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第53話 喪失

 21階層から帰ってきて、十日が経った。


 あの後、俺達は体温を失ったジンの身体を抱えて、ピュリフの街に戻ってきた。

 無理だってわかっていても、ネメは何度もスペルをかけて、傷を治そうと必死になっていた。

 それをフォースがいさめて。言い争いになって。

 いつの間にかそこにエリンも加わって。

 なんか喧嘩みたいになっちゃって。

 ロズリアがそれを咎めて。


 でも、じゃあどうするんだよって。

 仲間が死んだときの対処法なんて、誰もわかるはずがなくて。

 みんな俯いていて、途方に暮れて。


 偶然近くを通りかかったパーティーが事情を察して。

 あれやこれやと冷静な指示が飛んできて。

 彼らの言われるがままに行動して。

 いつの間にか、ジンの身体は棺に納められ、火葬されることが決まっていた。


 瞬く間に事が運んで、その目まぐるしさに頭がついていかなかった。

 ただ、あれをやらなくちゃとか。これもやらなくちゃとか。

 人が死んだ時にやるべきことっていうのは案外たくさんあって。

 その間はジンの死を受け入れる暇もなかった。


 でも、葬儀が終わると途端にやることがなくなって。

 ジンの死について考える時間だけが残った。


 あの時、俺がジンの指示に従わず、ボスの攻撃を引き受ければよかったとか。

 ジンから任せてもらえるくらい俺が強かったらとか。

 それだけを悔やんでいればまだマシだったんだけど。

 怒りの矛先は自然と仲間に向かっていき。

 エリンがちゃんと拘束スペルで悪魔の動きを抑えていればよかったとか。

 フォースやロズリアにも攻撃を受け持って欲しかったとか。

 八つ当たりばっか考えちゃって。

 でも、俺と同じくジンの死を悲しんでいる仲間にそんなこと言えるわけなくて。

 そもそも、そんなこと言ったら、自分の非を彼らに咎められる気がして。怖くて。

 次第にみんなと顔を合わせるのが嫌になって。辛くなって。

 みんなを避けるように、俺はパーティーハウスに寄りつかなくなっていた。


 他のみんなも同じように家を離れることが多くなったのだろうか。

 顔を合わせてないから、そこらへんはよくわからなかった。


 毎日十一時頃に起きる。顔を洗ってすぐに家を出る。

 朝と昼ご飯を同時に済ませ、目的もないまま人気のないところへ行き、落ち着いて腰を下ろせる場所で日が暮れるまでただ時間を過ごす。


 夕ご飯は外で食べる。

 なるべくゆっくりと時間を稼ぐように料理を口に運び、静かな夜の道を帰る。

 パーティーハウスのドアを開けると、一直線に部屋に向かい、風呂と寝支度を簡単に済ませ、布団に入る。


 その繰り返しだ。

 昨日なんて、メンバーの誰とも会話を交わさなかった。


 みんなどうしているんだろう。

 気になるけど、知りたいとは思わない。


 ダンジョン探索は当然のように立ち消えになった。

 誰もダンジョンに潜りたいなんて馬鹿なことは言わなかった。

到達する者(アライバーズ)』での生活の大半を占めていたダンジョン探索がなくなって、俺達は暇になった。

 ダンジョン探索をしないんだから、修業もする必要がない。

 日課だったアーツの研鑽もすっかりやめてしまったから、やるべきことが一つもなかった。


 どうしよう。これから何をすればいいんだろう。何もわからない。

 したいこともないし、すべきこともない。


到達する者(アライバーズ)』は一流のダンジョン攻略パーティーだった。

 たとえ資金不足になっていたとはいえ、当面の生活費には困らないだけの蓄えはある。

 生活費を稼ぐために、働く必要もないわけだ。

 働かず、ただ食べて寝るだけの生活。

 遊ぶ気にもなれないし、気晴らしをする気にもなれなかった。


 幼馴染に別れを告げられた時は、落ち込んでひたすら酒に逃げていた。

 次から次へと頭に浮かんでくる嫌な思考に霧をかけようと、毎日のように酒を飲んでいた。

 ジンが死んだのは、幼馴染の期待を裏切った時と同じくらい、いやそれ以上に辛かった。苦しかった。


 だけど、その苦しさを酒で誤魔化す気にはなれなかった。

 ジンが死んだのは、俺の、俺達の未熟さ故だった。

 ダンジョン探索を甘く見て、ジンに頼り切った俺達全員に原因がある。

 数多の冒険者が命を落とすのがダンジョンだって知っていたはずなのに、自分達だけは大丈夫だろうと高を括っていた。

 そのつけを清算する時がやってきたのだ。

 自分の罪を酒に流して忘れるなんてできるわけがない。


 そんなことしたら、死んだジンに合わせる顔がない。

 だから、酒も飲まず、ただじっと座ってジンの死について考える。

