第79話 空間魔法VS魔法剣舞
『それでは第7試合後半戦、一戦目開始です!』
その掛け声とともに両者、杖を構え、魔力を練り上げ始めた。
「10戦の基本的な戦術について知っているか?」
ユイルが横から尋ねてくる。
俺は候補者の二人から目をそらさないまま、静かに首を横に振った。
「10戦でオーソドックスな戦い方といえば、二つのスペルを同時に使用する
「でも、
以前、野良で冒険者をやっていた頃、魔導士の臨時メンバーからそんな話を聞いたことがあった。
何しろ、一握りの魔導士しか行えない技術だと。
スキルによっても使えるようになるらしいが、そのスキルもレア度は高く、魔法を使う者にとってはかなりの当たりスキルだとも。
現にエリンは
「その通りだ。長い年月、魔法について学ぶことで、一握りの天才がようやく身に付けられる技術だ。それこそ、外の冒険者で使える者など滅多にいないだろう」
ユイルは咳払いをして、息を整えると続けた。
「では、そうでない魔法使いはどうするか。それは一つのスペルで攻撃と防御、両方を補うほかない」
そう言って、彼は城の上に立つ一人の候補者を指さした。
「王宮からやってきたミル・ガンダクも攻防一体型と言われる戦術を使う者の一人だ。《魔法剣舞》という魔力の剣を自在に操るスペルを得意としている彼女は、その剣で相手の城を攻撃しながらも、剣を盾として相手の攻撃を防ぐ戦い方をしている」
ミルの周囲には、数メートル大の魔力で作られた剣が無数に浮いていた。
一つ一つの剣には不可思議な紋章が浮かんでおり、淡い緑色の光を放っている。
そのような剣が、彼女の周囲をぐるぐると回転していた。
光景としてはロズリアがよく使う《光剣射出》に類似しているが、規模がまるで違っていた。
宙に浮く剣は一本一本が、聖剣フラクタスに届かんといった具合の魔力を帯びている。
さすがは王宮から派遣された魔導士なだけはある。
今のところ10戦では目立った成績を残せていないようだが、それでもピュリフの街に来たらおそらくトップに近い実力だろう。
魔法発動速度も速いし、回っている剣からはかなりの性能で操作できることも窺える。
もしかしたら、近接職の冒険者と斬り合いを行うことだって可能かもしれない。
「そのように攻防一体型の魔法使いが現れていくなか、
ふとエスカー側の城壁を見ると、至る所に黒い円が浮かび上がっていた。
禍々しいほどの黒さを持つ円は不安定で、その形を歪めながらも存在を維持している。
よくよく目を凝らしてみると、エスカーの左の杖の先端にも同じような円が浮かんでいた。
「あれは?」
「エスカーの空間魔法、《
「なんですか、それ? どんなスペルなんです?」
「簡単にいうと《
「そんなスペルありなんですか?」
「あるんだから仕方ないだろう。それに空間魔法は普通の人間が使えるものではない。【空間魔法適正】のスキルがあってこそのものだ」
「でも、どうしてミルさんは攻撃しないんですか? 相手にそんなすごい魔法があるなら、奇襲でもかけないと難しそうじゃないですか?」
ロ���リアは冷静に戦況を分析しながらも、質問を投げかけた。
ユイルは二、三度頷いて答えた。
「俺様としても同意見だな。意表をつかない限り、ミルには勝ち目がないだろう。ただ前半戦でミルは魔法剣を《
ユイルが話している間に、お互いのスペルのぶつかり合いが始まった。
最初に仕掛けたのはエスカーだった。
左の杖から、いくつもの高威力のスペルを連射していく。
放たれたスペルは近くの《
いくつもの《
城壁前に魔法剣を展開して攻撃を防いでいく。
しかし、防ぎきれなかった攻撃が城壁にダメージを与え、壁面がボロボロと崩れて始めていた。
それでも必死に守りに徹し、勝機を窺っていくミル。
相手の城の耐久値を無慈悲に削っていくエスカー。
これがこの国、最高峰の魔導士達の魔術戦。
大スケールで繰り広げられる戦いに、胸を躍らせている自分がいた。
この戦いを見るためだけにこれほどまで観光客が集まるのも無理はない。
ダンジョンに潜って、様々な戦闘を見慣れていた俺でも、こんな戦いを見るのは始めてのことだった。
