第70話 これからの旅路
金銀、魔道具、叡智。地上では手に入れられない宝の数々を秘めている閉鎖空間。ダンジョン。
誰も最奥まで到達したことのないその未開の地は、人々を興味という見えない力で引き寄せる。
夢や希望、はたまた欲望や打算など、大小、公私を問わない様々な理由で冒険者達はダンジョンに挑まんとする。
そのようなダンジョン攻略を目論む無数の冒険者の中で、かつて最も偉業に近いとされているパーティーの一つが、俺の所属していた『
各
しかし、順調な攻略はそう長くは続かなかった。
パーティーの屋台骨であるジンが、21階層で命を落としてから急転直下。
リーダーであるフォースと魔導士のエリンが脱退して、メンバーは半分に。『
自分もダンジョン攻略という夢を諦め、冒険者であることさえ辞めることを決意した。
メンバーであったロズリアと一緒にピュリフの街を離れ、王都で命の危険もない安定した生活をしていくことを誓い合った。
だけど、平穏で緩やかに流れていく時間を物足りなく感じる自分もいて。
冒険者に戻りたい。楽しかった『
一度ついてしまった火は簡単に消すことができなかった。
『
俺はようやくかつてのパーティーメンバーを再結集させ、もう一度あのダンジョンに潜ることを決意した。
決意して、パーティーメンバーに再び会うために馬車に乗っているのだが――。
現在、この車両は一触即発の空気に包み込まれていた。
「見てください。湖の上に白鳥の群れがいますよ」
窓の外を指差しながら、こちらに身を寄せてくるのはロズリアだ。
ジンが死んで、自暴自棄になった俺についてきてくれた唯一の人物。
半年以上共に王都で生活をし、冒険者に復帰したいという我儘にも応えてくれた恩人というべき存在だ。
そんな彼女のスキンシップは多いのはいつものことだが、今日はいつに増して多いように思える。
「あそこにいる二羽はカップルでしょうか? 仲良さそうですね」
こちらの腕に抱きつきながら、腰をずらして席を詰めてくる。吐息が耳にかかるほどの距離である。
普段であればその蠱惑的な息遣いと、二の腕を包む優しい感触にどぎまぎしているところだが、今だけは別の意味で心拍数が上がっていた。
「あー、嫌だ嫌だ。目の前に頭の悪そうなカップルがいるなぁー」
嫌悪感を露に文句を口にするのは、対面の席に座る少女。
さらさらとした金色の髪の両端からぴょこんと耳を出している、ハーフエルフの彼女の名前はミーヤ・ラインという。
チャングズという田舎の村で子供時代を共に過ごしてきた幼馴染と呼べるべき存在だ。
15歳になって冒険者になるために一緒に村を出たものの、仲違いをして、つい最近まで絶縁状態にあった。
冒険者に復帰しようと王都のギルドに赴いた際に再会し、事の流れでしばらくの間冒険者活動を共にしていた。
その後、色々な確執が発覚し、なんだかんだあって、お互いの関係を精算して今に至る。
彼女は所属していた『
別々に活動していくと宣言した彼女がどうして一緒の馬車に乗っているかというと、これまた偶然で、ただ馬車が被ってしまっただけである。
まあ行き先は同じで、出ていく時期も被っていたためありえないことではないんだろうけど。
「頭の悪いのはどっちの方ですか。次会うときはダンジョン制覇したときだからとか宣言しておきながら、こんなにすぐ再会するなんて」
「うっ⁉」
「かっこ悪いですよねー。しかも、帰るとか言っておきながら、ちゃっかり一緒の馬車に乗り込んでいますし」
「そ、それは馬車の代金をもう払っちゃってたから……」
「もしかしてあれですか? 嫌いとか言っておきながら、なんだ���んだ言ってノートくんとまだ一緒にいたいんですか?」
「そんなわけあるはずないじゃん! 大っ嫌いだもん! 会話もしたくないし、顔も見たくない! 同じ空気だって吸いたくないもん!」
「そこまで言わなくても……」
二人の言い合いを傍観していると、流れ弾が飛んできた。
いや、嫌われているのは自覚しているつもりだけどさ……。
そこまで言わなくてもいいじゃんか。同じ空気を吸いたくないって酷くない?
