第73話 最強の剣士vs最強の狩人
「フォースさんって言うんでしたっけ？」
突然のミーヤの問いかけに、フォースは驚きながらも律儀に答える。
「そうだけど。オレに何の用だ？」
「あのー、昔『到達する者』のリーダーやっていたんですよね？ すごく強いんですよね？」
「まあ、そうだけど……」
戸惑うフォースを余所に、ミーヤは衝撃的な発言をした。
「だったら、わたしが作るパーティーに入りませんかっ？ 言っておくけど、わたしはノートやり断然強いですっ！」
「……」
啞然とした表情というのはこういう光景を言うのだろう。フォースは口をポカンと開けていた。
鏡を見たら、きっと俺も同じ表情をしているだろう。
「いや、待ってよ。フォースは俺達のパーティーに――」
「入らないんでしょ？ ほら、断られていたじゃん！」
「今はそうだけど……。でも、今後は……」
「そういうのって早い者勝ちじゃない？」
「それはそうかもしれないけど……」
だけど、それってあり？
フォースは『
「なんでフォースを取ろうとするんだよ」
「だって、わたしはダンジョン攻略でノートに勝たなくちゃいけないんだもん。だったら、強い人仲間が欲しくない？」
確かにフォースはダンジョン攻略パーティーに加えるなら最高の人物だ。
この国で現在最強の剣士と言っても過言じゃなく、加えてダンジョン探索のノウハウもある。
ミーヤ以外のダンジョン攻略を目論む冒険者も、喉から手が出るほど欲しがっている人材に違いない。
「それにノートのパーティーから、フォースさんが抜けたらノートの攻略速度が遅くなるよね？」
「そんな笑顔で直接的妨害を宣言されても……」
「相当性格が歪んでますね……」
隣にいるロズリアまでも引いていた。ロズリアに性格が歪んでいるって言われるなんて相当なものだぞ？
「いや、これはオレとノート達の問題であって――」
もちろんフォースにとってもこれは予想外の展開だったようで、しどろもどろになりながらも断ろうとする。
だけど、ミーヤは決して引こうとしなかった。
「だって、話を聞いているとノートのパーティーはダンジョン制覇できそうにないから入りたくないんでしょ？ だったら、わたしのパーティーに入ったって問題ないじゃん！」
「そうだけど、そうじゃないっていうか……」
「なんで？」
「それは……ノートとかに悪いじゃんか……」
「悪いと思ってるんだったら、さっさとノートのパーティーに入ればいいじゃん」
「それはもまた違うっていうか……。そもそもミーヤちゃんの作るパーティーがダンジョン制覇できるって保証もなくない？」
「なるほどね。要するにわたしの力がわからないから、入りたくないと」
両手をパンと打つと、ミーヤは目を輝かせて言った。
「だったら、わたしがフォースさんに勝てばいいってことだよね？ ノートみたいに戦って、勝てばわたしのパーティーに入るということでどう？」
どう？ じゃないから！
少しはこっちの話を俺達の話を聞こうよ……。
また面倒な展開になってしまった。ミーヤに嫌われている弊害がこんなところで出てくるとは……。
もちろん、そんな挑戦的な条件を持ちだしたらフォースが断るわけがなくて――。
「要するにオレが勝ちさえすればいいんだろ？ 面白いじゃねえか。オレに喧嘩を売ってきたこと、後悔させてやる」
フォースＶＳミーヤという、誰しもが予想だにしない第二ラウンドが始まってしまったのであった。
＊＊＊
「なんで……こんなはずじゃなかったのに……」
木目調の床にへたり込むミーヤ。悲観に暮れるその背中を眺めながら、先ほど繰り広げられた戦いの様子を思い出していた。
先に結果を言うと、フォースとミーヤの戦いはフォースの圧勝だった。あのミーヤが一矢報いることもできぬまま負けた。
事前の予想ではどっちが勝ってもおかしくないと思っていた。
お互いのスキル構成は同格だ。むしろ、多彩な攻撃補正スキルがあるミーヤに軍配が上がる可能性もある。
しかし、蓋を開けてみたらそのスキル構成ですらフォースが勝っているのが現状だった。
