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第63話 交錯する運命

 ――ミーヤ。どうして君が。


 ミーヤ・ライン。俺のたった一人の幼馴染。

 同じ村で生まれて、15歳まで共に過ごした初恋の人。

 二人で一流の冒険者になると誓いを立てた。

 俺に冒険者を目指すきっかけをくれた人物だ。


 一緒にチャングズの村を出て、贈与の儀を受けて。

 自分とは対照的に、規格外に恵まれたスキルを得て。

 それでも俺を見捨てないで、二人で誓い合った夢を叶えようしてくれて。

 そして、俺が彼女を裏切って。傷つけて。

 最後には別れを告げられた。


 それだけだ。俺達の関係は。そこで全部終わった。

 もう一生顔を合わせることはない。合わせる顔がない。

 そう思っていた。


 だけど、偶然とは残酷なものだ。

 出会ってはいけないはずの二人が、引き合わされてしまった。


 逃げなくちゃ。そう判断した。

 ロズリアの手を乱暴に掴んで、引く。


「いきなりどうしたんですか、ノートくん。名前呼ばれてますよ」


 彼女の放った言葉に立ち止まる。

 これじゃあ、もう逃げるわけにはいかない。


 ロズリアは俺の名前を呼んでしまった。

 これで俺がノート・アスロンだということが確定してしまった。

 彼女が黙って俺についてきてくれれば、逃げても人違いということでミーヤを納得させられたかもしれない。


 俺が足を止めたことで、一拍分の隙ができた。

 その隙間を縫うように透き通った声が響く。


「やっぱりノートだよね。わたし、ミーヤだよ。もしかして忘れたの?」


 ――忘れるわけがないじゃないか。


 出かかった言葉を喉の奥で飲み込む。

 この段階まで来たら、もうしらばっくれることは不可能だ。

 彼女と面と向かって話をするしかない。


 幸か不幸か、ミーヤは俺と会話をするつもりはあるようだ。

 別れ方も別れ方だったので、明確な拒絶をされる可能性だってあった。

 見て見ぬふりだって、しようと思えばできたはずだ。

 しかし、意外なことに彼女は普通に話しかけてきた。


 俺がミーヤにしたことは、決して許されるようなものじゃない。

 ミーヤの才能に嫉妬し、ふてくされ、一流冒険者になるという二人の夢を勝手に諦めて。

 でも、表面上はいい顔をして。彼女の優しさに付け込んで。

  彼女が自分の力のみで手に入れた手柄を、受け取り続けた。


 そして、いざ自分の怠惰な感情を咎められたら。

 逆ギレして、たくさんの罵声を浴びせて。

 我ながら、本当に最低な人間だと思う。

 思い出す度に自分が嫌いになる。


 彼女だって、俺のことを嫌っているはずだ。

 こうしている最中だって、話しかけたことを後悔しているかもしれない。


 今更謝ったって、もう遅い。彼女は決して許してくれないだろう。

 俺はミーヤに深く関わるべきではないのだ。

 だから、久しぶりの再会に似つかわしくない、ありきたりな返事を選んだ。

「久しぶり。ミーヤだよね?」


「そうだよ。ちゃんと反応してよね」


「ごめんごめん」


「てっきり、ノートがわたしのこと忘れちゃったのかと思っちゃったじゃん」


