第65話 違和感と嘘
ミーヤと再会してから、二週間が過ぎた。
「……はい、今日の依頼の報酬です」
受付嬢がカウンターの上に札と金貨をぶっきらぼうに置く。
かつて王都のギルドで最初に応対してもらった、あの受付嬢である。
俺達に悪い印象を抱いているからか、他の冒険者らに比べて対応が雑な気がする。
まあ、俺達に原因があるから、文句は言えないんだけど……。
「ありがとうございます」
渡されたお金を礼儀よく受け取ったのはロズリアだ。
お札を一枚、二枚と数えると――。
「あれ、金額が少ないですね……。もしかしてくすねました?」
「余計なちょっかいをかけない」
ロズリアの脳天にチョップをかます。
「痛いですよー」
「なら、喧嘩を売るような真似はやめて」
受付嬢に頭を下げながら、ロズリアの身体を引っ張っていく。
「本当に出禁になったらまずいんだから、大人しくしていてよ……」
「ノートくんがそこまで言うなら、今日のところは引き下がってあげましょう」
「『今日のところは』って部分がいらないな」
受付のカウンターから離れて、一息落ち着かせる。
しばらくするとロズリアがお金の仕分けを終え、札と小銭を手渡してきた。
「はい、三等分です」
「どうも」
「ありがとうね」
差し出されたお金を俺とミーヤは受け取って、財布へとしまっていく。
どうして、未だにミーヤは俺達と行動を共にしているのだろう。
その疑問は俺が訊きたいくらいだった。
ミーヤと再会して、依頼を手伝ってもらったあの日。
フォックスウルフを倒した後も、ミーヤは俺達を手伝うと言い出した。
てっきりその日の午後だけの話だと思っていたのだが、結局ミーヤは次の日も手伝いを 名乗り出た。
その後も、ほぼ毎日こちらに顔を出している状況だ。
俺としては毎回それとなく遠慮しているのだが、押し切られて結局は了承してしまうのがいつものことだった。
『
彼女自身は問題ないと言っているが、『
さりげなく訊くのだが、上手くはぐらかされるばかりであった。
そういう懸念を除きさえすれば、今の状況は一見、昔の俺達の関係に戻ったかのように思える。
しかし、お互いが仲直りしたのかといわれると、素直に頷くことはできなかった。
未だに俺は仲違いした日の出来事には触れることができていない。
自分自身がビビっているというのはある。
一歩踏み込めば、きっと誰かが傷つく。
俺か、ミーヤか。はたまたどちらもか。
自分が傷つくのは全然構わないけど、ミーヤを悲しませるのはもう嫌だ。
彼女から切り出さないということは、彼女自身触れられたくないということだ。
だったら、無理に嫌な過去をほじくり返す必要はないんじゃないだろうか。
なんて都合の良い逃避に走っていた。
本当は、ミーヤの考えていることが見当もつかなくて、どうしたらいいかわからないってだけなのかもしれないけど。
「それにしても、今日のノート面白かったね」
ミーヤが笑いながら話を振ってくる。
「なんのこと?」
とりあえず、俺はしらばっくれることにした。
「ノートがダガー忘れてきちゃったやつ」
「ああ、あれね……」
曖昧な返事で答える。
確かに今日の俺は、彼女の指摘通りのことをしでかしていた。
昨日、修業のために向かったヒューゲル達の家にダガーを忘れてきてしまったようなのだ。
武器を忘れる冒険者って冒険者失格なのではないだろうか? と思わないでもない。
「まあ、持って来ても使うところがないんだけどね……」
「そういうこと言わないの」
ミーヤが叱る口調をする。
俺が武器を持って来なくても、ミーヤ達だけでモンスターを殲滅できてしまうのだ。
現状で受けられる最高ランクの依頼は、黄である。
討伐対象となるモンスターは中堅冒険者パーティーで倒せるクラスのものとなっている。
