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第78話 ロズリアとの手合わせ

『10戦』は明日開催されるとのことで、それまでの予定は空いていることとなる。

 エリンには会えなそうな今、空いた時間を使いつぶすのも勿体ない。

 一度宿屋に戻ると、従業員に断りを入れて、中庭の使用許可をもらうことにした。


 これから行うのは、俺とロズリアの手合わせだ。

 剣聖の街でフォースに惨敗してからというものの、俺がロズリアに頼んで日常的に行っていた日課である。


 ジンといい、エイシャといい、ロズリアといい、自分は修業相手に恵まれていると思う。

 誰もが一流の戦闘力を持っている。

一回の戦闘で得られる経験は、そこらの冒険者相手の手合わせと比べものにならない。

こうした周りのサポートがあったから、俺は今までダンジョン攻略をできていたわけだ。


だから、今度はみんなをダンジョン攻略に連れていけるよう、俺が成長しなければならない。

ジンと肩を並べられる何かをこの手合わせで見つけなければならない。


ダガーを構えながら、周囲に目を回す。

この中庭はコの字型をしている。コの上の外側に宿の入り口があり、そこから客室が中庭を囲んでいる形となっている。


裏路地にある小さな宿なため、中庭自体もかなり小さめだ。10m四方よりは大きいといったところか。

庭は雑草で覆われているが、細かい手入れはされていないようだ。草の先端がチクチクと足の脛を刺してくる。


向かい合うロズリアに目を向ける。

彼女は聖剣を両手で握り、既に戦闘態勢である。鎧は着ているが、盾は身につけていない。


俺の攻撃力は低いため、鎧さえあれば大きなダメージを負うことはない。

スピードに対抗するために盾を持たず、身軽にして迎撃するつもりらしい。


――さて、どう攻めるか。


現時点での戦績では、意外にも一割ほどは勝ち星をあげていた。

確かに俺は大して強くない。総合的な力を見るなら、俺はロズリアの足元にも及ばないだろう。

剣戟、身のこなし、スペル。どれをとってもロズリアは一流である。


でも、スピード一点にかけるなら、《偽・絶影》を持つ俺はロズリアに勝っていた。

勝利した一割の戦いもロズリアをスピードで翻弄し、隙を突いて攻撃を食らわせた形となる。


まあ最近はロズリアも学習し始め、むやみに攻撃を仕掛けなくなってきた。

どっしりと待ち構え、冷静にこちらの攻撃を対処する戦法を取るようになってきた。


守りに入った聖騎士を崩すのは至難の業だ。それがロズリアとあれば尚更のこと。

俺の戦績は初期に比べ、下がっていく一方である。


せっかく普段と違うロケーションでの戦いだ。ここでしかできない攻めを仕掛けていきたい。


――《偽・絶影》。


俺はアーツを発動すると、一直線に駆けていった。

向かうはロズリア――ではなく、右前方の壁。

一息でたどり着くと、《踏破(クライム)》で駆け上がり、静止する。


ロズリアが振り向かんとした瞬間に壁を走り出す。

まるで重力から解放されたみたいだ。身体がかってに進んでいく。上下左右に跳ねても落ちる気配がしない。


10m四方の園庭を縦横無尽に跳んでいく俺を、目で追うことはできていないようだ。

ロズリアは首を回しながらもどっしりと構えて続けている。


――今だ。


