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第50話 21階層

 金銀、魔道具、叡智。

 地上では手に入れられない宝の数々を秘めている閉鎖空間。ダンジョン。

 誰も最奥まで到達したことのないその未開の地は、人々を興味という見えない力で引き 寄せる。


 夢や希望、はたまた欲望や打算など、大小、公私を問わない様々な理由で冒険者達はダンジョンに挑まんとする。

 そのようなダンジョン攻略を目論む無数の冒険者の中で、最も偉業に近いとされているパーティーの一つが、俺の所属する『到達する者(アライバーズ)』だ。


 現在、このパーティーでは次の攻略目標である21階層の探索の打ち合わせを行っていた。


「さてどうする? まあ作戦会議って言っても、21階層の情報がなんにもないんだよね。この前さらっと見てきたけども、特に何かあるわけでもない、普通の階層って感じだったし」


 みんなの意見を代表して、議題がないことを示してくれたのは、このパーティーにおけるまとめ役。

 最年長にして、落ち着いた大人の風格が漂うジンである。


 ジンの言う通り、この前、『到達する者(アライバーズ)』は20階層の攻略後、軽く十分くらい21階層を見て回った。

 その時の個人的な感想といえば、拍子抜けといった感じだった。


 21階層から先は深層と呼ばれ、それまでの階層とは一線を画しているのではないかとされていた。

 しかし、蓋を開けてみると、モンスターの気配も感じられない、特別なギミックも見つからない、といった様子だった。


 様相として、一番似ている階層を挙げるなら20階層になるだろう。

 21階層もぱっと見は遺跡のような装いをしていた。


 もちろん雰囲気までもが同じというわけではない。

 20階層が未知の古代遺跡なら、21階層は怪しげな悪魔を祀った宗教的遺跡といったところか。

 全面が黒で統一された壁や柱には怪物の顔を模した文様がところどころに描かれていた。

 悪魔の偶像などが点在して見受けられたのも特徴的だった。


 けれども、火山や雪山、天空に浮かぶ島や空を泳ぐ魚が存在する階層を見たことがある身としては、インパクトに欠けるというのが正直なところだ。

 悪魔っぽいモンスターなら、1階層にだって出現する。


 と、自分はそのように考えているのだが、全く異なる考えを抱いている人物もいるらしい。

 その人物の筆頭こそ、うちのパーティーの神官、ネメ。

 お化けとかその他諸々が苦手な、実年齢以外は全て幼いドワーフの女性である。


「どこが普通の階層です⁉ 悪霊とか出そうだったです⁉ 怖かったです!」


「ボクが言っているのは、そういう意味じゃなくてね……」


「ならどういう意味です⁉ ジンは怖くなかったですか⁉」


「まあ、怖くはなかったよね」


 ネメの取り乱しように、ジンは困ったように頰を搔いていた。

 誰もが彼とは同意見かと思いきや、意外な人物が声をあげた。


「怖いわけではないですけど、わたくしもあの階層は好きになれませんね。なんか、空気が澱んでいません? あそこにいると気持ち悪くなってきそうです」


 ネメに助け舟を出したのは、まさかのロズリアであった。

 その美貌と立ち振る舞いから、数多のパーティーを崩壊に導いてきた彼女らしからぬ発言だ。

 いつもなら、平然としているか、か弱い乙女アピールをしていそうなところだが、今はそういったふざけた感情は見受けられない。

 彼女なりにあの階層に何か感じるものがあったのであろうか?


