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第76話 いざ、魔法都市イザールへ


「それじゃあバイバイです!」


 忙しなく両手を振るネメ。

 それに応えるように俺とロズリアも手を振った。


「じゃあ、また」


「ネメさん、さよならです」


 そう答えた瞬間、俺達が乗っていた馬車が動き出す。

 窓から見える赤毛の幼女は段々と小さくなっていく。


「エリンに会ったらよろしく言っといてです!」


「わかりました!」


 返事するとともにネメの姿が見えなくなる。

 移り変わる建物を車窓から眺めながら呟いた。


「あっという間でしたね。久しぶりのピュリフの街だったのに」


「いいじゃん。すぐに戻ってくるんだし」


 ネメの交渉に失敗した俺達はというと、当初の予定通りエリンに会うためピュリフの街を出ていくことにした。

 向かう先は魔法都市イザール。この国で最も魔法の研究が盛んとされており、六つの魔法学園からなる学園都市だ。


 エイシャからの情報で最も詳しく集められていたのがエリンのものである。

 だから、見つけるのが難しいということはないはずだが、書かれていた内容を見るに最も大きな懸念事項があるのも事実だった。


「はあ、ネメ姉さんにあんなこと言っておいてだけど、エリンを勧誘できるのかな……?」


「大丈夫ですよ! きっとできますって!」


「そうは言われてもな……」


 現在の戦績が二戦二敗ときた。

 フォースにもネメにも断られて、完全に自信を喪失していた。


到達する者(アライバーズ)』の復活は最早実現不可能といっても過言じゃないだろう。

 フォースに勝つことも、新しいパーティーを組んでしまったネメを引き抜くことも、現在のところは目処が立っていない。


 そんなところに大きな懸念事項があるエリンの勧誘である。考えるだけで気が滅入ってくる。

 それに仮にエリンの勧誘が成功したところで、パーティーメンバーは三人しかいない。

 そんな中、どうやってダンジョン攻略をすればいいのだろう。


「確かにわたくしとかが勧誘したら難しいかもしれませんが、ノートくんなら大丈夫じゃないですか? エリンさん、ノートくんだけには甘いですし。頼みごとを断ったりしないでしょう?」


「……」


 ロズリアは知らないと思うが、俺は一度エリンに頼みを断られている。

到達する者(アライバーズ)』からフォースがいなくなったことをエリンから告げられた日。

 彼女に『到達する者(アライバーズ)』からいなくなるつもりだとを打ち明けられた。


 その時の俺は恥も外聞もなくエリンを引き留めた。

 冒険者を辞めて一緒に暮らそうと、付き合っていずれは結婚でもしようと言った。

 だけど、エリンはその提案を拒絶して、一人自身の魔導士としての成長を選んでしまった。


『ノート、好きよ。また会いましょう』


 そう一言だけ残して。

 どうなんだろう。エリンはまだ俺に好意を寄せてくれているのか、本当に好いていてくれたのか、本当にまた会うつもりでいてくれたのか。俺にはわからなかった。


「やっぱり会いに行かなくちゃ駄目だよね……?」


 何とも言えない別れ方をしてしまったせいか、エリンに再会することを恐れる気持ちもあった。

 エリンにまた拒絶されたらどうしよう。彼女の別れ際の言葉を信じ切れない自分がいるのも事実だ。


「いいんじゃないですか? 行かなくても?」


「えっ?」


 そんな俺の心の内の葛藤も知らないロズリアはいつもの調子で続ける。


「ノートくんに色目を使ってばかりでしたし、良くないと思うんですよね、ああいうの。年中発情されるのもパーティーの風紀に関わるでしょう。『到達する者(アライバーズ)』はダンジョン攻略に真剣なパーティーなんですから」


「多分、ロズリアだけには言われたくなかったと思うよ、それ」


「どうせですし、エリンさん抜きで『到達する者(アライバーズ)』復活させちゃいましょうよ! そっちの方が絶対いいですって!」


「よくないと思う……」


「それでダンジョン制覇をして、エリンさんはそれを人伝で聞くことになるんです。『なんで私に声をかけてくれなかったのよっ!』って怒りながら乗り込んでくる姿を想像すると面白そうじゃないですか?」