進路を直角に切り替え、ロズリアに向かっていく。正面には青い後ろ髪を捉えていた。


「ふっ!」


 瞬間、目が合った。振り向いたロズリアと俺の間には既に聖剣が走っていた。

 聖剣フラクタス。最善手の剣筋を選び取る黄金の一振り。

 たとえ使い手が相手の攻撃を捉えていなくとも、フラクタスは正解の反撃を叩き出すことができる。

 ロズリアが行えばいいのは、その結果をなぞるだけ。


「っ……」


 膝を折って身体を反らす。光り輝く聖剣は上半身の上を過ぎ去っていった。

 咄嗟に避けたことで身体の重心が崩れていくのを感じていた。

 靴底が擦れて、推進力は減衰していく。

止まった頃には尻餅をついていた。ロズリアが向ける剣先は俺の眉間を捉えていた。


「……降参です」


 この状態から反撃する気は湧き起こらなかった。どっからどうみても俺の敗北だ。


「まずは一勝ですね」


 ロズリアはニヤリとした笑みを浮かべた。

聖剣フラクタスを引いて地面に突き立て、空いた右手を差し出してくる。

俺は両手についた土を太ももで払うと、差し出された手を掴んだ。


「ありがとう」


 腕を引いて、勢いをつけて立ち上がる。

 それから数歩下がって、ため息をついた。


「早くも一敗か……」


 地の利を活かした攻めをしたつもりであったが、完全にロズリアにいなされてしまった。

 やはりフラクタスは俺と相性が悪い。

 こちらはスピードで翻弄するしかないが、いくら翻弄したところで聖剣に見破られてしまう。


 いわばフォースの【心眼】を相手にしているようなものだ。

 近接戦闘殺しの能力。俺の《偽・絶影》では突破することは敵わない。


 唯一勝機があるとすれば、ロズリアに攻撃をけしかけさせて、続く剣を振えないようにすることだが、その弱点は既に何回も突いているため、彼女も警戒している。

 そのための待ち構えスタイルだった。


「でも、びっくりしましたよ。わたくしもギリギリでしたし……」


「そう? 割と余裕なかった?」


「そうでもないですよ。確かに対処できないことはないですけど、少しでも遅れていたら負けてましたね」


「要するにロズリアがミスしなければ、負けないってことでしょ?」


「まあ、そういうことになるんですかね……?」


 どうやら、まだまだみたいだ。これじゃあ、ジンと肩を並べてられているなんて口が裂けても言えない。

 フォースを認めさせることも叶わない。

 果たしてどうすればロズリアのフラクタスを、フォースの【心眼】を打ち破れるのだろう。


 一つの方法としてはパワーで押し切るという方法がある。

 剣がこちらの攻撃を捉えてくることが必至なら、その剣戟を力で打ち破ればいい。

 現にダンジョンの階層ボスなどは、そうやってフォースやロズリアと渡り合っている。


 まあ、冷静に考えれば攻撃アーツも満足にマスターしていない俺が、力で二人を制圧するなんて無理な話なんだけど。

 筋力面では確実にフォースに負けているし、スキルの差もある。

 この方法は早々に諦めた方がいいだろう。


 何か別の対抗策があるはずなのだ。

ジンだって、かつてフォースと互角に渡り合って戦っていたという。

彼の剣戟だって力は相当なはずだが、力のごり押しで渡り合っていたわけではないだろう。


ジンに【心眼】が打ち破れて、俺には【心眼】が打ち破れない。

その差はなんなのか? スキルによるものなのか? それ以外なのか?