「忘れてない、忘れてない。ただ髪型が変わっていたから、一瞬気づかなかったんだよ」


 肩ほどで切り揃えられた、細くてさらさらとした金髪を指さした。

 昔の三つ編みとはだいぶ印象が違っている。


 もちろん、自分が言ったのはただの方便である。

 無視して立ち去ろうとしたことを誤魔化すための言い訳だ。

 たとえ髪型が変わろうとも、俺がミーヤを認識できないわけがない。


「そういえば髪切ってから会うのは初めてだったね。どう? 変じゃない?」


 ミーヤは一歩踏み出し、上目遣いで俺の目を覗き込んできた。

 瞳を覗き込んでくる癖は昔からのものだ。

 髪型は変わっても、中身は全然変わっていないらしい。

 瞳に映る自分の顔を眺めながら、俺は答えた。


「すごく似合っていると思うよ」


「そう? わたしはこの髪型、あまり気に入ってないんだけどね……」


「なんでだよ。かわいいじゃん」


「昔よりいい? なら、よかった」


 ミーヤが引き攣った笑いを浮かべながら、毛先を人差し指に巻く。


 話を切り上げるタイミングを見失ってしまった。

 おそらく、ミーヤも同じように考えているのだろう。

 彼女のためにも、ここは強引に話を切り上げ、この場を去ることにするか│。


 そう決意して口を開きかけるも、脇から声が割って入る。


「ノートくん。わたくしという女がいながら、女の子を口説かないでくださいよ」


 ――頼むから空気読んでくれよ……。


 相変わらずのお気楽な調子でロズリアが乱入してくる。

 以前、彼女には俺に幼馴染がいたことは話してあった。

 だけど、それはロズリアが『到達する者(アライバーズ)』に加入する前の出来事だ。

 フォースをパーティーに戻す作戦のときの話だ。

 話したエピソード自体は覚えているかもしれないが、ミーヤという名前までは覚えていないだろう。


 だから、察しろというのは酷な頼みだとは思う。

 それにしてもその第一声だけはない。

 俺が本当に口説いていたと勘違いされたらどうすんだよ。


「お願いだから、黙っててくれない?」


「えっ、もしかして本当に口説いていらしたんですか⁉ だから、黙れと――」


「違うから。なんでそういう悪い方向に勘違いを進めちゃうかな!」


「怪しいですね……。とてつもなく困っている顔をしていますよ」


「そりゃあ、とてつもなく困っているからね!」


「じゃあ一体なんですか、このお方は? 知り合いみたいですけど……」


「ええと……」


 俺が言い淀んでいると、一歩引いて言い合いを眺めていたミーヤが口を挟んだ。


「……あの、ノートの幼馴染だったミーヤ・ラインと言います。あなたさんは?」


「幼馴染? ミーヤ?」


 ロズリアは顎に手を当て、目を瞑った。

 しばらくして目を開けると、顔を青くしながら、俺の方へと向いた。


「もしかして、わたくし空気読めていませんでしたか……」


「それはとても」


「本当にすみません。悪気はなかったんです」


 どうやら彼女は俺の幼馴染との確執を思い出してくれたようだ。

 事の重大さに気づいて反省はしているようだが、一度口に出したものはいくら謝ろうとも取り消せない。


「……あとで覚えておけよ」


「ごめんなさい。許してくださいよー」


