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第71話 剣聖の街



「ここがフォースくんのいる街ですか」


 馬車から降りると、ロズリアは伸びをしながら呟いた。

俺の身体も長旅で凝り固まっていた。同じように伸びをしながら上半身をほぐしていく。


「そのはずだよ。教わった情報が正しければ」


 フォースがこの街にいるという情報を仕入れてきたのは、この国一の暗殺者といわれている首切り、その右腕のエイシャであった。

 エイシャは情報収集に特化した盗賊であり、その実力は首切りからのお墨付きだ。

 実際に情報収集をしているところは目にしたことがないが、彼女の盗賊としての戦闘能力は身をもって知っている。

 彼女も彼女が持ってきた情報も、もちろんどちらも信用していた。


「確かに剣聖の街と言われるだけはあるな――」


 周囲の街並みを眺めながら呟く。

 どうやら馬車下り場は観光地の中心であったようで、飲食店や土産物屋が所狭しに建ち並んでいる。

 のぼりには剣と紐づけられた商品の名前が見受けられ、店の名前も剣関連に寄せられているものが多かった。

あとは武器屋が点在しているのも特徴の一つだろう。


 ――剣聖。


 そう言われれば、この国で指されるのは一人だけだ。

 三百年ほど前に生きていたとされている剣士ネクサス・オーリング。

フォースと同じく【剣術・極】のスキルを持ち、数々の武勇を打ち立てて史上最強の剣士とされている人物だ。


 そんな彼が生前最後に過ごしたとされているのがこの街で、それに由来してこの街は剣聖の街と呼ばれるようになった。

 一般人にとっては観光地となり、剣聖に憧れた剣士達はこの地に住み着くようになって、それ以来剣士達には術修業の聖地となったわけだ。


「とりあえず今日は遅いですし、宿屋を探しますか」


「見た感じだと、あっちの方にありそうだね」


 宿泊地がありそうな方向に見当をつけて歩き出すと、後ろから乱れた息が聞こえてくる。


「ちょっと待ってよ! 置いてかないでよ!」


 馬車から降りるのに手間取ったようだ。遅れてやって来たミーヤが隣へ追いついた。


「置いていかないでも何も――」


「まだ一緒の宿に泊まるんですか?」


「へっ?」


 ミーヤは不思議そうな顔で首を傾げた。


「『へっ?』じゃないですよ。だってわたくし達、これからフォースくんと会いに行くんですよ?」


「それは知っているよ」


「今までは偶々一緒の馬車になったから一緒に泊まっていましたが、わたくし達はこの街にしばらく留まります。もしかして待ってくれるんですか?」


 ミーヤが今まで一緒に行動していたのは言わば成り行きだ。

一緒の馬車に乗って、一緒の目的地に向かっていたから、一緒に行動していた。

 でも、俺達はこれからフォースを探さなければならない。

 俺達の個人的な用事にまで彼女を付き合わせるのは悪いだろう。


「そうだけど、でも……」


「でも?」


「わたしがいなかったら、ロズリアちゃんはノートと一緒の部屋に泊まろうとするでしょ?」


「はて? 何のことやら?」


 ロズリアはわざとらしく舌を出す。

 そんな彼女の姿を見て、ミーヤは深くため息を吐いた。


「やっぱり思った通り。ロズリアちゃん、わたしを厄介払いしようとしたでしょ?」


 ここまでの道中、宿泊地に着いた時の部屋分けは俺一人と女子二人といった具合になっていた。

 というのも、最初に宿に着いた日、ロズリアが俺と同じ部屋に泊まろうとしていたところを見咎められ――。




『そ、そういうのよくないと思う!』


『そういうのとは何のことでしょうか? わたくし達は同じ部屋に泊まろうとしているだけですよ?』


『でも、男と女だし……あの……』


『ちゃんと言ってくれないとわからないですよ?』


『エッチなこととか……』


『あら、いやらしいですねミーヤさん。わたくし、そんなこと全然考えてなかったですのに……』


『ち、違っ!』


『では、すみません。従業員さん、ダブルベッドとシングルベッドの部屋を一つずつお願いします』


『って、ダブルベッド頼んでいる時点でしようとしているじゃん! ダブルじゃなくて、ツインの部屋に変えて!』


『あら、残念ですね。ノートくん』


『いや、今回はミーヤが正しいと思うよ……』


『だよね! とにかく! 変なことしないように、わたしがノートと一緒の部屋になるから!』


『そう言って、ミーヤさんがいやらしいことをしようとしているんじゃないですか?』


