第64話 彼女の実力
「フォックスウルフは見つかりそうですか?」
前を歩いていたロズリアが尋ねてくる。
現在、俺とロズリアとミーヤの三人は、依頼で王都の北西にある森へと来ていた。
目的はフォックスウルフの群れの討伐。
フォックスウルフは他のモンスターに化けることができるという稀有な特徴を持つ狼
型モンスターだ。
体長は通常の狼種のモンスターより一回りほど小さく、戦闘能力もいくらか劣る。
しかし知能は高く、弱小モンスターに化けて油断をした冒険者を襲ったり、窮地に陥るや全く異なるモンスターに化けて冒険者の目を欺いて逃げ延びたりと、狡猾な手を使うモンスターであった。
クエストランクは黄。中堅冒険者向けの依頼だ。
「全然居場所わかんないな……」
首を振ってロズリアの問いかけに答える。
俺が《索敵》を使えることは、道中でロズリアがミーヤに伝えていた。
その流れで、俺が目当てのモンスターを探す役割に任命されてしまったのだ。
しかし、役目を引き受けたものの、成果は全くといっていいほどなかった。
《索敵》はモンスターの気配の有無や強度を感知できるアーツだ。
ダンジョン探索では気配の強弱を覚えて、モンスターの特定を行っていた。
しかし、フォックスウルフは初見のモンスターだ。
一体どの気配がフォックスウルフのものなのか、判断できない。
最初の一体を見つければ、あとは芋づる式に見つけられるが、肝心の一体が見つからない状況だった。
「本当に《索敵》なんて使えるの……?」
ミーヤから訝しむような視線が向けられる。
彼女はアーツを使えなかった時代の俺しか知らない。
『
「一応使えはするんだけど、上手くいかなそうだな……」
情けないが、ここで意地を張っても意味がないのでギブアップ宣言をする。
「ミーヤもモンスターを探知するアーツ持っていたよね? 今回はそれ使って探さない?」
「いいの? それで? 自分の力で探したいんだったら、わたしは待つけど……」
「別にそういう気持ちはないよ。それよりさっさと依頼を終わらせよ」
「……そういうことなら。わかった」
ミーヤは目を瞑って人差し指を額に当てた。
「じゃあ、いくね」
彼女の
その名の通り、モンスターを狩ることに長けた
当然モンスターを探すアーツも得意としている。
「……こっちの方角にそれっぽいのがいる」
閉じた目を開いて、木々の隙間を指差した。
「逃げられる前に早く行こっ?」
「もしかして、群れが移動している感じだった?」
「そういうわけじゃないけど、一応ね」
ミーヤが俺を置いて、ずんずんと歩くペースを速める。
彼女の後ろ姿を眺めていると、会話に参加して来なかったロズリアが寄ってきた。
「随分と仲良さそうですね」
「そう、見える? 俺としては気苦労でへとへとなんだけど……」
ミーヤに聞こえないよう、お互いに小声で呟く。
「意外ですね。てっきり楽しんでいるものだと」
「どうしてそうなるんだよ。ロズリアは俺達の過去をある程度知ってるでしょ? 覚えていたら、そんな感想は出ないはずなんだけど……」
「でも、ミーヤさん。そこまで怒っていなそうじゃないですか。本当に嫌っていたら、こうして依頼を手伝ったりしないんじゃないですか?」
「違うよ。ミーヤは優しいから、嫌いな幼馴染でも手を差し伸べちゃうんだよ」
「そんな優しい人、世の中にいるんですかね……」
ロズリアは納得いかないといった表情を浮かべた。
しかし、すぐに表情を切り替えると手を叩いた。
「でも、ミーヤさんとのお話を楽しんでいたわけじゃなかったんですね。気を遣って損しました」
「やっぱ、気を遣っていたんだ……」
ロズリアは気遣いのできる人間だ。普段は人に気を遣おうとしないだけで。
彼女が、俺達の会話に割り込まないよう計らっていることには気づいていた。
どうせ俺がミーヤと仲直りをしたいと思っていると勘違いしていたのだろう。
「いいよ、気を遣わないでいつも通りの感じでいて」
「いいんですか? こうしていきなり手を取ったりしても」
そう言って、ロズリアは俺の右手を両手で包み込む。
「やっぱ、前言撤回。いつも通りを少し抑えて欲しいかな……」