「仲いいことはいいんだけど、わたしを放置しないで欲しいかなぁ……」


 ロズリアに身体を揺すられていると、ミーヤが呆れてこちらを眺めていた。


「ミーヤさんもすみません。で、なんでしたっけ?」


「あなたの名前を訊いていた最中だったんだけど……」


「ああ、そうでしたね」


 と、思い出したようにロズリアは頷く。


「わたくしの名前はロズリア・ミンクゴットと言います。ノートくんとは過去に同じパーティーでして、その流れで今も一緒にいる感じです」


 またしても変なことを言い出さないかとひやひやしていたが、気遣って無難な挨拶にしてくれたみたいだ。

 ほっと胸を撫で下ろす。


「へえ……こんなにかわいい子とパーティー組んでたんだ……」


「昔は他にも仲間がいたから、二人っきりだったってわけじゃないけどね」


 自分が『到達する者(アライバーズ)』に入って、真剣に冒険者という職に向き合い始めたことをミーヤに話したら、どうなるのだろう。

 怠惰な意識を改め、自分を変える努力を始めたことを伝えたら、どうなるのだろう。

 見返してもらえるのだろうか。見直してもらえるのだろうか。


 いや、きっとそんなことはない。

 どうしてわたしといた時から、そう頑張らなかったの? と思われるだけだ。


 新しい不満を募らせるくらいなら、『到達する者(アライバーズ)』時代の自分の話はしない方向性でい くことにしよう。

 どうせこの会話が終われば、もうミーヤとは関わることはないだろうし。


「ミーヤはそこにいる、エルドリッヒさんって人とパーティーを組んでいるの?」


 とりあえず、自分の話から逃げるようにミーヤへと話を振る。


「そうだよ。『光り輝く剣(レイダーズ)』ってパーティーなんだけどね」


 彼女はエルドリッヒを含むパーティーメンバーに目を向けた。

 一番前にいた彼は一歩踏み出して、会話へと参加し始める。


「何やらこちらの男の子と知り合いだったみたいだね?」


「そうだよ。前に一緒に冒険者をやっていたの」


「僕達のパーティーに来る前ってことかい? そうなると他の街で冒険者をやっていた頃の仲間か」


「うん。ブロードって街で冒険者をやっていた頃のね」


「ブロードって王都から随分離れていたよね? それはすごい偶然だ」


「そうなのかな……?」


 ミーヤは考え込むように首を傾げた。


 自分個人の意見としては、この再会は偶然じゃなく、完全なる俺の不注意だと思っていた。

 ミーヤは俺と別れた後も冒険者を続けていた。

 彼女ほどの優秀な冒険者なら、難しい依頼が舞い込んでくる王都に拠点を移すのはおかしいことじゃない。


 それに彼女は、俺と同郷の村の出身だ。

 自然しかないような、チャングズの村で暮らしていた。

 そんな彼女が都会に憧れるのも当然だった。

 俺と同じように都会への憧れを原動力に、王都に行き先を決めたのだろう。


「大事にした方がいいよ。そういう偶然の再会ってやつは。世界は広いからね。一度、疎遠になってしまうと、そのまま二度と顔を合わさないまま一生を終えるってこともあるからね」


「いいこと言うね。なんかの格言?」


 ミーヤは目の前の好青年に笑いかける。

 果たしてこの二人は恋人同士だったりするのだろうか。

 それとも、ただのパーティーメンバー?

