第54話 『到達する者』の崩壊
「フォースが出ていったってどういうこと?」
最初、エリンの言っている意味がわからなかった。
こうして会話を交わすこと自体、すごく久しぶりに感じる。
なんて吞気なことさえ考えていた。
「そのままの意味よ」
エリンは短く答える。
「『到達する者』を出ていったってこと? それとも、ピュリフの街からもいなくなるってことなの?」
「その両方よ」
「出ていったって、どうして? ここを出ていって、どこに行こうっていうんだよ!」
「自分の弱さが嫌になったんだって。だから、もう一度自分を鍛え直すって言ってた。どこに行くつもりなのかは聞いていないわ」
「それって、当分の間は戻らないってこと?」
俺は尋ねる。エリンは首を横に振った。
「さあね。いつ戻るのかも聞いていないわ。そもそも、戻る気があるのかも――」
「それじゃあ、『到達する者』はどうするんだよ! ジンもいないのに、フォースまでいなくなるなんて!」
「そんなの知らないわよ。少なくとも続けていくことは難しいんじゃない? 解散って形になるのかしらね」
――解散。
その単語の冷たい響きに、背筋が凍るような思いがした。
どうして、そんな簡単に残酷なことが言えるんだよ。
だって、『到達する者』はジンとのたくさんの思い出が詰まった場所じゃないか。
それをあっさりと捨てるなんて。どうかしている。
「なんでフォースを止めなかったの……」
俺は呟いた。そこで、大きな声が響いた。
エリンが俺の胸元を摑んで、訴える。
「私だって止めたわよ! でも、止められるわけないじゃない! あのフォースのことよ! 自分で決めたことを、他人にどうこう言われてやめる人間じゃないじゃない! そこまで言うなら、ノートが止めてくれればよかったのに!」
「でも、俺は話し合いに――」
そこまで言って、冷静になる。
話し合いを拒否したのは俺自身だ。
それを参加しなかったからって、他人に責任をなすりつけるのは間違っている。
どちらかというと、責任は俺の方にある。
エリンはフォースに一度は向き合ったのだ。
俺はジンの死を引き合いに出して、フォースを拒絶した。向き合うことを放棄した。
フォースに話し合いを設けようって言われた時、てっきり彼がもうジンの死から立ち直っているとばかり思っていた。
だけど、そんなわけがなかったのだ。
フォースは俺と同じように傷ついて、悩んでいた。
俺は現状維持という結論にたどり着いたが、彼は違った。
パーティーから出ていくという結論を下したのだ。
自分のことだけしか考えられなくて、他人の気持ちを思いやれなかった俺の責任だ。
勝手に自分だけが落ち込んでいると思っていた。世界で一番不幸だと思っていた。
でも、俺と同じように、みんながみんな不幸で。誰しもが傷ついていた。
それは次なるエリンの言葉で、嫌っていうほど思い知らされた。
「それで、私も色々考えた結果、このピュリフの街から出ていこうと思うの」
衝撃だった。エリンまでいなくなるつもりなんて。
「なんで……」
掠れた声をなんとかして振り絞る。
その時、俺は初めて顔を上げて、エリンの瞳を見た。
「私もフォースと同じような理由よ……。フォースの話を聞いて、私も決めたの。もう一 度きちんと魔法を学ぼうって」
彼女は続ける。
「ジンが死んだのは私のせいよ。あの時、私がボスの動きを止めることができなかったから、ジンは死んだ。完全なる私の実力不足のせいじゃない!」
「でも、あれはボスが強かったからで、決してエリンだけの責任じゃ――」
「そんなその場しのぎの慰めの言葉なんていらないわよ……」
エリンは冷たく呟いた。
「白魔術って知ってる?」
ふと、尋ねられる。
質問の意図がわからないまま、俺は頷いた。
「確か魔導士が使える回復スペルのことだっけ? 珍しい魔法だってのは聞いたことあるけど――」
そこまで言って、はっと気がつく。
「もしかして――」
「神聖術スペルは駄目だったけど、白魔術なら大丈夫だったかもしれないわ。もしジンやフォースに使っていたら、何か変わったかもしれない」