依頼を手伝ってもらっている立場で、堂々と手を繫いでいる姿を見せるのは、さすがに間違っている気がした。
灰色の毛並みを持った狼にロズリアが肉薄する。
手には眩い光を放つ聖剣が。
【聖剣の導き手】によって召喚された剣、フラクタスだ。
左足を軸に、一回転。狼を真横にスライスする。
その間にも、俺の横では空を切る音がひっきりなしに鳴る。
ミーヤが弓を射る。射続ける。
矢をつがえたと思った瞬間には、既に矢は射出されている。
密集した樹木の隙間に吸い込まれるように矢は飛んでいき、狼達を貫いていく。
ロズリアが一体倒す間に、ミーヤは三体ほど仕留めている。
淡々と流れ作業をこなすように、ミーヤは射るのを止めない。
狼は次々と死体へ変わっていく。
フォックスウルフらは自分達が狩られる立場なことに気づいたようだ。
一匹が鳴き声を上げると、群れの仲間はたちまち鳥へと化けた。
羽ばたいて、一目散に散らばっていく。
だけど、ミーヤの弓の前では相手が飛ぼうが飛ばないが関係ない。
矢に突き刺されるのが狼になったか鳥になったかの違いだけだ。
瞬くスピードで、鳥が撃ち落とされていく。
このままでは群れが全滅すると悟ったのだろう。
生き残った半数が一斉にミーヤに突撃をかけてきた。
残りの半数を逃がすための殿だ。
ミーヤは弓を宙に投げると、拳や手足を使って一匹ずつ丁寧に鳥型のフォックスウルフを撃ち落としていく。
ミーヤは弓術のスキルの他に、レベルの高い身体強化スキルも持ち合わせている。
拳が直撃したフォックスウルフの骨の折れる音が響く。
一撃で絶命させていくほどの威力だ。
向かってきた全個体を蹴散らすと、落ちてきた弓をキャッチし、間髪容れずに矢を放った。
そして、口では詠唱準備を始めていた。
「《
ミーヤの周囲に緑色の魔力が可視化される。精霊術の発動準備だ。
「まとめて片付けちゃうから、ロズリアちゃん下がって」
「え? なんですか?」
「いいから! 早く!」
どうやらフォックスウルフに逃げられる前に、範囲攻撃で殲滅するつもりのようだ。
敵を斬り足りない様子だったロズリアも、異変を感じて、すぐさまこちらへ引き下がった。
「一体何が始まるんです?」
「まあ、見てればわかるって」
俺は矢を射続けるミーヤを眺めていた。
やがて詠唱の続きが再開される。
「――
魔力が渦を巻き、風が吹き荒れる。
風は瞬く間に強くなり、暴風となって森へと襲いかかった。
――《
精霊術は基本的な構成として、三節に分かれる。
精霊指定と呼ばれる最初の節。自身が契約している精霊を呼び出す精霊術の根幹。
属性指定と呼ばれる第二節目。術者が有している適性の中から、スペルに用いる属性を選び出す説だ。
そして最後の節、現象指定。スペルとして、精霊に行使させる効果を定める。
ミーヤは
これが彼女のスペル、《
暴風が止んだ後には、なぎ倒された木々だけが残っていた。
圧倒的な殲滅力。
半径十数メートルにある生き物の気配は俺達三人を除いて、消え去っていた。
事前に範囲外として定められていたミーヤの近くに寄っていなかったら、確実にスペルの餌食となっていただろう。
「強いとは話に聞いていましたけど、まさかここまでとは……」
戦いとも言えない一方的な蹂躙が終わると、ロズリアが呟いた。
彼女の驚きも無理はない。俺も最初見た時はそうだった。
この力を目の当たりにして、俺はかつて絶望したのだ。
「もしかすると、わたくしより強そうですね……」
「どうだろう。戦い方も違うし、単純に比べられるようなもんじゃないと思うけど……」
ふと、二人が戦っているところを想像してみる。
どちらが勝ってもおかしくないように思えた。
ただ対モンスター戦闘、冒険者として強いのはどちらかと訊かれれば、ミーヤと答えると思う。
彼女には上位の戦闘スキルが三つもある。
【弓術・極】に【身体強化・大】、それと【森精霊王の加護】だ。
その結果、近接、中距離、遠距離のどのレンジでも、一級の力を発揮することができる。
どんな状況にも対応できるオールラウンダーというのが、ミーヤという冒険者の真髄だ。
いわば、単騎でパーティーとして完成している状態。
