそうにもない。


「いや、行ってみたい場所があるんだよね」


「デートに誘ってるんですか?」


「そうじゃなくて。折角イザールに来たことだし、魔道具でも見てみようかなと」


「この街って魔道具関係でも有名ですもんね。でも、なんで魔道具なんですか?」


「実力不足を魔道具で補えたりしないかなかなって……」


「なるほど。そういうわけですか」


 魔道具の定義は曖昧だが、一般的には魔力に関係する道具とされている。

 魔力で起動するものもあれば、魔力を中に秘めているものまで多数あり、魔法使いでないと使えないというわけではない。

 広義では魔力で動く生活製品や街の防衛装置などを指したりもする。


 冒険者でも魔道具を戦闘に使っている人はそう珍しくもない。

 エリンやネメが使う杖は魔道具だし、エイシャが用いていた音魔法用の指輪や爆弾が典型例だ。

 フォースが用いている妖刀煉獄も魔力の籠った黒炎を発生させるために魔道具に入るかもしれない。


 冒険者が足りない技術を道具で補うのは当たり前のことだ。

 今まで俺がそういった道具に頼って来なかったのは、よっぽどの性能の魔道具でない限り元の戦闘力が高くない俺にとっては意味がないからだった。


そういった魔道具はかなりの値が張り、入手も困難である。

 ピュリフの街もダンジョン産の魔道具が手に入りやすく魔道具の聖地とされているが、ダンジョン産の魔道具は馬鹿みたいに値段が高い。

 金額と置いてある魔道具の種類を考えると、イザールに軍配が上がるだろう。


「いいんじゃないですか? 観光としてもイザールの魔道具店は一度行ってみたかったですし」


「なら、よかった。そうときたら、早く向かうことにするか」


「そうですね。いい店とか知っているんですか?」


「なんか3区の方に有名な魔道具市があるらしいよ」


「へえ~。少し遠いですが、行ってみますか」


 ロズリアからの了承も得られたことだし、早速3区の魔道具市に向かうことにするとしよう。






 馬車を一度乗り継いで着いた市場は盛況していた。

 馬車降り場から広がる路上市は行きかう人の肩がぶつからんとするほど混み合っていて、客寄せの声がひっきりなしに耳に入ってくる。


 路上市を歩いていくと、一般人向けの生活用品や冒険のサポートになるような簡単な魔道具は見つかったが、ダンジョン探索で使えるような高性能なものは見つからなかった。

 どうやら性能が高い魔道具は奥の建物で厳重に売られているらしい。

 その分、奥の建物にある魔道具は値段も高いらしいが、一応見てみることにした。


「確かに雰囲気が違いますね~」


 楕円形のドーム状の建物に入ると、その景色に圧倒される。

 中は階層構造になっており、建物の中央は吹き抜けとなっていた。

 中央の大通路からは各階の店が窺えて、目の前の大階段から2階や3階に行けるようだ。


「うん。外と全然違う……」


 路上市は普通の人に向けた魔道具が多かったが、この建物は専門性に富んだ店構えとなっていた。

 ざっと見ると、魔法使い向けの店が一番多いようだ。魔石専門の店、魔導書専門の店、杖専門の店など様々な店がある。

 近くにあった魔法触媒専門の店に入ると、ケースに入った一枚の布が目に映った。


「布一枚でこの値段……?」


「家一つは余裕で買えますね……」


 二人して驚きの声をあげていると、そんな様子を見た店員が寄ってきた。


「すごく貴重な布なんですよ、それ。この店のイチオシ商品です」


「そうなんですか?」


「はい。世にも珍しい布型の魔法触媒ですから。魔力や術式との親和性がここまで高く、耐久性もあるのはなかなかないですよ」


「これも魔法触媒なんですか……」


 要するにエリンの杖や、エイシャの杖みたいなものということだろうか。

 確かに布型の魔法触媒なんて今まで見たことがない。


「この布を通して魔法を発動することができるということですか?」


「そうですね。このままでは使いにくいですが、どんな形にでも加工できるのが利点ですね。この大きさだとローブとかにするのは難しいですけど、わざわざ杖を持たなくて済むというのは大きいと思いますよ」


「なるほど……」


 世の中には色々な魔道具があるみたいだ。

 この布は魔導士用のものだ。魔力がない俺では使うことができないだろう。

 いや、どうだろう。工夫によっては使えるかもしれないのか?


