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第8話 《索敵》と《罠探知》と《罠解除》

 翌日、俺はジンに盗賊ギルドへと連れられて、戦闘職(バトルスタイル)の登録を済ました。

 指導者と書かれた欄にはジンの名前が刻まれていた。


 ジンの戦闘職(バトルスタイル)は暗殺者だ。

 しかし、暗殺者は盗賊から派生した戦闘職(バトルスタイル)であるので、ジンが指導者でも大丈夫とのことだった。

 盗賊と暗殺者が使うアーツには共通のものも多く、俺がこれから学ぶアーツもそのうちに入っているらしい。


 こうして俺がアーツを習得する準備は整った。

 一年くらい悩んでいた問題をこうもあっさりと解決される様子を眺め、何とも言えない気持ちになったのは胸に秘めておくことにしよう。


 獣道を歩くジンの後を追う。

 歩きやすいルートを選んでくれているのだろう。地面も踏み固められていて、足を取られることもない。

 ジンについていくことは比較的簡単だった。

 左右に乱立された足の細さくらいの木の幹に目を移す。


 ――森といっても、ここは俺の知っている森とは全然違うな……。


 俺とジンはピュリフの街のすぐ北に位置する森へ訪れていた。

 午前中に戦闘職(バトルスタイル)の登録を済ませ、昼食を食べたのちのことである。


 俺が昔、住んでいたチャングズは森林地帯にぽつんと存在していた。

 おかげで森には慣れているつもりだったが、ここは生えている植物も、飛び散る虫も、吸い込む空気の味ですら異なっていた。


 チャングズの森はもっと取っ散らかっていた。密度が濃かった。

 それに比べ、ここは人間に優しい。

 大きな街のすぐそばだけあるな、なんて考えていると目の前のジンは足を止めていた。


 背の低い雑草に塗れた広場を見つけたようだ。

 彼に倣って俺も立ち止まる。


「じゃあ、これから《索敵》について教えようと思うけど、ノート君はこのアーツについてどこまで知っているかい?」


 振り向き、問うジンにありのままを答える。


「盗賊系統の戦闘職(バトルスタイル)が使えるアーツで、モンスターの位置を把握する技ってことくらいしか……」


「大体正解かな。正確には、モンスターだけでなく、人間や、その他、害のない生物まで感知できるけどね」


「えっ、そうなんですか? 初めて知りました」


「これは世間ではあまり知られていないからね。基本的に敵意や害意、脅威の度合いをもとに生物を感知するアーツだから、無害な生物ほど察しにくいんだ。《索敵》の技術力を磨き上げた人にしか、そういった生物の存在を感じ取れないから誤解が生まれるんだけどね」


「なるほど……」


 ジンの言葉に関心を寄せて聞いていると――。


「で、ノート君にはこれから、そのレベルまでできるようになってもらうからね」


「えっ⁉ さすがにそれは……」


 とまで言いかけて留まる。

 自分が声に出そうとした言葉に虚をつかれてだ。


『無理じゃないですかね……』


 たった今、俺はこう言おうとしたのだ。

 ――なんだよ、それ。


 これじゃあ、半年前の自分と何も変わらないじゃないか。

 頭を振る俺を、ジンは優しく宥める。


「そう言わずに……。練習すればできるようになるよ」


「そうですね。とりあえずやってみます。それで、《索敵》ってどうやるんです?」


「ノート君は冒険者をやっていたことがあるんだよね? ということはモンスターと対峙した経験もあるってことだ。そうだよね?」


「ええ、まあ……」


「じゃあ、モンスターと対峙したとき、『こいつ、これから襲ってくるな』っていう圧みたいなものを感じたことはあるかい?」


 思い返してみる。

 ミーヤと一緒に冒険者をやっていた時期、野良でパーティーを組んでいた時期、どちら も俺は後方で待機していたことがほとんどだった。

 情けない話なのだが。


 確かにあった気がする。

 ジンが言うほど鮮明なものではないが、それでも自分に注意が向いた、という感覚は何度も体験した。


 静かに頷くと、ジンは話を続けた。


「《索敵》っていうのはその感覚の延長線上にあるんだ。最初は、目の前のモンスターの『これから襲ってくるな』っていう感覚から、目には見えないけど近くにいるモンスターの『これから襲ってくるな』っていう感覚まで拡張していく。それを繰り返していくと、次第に自分をまだ見つけていない、潜在的に害のあるモンスターまで察知できるようになるんだ」


