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第5話 初めてのダンジョン


「よし! じゃあ、今からダンジョン行くか!」


 フォースが衝撃的な発言を放ったのは、俺が自己紹介を終えてすぐのことだった。


「えっ、今からですか⁉」


 心の準備も、装備の準備も、実力的な意味での準備もまだなんにもできていない。

 この街に来てまだ一日も経っていないのにダンジョンに潜ることになるとは思わなかったし、武器や防具だって安物のいかにも底辺冒険者に相応しいといったものしか身に着けていない。

 剣の腕だって、そこらへんの森に出てくる雑魚モンスターですら一人で倒せないほどなのだ。


 そんな俺が用意もせず、一流冒険者が容易く命を落とすようなダンジョンに潜るなんて無理でしょ。死ぬって。


「だって、新入り――ノートって言うんだっけか? の【地図化(マッピング)】が本当にダンジョンで使えるか試さねえといけねえだろ? 一応、ジンの考えは仮説なんだから」


「確かにそうね……。でも、今日は遅いことだし、明日にしたら?」


 エリンは今からダンジョンに行くのが面倒と言わんばかりに、椅子の背もたれにだらんともたれていた。

 フォースはエリンの態度を気に掛ける様子もなく続ける。


「1階層に行くだけならすぐに帰ってこられるだろ。ノートの【地図化(マッピング)】が使えるかどうかは重要な問題だし、早めに解決しておこうぜ」


「わかったわ。夕食の時間までにぱっと行って帰って来るわよ」


 フォースの提案に納得したのか、エリンは両腕を掲げるように伸ばしながら立ち上がる。

 俺以外のメンバーも彼女に続いて席を立ち始めた。


「待ってください! 大丈夫ですか、俺? ダンジョンに入っても? 前に冒険者をやっていたといっても、全くというほど戦えないですし……」


 俺の不安をよそに、ダイニングを去ろうとしていたジンは微笑みながら振り返った。


「大丈夫。そこは心配いらないよ」


 なにが大丈夫なんだ? 一体……。


 こうして俺の初めてのダンジョン探索は、なんの心構えもないまま唐突に決定されるの であった。






 ***






 ピュリフの街は野生のモンスターが中に入り込まないよう、周囲を壁で囲われている街 である。

 壁には魔術的な施しがしてあり、並大抵のモンスターでは破れないようにできている。

 その魔術的な施しとやらは街にいる住民から微量に魔力を徴収することで賄っている。

 魔力の徴収はその他にも、水や電気などのライフラインの供給にも役立っている。

 よって、住民が多い街の方がより良い環境かつ安全性も高いというのが一般的な現状だ。


 そんなピュリフの街の壁にある門のうちの一つ、南側にある門は通称としてダンジョン門と呼ばれている。

 この門がそう呼ばれているのは、潜ってすぐさま右手側にピュリフのダンジョンの入り口が見え、ダンジョンに潜る冒険者が決まって通る門だからである。


 俺達、『到達する者(アライバーズ)』も例のごとくダンジョン門を通り抜け、街の南西に隣接するダンジョンの入り口までやってきた。


 ダンジョンの入り口は苔が蔓延る石造の建物の中に存在した。

 どの時代に造られたのか想像もつかないほど、古めかしくて威厳のある建物の内部は、 だだっ広い一つの大きい部屋しかなく、中心には人間大の透明な結晶、奥には建物の材質と同じような石でできた扉があった。


 この扉の先こそが、ダンジョンの入り口であり、ダンジョンの一番浅い層である1階層 に通じている。

 中心にある結晶は転移結晶というものであり、これを使えばダンジョン内の一度訪れた ことがある階層の転移結晶まで行き来できるようになる。


到達する者(アライバーズ)』のメンバーは全員15階層まで到達したことがあるらしいので、そこまでは転移で移動できるが、俺はダンジョンに足を踏み入れたこともないので1階層からコツコ ツ進まなくちゃいけないとのこと。


 つまり、『到達する者(アライバーズ)』は俺が新しく入ったことで一からダンジョンを攻略していくことになるということだ。

 そのデメリットを考慮しても、マッピング要員を入れた方が、最終的にダンジョン制覇が早くなるという判断を、ジン達は下したのだろう。


 ダンジョンの1階層に通じる扉は、開けると靄みたいなのがかかっていて先が見通せないようになっていた。

 これから初めてのダンジョン探索ということで緊張し、扉の前で立ち止まっているとドンっと強く身体を押される。


「うわっ!」


 バランスを崩して、前に二、三歩、たたらを踏む。

 体勢を戻し、前を向くと、そこには薄暗くて狭い空間が広がっていた。


 横に目を向けると、手の届くか届かないかの距離に岩肌があった。

 もう一度前を向くと、薄暗いなかに黒い輪郭が浮かんでいて、どうやらその先に進めそうだ。


 この場所を俺の知っているものと照らし合わせたとき、一番似ているのは洞窟の中といったところか。

 肌に感じる冷たさや匂いが、ミーヤとよく遊んだチャングズのそばにあった洞窟を思い 出させる。

 あの頃は楽しかった。何をしてもミーヤが隣にいて――。


「って、フォースさん。いきなり押さないでくださいよ!」


「お前があんなところで立ち止まってるから悪いんだろ? ビビッてないでさっさと先に進もうぜ」


 まあ、確かにビビッてたけども……。

 押さなくてもいいじゃんか……。


「それより【地図化(マッピング)】はどうだったんだ? ちゃんと使えたか?」


「はい、大丈夫そうです」


 脳内にはしっかりと周囲1kmの地図が浮かんでいた。

 現在俺達がいる小路は進む先で無数に分岐し、この階層はアリの巣のように複雑に作られていることがわかる。


「よかったな」


 フォースは素っ気なく言う。

 ジンは喜びを分かち合うように肩を叩いてくれた。

 ネメもハイタッチをしようとして、途中で気が引けたのか手を下ろしてしまった。人見知りの壁はまだ解消されていないみたい。

 エリンは大して興味がないように一瞥しただけだった。


 それぞれ対応に格差はあったものの、その反応はどれも温かく感じられた。

 だって、それは俺がこのパーティーにいてもいいという証明なのだから。

 新しい俺の居場所である。


地図化(マッピング)】が使えるかどうかを確かめるために1階層を訪れたわけだが、どうせここまで来たのなら1階層を突破して俺の到達階層を進めてしまおうということになった。