《剣術・極》と《弓術・極》の性能自体は大差ない。
同程度の性能だった場合、一対一の至近距離の戦闘では、至近距離向きのスキルである《剣術・極》を持っているフォースが圧倒的に有利だった。
それにフォースには《心眼》もある。遠距離から放たれた矢は剣を使って全てやり過ごされていた。
ミーヤには《身体強化・大》という近接戦闘用スキルもあるが、フォースの刀の間合いではそのスキルはあまりにも無力だ。
残されたスキル、《森精霊の加護》の補正がかかる精霊術を発動するもフォースの《魔法耐性・大》によって減弱されてしまっていた。
大技の精霊術だったらダメージを与えられただろうが、そんな隙をフォースが許すわけない。
ミーヤがオールラウンダーとして完成したスキル構成だとしたら、フォースは近接戦闘に特化した完成したスキル構成だ。
舞台が違えば結果も違ったかもしれないが、一対一の戦闘という面ではフォースの有利は揺るがない。
それにミーヤにはブランクがある。
俺のブランクとはまた違うもので、ミーヤは俺と別れた後も冒険者を続けていたが、自分の優れたスキル構成を隠すために実力を偽っていた。
本気でダンジョン攻略に挑んでいた剣士と決して本気を出そうとしなかった狩人。その両者の違いは明確な力関係となって表れていた。
まあ、そんな感じでフォースにボコボコされたミーヤは現在、絶賛落ち込み中であった。
「もしかして……わたしって弱いの……？」
意気揚々と戦いを挑んで惨敗した彼女はプライドがへし折れていた。この前の喧嘩で俺に負けたことも関係しているかもしれない。
ガチ凹みしている彼女をこのまま放っておくのも忍びないので、とりあえずフォローを入れておく。
「そんなことないと思うよ。フォースが強いだけだよ。今回は偶々負けただけで――」
「そうだよね？ やっぱそうだよね？」
「はたして、そうでしょうか？」
口を挟んできたのはロズリアである。
「ノートくんにも惨敗していましたし、本当は弱いんじゃないですか？」
「っ……」
「しかも、あんなに自信満々に戦いを挑んでおいてまた負けるって、わたくしなら恥ずかしくてもう街も歩けませんよ」
「うわわぁぁぁん！ 帰るっ！ チャングズに帰るっ！ もうダンジョン攻略なんて知らないっ！」
追い打ちをかけるなよ……。
いくらなんでもそれは鬼畜過ぎませんかね、ロズリアさん……。
「そこまでにしておきなよ。なんかかわいそうだし」
とりあえず、このまま放っておくのも悪いような気がしたので助けに入る。
それに対するミーヤはというと――。
「ノートに哀れまれたっ！」
更なる落ち込みを見せられてしまった。
おかしいなぁ。助けに入ったつもりだったんだけどな……。
「ほらほら、ノートくんもう一発！」
ロズリアは生き生きとかけ声をかけないで！ それだと俺に悪意があるみたいになっちゃうじゃん！
「もう一発じゃないから。とりあえずミーヤは部屋に入ってから落ち込もう。ここは通路で通行人の邪魔だから」
現在ミーヤが落ち込んでいる場所は、俺達が取っている宿屋の廊下であった。
フォースに負けてからというものの目に生気がなかった彼女だが、宿に着き部屋に入る前にＨＰが尽きた様子であった。
「邪魔って……酷い……」
もう何言ってもＨＰが０になったミーヤにダメージは入るようだった。
最近気づいたけど、ミーヤって結構面倒な性格しているよね。
「はぁ……。力ずくで部屋に入れるからロズリアも手伝って」
「えぇ……自分で立って歩いてくださいよ、ミーヤさん」
「これからどうするつもりなんですか？」
ロズリアはこちらを向いて尋ねてくる。
俺達三人がいるのは、ロズリアとミーヤのために取った女子用の一室である。
ミーヤをなんとかして部屋に運び込み、一息ついてのことである。
ちなみに部屋の隅で丸くなっているのがミーヤである。布団にくるまって虚ろな目をして固まっていた。
あれはなかったものだと考えて、視界から追いやることにした。
「うん。一旦ピュリフの街に帰ろうかなって。少なくとも現状じゃフォースに勝つことは無理だし。突き止めた居場所が変わる前にエリンやネメと会わなくちゃいけないってのもあるから」