「それを極めると今度は害のない生物まで察知できるということですか?」


「その通りだね。《索敵》における重要な要素となるのは自分にとって相手がどのくらいの脅威度を持つかということになる。だから、今のノート君にとってはこのアーツは相性がいいかもね」


 元から細い目をさらに細めて軽く笑うジンに首を傾げる。


「どうしてですか?」


「それは、ノート君が大した戦闘力をまだ持っていないからだよ。大体のモンスターの脅 威度が相対的に高く感じられるからね。《索敵》の感覚を摑みやすいと思うよ」


「確かにそう言われれば納得しますね……全然嬉しくないですけど……」


「気を悪くしちゃったらごめんね……。まあ、でもこれは立派なアドバンテージだと思うよ」

「よかったら見本とか見せてくれませんか?」


 あまりフォローされている心地がしなかったので、話題を切り替える。

 ジンはいたずらっぽさの溢れる笑みを浮かべるのみだった。


「実はもう《索敵》を発動しているんだよね。傍から見たらわからないのは当然だと思うけど」


「そうなんですか。全然気がつきませんでした……」


「特別なモーションとか掛け声が要らないアーツだからね。それじゃあ、最初はモンスターがいるところまで近づいて練習しようか」


 こうして、俺のアーツ練習は幕を開けたのであった。






 ***






 そのさらに翌日。

 俺は体力作りを目的として、フォースの走り込みに同行することになった。


到達する者(アライバーズ)』といえども、ダンジョン内ではモンスターと戦うばかりなわけではなく、戦いを避け退却を選ぶ場合もあるらしい。

 そういった時のためにある程度の体力はつけた方がいいということだった。


「街の外を走るから、ちゃんとオレについてこいよ。はぐれてモンスターに襲われたらノートじゃキツイだろ?」


 朝が早いせいか、眠そうな顔つきで屈伸をするフォース。

 後ろ髪は寝癖で跳ねていた。


 これから走るのは街を囲う壁の外となる。

 街の中とは違い、モンスターも現れる。

 フォースの言う通り、俺がモンスターに襲われれば太刀打ちできないのは事実だ。


 だけど、まあ大丈夫だろう。

 俺も一年間冒険者をやっていたわけだ。荷物持ちだってよく引き受けた。

 そんなに体力がないこともないと自負している。

 さすがに身体強化スキルがあるミーヤには足の速さでも負けていたが、フォースとはいい勝負ができる可能性もあるんじゃないだろうか。


 そんな慢心に足を掬われるのには三十分も要らなかった。


「あはははははははははは! やばい! ツボるんだけど!」


 フォースは腹を抱え地面を転がり回っている。

 おそらく、俺は馬鹿にされているのだろう。

 だけど、怒る余裕なんてものはどこにもなかった。

 足を伸ばすので精一杯だった。


「足つって動けなくなっているところをモンスターに襲われるとか笑えるわ!」


 笑いごとじゃない。本当に死ぬかと思ったんだぞ……。


 まあ実際のところ、フォースに笑われるのも無理のないことだった。

 スタートした直後はフォースについていけていたのだが、十分ほど経ってからであろう

か。

 俺とフォースの体力の差が如実に表れだした。


 荷物持ちをやっていたといっても走ることは少なかったな、なんて事実を思い出した時 には手遅れだった。


 それでも、無理をして走っていた俺は足がつった。

 そこに運悪くモンスターが襲ってきて、フォースが撃退したというわけだ。


「ほんとなよっちいなー、ノートは……」


「……」


 言い返したいが、事実なので言葉に詰まる。

 悔しいが、ここは耐えるしかないだろう。


「絶対彼女できたことねえだろ……」


「うるさいですよ! こんちきしょう!」


「うわっ! ノートがキレた!」


「そうですよ! 彼女いたことありませんよ! それがわるいですか! そういうフォースさんはどうなんですか! 女性経験豊富なんですか!」


 気がついたらまくし立てていた。