魔法がぶつかり合う戦いは、近接職同士の戦いに比べて派手だ。
しかも、魔導士がノータイムで魔法をバンバン放っていく姿は、決して冒険者の魔導士が行う戦いでは見られないものだ。
「でも、《魔法剣舞》じゃ《
目の前に繰り広げられる戦いを眺めながら呟く。
ミルも決して弱いわけではないが相手が悪すぎる。
そのくらいエスカーの空間魔法とそれに伴う攻撃魔法は圧倒的だった。
「《魔法剣舞》以外のスペルは使ったりはしないんですか?」
「そんなことをしたら、今みたいに持ちこたえることすら難しいだろう」
俺の呟きを拾ったのはユイルだ。
「魔導士同士の戦いにおいて悪手とされているのが、得意分野でないスペルを用いることだ。魔術戦において最も重要視されるのがスペルの発動速度、その次に威力と消費魔力や操作性がくる。特に発動速度は長い年月をかけて、そのスペルを研鑽していくことで研ぎ澄まされてものだ。一朝一夕で身につくものではない」
「そうなんですね……」
「『魔導の道に近道はない』という格言は以前教えただろう? 一般的に魔法使いが一つのスペルを完璧に使いこなすまでには、万を超えるほどそのスペルを発動しなければならないとされている。魔力消費の少ない初等魔法ならそんなに難しいことではないが、七賢候補が使うような大魔法は魔力消費も激しい。一日に何度放てるかといった具合だ。マスターするのには数年単位の時間がかかってしまう」
「数年単位……」
「それが学園の魔法使いに冒険者の魔法使いが勝てないといった理由だ。モンスターと戦いながら、そこまでの魔術研鑽は不可能だろう。魔法を使うものにおいてもスキルは重要だが、それだけが全てではない。結局はどれだけの時間、魔法に向き合ってきたかが全てだ」
そう語るユイルの言葉には重みがあった。
これが、昨日エリンではこの七賢選抜を勝ち抜けないと言っていた理由か。
確かにエリンには魔法に向き合ってきた時間が足りない。それだけは紛れもない事実だ。
彼女は学園での人間関係に嫌気が差し、魔法を学ぶ最高の環境から逃げてしまった。
それから20階層で遭難するまで、己の魔法技術を研鑽する足を止めてしまった。
たとえ、圧倒的なスキルを持っていたとしても、時間だけは巻き戻せられない。
「だから、エリンには勝てないと?」
「そうだ。彼女は強い。スキルも恵まれている。ただ、若すぎる。あの十数年もすれば、エスカーと渡り合うことだってできるだろう。だけど、今はその時ではない。あそこまで若い年齢で七賢選抜に推薦される自体異例なのだ」
魔導士は他の
冒険者はその活動量によって体力が必要なのでそこまで高齢の人間はいないが、『10戦』は純粋な魔法の競い合いだ。
経験を積めば積むほど有利になる。現にエスカーもミルもエリンよりかはずっと上の年齢だ。
会場に大きなブザーの音が鳴り響く。
いつの間にかミルの城壁は破壊されていた。エスカーの猛撃を防ぎ続けることはできなかったようだ。
後半戦の一戦目の勝敗が決してしまった。
これで全体としても、ミルの6敗が決まってしまいエスカーへの負けが決定したことになる。
だけど、二戦目は行われるようで、魔道具であるミニチュアの城は瞬く間に修復されていった。
「エリンもあんな感じに負けていったんですか?」
なすすべもなく負けが決定していったミルの姿を眺めながら尋ねる。
衆人環視の中、勝ち目のない相手と戦い続けるのは精神的にキツいものがあるだろう。
他の候補者が辞退する理由も今となっては理解できた。
「そうでもないさ。不思議なことに割と善戦していたぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。なんだかんだ言って、他の候補者に二勝しているし、他一人は戦う前に辞退したから、まだ前半戦しか終わっていないエスカー戦を除くと全勝していることになるしな」
「さっきエリンじゃ勝ち上がるのは無理だって……」
「そのはずなんだけどな。ミルにも、4区候補者のアゾッテにも何故か勝っているんだ。偶然エリンが得意としているスペルが、対戦相手の二人に有利なもので刺さった形だ。しかも、その得意としているスペルも統一性がなく、マイナーなものばっかりだから、イザールの街では奇跡的な大物食いとされているな」