金ランク冒険者のミーヤや、ダンジョンのモンスターとやり合っていたロズリアにとっては相手不足。
二人だけで殲滅できてしまうのだ。
『
だけど、手ごたえのないモンスター相手にはその役目も必要ない。
その結果、俺はただ二人についてきているだけの状態になっていた。
初見のモンスター討伐依頼ばっかりなので、《索敵》も使えない。
モンスター捜索もミーヤに任せており、完全なる置物状態だった。
「いいか……別にミーヤが楽しそうなら……」
今のところは、俺が何もしていないことにミーヤは腹を立てていなそうだ。
むしろ、嬉々としてモンスターを殲滅している。
以前みたいに不穏な空気が出てきたら、戦闘に参加することにしよう。
それまでにヒューゲル達との修業で攻撃アーツを身につけておかなければいけない。
今の俺じゃ、戦闘に参加したところでモンスターを倒せない。
ただミーヤ達の攻撃の邪魔になるだけだ。
「何か呟きましたか?」
先ほどの呟きにロズリアが反応してしまう。
慌てて、首を振った。
「いや、なんでもない。ただの独り言だよ」
「そうですか。では、午後も依頼を受けますか」
「その前にノートはダガー持ってきた方がいいんじゃない? 家に戻るくらいの時間はあるでしょ?」
「そうくるか……」
現在、ダガーはヒューゲルの家にあると思われる。
この時間に、彼らは家にいるだろうか。怪しいところだ。
そもそも、ダガーをヒューゲルの家に忘れたこと自体、話してなかった。
というか、俺が彼らの家に通っていることも伝えていない。
いくら信用できるロズリア相手だからといって、ヒューゲルが首切りなことを話すわけにはいかない。
情報はどこから広がるかわからないし、できる限り最小限の範囲に留めておくべきだ。
「多分、自分の家じゃなくて、他の場所に置いてきちゃったんだよね」
「それ無くしたってことじゃん! 探さなくて大丈夫なの?」
「大丈夫。置いてきた場所には心当たりがあるから。人の家に置いてきたから、無くなるってこともないと思うし」
「人の家ですか……怪しいですね……」
ロズリアが目を光らせた。
「その家って女の人の家ですか?」
「女の人の家と言えないこともないのかな……?」
一応、あの家にはエイシャも住んでいるわけだし。
「やっぱりそうでしたか。ノートくんは油断ならないですね」
「……なんでそうなるんだよ」
「も、もしかして愛人?」
「ミーヤも乗っかってくるのかよ。しかも、なんで愛人?」
「だって、ロズリアちゃんと付き合っているんでしょ?」
「へぇ?」
一瞬いじられているのかと思った。配達の職場でのように。
だけど、ミーヤは真面目な表情で言っていたし、そもそもそういった類の冗談を言うタイプでもない。
「もしかして、最初に言っていたロズリアの冗談を真に受けてたの?」
わたくしという女がいながら――とかなんとか言っていた例の発言。
まさか、未だにあれを信じていたの?
てっきり、噓だとわかっているものだと思い込んでいた。
「……冗談? じゃあ、ノートとロズリアちゃんは付き合っていないの?」
「さあ、どうでしょうね……」
「意味深な答えを言うなよ。普通に付き合ってはないでしょ」
「すぐに答えを言わないでくださいよ。つまらないですね」
ロズリアは両手をひらひらさせて、ため息を吐いた。
「久々に出たな。パーティーをクラッシュさせる癖」
「その黒歴史掘り返さないでくださいって言ったじゃないですか!」
「完全に今のはロズリアが悪かったよね!」
俺とロズリアが付き合っていると勘違いされたら、二人の仲を邪魔しないようにとミーヤは手伝いを辞退するだろう。
結果として、この三人の臨時パーティーは崩壊。
――いや、別にそれも悪くないのか?