そこにフォースを攻略するヒントが隠されているような気がした。


「とりあえず、もう一戦いい?」


「構いませんよ。何戦でもかかってきてください」


 あまり頭で考えても、答えは出てこない可能性はある。

 今は手合わせをしているわけだし、何度でもチャレンジして経験を積んでいった方がいいだろう。


「じゃあ、行くよ」


 そうして、日が暮れるまで俺とロズリアは戦い続けたのであった。






***






 翌日、待ち合わせ場所に向かうと、約束通りユイルは待っていた。

 再度感謝の気持ちを述べ、目的の場所に向かうことにする。


 俺達がたどり着いたのは、7区にある大きなドーム状の建物だった。

 この建物は大きなイベントごとに使われるものらしく、七賢選抜では『10戦』と呼ばれる選抜試合の闘技場的な役割を果たしているらしい。


 ユイルがチケットを見せると、俺達はすんなりと入ることができた。

 階段を上り、通路を進んでいくと見晴らしのいい観客席に出ることができた。


 どうやらここは当たりの方の席だろう。

 自分達の頭上には国の重鎮達が座るVIP席も見受けられるが、一般席にしては見晴らしがよく、会場の景色は一望できた。


 観客席には既に大勢の人が座っている。席と席の間を行きかう人達も絶え間なく、混雑しているのが一目見てわかった。


「すごい人達ですね」


「まあな。特に今日出てくるのは優勝候補だから人気があるんだ」


「優勝候補ですか?」


「そうだ。次期七賢者の戦いが観れるときた。人気にならないはずがないだろう」


「確かに」


 頷きながら、観客席に取り囲まれるように存在している中央の広場に目を向ける。

 そこには先ほどから気になっていた二つの城があった。


白色で簡素な装いの城が対になって、距離を置いて向かい合っている。

大きさはせいぜい数メートルほどでミニチュアみたいだ。

 他に気になるところといえば、向かい合っている側の城壁が極端に厚いことだろうか。


「なんですか? あの城? あんな場所に建物があったら、戦うのに邪魔じゃないですか?」


「貴様は、10戦について何も知らないんだな……」


 ユイルはため息をつきながら答えた。 


「あれは10戦に必要な魔道具の一種だ。簡単にいえば、『10戦』とはお互いの魔法使いが、スペルで敵陣にある城型の魔道具を壊していく戦いなのだ。先に城を陥落させた方が勝ち。それを10回戦。5回戦ずつ、前半戦と後半戦に日程を分けて戦うことになっている」


「へえー、そういうルールだったんですね。ただ1対1で戦い合うってわけでもないと?」


「そうだ。自分の陣地の城を守りながら相手の城を壊すという、攻めと守り、両方のバランスが求められる複雑な戦いとなる。複雑な分、色々な戦略があって観ている方も楽しめるのが特徴だな」


 なるほど。戦略まで関わってくるのか。

 魔導士同士の単純な決闘というよりは、競技に近いのかもしれない。

 そうこう話しているうちに会場が騒がしくなってくる。

 どうやら試合が始まるようだ。大きなアナウンスが聞こえてきた。


『まもなく七賢選抜『10戦』、第7試合後半戦を開始します』


 会場全体が歓声に沸き立つ。

 新しい七賢を決めるお祭りの熱狂に人々は搔き立てられていた。


『それでは選手入場です』


 大気が震えるような歓声が鼓膜に響く。


『それでは1コーナーから。現時点で2戦2勝。先日行われた第7試合、第8試合両方の前半戦でも5勝を収めてリードをものにしている無敗の優勝候補。空間魔法のプロフェッショナル、エスカー・バーンアウトだー!』


 眼鏡をかけた中年男性が広場に続く通路から現れた。

 彼は観客に笑顔を振りまきながら、ミニチュアの城の上部で一際目立つバルコニーへと降り立った。


「今って第7試合の後半戦なんですよね? それなのに第8試合の前半戦も行われているんですか?」


「ああ。10戦の前半と後半日程は10日開けることになっているからな。二つの戦いが同時並行で行われることもあるんだ。それが昨日、エリン・フォットロードの対戦相手について言及した際、次の対戦相手というより今の対戦相手となると言ったわけだ」


「ということは、エリンさんはエスカーというあの人に今の時点で5敗しているとうことですか?」


「そうだ。エスカーの空間魔法に手も足も出ない形で負けてたな」


「あのエリンさんが……」


 ロズリアは驚いた様子で口に手を当てている。

 俺としても信じられない気持ちでいっぱいだった。


『それでは2コーナー。3戦3敗、果たしてこの試合で一矢報いることは出来るのか? 王都からの刺客、《魔法剣舞》の使い手ミル・ガンダクだー!』


 次に出てきたのはエスカーより10ちょっと若いくらいであろう女性だ。

 顔を真っ青にしながらも、対戦相手同様バルコニーに上がっていく。


「負けるのは目に見えているだろうに。それでもまだ辞退しないか」


 ユイルは吐き捨てるように呟いた。


「そもそも七賢選抜途中で辞退ってありなんですか?」


「もちろんありに決まっているだろう。5区の候補者も自分が勝ち上がれないことを悟ると早々に辞退したぞ。無様な試合を見せるよりかは、去り際を弁えている方がずっと賢い」


「そういうもんなんですか……」


「まあ、ミル・ガンダクにも事情があるんだろう。王宮から派遣されたという立場もあり、個人の意見で辞退することもできないのかもな」


「なんか難しいですね……」


 権力とか、そういう問題はやっぱりピンと来ない。自分が田舎の村生まれの一般人だからだろうか。

 適当な返事をしていると、会場のアナウンスが鳴り響いた。


『さあ、両者定位置に着きました』


 長い杖と短い杖を両手に持つエスカーと、一本の剣杖を構えるミル。両者の視線が交差する。

 会場全体が一時の静寂に包まれた後、溜めに溜まった空気が爆発した。


『それでは第7試合後半戦、一戦目開始です!』



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