第6話 二人きり、キッチンでの約束
1階層を突破した『
日が落ちて、日中とはまた違う喧騒に包まれたピュリフの街の様子に圧倒されながら歩いていると、いつの間にかパーティーハウスに到着していた。
いくら広めに造られたパーティーハウスだといえども、玄関の大きさは限られている。
各々は順繰りに靴を脱いで玄関に上がっていく。
「疲れたです……。先にお風呂入っていいです?」
先頭にいたネメが一番風呂に名乗りを上げる。
一応言っておくが、ネメは今日のダンジョン探索では何もしていない。
ただついてきただけだ。
『
何が疲れたのかはよくわからなかったが、自分はこのパーティー内で一番の新入りなのだ。
無粋な口出しはしないでおこう。
風呂場のある方へネメはドタドタと駆けていく。
見た目が幼いせいか、動作まで子供らしく見えてしまう。
「今回の戦利品の整理をしておくね」
そう言ってジンは、二階にある自分の部屋に向かい階段を上っていった。
パーティーハウスは一階がリビングやダイニング、水回りといった共同スペース。
二階が各自の部屋となっていた。
よって、この場に残されたのは、俺、フォース、エリンの三人である。
「じゃ、オレも部屋に戻るわ。夕食任せたぞ。一流シェフのエリンさん!」
フォースはエリンの肩を叩き、抜けていこうとする。
その表情はどこか笑っているようにも見えた。
「へぇ……エリンさんって料理上手なんですか……」
俺の発言を聞いてエリンは顔を顰める。
「……そこまで上手じゃないわ。まあまあよ……」
「そういえばノートはオレらのスキルを全部は聞いていなかったよな? この際だから教えてやるよ」
話を逸らそうとするかのようにぼそぼそ声で喋るエリンとは対照的に、フォースは去ろ うとしていた身を翻し、食いついてきた。
「はい。フォースさんとジンさんのスキルはちょろっと聞きましたが、他の人のは……」
「ジンから聞いたと思うが、オレのスキルは【剣術・極】、【心眼】、【魔法耐性・大】の三つだ。ジンのスキルはさっき言った【形状変化・鉱物】と、【絶影】という自身のスピードを瞬間的に撥ね上げるアーツが身につくスキル。【形状変化・鉱物】が2スロット使うから、持っているスキルは二つだな」
「今回の探索で一回も実力を見せてなかったネメ姉さんはどうなんです?」
「【聖女権能】っていう3スロットスキルを一つ持っているだけらしいぞ。ノートみたいに一つのスキルしか保有してないけど、その能力は破格だからなー」
「破格ってどのくらいですか?」
「詳しいことはよくわからないけど、使う神聖術スペルの効果が数段階上がったり、オリジナルスペルが使えたり、他にも色々効果があるらしいぜ。それで、エリンのスキルはな――」
そこまで言うと、フォースはエリンに視線を送る。
「はいはい。勝手に言ってなさいよ」
エリンは大層面倒そうにあしらった。
しかし、エリンの冷たい対応を気にも留めず、フォースは続けた。
「【魔力増大・極】と【全属性魔法適正】と――」
「と?」
【料理・小】だ」
「【料理・小】ですか⁉」
あまりに意外なスキルの組み合わせに、思わず声をあげてしまう。
「ふふっ……いや、【料理・小】ってなんだよ! 【料理・小】って! 笑うしかねえよな、ノート! なんで最強クラスの魔法スキル二つも持っているのに、最後のスキルが料理スキルなんだよ! しかも、小!」
「ちょ、ちょっと笑わせないでくださいよ!」
フォースの遠慮ない煽りがツボに入ってしまった。
笑いを止めようとしても、うまく呼吸ができない。
射殺すかのような視線が二人を貫く。
「今すぐ表に出なさい。ぶっ殺してやるわ!」
「嫌でーす。素直に従うもんですか。部屋に戻りまーす。夕飯づくり頑張ってくださーい、【料理・小】さん!」
「だ、だから、笑わせないでください……フォースさん……」
「あなたたち、絶対夕ご飯に、昨日出た生ごみ盛り付けてやるから……」
「「はい……すみませんでした……」」
頭を下げる俺達。
フォースはこれ以上火に油を注ぐまいと、そそくさ階段を上っていった。
逃げられた……。
おかげで廊下に残された俺はエリンと二人きりになってしまった。
気まずい空気が流れる。
まあ、半分くらい俺が悪いので自業自得かもしれないが。
もう半分はフォースのせいだ。
いや、やっぱりフォースが七割悪い。
「あの……よかったら手伝いましょうか、料理?」
気まずい雰囲気を払拭しようと、夕食づくりの手助けを申し出る。
部屋に戻ってもすることがないし、夕食に生ごみを盛り付けられるのも嫌だった。
実際のところ、結構真面目な理由もちゃんとあるんだけど。
ミーヤと一緒に冒険者をやっていた頃は、料理を全部ミーヤに作ってもらっていた。
ミーヤに見捨てられ、他の冒険者パーティーに交ぜてもらい雑用をするようになって、初めて料理を覚えた。
要は遅かったのだ。何事も。頑張るのが。
料理をするようになって日が浅いので腕に自信はないが、それでもいないよりはマシだ と思う。
全てを任せ、頼りきっていたミーヤとの生活。
そんな失敗をもう二度としたくはないという決意がこの提案の裏には隠れていた。
俺の心境なんて知る由もないエリンにも、この提案は魅力的だったようだ。
「ありがと……じゃあついてきて」
エリンはすたすたと歩いていく。
あとをついていくと、小綺麗なキッチンに到着した。
パーティーハウス同様、キッチンも広かった。
二人が入っても、全く狭さを感じさせな い。
さすが、金が無限に湧く泉と形容されているピュリフのダンジョン攻略の最先端をいくパーティーなだけある。