 人が気にしていることを言わないでほしい。

 特に俺の場合はミーヤとの決別をまだ引きずっているという事情もあるのだ。

 彼女ができないんじゃなくて、作らないんだ。そう思いたい。


 なんだか自分で言っていて悲しくなってきた。


「うぐっ……! わかった。オレが悪かった。落ち着いてくれ。オレ達、似た者同士、仲良くやれると思うんだ。『彼女ができたことない同盟』として……」


「なんですか、その同盟……。加入したくないんですけど……」


「今なら、年会費無料! 手続き要らずだ!」


「手続き要らずって自動加入ってことですよね?」


「勘がいいな。もちろん脱退条件は彼女ができることだな。悔しかったら彼女作ってみろよ」


 憐れみを浮かべて俺の肩を叩くフォース。

 剣の腕も一流だが、人を煽る才も負けず劣らずだ。

 一周回って尊敬できる。


「わかりましたよ! フォースさんより先に彼女作ってみせますよ!」


「言ったな? じゃあ、先に恋人ができた方が相手の言うことを何でも一つ叶えるっていうのはどうだ?」


「いいですよ。絶対に忘れないでくださいよ」


 どうせなら、こういう約束は幼馴染のミーヤとしたかった。

 なんだかんだいって、最終的には約束した当人同士で付き合って、『これじゃあ引き分けだね』みたいな?


 何を言っているんだ、俺は?

 こんなことばっかり考えているから、恋人ができないのではないだろうか。






 ***






 フォースとの走り込みで体力を使い果たした俺だが、午後には《罠探知》と《罠解除》の特訓が待っていた。

 この二つのアーツを練習するために俺とジン、エリンは街の南へと足を進めていた。


「えっと……これからダンジョンに行くんですか?」


「そうだね。《罠探知》は《索敵》と似通ったアーツだから、同じような練習方法で身につくんだよ。これからノート君には、ダンジョンに仕掛けられた罠を体感して《罠探知》を習得してほしい」


《索敵》と似通ったアーツと聞いて少しばかり顔が引き攣る。

 それもそのはず。昨日の《索敵》練習は何の感覚も摑めず終わったからだ。


 一日で習得できるものじゃないと思っていたが、それでも落ち込むものは落ち込む。

 しかし、俺の不安を振り払うようにジンは言った。


「でも、《索敵》よりかは簡単に身につくかもね」


「どうしてですか?」


 ジンの言葉に疑問を覚えた俺は質問する。

 彼はさも当たり前のことのように衝撃の事実を口にした。


「実際に罠に引っかかってもらうからだよ。危険な目に遭えば遭うほど、人間の身体っていうのは自分の身を守ろうと順応するものなんだ。だから、アーツも身につきやすくなると思うよ」


「ちょっと待ってくださいよ! ダンジョンの罠に引っかかったら死にますって!」


 慌てて手を横に振る。

 腕に自信のある新人冒険者がダンジョンで死ぬとなれば大抵罠のせい。

 冒険者内で有名な常識である。

 腕に自信のない人間なら死なない、みたいな都合の良いとんちじゃやり過ごせないだろう。


 エリンは白い目でこちらを見てきた。


「なに言っているの? 私達が作った罠に決まっているじゃない。死なない程度の罠を用意するから、それで《罠探知》と《罠解除》を練習するのよ。そもそも、ダンジョンに罠が設置されるようになるのは、もっと先の階層じゃない……常識でしょ?」


「いや、そんなの知らないし」って言おうとして止めた。


 口にしたら絶対喧嘩になる。


 別に度胸がないから止めたとかじゃない。

 賢いので止めにしたのだ。そういうことにしておいてほしい。


「言い方が悪かったね。ごめんごめん」


 とジンがフォローを入れた。

 エリンの方へ視線を向ける。


 彼女は露店の前に掲げられている『本日限り!  10 %引き!』と書かれた幟を眺めていた。


 俺への興味は既になくしているようだ。


 なにか文句を言おうとしたが――賢いので止めにした。


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