「今、面白そうって言ったよね……」


 面白いで済まされないようなかわいそうな仕打ちだ。

 ああ見えて意外とエリン繊細なんだからね。

 仲間はずれとかいじめとかそういうのに若干のトラウマとかありそうだし……。

 ただただショックを受けて、乗り込めず一人で抱え込んでしまう可能性の方が強いように思える。


「そうと決まったら、エリンさんに代わる魔導士を探しに魔法都市に向かいますか!」


「エリンを迎えにね……」


 まあ、仲間はずれにする気もないので、迎えに行かないという選択肢はない。

 エリンが『到達する者(アライバーズ)』復活の話を受けてくれるのかはともかく、俺達は魔法都市イザールへ向かうのであった。






 ***


 銀色の大きな城門を潜ると、街路樹が立ち並ぶ人工的な緑でできた街並みが広がっていた。

 正面は大通りとなっており、馬車はゆっくりと道を進んでいく。

 綺麗に整備された車道と歩道。直方体の家屋や商店が規則正しく道に沿って並んでいる光景は、この街の都市整備が行き届いていることを反映している。


 そう、ここが魔法都市イザール。俺達の目的地である。

 魔法の発展とともに都市としての機能も発達していったこの街は、七つの区で成り立っている。


 それぞれの魔法教育機関が中心となって自治をしている1~6区。そして、1~6区の中心に位置し、イザール全体の統率を取っている7区である。

 各区の中心には空へと伸びる大きな塔が見え、7区を除いて塔は自治をする教育機関の建物であった。


 現在、俺達が今いるのは4区に該当する街の南の地区である。

 エリンがいるらしい1区は北にあり、街の正反対の場所にある。

 一旦、街の中心にある7区を経由していかなければならない。


 今日は日も暮れ出したことであるし、一旦7区で宿を取り、翌日1区へと向かうことになるだろう。


「それにしても人が多いですね~」


 道行く通行人を眺めながらロズリアは口を開く。

 確かに歩道に通行人は溢れているし、車道も混雑している影響で馬車の歩みも遅かった。


「七賢選抜が行われるから観光客も多いんだろうな」


 この街では現在、この国において重要なイベントが行われることになっていた。

 それこそが七賢選抜。いわば魔法使いの頂点を決めるための選抜会である。


「その単語、よく聞きますけどそんなにすごいことなんですか?」


「マジで言ってる?」


「一応、冗談は言っていないつもりですけど……」


 しかし、ロズリアは事の重大さを実感していないようで首を傾げている。


 そもそも七賢者とはこの国で最も優れている魔法使い七人に与えられる称号である。

 七賢者に選ばれれば、王国の将軍と同列の地位を得られ、個人で国自体を動かすことだってできる立場になるだろう。

 そんな魔法に通じる者なら誰でも憧れるような立場こそが七賢者である。


 七人いる七賢者だが、昨年寿命により亡くなった人物が出たらしい。

 7年ぶりに出た七賢者の欠員。

 7年ぶりに魔法使いの頂点が決まるとあれば街中がお祭り騒ぎになるというわけだ。


 国中から歴史的な瞬間を一目見ようと観光客が集まってきていた。

 見たところ杖を持った人物が多いような気もするが、魔法に関係ない一般人や貴族の姿もちらほらいる。

 傍から見たら俺とロズリアもそんなミーハーな観光客の一人と見られているんだろう。


「この国に来てからそんなに経ってないですから。ピュリフと王都以外の事情に疎いんですよね……」


「俺も田舎暮らしだったから、そんなに国の事情については詳しくないけどね……。って、ロズリアって違う国出身だったんだ?」


「あっ……。ええ、まあ……」


 歯切れの悪い返事をするロズリア。

 視線を逸らす彼女はどこか都合が悪そうに思えた。ただの気のせいかもしれないが。


「あれ? 言ってなかったですっけ?」


「初耳だったんだけど……。それでどこ出身なの?」


「そんな話はいいじゃないですか。今は七賢選抜の話では?」


「いや、こんな長く一緒に居て、出身地を知らないというのもまずいと思うんだけど……」


「そんなすごいお祭ごとなんですね! 七賢選抜って!」


 有無を言わさない勢いに思わず身を引いてしまう。

 どうやらロズリア相手に出身地を尋ねるのはNGなようだ。

 誰だって触れられたくない過去の一つや二つはあるしな。

 それにしても、出身地について言えないって過去に一体何があったのだろう。


「まあね。いわば国の将軍の任命式みたいなもんだから。いや、誰がなるかまだ決定していない分、盛り上がり方はすごいのかな?」


「へえ~。でも、そうなると宿とか取るの大変そうですね」


「確かに。全然考えてなかった。観光客とか多いもんな……」


 道行く馬車全部に全部観光客が乗っていると仮定するとすごい数になるはずだ。

 もちろん全員が観光客なわけがなく、この街に住んでいる人も一定数はいるだろうが、それでも宿が取りにくくなる可能性は大いにある。