 俺とロズリアみたいな中途半端な関係ということもあるかもしれない。


「そうだそうだ。大事なことを思い出した」


 エルドリッヒが手を打った。

 すかさずミーヤが反応する。


「大事なことって?」


「この騒ぎについてだよ。どうにも彼らが、ギルドの人に迷惑をかけていたみたいなんだ」


「そうなの?」


 エルドリッヒに続いて、ミーヤも視線をこちらへ移す。


「まあね……」


 情けないことに、否定はできない。

 ギルド職員に迷惑をかけていたのは事実であった。主にロズリアがだけど……。


「それで、知り合いみたいだし、ミーヤにこの二人の説得をして欲しいんだ」


「いいけど、二人は何をやったの?」


 この状況でしらばっくれることは無理だろう。

  観念して、自分の口から事情を話すことにした。

 王都で冒険者を始めようとしたことと、自分のランクに見合わない依頼を受けようとして突っぱねられたことを簡潔に説明した。



「うん。さすがのわたしもフォローはできないかな……」


 話を聞いたミーヤの反応はこうであった。だいぶ呆れているようだ。


「……100%俺達が悪いです。反省しています」


 いたたまれなくなって、視線を落とす。

 元から地に落ちていた評価が、さらに下降していく音が聞こえた。


「なんか周りの目も痛いし、これから依頼を受けようって気分でもないから、今日は退散することにするよ。色々迷惑かけてごめん」


 そろそろ話を切り上げるべきだろう。

 ミーヤだって、別に俺と長話したいわけでもないはずだ。

 たまたま、会話せざるを得ない状況になってしまったから、こうやって話しているだけだ。


 ミーヤとエルドリッヒ、そして受付嬢に軽くお辞儀をする。

 ロズリアに目配せをして、二人して帰ろうと歩き始めると、背後から透き通った声が投げかけられた。


「もう帰るの? 何もしていないのに?」


「まあ、そうなるね……」


「依頼、何か一つくらい受けていったら? 折角、王都で冒険者を始めようってなったんでしょ?」


 振り返って、依頼が貼り出されている掲示板に一瞬目を向ける。


「でも、いいや。いい依頼なかったし。また気が向いた時に来ることにするよ」


 そう言って立ち去ろうとすると、ミーヤは衝撃的なことを口にした。


「だったら、一緒に依頼受けない?」


「――えっ?」


 この少女は、何を言っているんだ。自分の耳を疑った。


「わたしはランクが金だから、ノート達に同行すれば、黄ランク以上の依頼が受注できるはずだよ。さすがに銀ランクのワイバーン退治は駄目だけど。それなら気に入った依頼も受けられるようになるんじゃない?」


「そういう問題じゃ――」


 こちらの制止を聞かずして、ミーヤは受付嬢に質問を投げかける。


「そういう決まりあったよね?」


「金ランクのミーヤさんと緑ランクの冒険者の二人で臨時パーティーを組むということですか? そういうことなら、規定では黄ランクの依頼までは受けられることになっていますけど……」


 受付嬢に確認を取ると、お次はエルドリッヒへと顔を向けた。


「今日はこの前の依頼の報告を終える予定だけだったよね?」


「そのつもりだけど、本当に彼らの依頼を手伝うつもりなのかい?」


「まあね。昔のよしみとして、放っておけないかなーって」


「キミの時間の使い方に文句を言える立場でもないからね。好きにしたらいいよ」


「ありがとうね、他のみんなも」


 ミーヤは同じパーティーの仲間に感謝の言葉を告げると、こちらへ向き直る。


「というわけだから、今日はノート達の依頼を手伝うことにするよ」


「いや、でも……」


 勝手に進んでいく話の展開に戸惑いを隠せない。

 ミーヤは俺を嫌っているはずだ。

 かつて彼女の優しさを踏みにじって、最低な言葉を投げかけてきた幼馴染のことを。

 ミーヤにとって、ノート・アスロンという人間は記憶から抹消したい存在なはずじゃないのか。


「……悪いからいいよ。出直して、また別の日に依頼を受けることにするから」


「別の日に来ても、依頼の内容は大して変わらないと思うよ」


「それならそれで、その中からちゃんと選ぶから……」


「そういうの良くないよ。新しくこの街で冒険者をやっていこうって決意したんでしょ? 初日からそんなやる気じゃ駄目だよ」


「それはそうだけど……」


 ああ、そうか。ミーヤは優しいんだ。

 優しいから、たとえ相手が大っ嫌いな幼馴染だとしても、手を差し伸べてしまうのだ。


 けれど、その行為は間違っている。

 自分を傷つけた相手に、手なんか差し伸べる必要はないのだ。


「やっぱり悪いから遠慮するよ。折角の休みなんだったら、依頼の手伝いなんかするより、身体を休めた方がいいと思うし」


「もしかして迷惑だった? わたしが一緒に行くの?」


「そういうわけでは……」


 返答に困り、言い淀んでしまう。

 本心をいえば、迷惑に思っていないといえば噓になる。


 俺は過去に彼女を傷つけた。そのことに負い目を感じている。

 今だって、どんな顔をして彼女と話していいかわからない。

 わき目も振らず、逃げてしまいたい。


 ロズリアに無言で目配せをする。

 できることなら、ロズリアの口から断って欲しい。

 そういう意図の目配せだった。


「わたくしは別に構わないですよ。ノートくんの好きにしていいですよ」


 しかし、彼女は逆の意味で受け取ってしまったようだった。

 ミーヤの同行の許可を貰おうとしていると勘違いしてしまった。

 これで俺に決断が委ねられた。


 さすがにこの状況じゃ断れない。

 断ったら、迷惑に思っていることがバレてしまう。

 もう一度、ミーヤを傷つける勇気は持ち合わせていなかった。


「じゃあ、お言葉に甘えて、依頼を手伝ってもらおうかな……」


 俺はこの場にいる誰もが幸せにならないであろう選択肢を口にした。


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