おそらくフォースは当分の間、この剣聖の街にいるだろう。
彼はこれからも自身の腕を磨き続けるだろうし、彼がこの街から去ったら俺達と連絡が取れなくなることも把握しているはずだ。
『到達する者』を復活したいという旨は伝えた。
フォースがまだ『到達する者』のことを想ってくれるなら、そのまま姿を消して復活の可能性が自然消滅、という結末だけは避けてくれるだろう。
エイシャから仕入れた情報の新鮮度があるうちに、他のメンバーに話をつけに行くことの方が先決だ。
「ピュリフの街にはネメさんがいるんですよね？」
「そうみたいだね」
「わたくし達がいなくなった後もまだあの街にいたんですね」
「うん。意外っちゃ意外だよね」
俺が相槌を打つと、ロズリアが尋ねてくる。
「で、エリンさんはどうするんです？ やっぱり新しい『到達する者』には入れない方向ですか？」
「いや、入れるに決まっているからね。なんで俺がハブこうとしていたみたいに言うのさ……」
「ですよね……」
残念そうに呟くロズリア。
二人が仲が悪いのは知っていたけど、いくらなんでもそれは冗談だよね？
『
まあ、煮え切らない振られ方をして逃げられてしまった俺が交渉したところで、パーティーに戻ってきてくれるのかは不安なところだけど。
「ちなみにエリンさんはどこにいるんですか？」
「魔法都市だって。王都とは正反対の方角だから、一旦ピュリフの街に帰ってネメ姉さんに話をつけてからって感じにするつもり」
「魔法都市とがまた遠いところですね……。いなくなるんだったら、せめて近いところにして欲しかったです」
「そう言うなって。まあ、移動が大変なのはわかるけどさ」
何日かかるんだろう。時間もそうだし、交通費だってかなりかかるはずだ。
手持ちのお金だけでどうにかなるかな……。最悪、足りなかったらネメに借りることにしよう。
「とりあえず残りの二人のことはわかりました。ノートくんの方針に任せます。でも、フォースくんはどうするつもりなんですか……？」
目下最大の懸念について指摘される。
「どうすればいいんだろうね、本当に……」
こっちが訊きたいくらいの質問だった。
フォースに勝てるビジョンが見えないのはもちろんのこと、勝てるビジョンも見えない。
唯一の幸運といえば、ミーヤに奪われるという結果にはならなかったことだが、それも裏を返せばあのミーヤでも勝つことができないということだ。
どちらかというと絶望である。
「あの感じだと、ノートくんが認められるようにならないと駄目そうですね」
「そうなんだよな……」
俺がジンに肩を並べること。それが『
しかし、ジンはもうこの世にはいない。悲しいけど、もう二度と手合わせすることはできない。
直接比べられないので、代わりにフォースと渡り合うという条件が出されたのが今の状況だ。
俺がフォースと渡り合うには足りないものが三つあるように思えた。
一つ目は圧倒的近接戦闘能力。フォースの剣術に真っ向からやり合えるほどの力を身につけないといけない。
二つ目は《心眼》破り。あの神がかり的な攻撃予測を攻略して、なんとか彼に刃を突き付けなくてはならない。
三つ目は攻撃アーツ。いくら刃が届いたところで、刃は傷をつけられなくちゃ意味がない。《心眼》で攻撃の程度は見極められてしまうため、今まで行った決闘のように誤魔化も効きはしない。
「課題がありすぎるな……」
自分が今まで先延ばしにしていたものが一斉に降りかかってきた。そんな感じだ。
俺の人生、毎回こんなのばっかりだよな……。
「頑張ってくださいよ。応援してますから。それに頑張らなくちゃいけないのはわたくしもです」
両手にグーを作るとロズリアは言った。
「成長しなくちゃいけないのはノートくんだけじゃありません。『
琥珀色の瞳が真っ直ぐ向けられる。澄み切ったその色にはいつものふざけた感情は一切見当たらない。
「ロズリアが本気になってくれるなら、頼もしいよ」
「ノートくんにも期待していますから」
こうして俺達の『