「まあ、なるようになるか……」


 こういうところに段取りの悪さが出ているよな……。






「すみません。一部屋しか空いてなくて……」


 ロビーのカウンターで従業員に頭を下げられる。

 もう何度も目にした光景だ。


 五つの宿で部屋の空きがないと断られ、六件目でやっと出会えた空きの部屋。

地図化(マッピング)】のお陰で見つけた、路地裏の宿屋に向かった結果でもこれである。

 表通りの宿屋は全滅。七賢選抜が一大イベントなことは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。


「いやぁ~部屋が一つしかないなら仕方ないですね~。男の人と一緒の部屋に泊まるというのはあれですが、まあ事情が事情ですし? 一緒の部屋に泊まるしかなそうですね~」


「連れも嫌そうにしていることだし、別の宿探しま――」


「ちょっと待ってくださいよ! どうしてそうなるんですか!」


 背を向けて歩き出す俺の手が後ろに引っ張られる。

 さっきまでのわざとらしい口調はどこかに消え、目をぎらつかせながら迫ってくる神官がそこにはいた。


「いやいや! 嫌がっているわけないじゃないですか! 前振りみたいなもんじゃないですか! 男の人に泊まらないかと誘われて一旦は断る素振りを見せるも内心ではまんざらでもない女の子の典型パターンじゃないですか⁉」


「その典型パターンは知らないけど、とりあえず人の目もあるから少し静かにしてくれない?」


 対応している従業員も苦笑いしているし。

 もう少し時と場合を考えてそういう冗談は言ってくれない?


「じゃあ、その空いてる部屋一つお願いします」


「はあ……」


 口を半開きにしながら、頷く従業員。

 カウンターの下にあった部屋の鍵を取り出すと、手渡してきた。


「部屋は301号室。階段を上がって一番奥の部屋なります」


「あっ、ありがとうございます」


「じゃあ一日分の代金お願いします。延長する場合は当日に言ってお金を払ってくれば構いませんから」


 ロズリアが変な発言をしたせいで、淡白な接客に変わってしまったような気がしたが、あまり気にしても仕方ない。

 鍵を受け取った俺は、ロズリアを引き連れて三階に上がっていく。


「でも、意外でした。こんなにすんなりと一緒の部屋に泊まることを受け入れるなんて」


「そう?」


「今までのノートくんなら、なんだかんだ理由つけて断りそうじゃないですか?」


「だって、野宿は嫌じゃん」


「それはそうですけど……」


 ロズリアが先ほど言った通り、他に部屋がないんだから仕方ない。

 何も部屋がないよりは、一つだけでも部屋があった方がマシだ。拠点がないと、この街で動けなくなってしまう。

 もちろん二部屋あったら二部屋取っていたけど。


「ノートくんもまんざらでもない感じですか~?」


「違うから。ロズリアのことを信頼しているんだよ」


 かれこれロズリアとは二年近くの付き合いになる。

 王都という見知らぬ地で半年以上一緒に過ごしたということもあり、彼女のことはある程度わかっているつもりだ。

 口ほどに変なことはしないはずだし、良識だって一応は持っているはずだ。多分だけど……。


「別に変なことしたりしないでしょ? って信頼だよ。長い付き合いだしね」


「うっ……困った信頼ですね……。そう言われてしまいますと、折角の信頼を落としたくないですし、仕掛けにくくなっちゃうじゃないですか!」


 仕掛けるって何をだよという疑問は胸の内にしまっておくことにした。


「やっぱり最近のノートくん、わたくしのあしらい方上手くなってませんか……?」


「長い付き合いだからね」


「もう少し優しくしてもいいと思います!」


 抗議してくるロズリアを背に、俺は301号室の扉を開いた。






 ***






 二人で夕食を食べに出て、イザールの名物料理で腹ごしらえした後、宿へと戻ってくる。

 部屋でグダグダと時間を過ごしていると、先にお風呂に入っていいと言われたので一番風呂を貰うことにした。


 風呂から上がると、次はロズリアが脱衣所へと入っていく。

 この部屋は割かし狭いため、風呂場から最も離れた窓際の椅子に座っていても、シャワーの音が聞こえてしまう。

 意識しないように窓の外を眺めていたが、どうしても意識してしまうというのが正直なところだ。


「どこで寝ようかな」


 シングルベッドが二つ並べられた部屋を見渡しながら呟く。

 ベッドが二つあるのはありがたいのだが、部屋のサイズが結構狭いため、ベッドの距離が近づきすぎな気がする。

 立ち上がってなるべく壁の端までずらしてみたが、それでも寝返りをうてばロズリアの寝顔が間近に見えてしまう距離だ。


 まあ、ロズリアとはもう長い付き合いだし?

 出会った当初みたいに過剰にドギマギするってこともないだろう。多分?