「今のは流れで言っちゃっただけというか……。本当はそこまで嫌いじゃないよ! 同じ空気吸うのだって全然平気だし!」
そう言って、すぅーはーと息を吸い吐きするミーヤ。
「同じ空気を吸っても平気ってレベルの話をアピールされてもね」
「会話だってしたいもん! なんかお話しよ! 楽しいお話!」
「ほら、やっぱりノートくんと話したいんじゃないですか。だから、一緒の馬車に乗ってきたんじゃないですか?」
「違うもん! 一緒にいたくなんてないっ! 大っ嫌いだもん!」
「まあ、そうだよね……」
「ち、違うっ! 今のも流れっていうか……」
「え? 流れなんですか?」
「流れじゃない! 本心だから!」
「やっぱり本心か……」
「違っ! ああっ! もうどうすればいいの⁉」
ミーヤは髪をわしゃわしゃと掻いて、頭を抱え出す。
「好きって言っても駄目。嫌いって言っても駄目。八方塞がりだよぉー!」
「普通に思ったままを言えばいいんじゃないですかね?」
そんな彼女をロズリアは白い目で見つめていた。
「思ったままね」
小さく呟くと、こちらを見つめてくる。至近距離に迫る碧色の瞳には、はっきりと自分の顔が映っていた。
「……」
ここまで近くでじーっと視線を寄せられると、背中がむず痒くなってくる。
間を繋ぐためにも、とりあえず口を開く。
「そこまでじっと見なくても……」
「じっと見てなんかないっ!」
早口でまくし立てられ、プイッと顔を背けられてしまう。ほんのりと赤らんだ長耳が目の前に現れた。
「いや、確実に見ていたような……」
「見てないっ。自意識過剰なんじゃない?」
ミーヤはイライラした感情を表に出すように、窓枠を指で叩く。そうして言った。
「やっぱりノートなんて嫌いっ! 大っ嫌い!」
「ですって、ノートくん」
「だよね……わかってたとも」
わかってはいるけど、ここまで面と向かってはっきり言われると悲しくなってくるのも事実だ。
肩を落としていると、ミーヤは慌てて両手を振った。
「いや、違うよっ! これも流れ! つい口から出ちゃったというか――」
「つい口から出ちゃったって、それもう嫌いってことじゃないんですか?」
「俺もそう思うけど……」
「違うから! なんでこうなっちゃうのかなぁ。っていうか、ロズリアちゃん。わざとわたしをノートに嫌わせようとしてない?」
「さあ、どうでしょうね?」
含みを持たせて微笑むロズリア。そんな様子を見てミーヤは叫んだ。
「ロズリアちゃんも大っ嫌い!」
「今、ロズリアちゃんもって――」
「うるさい、もう静かにしてっ!」
「黙ってって、最初に話しかけてきたのはそっちじゃないですか」
「むきー!」
「『むきー!』って怒る人始めて見ました。なんかお猿さんみたいですね」
「ノート、頼むからロズリアちゃんを黙らしてっ!」
どうやら仲間集めの道中は波乱に満ちた時間になりそうだ。
車内の喧騒を眺めながら、そんな予感を抱いていた。
「これからの予定ってどうなるんですか? そういえば、詳しい話ってまだ聞いていなかったですよね?」
「あれ? そうだっけ?」
ロズリアに尋ねられて気がつく。
『到達する者』のみんなを回収するプランは頭の中では決まっていたが、どうやらロズリアには伝えていなかったようだ。
「ごめんごめん。まだ言ってなかったね」
「そうやっていつも一人で考えて相談もなしに行動に移すの、悪い癖ですよ」
「はい、おっしゃる通りです……」
心当たりがあり過ぎる指摘に頭が上がらない。
冒険者に復帰したいと思っていることを伝えた時も、同じような理由で咎められたのは記憶に新しかった。
「やーい、ノート怒られてる!」
「ちょっと部外者は黙っててくれないかな?」
「部外者って⁉ 酷いっ!」
茶々に入れてきたミーヤに厳しめのツッコミを入れると、彼女は驚いたように肩を跳ねさせた。
いや、一緒にダンジョンに入らないか誘った時に断ったじゃん。
これから『
「ノートくんも言うようになりましたね」
「だって、あまりにも子供みたいな冷やかしだったから――」
「そうじゃないですよ。前まで、ミーヤさんに冗談なんて言わなかったじゃないですか」
言われてみればそうなのかな?