 問いただそうと口を開きかけると、先に割って入ったのはフォースだった。


「じゃあ、行くのやめるか。21階層」


「おい」


 彼がロズリアに対して甘いのはいつものことだ。

 思わずため息が漏れ出る。

 これがパーティーのリーダーだというのだから驚きだ。


 かわいい女の子に目がなく、過去には女に絆されて脱退しかけた男。

 それがフォース・グランズである。


「行くのはやめにしないけどさ。エリンは何かそういう違和感を覚えたかい?」


 ジンから話を振られたのは、このパーティーの魔導士、エリンである。

 彼女は案の定、普段通りの手厳しい視線をロズリアに向けていた。


「私は何も感じなかったわよ。どうせこの媚売り女が、自分か弱いですアピールしているだけでしょ」


「媚なんて売ってませんよ。酷いです。ぐすんっ。ねえ、ノートくん。エリンさんが虐めてきました」


「ほら、そういうところを言ってるのよ、私は! ほら、そこくっつかない! ノートから離れなさいよ!」


「わたくしからくっついているように見えて、実はノートくんの方からくっついているという逆転の発想は――」


「ないからね。とりあえず、話が進まないから離れてよ」


「ノートくんが言うなら仕方ないですね。とは言っても、話し合うことなんてあるんですか?」


 と言いながら、すごすごと引き下がるロズリア。

 その言い分も一理ある。

 せっかく時間を取って話し合いを設けたが、肝心の議題が尽きつつあった。

 21階層の情報が少なすぎるのだ。

 こんな感じで作戦会議が締めくくられるのは毎度のことだ。


「では、次の階層についてもう話し合うことはなさそうなので、今日の夕食メニューにつ いて話し合いましょう」


「その案、賛成!」


「ネメも一票入れるです!」


 ロズリアの能天気な発言に、フォースとネメが反応する。


「私も今日のメニューを考えるのに困っていたし、そうしましょう」


 しかもエリンまでもがその案に乗ってきてしまった。


「わたくしの希望は豚の丸焼きです」


「もうちょっと作るの楽な料理にしてくれる?」


「じゃあ、シーサーペントの姿煮で」


「そうそう。ちゃちゃっと作れるシーサーペントの姿煮がいいわね――ってシーサーペントの姿煮って何? 料理の種類としてそんなもの存在するの⁉」


「おっ、こてこてのノリツッコミ来たな」


「フォース、うるさい! した方もちょっと恥ずかしいんだから、あまり触れないでよ!」


「46点のツッコミです!」


「ネメは地味に傷つく得点つけないで!」


 とまあ、いつも通り雑談タイムに入り込んでしまうわけで。

 さっきまで話を仕切っていたジンが気を悪くしていないかと、ちらっと目を向けると――。


「ボク的には今のノリツッコミ好きだよ」


「そういう優しいフォローが一番いらないのよ!」


 あっ、この流れに乗るんですね。






 ***






 転移結晶から出ると、虚ろで薄暗い空間が広がっていた。

 21階層。現行の冒険者が誰も到達したことのない、深層の始まりだ。


 ここから見えるのは、列をなしてそびえ立つ柱のみ。

 天井は目視できず、柱は天まで届くかのごとく伸びていた。

 空には不気味な紫色の太陽が照っている。

 視界は良好とはいえないが、数メートル先までは見渡せる状態だ。

 慣れない色の光源なせいか、目がちかちかする。

 空気中に薄い膜が存在しているような視界だ。


 床は黒一色で、大理石のような光沢を持っていた。

 一歩踏み出す度に足音が静寂の中に響いていく。


「とりあえずは前回の様子見で通ったルートに沿って行きましょうか。途中からは知らない道になると思いますけど」


 パーティーにおいて、ルートを決めるのは【地図化(マッピング)】スキルを持つ自分の役目である。

 脳内には、前回行動したルートの半径1kmの地図が浮かび上がっている。


「それでいいと思うよ」


 パーティーの意思決定を司るジンが頷いたことで、21階層の探索は始まった。






 三体の黒きガーゴイルに囲まれた。

 先程まで、道端の銅像だったそれは突如生物となって、牙を剝いてきた。


 すかさずジンが目の前の一体に狙いを定めて、刺突を繰り出す。

 が、黒い剣戟は敵の上腕部を軽く削るのみに留まった。

 どうやら見た目以上に身体は硬いようだ。


 