 それだけに費やす。それ以外は何も考えず、ただ毎日を過ごす。

 本当にそれだけだった。




「ノート、今日、夜空いているか? みんなで一度話し合いでもしようと思うんだ」


 起きて、そのまま寝間着から外行きの服に着替えて、外に出ようと玄関で靴を履いていた瞬間のことだった。

 その日は、フォースがリビングから出てきて声をかけてきた。


 俺が部屋から出るのを待っていたのだろうか。

 なるべく誰とも話さないようにと急いで身支度をしていたのに、見つかってしまった。


 正直、話し合いなんてしたいと思わない。

 話し合いをしたところで、何も解決はしない。ジンは帰ってこないんだ。


「すみません。今日の夜は予定があって。また今度にしてくれませんか」


 俺は噓を吐く。予定なんてあるはずもない。


「そうか……」


 フォースは視線を下に向ける。

 話し合いに誘うのを諦めてくれたかと思って、背を向ける。

 そのままドアに手をかけると、後ろから声が続いた。


「なら、いつならいいんだ? いつなら空いているんだ?」


 知るか。そんなの。

 俺だって、いつになったらみんなと話す気になれるのかわからない。

 自分でもよくわからないんだ。


「さあ、どうなんですかね。その時のことはその時になってみないとわからないですから。まだ、なんとも――」


「話す気にはなれないってか」


 俺の拒絶を悟ったのか、フォースは苛立ちを隠さない口調で告げた。


「みんなは参加してくれるってよ。あとはお前だけだ。お前さえ参加してくれれば、話し合いを始められるんだ」


 なんで、こんな時になって急にリーダーらしいこと言うんだよ。

 俺の知っているフォースはもっと頼りなくて、ちゃらんぽらんな人間だったじゃないか。

 パーティーをまとめる気なんてさらさらなくて。自分の好きなことだけをして。

 それがよりにもよって、俺が一番嫌なタイミングで。リーダーぶって干渉してきやがって。


 ジンがいなくなったからか?

 いなくなったから、ジンの代わりにリーダーらしいことをしようって?

 遅いんだよ。だったらジンが生きているうちに、リーダーらしく俺達をまとめて、ジン

の負担を減らしてやればよかったじゃないか。


 怒りを目の前の人物にぶつけたいのは山々だが、そんなのただの八つ当たりだ。

 寸前で怒りを堪え、代わりの言葉を探した。


「話し合いって何を話すつもりなんです?」


「これからのことだよ。このままずっと何もしないまま過ごしているわけにもいかないだろ? だから、みんなでこれからのことを話し合おうと思うんだ」


 正論だ。フォースの言うことは間違っていない。

 いつまでもジンの死を引きずって、逃げ回っている俺よりかはずっと正しいのだろう。


 だけど、これでいいんだ。

 ジンの死を正面から受け止められなくて。無意味で無価値に毎日を過ごす。

 今の俺にはこれが一番心地よいんだ。

 前を向く努力なんて疲れることをしたくない。

 もうちょっとだけ休みたいんだ。


「そうですか。なら、俺は現状維持に一票で。あとは俺を抜いて勝手に話し合ってください」


「そういうわけにはいかないだろ。別にノートが現状維持でいたいって言うんだったら、その意見は尊重する。けど、意見をオレに託して、話し合いに参加しないのは違うだろ」


 しつこいな。俺は誰とも話したくないんだよ。わかってくれよ。


「すみません。そろそろ予定が差し迫っているので。もう外に出ていいですか?」


「それはパーティーの話し合いより大切な用事なのか?」


「どうしてそこまで言わなくちゃいけないんですか。個人的な用事に口を突っ込まないでくださいよ」


「そんな言い方ないだろ」


 フォースは怒りを堪えきれず足を揺する。

 俺はそんな彼の怒りに気づかないふりをして、背中を向けた。


「とにかく話し合いは勝手にやっていてください。俺は不参加で。その代わりみんなの決定には従いますから。どんな結論を出そうと、文句は言いません。それでいいですか?」


 会話を無理やり打ち切って、ドアノブを捻る。

 扉を開けて、逃げるように外へと出た。

 脇目も振らず、パーティーハウスから距離を取るように足早に歩いていく。


 目的地はない。ただどこか静かな場所へ。

 そう願って、俺はいつも通り、意味もなく時間を浪費することに決めた。


 だけど、俺の知らないところで状況は着実に変化していて。

 そのことに気づいたのは、夜遅くパーティーハウスに帰ってきてからのことだった。


 その日、エリンからフォースが『到達する者(アライバーズ)』を去った旨を伝えられた。


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