「じゃあ、なんで使わなかったんだよ?」
「使わなかったんじゃない。使えなかったのよ」
彼女は自嘲の笑いを浮かべていた。
「私には【全属性魔法適正】ってスキルがあるでしょ? だから、白魔術の適正もあるはずなのよ。それにもかかわらず使えないのは、全部私の努力不足よ」
「でも、エリンは魔法を必死に勉強していたじゃないか!」
「それは20階層で遭難してからの話でしょ?」
「そうだけど……」
「私が過去にもっと勉強していれば、ジンは死ななくて済んだのよ! 学校を辞めなければ!『到達する者』に入ってから、魔法を鍛えるのをサボっていなければ! 自分の弱さを認めて本気になるのが、もう少し早かったら! キャシーを怒らせて、魔法を教えてもらえないなんてことがなければ! ジンは死ななかったのよ!」
そう叫んでいる間にも少女は泣いていた。震えていた。
彼女も俺と同じように、ジンの死によって心が壊れていたんだ。
「エリン……」
俺は呟く。
涙を流して、嗚咽を漏らしている彼女を抱きしめようと近づく。
腕を拡げて、エリンの肩を包み込んだ。
「ごめん。今はノートの優しさを受け取るわけにはいかないの」
しかし、彼女は両腕をお互いの身体の間に挟んで、優しく、とても優しく俺の身体を押しのけた。
「私は弱いから。ノートが近くにいるとすぐに頼っちゃうから。一人で頑張るって決めたの。ここを出るのも。魔法をもう一度きちんと勉強するのも。もうあなたを頼らないわ。一人で故郷に帰って、魔法以外のことは一旦全て忘れようと思う」
「なんだよ、それ……」
じゃあ、俺はどうすればいいんだよ。
世界で一番尊敬していて、恩人だった人を失って。
悪友じみて、でもどこか憎めない先輩がいなくなって。
その上、誰よりも守りたくて、一緒にいたかった君まで離れていくなんて。
俺は何を支えにすればいいんだよ。
彼女を抱きしめるために持ち上げた両腕は宙をさまよっていた。
もう一度手を伸ばせばいいのか。それとも振り下ろせばいいのか。
迷ったまま腕は動かなかった。
「だから、しばらくはお別れね。会えなくなるのは寂しいけど。一人で頑張ってみるから。私のことを忘れないでね」
「待ってよ! 勝手に決めないでよ! しばらくってどのくらいなんだよ! いつまで待てばいいんだよ!」
「さあね。私が満足するまでじゃない?」
「そんなの嫌だ! もう会えなくなるなんて嫌だ! 頼むから一人にしないでよ!」
自分勝手なことを言っているのはわかっていた。
散々みんなを拒絶しておいて。
いざいなくなるってわかったら、引き止めるなんて。
でも、もう嫌だった。大切な人が去っていくのは。
エリンは瞳に涙を溜めながら、少し微笑んで答える。
「急にわがまま言わないでよ。困っちゃうわよ。でも、ちょっと嬉しい」
「なんで笑っているんだよ。こっちは真剣に言っているんだよ」
「そんなに必死に引き止めてくれるなんて思ってもみなかった。正直、ノートは私のことをそこまで大事に思っていないと思ってた。ノートって自分の思っていることを言ってくれるタイプじゃないでしょ?」
俺だって、エリンが自分のことをそんな風に見ていたなんて知らなかった。
知っていたら、もっと素直になれたのに。
「だから引き止めてくれて。私のことをそこまで大切に思ってくれて。言葉にしてくれて。ありがとう」
「今まで言えなかったのは悪かったよ。これからはたくさん優しくする。素直になるから。だから、どこか行っちゃうなんて悪い冗談はやめてくれよ」
「冗談なんかじゃないわよ。これは決めたことだから。なんと言われようと覆すつもりはないわ。本当にごめんね」
彼女は俺から一歩離れて、背を向けた。
「これ以上ノートと話していたら決意が鈍りそうだから、話はもうこれでおしまいね。最後に何か言いたいことはある?」
あるよ。たくさんある。
話し残したことがたくさんあるから。
だから、お別れなんてやめてくれ。
「魔法なんて勉強しなくていいじゃんか! もう『到達する者』は終わったんだ! もうダンジョンにも潜る必要もないんだよ! だから、いなくならないで!」