チャングズの村にいたときはいつも彼女のご機嫌を取っていた気がする。
王都で再会してからは距離感に戸惑い、地雷を踏まないようにと、昔とは違った意味でご機嫌を取っていた。
一見乱暴にも見える冗談を言うようになったのも、言われるようになったのも、ミーヤとの歪な関係性が解消されたことの一つの証なのかもしれない。
「子供みたいって……」
席の隅で身体を縮めて落ち込んでいる彼女を無視して、話を本題に戻すことにした。
「で、メンバー回収をどうするかだっけ?」
「そうですよ。誰から呼び戻すんですか?」
「うーんと、近くにいる人から探すとなるとまずはフォースかな? どうやら、ピュリフの街へ向かうルートの途中の街にいるらしいし」
「そうなんですか⁉ ということは行きにもすれ違っていた可能性があるってことですね」
「《索敵》でも使っていたら一緒の街にいたことは一発でわかっただろうけど……」
王都に向かうときの自分は冒険者を辞めることを決意して、アーツを使うことも避けていたから、期待するのも無理な話だ。
「その次はピュリフの街にそのままいるネメを、そうして王都とは反対の方向に行っちゃったエリンを拾うって感じで考えているかな」
「へえ……ネメさんは居座っていたんですね。エリンさんは遠くにいると……。本当に迷惑極まりないですね」
「そう言うなって」
ロズリアの軽口にため息を吐いていると、隅で固まっていたハーフエルフの塊がもぞもぞと動き出す。
「ノートのパーティーって女の子多いんだね……」
「六人中三人だったから、そこまでってわけじゃないと思うけど――」
多かったら何か問題があるのだろうか?
訊いてみたい気がしたが、「別に……」と素っ気なく返されるのが目に見えていたので黙っておくことにする。
「ちなみにノートくんのことを好いていた女子はわたくし含め、二人いましたよ」
「え、あと一人⁉」
余計な情報を付け加えたのはもちろんロズリアだ。
「ロズリアちゃんの時も思ったけど、趣味悪いんじゃない?」
グサッ。
付け加えられた余計な情報のせいで間接的にダメージを負った俺だった。
ミーヤが俺のことをタイプじゃないのは知っているけど、直接言われると傷つくね……。仮にも初恋相手なわけだし……。
「ちなみにその子はどんな子だったの?」
「怒りっぽくて、いつもプリプリしていましたよ」
「それってロズリアちゃんが怒らせていたんじゃなくて?」
「間違っていないけど、その言い方はやめようよ」
「あれ⁉ 間違っていないんだ⁉」
ロズリアの言い分も正しいので、訂正することができない。
俺もパーティーに入った当初は、なんでこんなにいつも怒っているのだろうと結構ビビッていた。
まあ、一緒に活動していくうちに彼女のいいところがわかってくるのだけども。
「残る一人の女の子は?」
「ロリです」
「うん、ロリだな」
「ロリなんだ……」
「正確にはロリじゃないですけど……」
「俺達より年上だしな」
「えっ⁉ ロリなの⁉ ロリじゃないの⁉ どっちなの⁉」
「どっちなんですかね?」
「分類に困るよな」
「何それ⁉ 意味わかんない!」
どうやら言葉だけでネメの特徴を伝えきるのは難しいようだ。
どう説明しようか戸惑っている間に、ミーヤの興味は別の人物に移ったようだ。
「それで、これから会いに行く人はどんな人なの?」
「これはまた一言で言い表しづらいな……」
「ですね」
「別に一言で言い表さなくていいよ!」
「じゃあ悪く言うと――」
「なんで悪く言うの⁉ いいところ言いなよ!」
「いいところですか……。難しいですね……」
「強いて言うならだけど――」
「だけど?」
ミーヤの問いかけに俺は答えた。
「『