辺りを確認すると、ロズリアが一体を《脚光(ライトアップ)》で引きつけていた。

 もう一体はフォースが向かい合っている。

 エリンとネメは三人の内側に隠れていて、比較的安全なポジション取りを行えていた。


 近くには他のモンスターの気配はない。今は包囲されている状況だ。

 ここは逃げるよりも、殲滅の選択肢を取るべきだろう。


 となると、自分がすべきは敵を一体受け持ち、手が空いた一人を他の場所に回させ、火力が集中する状況を作ることである。

 誰の場所と取って代わるかという問題だが、この場合はターゲット管理アーツを持たないフォースのところが最適だろう。


 彼の前の個体に《殺気》を放ち、注意をこちらに向ける。

 その瞬間、ネメが持続回復スペルを展開した。

 これで《偽・絶影》の発動準備も整った。


 一息でギアを上げ、フォースの背後から駆け抜ける。

 そのままガーゴイルの横を過ぎ去っていき、敵の注意を無理やり奪い取った。


 ガーゴイルから放たれた三連の刺突を、上半身の動きだけで躱す。

 身を屈めると、背中の上を三叉槍が通り過ぎていく気配がした。

 右足で《離脱(ウィズドロー)》を二発放って、距離を取る。


 力を溜めていた左足で進行方向垂直に《離脱(ウィズドロー)》を発動すると、さっきまでいた場所は黒炎で包まれていた。

 ガーゴイルのブレスである。


 その一秒にも満たない間で、横目ながらフォースの立ち位置を確認する。

 大丈夫だ。ジンの下へ向かっている。

 こちらは俺一人で充分だと判断して、相手を任せてもらえたということだ。


 ガーゴイルが持つ三叉槍の先端から魔力の気配が迸る。

 空気が弾けると、雷撃が奔った。


 目についた柱に跳びかかり、《登破(クライム)》で駆け昇る。

 重力を引きはがすように走り、追ってくる雷を振り切らんとする。


 雷撃は背後から距離を詰めてきていた。

 重力に逆らった状態では速さ勝負では勝てなそうだ。

 でも、問題ない。予想の範疇だ。


 雷撃を自身の寸前まで引きつけ、そこで一気に両足で柱を蹴り上げた。

 自身の肉体は宙を舞うように空中に弧を描いていき、雷撃の上を通過していく。

 両手で着地。そのまま身体を丸め、落下の衝撃を受け流す。

 上手く転がることはできたが、右手に違和感。

 どうやら、着地の衝撃を100%はやり込められなかったようだ。


 しかし、ガーゴイルの槍捌きを二、三発躱すと、違和感は消えてなくなった。

 その後、数秒間、敵の猛撃をいなしていると、僅かな異変が脳に警告を与える。


 身体がいつもよりも軋む。

 なんだ?《偽・絶影》の反動か?

 そんなわけはない。 反動はネメの《恒常回復(ハイ・リジェネレート)》で打ち消されているはず――。


 そこまで考えて、異変の正体に気がついた。

 ネメの《恒常回復(ハイ・リジェネレート)》の効果がいつもより薄い。

 手首の違和感だって、治るのにいつも以上の時間がかかった。


 推測を確信に変えようとフォースに目を向ける。

 彼も自分と同じく、妖刀による継戦ダメージを受けているはずだ。

 先入観があるせいか、普段より身体を侵食している黒炎が広がっているように見える。


 目の前の敵に視線を戻そうとしたところ、不意にロズリアの戦闘風景が目に入った。

 防御スペル、《不落城壁》が雷撃を纏った刺突に破られていたところだった。

 即座にエリンの援護射撃が入って、ガーゴイルは跳び退く。

 難は逃れたが、結構危ない状況だったんじゃないだろうか。


《不落城壁》は聖騎士系の最高クラスの防御スペルだ。

 21階層のモンスターが強いというのはあるが、そう簡単に破られるものじゃない。


 となると、《不落城壁》の効果まで弱まっているということか?

 てっきりネメの調子が悪いのかと勘ぐっていたが、二人もとなると不自然だ。

 もしかして、スペルやアーツが弱体化しているのか?


 いや、《偽・絶影》の技の切れ具合は絶好調だ。

 少なくとも、俺のアーツに異変があるということはない。

 問題があるとすれば、反動が持続回復スペルで庇いきれていないことくらいである。


 すると、考えられるのはスペルだけにデバフがかかっているという可能性だ。

 推測を確かめるのにはエリンの魔法を見るのが一番だ。

 ガーゴイルの追撃をやり過ごしながら、隙を見て、様子を窺う。


 ぱっと見た感じでは、エリンのスペルは問題ないように思える。

 残った結論としては、ネメとロズリアのスペルのみが阻害されているという可能性だった。

 二人に共通する点。それはどちらとも聖職系戦闘職(バトルスタイル)であるということだ。


 ふと、 19 階層でのネメとの会話が思い起こされる。

 魔導士と神官や聖騎士では、スペルを発動する工程に差があるらしい。

 魔導士は『魔力を変換する』が、神聖術師は『魔力によって御業を堕とす』とのことだ。

 原理が違えば、エリンのスペルが衰えず、ネメやロズリアのスペルだけが減弱する理由にも納得できる。


 そうこう考えているうちに、ジンとフォースの組は割り振られたガーゴイルを倒したようだ。

到達する者(アライバーズ)』のアタッカー二人で対処すれば、21階層のモンスターであっても押し切れるらしい。

 フォースはそのままロズリアの援護に入り、ジンはこちらのサポートに回ってきた。


 正直、まだ一人でやれそうだったが、無理に命の危険を冒す必要もない。

 ターゲットを 持ち回りして時間を稼ぐことにした。


 しばらくすると、フォースとエリンとロズリアがガーゴイルを処理し、残った個体は六人で一斉に葬った。



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