想いは言葉となって溢れ出てくる。
「そうだ! 前に言ってたじゃん! ダンジョンなんて潜るのをやめにして。付き合って、二人でモンスターとか関係ない平穏な生活を送って。ゆくゆくは結婚して、人並みの幸せを歩むって! いいじゃん、そうしようよ! それじゃ駄目なの?」
もう少しかっこいい別れの言葉を贈るべきだったのだろう。
だけど、俺の口から出たのは情けない懇願だった。
エリンは頭を横に振った。銀色の髪の束がさらさらと揺れていた。
「まさかプロポーズしてもらえるとはね。嬉しいけど、今は嬉しくないかも。ごめん、やっぱり昔に言ったあれ、なしにして」
「……っ」
「確かにもう魔法を勉強する必要なんてないのかもしれない。一生ダンジョンに潜らないのかもしれない。でも、もう二度と自分の未熟さに後悔はしたくないから。必要かどうかは関係なく、魔法に向き合ってみたいの」
突然のエリンからの拒絶に言葉が返せなかった。
どうして? エリンまで俺を見捨てるのかよ。
ずっと黙っていると、彼女は口を開いた。
「もう何もない? なら、私から最後に一言」
そう言って、彼女は振り向いた。
「ノート、好きよ。また会いましょう」
去り際に聞いた、最後の一言だった。
それから彼女は自分の部屋に戻って、急ぐように身支度を整えた。
そして、すぐさまパーティーハウスから去ってしまった。
じゃあねの一言もなく。この街から瞬く間にいなくなってしまった。
その間、俺は引き止めることもできなくて。
ただ自室のベッドに腰掛け、うなだれていることしかできなかった。
***
フォースだけじゃなく、エリンだって自分勝手だ。
一人で勝手に決断して、勝手にいなくなって。
残された人の気持ちはどうなるんだよ。
俺はこれから一体どうすればいいんだよ。
今日も一人、公園のベンチでそんなことを考えていた。
俺はエリンにいなくなって欲しくなかった。
一緒にいて欲しかった。一人にしないで欲しかった。
俺はエリンが思っているほど強くない。
一人じゃ生きていけない人間なんだ。
ジンが死んで、一人で自分の殻にこもったのは、『到達する者』という帰ってくる場所があったからだ。
約束された居場所があったから、誰にでも冷たくできた。
拒絶しても、その関係性が消えることはないと思い込んでいたから。
でも、その考えは間違っていた。
フォースもエリンもいなくなった。
二人は、自身の無力さを後悔し、自分を鍛え直すと言っていた。
その決断は決して悪いものじゃないんだろう。
彼らを咎めることもできない。
でも、自分が彼らと同じようにすべきなのか。
それはわからない問題だった。
『到達する者』は崩壊した。それは紛れもない事実だ。
パーティーメンバーが半数も消えた。もう存続可能な人数でもない。
そもそもジンが死んで、パーティーとして形をなすのかという問題だってある。
ジンがいたから『到達する者』はここまでこられたのであって、ジンがいなかったら『到達する者』として活動できるのか。
だいたいジンがいない『到達する者』なんて『到達する者』と言えるのか。
俺には『到達する者』はもう修復不可能なほど壊れているように思えた。
だから、エリン達の決断は状況を好転させるようなものでもなく、ただの自己満足だ。
いくら鍛えて強くなったところで、ジンは帰ってこない。
『到達する者』は終わったのだから、その力を使うべき場面はもう訪れない。
だけど、ただ毎日を惰性で過ごしている俺よりか、生産性のあることをしているという点では褒められるべきなのだろう。
少なくとも、今の自分の在り方は間違っている。
俺もエリン達同様、自身を鍛え直すべきなのだろうか。
もう大切な人を失わないようにと。
ジンが死んだ原因の一端は俺だ。
もう少し強かったら。ジンに殿を任せてもらえるくらい強かったら。
きっと、ジンは死ななかった。
エリンよりもフォースよりも、一番力をつけないといけないのは俺だ。
また修業でも始めてみようか。