この家にどのくらいの金をかけているのか想像できない。
「じゃあ、ノートは食材を切るの手伝って」
「はい……」
エリンは野菜を取り出し、軽く水で洗ってから俺の前に置いた。
包丁とまな板の場所を教えてもらい、野菜に手をかける。
「…………」
「…………」
二人の間に言葉はない。沈黙のせいか、包丁が刻む音がやけに耳につく。
背中をそわそわさせるような空気に堪えかねたのか、エリンが口を開く。
「ねえ、ノート。ジンから聞いたけど、あなた16歳なんでしょ?」
「はい、そうですけど……」
「私も16なのよ」
「同い年ですね……」
「そうじゃないわよ。言わないとわからないの? 私に敬語使わなくていいってことよ」
「わかりまし――いや、わかった。でいいのかな?」
「そうね。そっちの方が落ち着くわ」
「…………」
「…………」
会話が途切れる。気まずい沈黙が再び二人を襲う。
多少の自覚はあった。俺の番で話が途切れている。
なんというか、俺、女の子と話すの苦手になったような……。
やっぱり、ミーヤとあんなことがあったのが原因だろうか。
同世代の女の子と話すのには抵抗が生まれた。
昔はもうちょっと、ちゃんと会話できていたと思う。
ミーヤとは普通に喋れていたと思うし……。
そう思いたいだけなのかもしれないけど。
無論、俺とミーヤが生まれてからずっと住んでいたチャングズはど田舎であったため、周りにいた同世代の女の子といってもミーヤだけだった。
ミーヤ以外の女の子とは話す機会がなかったし、もしかしたらミーヤが気を配ってくれたおかげで、うまく話せているように錯覚していたという可能性もある。
そう考えると、俺って元から女の子と話すのが苦手なのか?
物思いに耽って黙々と作業していると、不意にエリンから声がかかった。
彼女は既に野菜を洗い終え、鍋に水を張っている。
「私、あなたをパーティーに入れるのは反対だったわ」
エリンは鍋に火をかける。火力が大きいのか炎が鍋の底から少しはみ出ていた。
「ダンジョンを攻略しようとしているパーティーって基本的に六人組なのは知っている?」
エリンの問いかけに首を横に振る。
俺の手は既に止まっていた。
「ボス部屋に入れるのが一度に六人までなの。だから、ほとんどのパーティーは最大上限の六人で活動している」
「そうなんだ……初めて知った……」
張りついた喉からやっとのことで声を絞り出す。
「でも、私達のパーティーって四人だったじゃない? 抜けた分のタンク係を補充しても五人。それで、あと一人メンバーを補充しないかってなったとき、ジンからマッピング要員を入れようっていう提案があったの――」
話を続けるエリンの手は止まらない。
俺の切った野菜に指先を伸ばしていた。
「私は反対だったわ。足手まといは入れたくないもの。できれば強いメンバー六人で固めたかった。だけど、ジンの言い分も理解できたわ。現状で私達はダンジョンのモンスターに手こずっているというより、入り組んだダンジョンを進むことに時間を取られていたし」
「それで、俺を?」
「うん。私以外みんな、ジンの意見に賛成してたわ。私達の戦闘力なら一人くらい足手まといがパーティーにいても平気だっていう判断を下したからね。だけど、私はそうは思わない。一人でも足を引っ張ろうとするメンバーがいれば、それはパーティーの毒になると思うの」
エリンの言いたいことは痛いほど理解できた。
だって、それは。俺がミーヤにしでかしたこと、そのものなんだから。
もちろん、エリンは俺の過去を知らない。彼女がこの話をしたのは偶然だ。
だけど、エリンの言葉は俺の過去を責め立てているような気がして。
「なんかごめん」
口から出たのは謝罪の言葉だった。
その謝罪は誰に向けたものだったんだろうか。
エリンか?
それとも、ここにはいないミーヤに対してだろうか?
「別にあなた個人を責めているわけじゃないわ」
謝罪を無意味なものだというように、一蹴するエリン。
「冒険者をやっていたノートは【
エリンのフォローなんてものはもう頭に入ってきてなかった。
彼女の言葉は俺の深く触られたくないところを突いてきていたからだ。
「だけど、私は嫌。生半可な気持ちの人や足手まといを連れていくのは。夕食の後、ジンから詳しい説明があると思うけど、これから当分の間、私達はあなたを鍛え上げることになるわ。今はあなたを守れるけど、これから先、未知の階層でも守り切れる保証はどこにもないから……」
エリンは鍋から目を離し、そのまま俺を正面から見つめた。
「厳しい鍛錬になると思うわ。そこでもし、あなたが足手まといでいることに甘んじるようなら――」
彼女のまっすぐな視線が俺に突き刺さる。
「私は容赦なくこのパーティーから追い出すわよ」
噓偽りなく、決して誤魔化すことのない本心を告げられる。
凄みに後ずさりそうになるところを踏ん張って堪える。
そして、まっすぐな思いで、はっきりと応えた。
「俺もみんなに頼り切りになるのは嫌だ」
「それならよかったわ。ただ、その気持ち絶対に忘れないでね」
一見厳しく聞こえる言葉。
だけど、それは彼女の優しさからきているものだと、なんとなくだが確信できた。
自意識過剰かもしれない。
でも、本当にエリンに敵意があるなら面と向かって忠告などしないはずだ。
「わかった。約束する。わざわざありがとう、エリン」
――言われなくても大丈夫だ。
だって、俺はもう二度と同じ過ちを繰り返さない。
ミーヤのときのように、自分を信じてくれる人の思いを裏切らない。
――そう決めたのだから。