『しないから! 幼馴染だし! するわけないじゃん!』


『いや、幼馴染な点は否定の理由にはなりませんよ』


『うぅ……じゃあ、わたしがロズリアちゃんと同じ部屋に泊まるから! それでいいでしょ?』


『はあ、仕方ないですね……』




 といったやり取りの中で決まったことだった。

 だから、今回もミーヤが許さないのは当たり前のことというか。


「駄目っ! 二人が変なことしないように見張るから!」


「えーっ、来るんですか? 困りますね。ノートくん何か言ってやってくださいよ」


「別に変なこととかしないから……」


「ノートだし、信用できない」


「なんでだよ! 俺、そんないやらしいキャラじゃなかったよね⁉」


 これがロズリアと一緒にいた弊害というやつだろうか。

彼女が変な発言をする度に俺の評価まで下がってしまう。

 ロズリアの暴走を止めようとしない自分にも責任はあると思うが。


「まあ、立ち話をしてないでさっさと宿屋に向かうか」


 大通りを歩いていき、交差点を右に曲がる。すると、いくつか宿屋が見えてきた。

 その中から、明らかにボロそうな建物を除いて、安そうな宿屋に入ることにした。木彫りの看板が表に立てかけてある二階建ての建物だ。


 受付の人に声をかけ、部屋を二つ取る。一人用の部屋と二人用の部屋を一つずつ。

 お金は俺がまとめて払うことになり、女子陣は大きい荷物を置きにいち早く部屋へと向かった。

 お釣りをもらう間、暇だったので受付の女性に気になっていたことを尋ねた。


「剣聖の丘っても場所に行きたいんですけど、一般人でも入れますか?」


「ああ、剣聖の丘に行きたいのね」


 剣聖の丘とは、剣聖ネクサスの墓が建てられている地のことである。丘というよりも、小さな山といった具合だろう。

 己の剣術を高めようとする剣士達がその山で修業を行い、山には道場も多く建てられるようになった。

 エイシャからの情報によると、フォースもその道場の一つで技を磨いているらしい。


「入れるよ。もしかして、観光かね?」


 俺よりも二回り以上歳があるだろう女性は尋ね返してきた。


「観光っていうわけじゃないですけど……」


「見たところ剣士には見えねえけど、もしかして道場破りかい?」


「やっぱり剣士には見えないんですかね?」


 身体から覇気や強者のオーラがあふれ出ているせいだろうか? 道場破りに見られてしまったようだ。

 はい、嘘です。覇気や強者のオーラなんてものはあるわけないです。

 ただ単にそういった目的で剣聖の丘を訪れる人が多いからだろう。


「それだったら『頼もーっ!』って感じでドカンと入っていけばいいわな。ドカンと」


「それだけで大丈夫なんですか?」


「あとはあれか? 名前と使う流派とか言えばいいんじゃないかね? あたしも詳しいことは知らんけど」


 使う流派? なんだろう使う流派って? 俺は一体何の流派を使っているんだろう。

 今の戦闘スタイルはジンから教わったわけだし、ジン派みたいな感じ?

 違うか。ジンの戦いはもっとすごかったわけだし。俺のはただの無流派だ。


「それともう一つ。フォース・グランズっていう剣士を知っていたりしますか?」


「そりゃあ、知らんわけないだろ」


 おばちゃんは俺の肩を大きく叩いた。


「つい最近、この街にやってきた剣の腕が凄い人だろ? 剣士達の間でも有名になっているよ。しかも、イケメンときた。この街の女達の間でも話題になってるわね。あたしの娘も早くああいう男を見つけて結婚して欲しいものだよ」


 イケメン? 女達の間でも話題になっている?

 どうやら、エイシャが見つけてきたフォース・グランズは同性同名の別人だったらしい。偶然凄腕の剣士だった同性同名の別人。

 フォースが街の女達の間で話題になるとしたら、セクハラに関してだ。被害者の会みたいな感じで。


 まあ、俺が知っているフォースは剣の腕だけは間違いなく一流だし、性格を抜きに顔だけ見ればそこまで悪くないように思える。

 客観的に見ると、俺よりも男としてのレベルは高いように思えてきた。

むしろ、俺が勝っているところって性格くらいしかなくない?


「多分、その人であっています」


 俺は不本意ながら負けを認めることにした。


「でも、娘が結婚するのは無理なんだろうね。何にも剣一筋で、女には靡かない硬派な男っていうじゃないか。そういうところが女にモテるんだろうね」


 やっぱ、誰ですかね? そいつ?

 俺の知っているフォースは、惚れた女を追いかけようとパーティーを抜けようとした男ですよ? 