どうせやることないし。他に選択肢もない。
こうやって座って一日を過ごすよりはずっと有意義なはずだ。
身体を動かせば、何かいい考えも思い浮かぶかもしれない。
思考の袋小路から抜け出せるかもしれない。
そうと決めたら行動は早い方がいい。この決意が揺らがないうちに。
錆びだらけのベンチから立ち上がる。
公園の出口に向かって歩きだした。
公園は住宅地のど真ん中にあった。
ここから『復讐の戦乙女』のパーティーハウスへの距離は随分あるが、歩いていけない距離じゃない。
日が暮れるまでには着くだろう。
時間的に今日中に修業をつけてもらうことは難しいかもしれないが、約束だけでも取りつけておこう。
そうすれば自分の気が変わろうとも、約束を反故にはできない。
修業しなくてはならない状況ができあがる。
そう思って、俺はリースへ会いに行った。
「ちょうどいいタイミングに来たね、幼女攫い君。久しぶり」
『復讐の戦乙女』のパーティーハウスの呼び鈴を鳴らすと、リースはあっさりと現れた。
ダンジョンに潜っていて、今日中に会えない可能性も考えていたから、これは幸運だった。
彼女の言う通り、いいタイミングだった。
彼女が何を指してちょうどいいタイミングと言ったのかは疑問なところだけど。
「お久しぶりです、師匠」
手を上げて返事をする。
「話があるんですけど、今空いていますか?」
「空いてるよ。私も話さなくちゃいけないことがあるんだ。来てくれて助かったよ」
なんだろう。話さなくちゃいけないことって。
内心で首を傾げていると、リースは靴を履いて、外へと向かう素振りを見せる。
「ここじゃうちのメンバーもいて話しにくいし、どこか場所を変えない?」
「いいですよ」
「じゃ、近所の喫茶店とかにするか」
頷きを返し、先を歩き出したリースに続くことにした。
五歩ほど後ろを歩きながら、今日の彼女の服装について考える。
淡い黄緑色のカーディガンに、えんじ色のロングスカート。
珍しい。初めて見る服装だ。
そもそも、リースがスカートを穿いていること自体、見たことがなかった。
いつもはショートパンツに上はTシャツといったラフな格好をしている。
だけど、今日は普通の女の人みたいな服装だ。
こういう服も着こなせるなんて初めて知った。
そう歩かないうちに目的の喫茶店にたどり着いた。
リースが扉を開ける。
俺も中へと入り、四人掛けの大きめな席に二人でついた。
とりあえずコーヒーを二つ頼む。
オーダーを取った店員は、すぐさま奥へと消えていった。
俺とリースは黙って向き合う。
最初に口を開いたのは彼女の方だった。
「いつぶりだろうね。こうやって幼女攫い君と顔を合わせるのって」
「ジンさんの葬儀ぶりじゃないですか?」
静かに答える。
対するリースはというと頭の上に手を組んで、窓の外を眺めていた。
「そうだね……。あの時は大して話した記憶もないから、すごい懐かしく感じるなー」
「俺も師匠と話すのを懐かしく思ってますよ」
こうして誰かと落ち着いて話をすること自体が久しぶりだ。
パーティーメンバーとの会話は避けていたし、話したとしてもどこか棘のある会話になっていた。
フォースの去り際の会話然り。エリンとの別れの会話然り。
だから『到達する者』以外の人物と会話している、この状況はなんだか嫌いになれなかった。
一応、リースは部外者という立場だからだろうか。少し安心して話せる。
もっと前から、リースに声をかけていれば、何かが変わっていたかもしれない。
そんな後悔さえ思い浮かべていた。
「で、話があるんでしょ? だから、私を訪ねてきたと」
「はい。でも、師匠の方も話があるんでしたよね?」
「うん、そうそう」
「だったら、そっちからでいいですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
リースは外の景色から視線を外さずに言った。
「私ね。冒険者を辞めようと思うの」
――え?
俺は驚きのあまり声が出なかった。
一体何を言っているんだ、リースは?