ミーヤは俺なんかに関わらない方がいいだろう。その方が彼女のためになる。
これ以上迷惑はかけられないし、自分のパーティー活動に専念して欲しい。
「待てよ、ロズリアと付き合っていないってこともないのか?」
「そ、そうだったんですか⁉」
いきなりの発言に文字通り飛び上がったロズリア。
オーバーリアクションしすぎだよ。
「あっ、噓ね……」
ほら、秒でミーヤに見破られちゃったし。
噓吐いた意味なくなっちゃったじゃん。
「えっ⁉ どうしてそんな悪質な噓を⁉」
いや、それにも複雑な事情があったんだよ。
内心、色々葛藤して吐いた噓なんだよ。
ロズリアのリアクションで、企みが全て台無しになったけど。
「冗談というか、なんというか……」
「酷いです。乙女心をもてあそばれました」
ロズリアはあからさまなウソ泣きをする。
「ごめんって」
とりあえず謝っておく。
いつもこちらの意図を汲んでくれるので、今のもいけると思ったがさすがに無理だったようだ。
自分でも相当な無茶ぶりだったと思う。
「そういえば、ミーヤさんってエルドリッヒさんって人と付き合っているんですか?」
泣いたふりをやめると、ロズリアはふと質問をした。
自分が今まで訊けなかった質問だ。
どうなんだろう。初恋の相手の交際相手。
知りたいような、知りたくないような。微妙な感じだ。
全く気にならないといえば、噓になる。
だけど、ミーヤにはミーヤの人生があることだろうし。
別に俺は彼女の交友関係に口を出していいような間柄じゃない。
「違うよ。ただのパーティーメンバーだよ」
しかし、ミーヤはあっけなく回答を口にした。
「そっちのパターンでしたか……。残念です……」
「どうしてわたしがエルドリッヒと付き合っていないと残念なの?」
「……競争相手が減ると思いまして」
「?」
「いや、なんでもないです。気にしないでください」
ロズリアは慌てて首を振った。
「ちなみに訊きますが、現在恋人は?」
「いないよ。というかいたことないよ」
「噓でしょ? 意外……」
驚きのせいで、心の中の言葉が漏れ出てしまった。
「ノート、馬鹿にしてるでしょ」
「違う違う。そうじゃない」
慌てて否定する。
「じゃあ、なんなのさ」
「ミーヤ、モテるじゃん。作ろうと思えば一瞬で作れるのにって思っただけ」
「そうかな?」
ミーヤは首を傾げる。
「でましたよ。そういう、かまとと」
「おい、ロズリア。変な絡み方しない」
ロズリアにツッコミを入れる。
俺としても、ミーヤほど綺麗な人が自分の魅力に無自覚なのってあり得るの? って気もしたが、疑問は胸の内にしまっておくことにした。
あのミーヤのことだ。ロズリアの言う通り、かまととぶったりなどは絶対にしないだろう。
「これだから。男の人はすぐに騙されるんですから」
ロズリアの呟きは無視することにする。
「あはは。じゃあ、ノートがそう言うなら、彼氏作るの頑張ってみようかな?」
ミーヤもロズリアの発言をさらっと無視していた。
あれ? 意図的だったりとかしないよね?
「ノートは応援してくれる? わたしが彼氏を作る気になったら?」
なんてミーヤは訊いてくる。
そういえば、こういった風に恋愛関連の話をミーヤとするのは初めてのことだ。
十五年間同じ村で過ごしてきたのに、そんなことに今更気づく。
過去に何度も、この少女と恋人関係になれればと願った。
本気で彼女のことが好きだったと思う。
きっと、過去の自分なら「応援するよ」と言いながらも、心の底では応援できなかっただろう。
彼女と恋人関係にはなれないと知っていながらも、彼女への恋路は諦めることはできなかった。
だけど、過去の自分は現在の自分とは違う。
今なら心の底から言える。そう思った。
「もちろん応援するよ」
どうやら自分の初恋はとっくに終わっていたようだ。
そう自覚してしまったことが、少しだけ悲しかった。
***
そんなやり取りがあって、数日経ったある日。
冒険者ギルドに着くと、エルドリッヒがカウンターで受付嬢と話し込んでいた。
こちらの存在に気がつくと、いきなり声をかけられる。
「ああ、いいところに来た。ノートくんだよね? 少し話をしたいのだけど、時間空いているかい?」
ロズリアとミーヤとは、いつもギルドの建物の中で待ち合わせをしていた。
今日は約束の時間より早く到着してしまったため、俺一人という状況だ。
「十分くらいなら空いていますよ」
「なら、よかった。ここじゃうるさくて落ち着いて話もできないから、上に行って話さないかい?」