 色々と考えてみたかったが、とりあえずは他の店の商品も見てみたい。

 もっと使いやすくて有用な魔道具も見つかるかもしれない。 

 店員に説明のお礼を言うと、店を後にして別の場所に向かうことにした。


 次に向かったのは、本命の冒険者向けの魔道具店だ。

 剣士向けの魔剣店や弓術士向けの魔法弓店とは異なり、汎用性に富んだ冒険者向けの武器やアイテムが並んでいる。


「あっ、ダガーもある」


 盗賊向けのコーナーにいくと、様々なダガーが陳列してあった。

 見ると、魔力を通すと特定の魔法を放てるようになるダガーらしかった。

発光(ライト)》のような簡単な魔法から、《火炎斬》のような攻撃魔法が放てるダガーまで、様々なものがある。


「魔法が撃てるダガーですか。あまり使っているところを見たことないですね」


「確かに。魔法が使える剣などは時々使っている人がいるけど、ダガーってあんまり見たことないかも」


「それはですね――」


 陳列棚で話し合っていた俺達を見つけた店員が疑問に答えてくれた。

 なんにもダガーは剣に比べ、一般的に体積が小さいため術式を仕込むのが難しいらしい。

 今、店頭に置いてあるものも、どうしても剣と比べると低威力の魔法になってしまうみたいだ。


 まあ、どちらにしても使用するには魔力が必要だし、発動したところでダンジョンのモンスターに通用するような大魔法は放てない。

 店員に尋ねると、魔力が必要な点は魔力タンクの役割を果たす魔石などを用いれば解決できるらしいが、威力の問題はどうもできないらしい。


 ダンジョン深層の大魔法が放てるダガーなんてものがあったら、そんなものはただの兵器だ。

魔道具市で誰しもが買えるような状況になっているはずがない。国で厳重に保管されてしまう。


その他の魔道具も見てみたが、購入に踏み切るようなものはなかった。

蒸気噴射(スチームジェット)》で瞬間的に空を飛ぶことができる魔法靴は気になったが、瞬間的に宙に浮いたところで攻撃力の足りなさの解決にはならない。

 そもそも値段も高くて買えないし、買ったところで値段が効果に見合っているとも思えない。


魔道具を見て回るのは楽しかったが、自分の戦闘力を底上げするような期待の魔道具は見当たらなかった。

 そもそも魔道具の効果だけでダンジョン攻略が出来たら、今頃とっくにダンジョンは人類に踏破されているだろう。

 世の中、そう上手くはいかないということだ。






 ***






 そしてやってきた運命の日。

 七賢選抜第8試合後半戦。

 戦うのは俺達もよく知るエリン・フォットロードと、第7試合で圧倒的な空間魔法を見せつけていたエスカー・バーンアウトだ。


 全敗をしているミルと、辞退した二人を除くと、七賢選抜の候補者はこの二名となる。

 これから始まる戦いは七賢選抜の最終戦であり、いわば頂上決戦だ。


 戦いの後には、この二人のどちらかが七賢者に選ばれる。

 俺達はこの国の歴史が決まる瞬間に立ち会えるのだ。


「おい、貴様ら。早く行かないと試合が始まってしまうだろう」


 なんと今回もチケットを取ってくれたのはユイルであった。

 七賢選抜も最終戦ということもあり、チケットを取るのはそう容易いことではないはずだ。

 それをコネを使ってでも手に入れて、しかも道すがら出会っただけの俺達に譲ってくれるとはなんと良い人なのであろうか。


「これだから庶民は……」


 相変わらず口は悪いんだけどね……。

 それでもどこか憎めないのが、ユイルの人柄であろうか。


「すみません……」


 軽く頭を下げながら、駆け足で進んでいく。

 会場の中に入ると、そこには第七試合に比べてさらにたくさんの人で混雑していた。


 護衛をつけた、国の重鎮のような人もちらほら窺える。

 この戦いの後、すぐに新しい七賢者の発表もあるとのことで、その関係者かもしれない。


 ようやく自分達の席を見つけ、腰掛けることにする。

 既に会場の熱気に少しやられている自分がいた。


「いやぁ~緊張しますね~」


 顔をパタパタと仰ぎながら、ロズリアは隣に座る。


「エリンさんの姿を見るのも一年ぶりくらいですか?」


「うん。元気にしてたかな……」


「七賢選抜に出るくらいですから、元気なんじゃないですか? というより、わたくし達はエリンさんを応援した方がいいんですか? それともエスカーさんを応援した方がいいんですか?」


「迷いどころだよなぁ……」


 結局、その袋小路は解決していないままだった。

 エリンには勝って欲しいが、パーティーに戻ってきてもらうためには七賢者にはなってほしくない。

 何とも矛盾した考えだ。本当にどうしたらいいのかわからない。


「そこは心配���らないだろう。今回の試合、エリンが勝つことはまずない。それはエスカーの実力を見たことから明らかだろう」


「そうですけど……」


「なら、問題ないじゃないか。心の底からエリンを応援すればいい。どうせ負ける結果は決まっているのだから」


「でも、万が一ということもあるじゃないですか?」


「民衆の予想では9割以上がエスカーの勝利に予想している。それにエリンが後半戦で勝ち星を重ねたところで前半戦は5敗しているんだ。他の対戦者との戦績からも、彼女がエスカーを押しのけ七賢者に選ばれることはまずないと思って構わない」


「はあ……」


 そこまで言うなら、ユイルの言葉を信じることにするか。

 この街に来たばっかりの俺達は、この街独特の戦いである『10戦』について知らなすぎる。

『10戦』を俺達よりずっと多く見てきた彼の言葉を信じることにしよう。


「そうですね。心置きなくエリンを応援することにします」


「えぇ~。エリンさんにヤジ飛ばしたかったですのに……」


「そういうことは止めようね……」


 惜しそうに口をすぼめるロズリアに呆れてしまう。

 なんかいつも通りっていうかなんていうか。完全に通常運転だ。

 本当に緊張しているのか?


 そうこう話しているうちに、キーンとしたノイズのハウリング音が会場に響いた。


『ええと、お待たせしました。まもなく七賢選抜『10戦』、第8試合後半戦を開始します』


 この国の一歴史を決める戦い、『到達する者』の行き先を決める戦いの始まりを告げるアナウンスが聞こえる。


 これからエリンの戦いが始まる。


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