「ジンが死んだよね?」
「……はい」
俺は唇を噛みしめながら頷いた。
「それで私も考えさせられたのよ。ああ、私にはダンジョン攻略なんて無理だって……」
彼女は自嘲するような口調で、話を続けた。
「暗殺者として最強だったあのジンが死んじゃったんだよ。私の憧れだったあのジンが。それなのに私ごときが、ジンの成し遂げられなかったダンジョン攻略なんてできるわけないじゃん……」
そう告げるリースの拳は、膝の上でスカートの布をぎゅっと握りながらも震えていた。
そうか。彼女も俺と同じく、ジンの死を正しく受け止めきれなかった一人だったんだ。
リースはジンに片想いをしていた。
そんな大事なことを今頃、思い出した。
「私ももう大人だしさ。そろそろ現実を見てもいいのかなって……」
「……現実ですか?」
「うん。ダンジョン攻略って。いや、そもそも冒険者ってあまり全うな職業じゃないでしょ? 命を張って、モンスターと戦って。その対価を貰って。命を切り売りしているようなもんじゃん。そんなのいつまでも続かないのかなって……」
冒険者なんて職業自体、夢追い人みたいなものだ。
真面目にこつこつと働くこともせず、好き勝手して生きていける、理想の職業の代表みたいなものだ。
俺達は理想を見ているようで、実のところ現実から目を背けていたのかもしれない。
「命の危険もなく稼ぎも安定した職についてさ、普通の人生に戻ろうと思うんだ。結婚とかも考えなくちゃいけない歳だしね。いいじゃん平凡な人生で。何かを失い続ける人生よりきっとそっちの方がいいよ」
リースの言い分はきっと正しい。
紛うことなき正論だ。
だけど、心の底ではその正論を認めたくないと思っているのも事実だった。
「ダンジョン探索だって楽しかったよ。でも、楽しさとか、刺激とか、高揚感とか。そういうのはある年齢でおさらばするものなんじゃないのかな? あとは現実と折り合いをつけて。妥協するのが賢い生き方なんだよ。それが大人になるってことなんだよ」
果たして、ダンジョンに挑んで命を落としたジンは、賢くなかったというのか?
大人になりきれなかったというのか?
その発言には文句だって言いたい。
でも、そう話すリースの悟った表情を見て、それが無駄なことに気づく。
彼女の意志は既に固まっている。
冒険者を辞める決意は既に済ませているのだ。
そのくらい、ジンの死は彼女にとって大きいものだった。
俺に話しているのも、相談のためではない。決断を報告しているだけだ。
こうやって、リースの決断を素直に受け入れられない自分は子供なのだろう。
俺はリースにまでいなくなって欲しくないと思っている。
自分の勝手な都合だけで。
「『復讐の戦乙女』のみんなには言ったんですか? 冒険者を辞めるつもりなこと」
とてもやんわりと、リースの決断が挫かれることを願って尋ねた。
大人になったリースには、子供のままの自分の言葉は届かない。
そうわかっていたから、回りくどい引き留め方しか選べなかった。
それでも、彼女は止まらない。
「言ったよ。許可ももう取っている。もう少ししたら、ピュリフの街からも出ていくつもりだったんだ」
「そうだったんですか……」
「出ていく前に幼女攫い君には一声かけていかなくちゃと思っていたけど、君から来てくれて助かったよ」
――ちょうどいいタイミングに来たね、幼女攫い君。
最初にかけられた台詞の意味をようやく理解した。
いつもと違った普通の女性らしい服装も、普通の生活に戻るという決意の表れなのだろう。
よく見ると、いつも携帯していた武器だって見当たらない。
かつてナイフを携えていた腰のあたりにあるのは、動きにくそうなロングスカートの布地だけだ。
彼女は本当に冒険者を辞めるつもりなんだ。
そう実感してしまった。
「ところで、幼女攫い君の話って何だったの? もしかして、私と同じようなこと?」
今度は彼女が尋ねてくる。
今更、この流れで修業を頼むなんてできるわけがない。
俺は咄嗟に噓を吐くことを選んだ。
「そうです。俺も冒険者を辞めようと思って」