 まあ、それに関しては身内の一流のパーティークラッシャーも関係していたので、あてにならないかもしれないけど。

現に俺だって、一度は彼女の毒牙にかかって、パーティーメンバーとの作戦を放り出そうとしちゃったくらいだからね。


「はあ……。大丈夫かな、フォース……」


 ジンが死んでから、俺もロズリアにだいぶ変わったと言われたが、フォースにも同じことがいえるようだ。

 ジンとの付き合いが俺よりもずっと長い彼のことだ。俺よりも受けたショックは大きいのかもしれない。


 昔までのフォースだったら、かわいい女の子にパーティーに戻ろうと誘われたら即座に首を縦に振っただろう。

 そういった打算もあり、ロズリアにフォースの勧誘をしてもらえればいいと思っていたが、そこまで都合よく事は運ばないらしい。

 まあ、同じく美人のミーヤもいることだし、俺が頼みこめば案外あっさりとダンジョン攻略に戻って来てくれるかもしれない。


「行けばなんとかなるか。とりあえずありがとうございました」


「いいって。それとはい、お釣り」


 受付のおばちゃんからお金を受け取ると、カウンターに置いてあった自室の鍵を取り、階段を上っていった。






 ***







「ここがその道場なの?」


「思っていたより大きな建物ですよね……」


「道場っていうよりも、どちらかというと神殿って感じだよね」


 三人は石造りの大きな門を見上げる。

山のなだらかな斜面に建てられたその門は、お世辞にも綺麗とは言えない。

表面はひび割れ、白い石にはところどころ苔が生えている。

門柱には道場名らしき文字が書いてあるが、擦れて読めなくなっていた。


「建物の奥にフォースがいる気配があるけど、これ入っていいのかな?」


「呼び鈴は見当たらないですね」


「普通に声をかけてみたら? さすがに怒られないんじゃないかな?」


「それもそうか」


 ミーヤの言う通りだ。中にフォースがいるのはわかっている。

昔の知人に会いに行くように自然に訪ねればいいのだ。

 久しぶりの再会ということで少し緊張しているのかもしれない。変なことにまで躊躇ってしまうというか。


 昨日話した受付のおばちゃんだって、一般人でも入れると言っていたじゃないか。

 確かこんな感じで入っていけばいいと言っていたっけ?


「頼もーっ! 無流派のノート・アスロンです!」






「どうしてこうなった?」


 俺は首を回してロズリア達の方へ目を向ける。視線を向けられた藍色髪の彼女はため息を吐きながら答えた。


「それはノートくんが道場破りに間違われるような入り方をするからですよ」


「だってぇ……」


 俺はただ宿屋の受付のおばちゃんの言う通りに入っただけだもん。まさかおばちゃんが俺を道場破りだと勘違いしたままで、道場破り流の挨拶を教えてきてたとは思わないじゃん。


『見たところ剣士には見えねえけど、もしかして道場破りかい?』


『やっぱり剣士には見えないんですかね?』


 あの時俺は、こちらの装いを見れば道場破りじゃないことはわかるだろうと、相手の問いかけに対して問いかけで返してしまった。

 それが悪かったのだろう。それくらいしか勘違いの原因が見つからない。

 それとも本当にオーラが漏れ出てたとか?


「一体どうするんですか、これ?」


 ロズリアは呆けながら辺りを見回す。

 周囲には、俺達を取り囲むように腰に木刀を差した門下生達が立ちふさがっていた。

彼らは険しい眼光を滾らせながら、敵意むき出しの声を投げかけてくる。


「なんだ? 俺達じゃ相手にならないからフォース師範代を出せって?」


「違いますよ。個人的な話があるから呼び出してくださいってことですよ」


「そうやって道場破りは何かと理由をつけて呼び出そうとするんだよ」


「だから、そうじゃないですって。俺達知り合いなんですよ、フォースさんと」


「知り合い? 本当か?」


「噓なんてつきませんよ」


「だったら、師範代がどんな人が言ってみろ」


「まず女好き――」


「師範代を愚弄するかっ!」


 先頭に立つ大男は声を荒げる。それに続くように取り巻きの剣士達も口を開いた。


「師範代が女好き?」


「あるわけないだろ、そんなこと……」


「適当言っているだけか」


「あれほど剣に一筋の人、いないよな」


 どうやらおばちゃんの情報は本当だったらしい。適当な噂話かと笑っていたが、フォースが変わったのは事実なようだ。


「本当にフォースって人と知り合いなの?」


 身内の金髪ハーフエルフまでもが疑いの目を向けてくる。


「噓なら早く正直に言った方がいいと思うよ! どうせノートのことだから、有名な剣士を調べてパーティーに誘おうとしただけなんでしょ?」


「幼馴染としての信頼は⁉」


 同行していたメンバーにも疑われ、周囲の視線はさらに厳しいものへと変わっていく。

 どうしようかと頭を悩ませていると背後の扉が開いた。


「どうしたんだ? 寄って集まって?」


 その懐かしい声を聞く前に俺は顔を上げる。

《索敵》による気配察��で事前に近づいていたのは知っていたが、生の声を聞くのはやっぱり違ったものがある。


「フォースさん……」


 視線の先にはよく見知った青髪の青年が立っていた。


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