「お風呂上がりましたー!」


 脱衣所から声が聞こえるとともに扉を開く音が聞こえた。

 俺が物思いに耽っているうちに身体を洗い終えていたようだ。

 反射的に声の方へ振り向くと、素肌にバスタオルを巻いただけのロズリアが突っ立っていた。


「へぇっ⁉ な、なんで⁉」


 突然の光景に変な声を出してしまう。

 裸と一枚しか変わらない、その淫らな景色に思わず目が引き寄せられてしまう。


 風呂上がりののぼせて火照った柔肌。普段よりも数倍強調されているタオル越しの巨乳。

 その大きな胸によって白い布は吊り上げられ、むちっとした太ももの際どいところまで露になっていた。


「……っ」


 前言撤回。何が『出会った当初みたいに過剰にドギマギするってこともないだろう。多分?』だ。

 エロい。エロすぎる。

 思いっきりドギマギしている自分がそこにはいた。


「そんな熱く見つめてこないでくださいよ。恥ずかしいです」


「いや、そういうわけじゃ……」


 じっと見てしまっていたことに気づき、慌てて目を背ける。

 もうちょっと目に焼き付けておきたいという後ろ髪を引かれる思いもあったが、欲を頭から追い出すことに専念する。


「ごめん……」


「別にいいですよ。ノートくんに見られるなら構いません」


 スリッパの乾いた足音が近づいてくるのが聞こえてくる。

 このまま迫られたらまずいと身を縮こまらせていると、ロズリアはするっと脇を通り過ぎて自分のトランクの中を漁り出す。


「……何を?」


「何をって? ただ自分の着替え探しているだけですけど」


 ごそごそと服を取り出すロズリア。

 しゃがんでいるせいでバスタオルの隙間からは太ももの更に際どいところ、足のつけ根くらいまでもがチラッと顔を覗かせている。


 しかし、ロズリアはそんなことに気を留めずに服や下着を選び取っていく。

 一通り衣服を取り出すと、そのまま立ち上がった。


「何を勘違いしていたんですか?」


 そして、頬に笑みを浮かべながら振り向いてきた。


「ただ着替えを持っていくのを忘れたので、こうしてバスタオルを巻いて来たわけですが――」


「だよね……」


「まさかわたくしが裸で迫っていくとでも考えていたんですか?」


「……」


「そんなはしたないこと、乙女のわたくしがするわけじゃないですか?」


 自分の勘違いに顔が熱くなってくる。

 鏡を見たら、きっとすごい表情をしている自信があった。


「それにそっちが言ったんですよ。わたくしのことを信頼してるって。ちゃんと自分の発言に責任を持ってくださいよ~」


 活き活きとした口調で喋り出すロズリア。

 これはあれだ。どうやら俺はからかわれていたみたいだ。


「変なことしないでしょとか言っておきながら、変なことを期待するってどうなんですかね?」


 部屋を取った時のあのやり取りの報復のつもりなのかもしれない。

 冷たくあしらった報いがこんな形で返ってきてしまった。


「ノートくんってエッチですね」


「本当にごめんなさい……」


 どう頑張ってもここから持ち直せないことは目に見えていたので素直に謝罪する。

 さすがは歴戦のパーティークラッシャー。怒らせると恐ろしい……。

 俺をからかっている時のロズリアはいつにも増して楽しそうで、彼女の闇の深さをひしひしと感じていた。


「わかってくれればいいんですよ。これに懲りたら、もうちょっとわたくしに優しくしてくださいよ」


「御意です、ロズリア様」


「そこまでかしこまらなくていいです……」


 呆れた視線を向けてくるロズリア。

 彼女の恐ろしさを再確認した身としては下手に出るほかなかった。


「いや、本当に反省しているんで、今後このようなからかいは止めてもらえませんかね……。心臓が持たないので……」


「そんな怯えた子犬のような目で見てこないでくださいよ! ちょっとした冗談だったんですから! 怖がらないでください!」


「女の子、もう、怖い……」


「ノートく~ん、大丈夫ですか~」


 そう言って、ロズリアは目の前で手を振ってくる。

 俺に手の高さを合わせて身を屈めているせいで、胸の谷間がちょうど正面にくる形となる。

 手と合わせてゆっくりと揺れる胸にまた目が吸い寄せられそうになって、慌てて目を逸らした。


「というか、早く服着て……」


「あっ……そういえばまだタオル姿のままでしたね」


 ロズリアは自分の全身と、手にしていた着替えを交互に見た。


「身体も少し冷えてきたことですし、着替えることにします。サービスタイム終了ですね~」


 最後までからかいながら、脱衣所へと消えていくロズリア。

 その後ろ姿を眺めながら、俺はため息を吐いた。


「ロズリアを怒らせるのはもうやめよ……」


 男を誑かせる特技がここまで健在だったとは思わなかった。

 打ち震える俺を余所に、脱衣所の扉からは小さな声が漏れ出ていた。


「あぁ……やっぱり恥ずかしいですね。裸見られちゃうのは……」


 だからさ、そういうのも反則だって。

 まさか、俺に聞こえるようにわざと呟いているとかじゃないよね……?



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