なんだ。少しほっとした。
エリンが晒し者にされて負けていくのは心が痛む。
七賢選抜を敗退するにも、ある程度の体裁が保たれるなら、彼女にとってもそこまでの傷へとなりえないだろう。
「でも、前半戦でエスカーさんには勝てなかったんですよね?」
と、ロズリア。
この戦いが始まる際のアナウンスで、エリンがエスカーに5敗していることは判明していた。
「そうだ。戦いの序盤では《
「一つ上とは?」
「奥の手を隠し持っていたんだ。もしかしたら、二戦目で見られるかもな」
一戦目と同じく、アナウンスがされるとともに後半戦の二戦目が始まった。
ミルは即座に《魔法剣舞》を発動していくが、エスカーは《
「言っている傍からだな。ミルはおそらく持久戦で魔力消費戦を狙っていたようだが、エスカーはそれに乗るつもりはないようだ。見てろ、戦いは一瞬で決まるぞ」
エスカーの前方にほのかな光を放った透明な直方体が現れた。
『出ました! エスカー・バーンアウトの《転送領域》です!』
そのアナウンスとともに、人間大の大きさの直方体が次々とエスカーによって射出されていく。
ミルは飛んでくる直方体を防ごうと魔力の剣を展開していくも、直方体は剣をすり抜けて、城壁の中に消えていった。
「一体何を……?」
俺が戸惑っていると、エスカーは観客席にまで聴こえるようにパンッと手を叩いた。
「転送」
その言葉が放たれた瞬間、大きな音を立てながらミルの城は崩れた。
一瞬のことに頭がついていかない。
会場に鳴り響くブザーの音と歓声によって、一瞬で勝負が決まってしまったことだけは理解した。
「《転送領域》はエスカーが開発したオリジナルスペルだ。領域内の空間を強制的に転移させる。エスカーはそのスペルを使って、城の一部を切り取ったんだ。土台が崩れれば城の耐久値はなくなって崩壊する。当たり前のことだ」
淡々と状況を解説してくれるユイル。
その内にも城は復元されていき、三戦目が開始された。
「あのスペルの恐ろしいところはまず、対象の耐久性を無視して壊すことができる点だ。あの城には術者が魔力を供給できるようになっていて、普通の建物に比べ数倍も強度が高くなっている。それをエスカーは空間ごと切り取ることで、容易く城を破壊しているんだ」
三戦目は二戦目の焼きまわしだった。
開幕速攻、《転送領域》は放っていくエスカー。
ミルは魔力の剣でどうにか防いでいこうとするも、またしても領域は剣をすり抜け、城壁へと吸い込まれていった。
「そして、もう一つの恐ろしい点が、あの領域には物理的干渉ができない点だ。それによって、領域の軌道を防ぐこともできない。一言でいえば、防御無視の必殺攻撃みたいなものだな」
「それにエリンも負けたと……」
「そうだ。さすがにあそこまでの必勝スペルを隠し持っているとは予想できなかったようだな。序盤は色々なスペルを試して対処法を模索していたようだが、無理だとわかるやいなや勝つのを諦めて、スペルも撃たずに固まっていた」
あのエリンですら、勝利を諦めた相手。
それが次期七賢の最有力候補、エスカー・バーンアウトなのか。
二戦目同様、三戦目の終わりを告げるブザーがなる。
観客達はその圧倒的な蹂躙に熱狂し、沸き立っていた。
「エスカーとエリンが次戦うのは五日後だ。それまでに《転送領域》の対抗策を用意できるとは思わない。仮に対抗策が思いついたところで、自分の手札にないスペルだったら意味がない。新しいスペルを10戦で使えるレベルまで昇華するには年単位の時間がかかるからな」
「要するにエリンが勝つのは不可能だと」
「そうだ。まず10戦において、前半戦で5勝取られた時点で負けのようなものだ。あれのようにな」
ユイルは冷めた目で広場を見下ろしていた。
そこには相手の城壁に必死に魔力剣を放っていくも、先に自陣の城が壊されるミルの姿があった。
防御無視の《転送領域》の前では、《魔法剣舞》の撃ち合いでも適わない様子だ。
後半戦でも5敗を刻んでいく彼女の後ろ姿が、未来のエリンをそのまま映し出したように見えた。