冒険者の理想形といっても過言ではなかった。
「それにしてもロズリアも全然衰えてないね。本当に半年間、何とも戦ってなかったの?」
「誰かさんみたいにこそこそと修業したりしてませんよー」
「それは申し訳なかったと反省しています」
からかうような視線を送ってくるロズリアに頭を下げた。
すると、ミーヤも会話に参加してくる。
「何、話して盛り上がっているの?」
「ミーヤさんってとても強い冒険者なんですねって話をしていました」
「あはは。ありがとうね。でも、それ言ったらロズリアちゃんだってすごかったよ。本当に黄色ランクの冒険者だったの?」
ミーヤが疑うのも無理はない。
ロズリアはダンジョン攻略の最先端を行っていた『
そこいらの地上の冒険者じゃ歯が立たないほどの実力を持っている。
ただ、地上の冒険者をやっていた時は、神官として戦闘にはあまり関与せず、男漁りをしていただけだ。
黄ランクで留まりもする。
「本当ですよー」
「そうなの? ロズリアちゃんなら、本気を出せば金ランクくらい簡単に取れると思うよ」
「本当ですか? なら、ノートくん。一緒にサクッと金ランク冒険者になっちゃいますか」
「簡単に言うなぁ……」
サクッとなれるようなもんじゃないだろ。金ランクって。
少なくとも、フォックスウルフを一匹も倒せていない俺がなれるようなもんじゃない。
ほぼほぼ見ていただけだったからね、さっき……。
「今のノートじゃ難しいんじゃないかな……」
ほら、ミーヤだって微妙な反応しているぞ。
なんかすごく気まずいじゃん……。
「とりあえず、今日の依頼は達成ってことで。帰ろうか」
「そうだね、帰ろっか」
露骨に話題を逸らしたことに気がついたのか、ミーヤも乗ってきた。
「……ノートくんなら絶対なれますって」
ロズリアは少し不満そうに呟いていたが、結局は矛を収めてくれたようだ。
「まあ、帰りますか。依頼の達成報告をしないとですし」
依頼達成を証明するために、三人でフォックスウルフの死体から適当な部位を剝ぎ取る。
こんなもので充分だろうというところで手を止め、俺達は帰路へとついた。
「でも、あっさり終わりましたね。倒すより、剝ぎ取りの方が時間かかりましたよ」
「そうだよな。それもこれもミーヤのお陰だけど」
「……えへへ」
ミーヤは恥ずかしそうに笑っていた。
「ミーヤさんがスペルを盛大に放ったせいで、死体を回収するのにだいぶ手間取りましたけど」
「……えへへ」
今度は気まずそうに笑っていた。
「ごめんごめん。少し張り切っちゃった」
「張りきったじゃありませんよ。あれ、ただの自然破壊ですよ」
「まあ、いいじゃん。ミーヤのお陰でモンスターを逃がさずに済んだわけだし」
「そうですね。午前中だけで依頼終わっちゃいましたもんね」
現在の時刻はもうすぐ正午に差し掛かるといったところだろう。
俺達を照らす太陽は、ちょうど頭上に来ていた。
「どうしますか、午後?」
「依頼の報告を終えて、ご飯を食べてから考えるか」
「そうですね。この調子だと午後にももう一件受けられそうですね」
ロズリアの言葉に頷いていると、思わぬ方向から反応があった。
「いいね! それ!」
「えっ?」
まさかのミーヤが乗ってきた。驚きの声が漏れ出てしまう。
「……午後も来るの?」
「えっ? ここで急に仲間はずれにされちゃうの?」
「仲間はずれも何も――」
そもそもミーヤは俺達の仲間じゃないはずだ。
何を考えているのだろう。彼女は。
俺のことが嫌いになったんじゃないのか?
呆れ果てて見捨てたんじゃないのか?
ここに来て、またしてもミーヤの考えがわからなくなる。
もともと、一緒にいた時から彼女の考えなんてわからなかったけど。
再会してからのミーヤは、ますます何を考えているのかわからない。
「いいの? だって今日、せっかくの休みなんでしょ?」
「乗り掛かった舟だもん。最後まで手伝うよ」
ミーヤは両手で拳を作る。
彼女は優しいから、俺を手伝ってくれるのだろうか。
恩を仇で返した、最低な幼馴染を。
「そこまでの義理はないと思うけどな……」
俺は一人呟くことしかできなかった。