「まあ、いいですけど……。ここじゃ話しにくい内容なんですか?」
「そういうわけじゃないよ。身構えないでくれないかい」
そう言うと、エルドリッヒは受付嬢に一礼をして、カウンター横の階段に向かう。
彼についていく義理はないが、頼みを断るのも悪い気がする。
とりあえず、ついていくことにした。
建物の二階には、赤いカーペットが敷かれた廊下が広がっていた。
脇にはいくつものドアが構えてある。
エルドリッヒは手前から二番目のドアで立ち止まり、扉を開いた。
「ここは冒険者ギルドの応接室なんだ。さっき受付の人に頼んで貸してもらったんだよ」
中に入ると、エルドリッヒは扉に下げられた札をひっくり返し、『在室中』へと変更する。
「へえー。応接室って借りられるシステムになってるんですね」
「そういう決まりがあるわけじゃないけどね。ギルドの職員と仲良くしていると、ある程度こちらの融通を利かせてくれるってところかな」
「じゃあ、自分じゃこの部屋を貸してもらえなそうですね……」
どっかのロズリアのせいで、ギルド職員の不興を買っていることは明らかだ。
「それは否定できないな」
エルドリッヒは軽く笑って返した。
「で、話ってなんですか?」
お互いがソファーへと座ると、先に話を切り出した。
「ミーヤ関連なことは想像できますけど……」
俺とエルドリッヒの両者に共通した知り合いといえば、彼女しかいない。
それかあるとすれば、名前も知らないあの受付嬢だ。
「その通りなんだけどね」
エルドリッヒは唾を飲み込むと、真剣な表情に切り替わった。
「これはノートくん達を責めているわけじゃないということを頭に入れておいて、聞いて欲しいのだけど――」
「ああ、はい……」
「うちのパーティーのミーヤが、キミ達の手伝いに掛かりきりになって困っているんだ。ここ数日『
「いや、でもミーヤは大丈夫だと――」
そこまで言って、はっと気がつく。
「ミーヤから、『
「『
エルドリッヒの表情は依然険しいままだ。
「すみません。気づかなくて……」
「謝らなくていいよ。このやり取りでミーヤが悪いことがわかったわけだから」
果たして、エルドリッヒはミーヤに怒っているのだろうか。
俺は不安になった。
確かにミーヤは噓を吐いた。それ自体はいけないことだ。
でも、噓を吐いた原因はきっと俺にある。
パーティーメンバーをなおざりにして、確執のあった幼馴染を手伝う。
そんなの優しさの範疇を超えている。
何かがおかしい。普通じゃなかった。
「エルドリッヒさんは責めないであげてくれませんか? 自分が説得するんで」
「キミは優しいんだね」
エルドリッヒはそう言って微笑んだ。
「わかった。この件はノートくんに任せることにする。だから頼んだよ。ミーヤは『
「ミーヤを大事に思ってくれて何よりです。そういえば、ミーヤが『
「特にこれといった経緯はないかな。『
「なるほど……」
「【弓術・大】に身体強化と精霊系スキルが揃っている冒険者なんてそうそういないからね。即採用することにしたよ」
「えっ……」
「どうかしたかい?」
俺の言葉に、エルドリッヒが反応する。
動揺していた気持ちを隠し、手を振った。
「いや、なんでもないです。気にしないでください」
「そうかい? なら続けることにするよ。と、言っても、もう経緯のほとんどを話しているから、続きも何もないんだけどね。それから順調に『
「ありがとうございます。わざわざ質問に答えてくれて」
「大したエピソードも語れてないけどね。それじゃあ、ここらで話を終わりにしようか。お仲間さんも、もうそろそろ到着している頃だろ?」
「そうですね。今日中にミーヤには話をつけておきますよ」
立ち上がったエルドリッヒへと続いていく。
「あと、一つだけ質問いいですか?」
部屋の出口へと向かうエルドリッヒに声をかけた。
「なんだい?」
「俺と出会う前に、ミーヤから幼馴染がいた話って聞いていましたか?」
「ノートくんと出会った時に初めて知ったよ。キミには悪いけどね」
彼は苦笑いを浮かべた。
「やっぱりそうでしたか……」
俺も半笑いで返すことしかできない。
「もしかしたらですけど。今日中に説得し終えるのは難しいかもしれません。自分としても精一杯やってみますけど」
「始める前から弱気になっていたら、成功するものもしないよ」
「そうなんですけどね……」
エルドリッヒの言うことは至極正論だ。
だけど、もしミーヤが俺に想像通りの感情を抱いているのなら――。
そう易々と解決できる問題でもないように思えた。