 全ての階層において、前の階層からの扉を抜けてすぐの入り口のところに転移結晶は存在しているらしい。

 今回の探索の目標は2階層の転移結晶まで俺を連れて行き、次からの探索では2階層から攻略を開始できるようにしようとのことだ。


 薄暗い道の中、ジンを先頭に、ネメ、俺とフォースが並んで、最後にエリンという順で進んでいく。

 これはフォーメーションでもなんでもなく、ただ各々が適当に歩きだしたらこうなったというだけである。

 一応、ジンは最短ルートが記されている市販の1階層の地図を見て、道案内をしながら 進んでいるので完全に適当というわけではないと思うが……。


 それにしても緊張感がないよな、このパーティー……。

到達する者(アライバーズ)』は一流のパーティーだ。

 噂ではそう聞いている。


 でも、実情を見てみると、「あれ?」と首を傾げる部分が多々あった。

 ネメはご機嫌な様子で鼻歌を歌って歩いているし、フォースはエリンのことを茶化しては杖で殴られている。


 俺は本当に、あの並みの冒険者達がこぞって恐れるようなダンジョンに来ているのか不安になってきた。

 ブロードにいた頃に臨時で入れてもらったパーティーの方がまだしっかりしていた。


 辺りを見回す。

 名前も知らない謎の水色の鉱石がところどころ岩壁に埋まっていて、洞窟内を絶妙な明るさに保っている。


 歩く分には問題ないけど、先は見通せない。

 目に映る光景も、今のところは全然ダンジョン感がない。

 光る鉱石なんて地上にある洞窟にだってあるし、曲がりくねった道だって特段違和感はなかった。


 でも、スキルによって脳内に浮かぶ地図に意識を向けると、やっぱりここはダンジョンなんだなって思い知らされる。

地図化(マッピング)】は周囲1kmの情報を地図として記憶するスキルだ。その1kmには上下も入っていて、地上にいる際は地下になにかがあればその情報が入ってくる。


 ただ、今映る地図の上下は空白だ。

 なにもない。2階層も、地上の様子だって窺えない。


 これが、この世の理の外ということなのだろう。

 おそらく、各階層は断絶された空間上にあるのだ。


「みんな止まって。そこの右側に分かれる道から敵が来ている。《索敵》に反応があった。数は六。特段強いモンスターはいなそうかな」


 ジンは不意に手のひらを向け、パーティーの足取りを制した。

 対する他のメンバーは、ジンの指示を得て、即座に武器を構え戦闘態勢に入る。


 ――というわけではなかった。


 ネメはまだ鼻歌を歌っているし、エリンは欠伸を堪えていた。


「あの……大丈夫なんですか? 戦う準備しなくて……」


「ああ。別に1階層に出てくるモンスターなんて大したことないからな」


 フォースは足を止めずに進んでいく。


「オレがやるから、お前らは出てこなくていいぞ」


 手をひらひら振りながら、ジンを抜かす。

 ジンは了承したのか、その場で立ち止まりフォースを先行させた。


 暗闇の中から人影が現れてくる。一人、二人と。

 俺より首一つ分くらい高い。横にも太い。

 手に当たる部分の影が伸びている。武器を持っているのか?


 距離が接近し、影が鮮明になる。

 あれは人じゃない。

 角だ。角が生えている。左右非対称の。

 牙だってある。目の鋭さだって違う。



そもそも、肌の色が人間とは異なっている。

 結晶から照らされている水色の光のなかでは正確な色はわからないが、少なくともあれは白や肌色、黒ではない。

 赤とかに近い。


 鬼みたいだ。というか鬼そのものだ、あれは。

 フォースはまるで散歩でもするかのように槍や斧を構えた六匹の鬼に向かって、そのまま進んでいく。

 武器も握っていない。


「――ッ」


 自分の息を吞む音が聞こえた。

 それと同時に。


 シュッ――。


 六匹の鬼達の、一寸もズレのない空気を切り裂く音、完璧にも近い奇襲がフォースをなぞった。


 いや、違う。正確に言うなら、フォースがいた地点を、だ。


 彼は先にいた。俺達から見て、鬼の向こう側。武器を未だ抜かず佇んでいた。


 しかし、背を向けた鬼達はまだその存在に気がついていない。

 ついてこれてないのだ。彼のスピードに。武器を使わずに躱したという事実に。


 あの場にいたのが俺ならば確実に殺されていた。

 なにもわからないまま、頭を叩き割られ、胴を貫かれていただろう。

 そのくらい完璧な奇襲だった。

 冷汗がこめかみを伝う。


 ダンジョンの恐ろしさとフォースの実力。

 二つを目の当たりにした瞬間だった。


「あれは【心眼】スキルのおかげだよ。ほぼ全ての攻撃を見切ることができるようになるスキルだ。そして、フォースが持っているスキルのもう二つは【魔法耐性・大】と【剣術・極】だね」


 フォースの動きに目を奪われているうちに、ジンは俺の隣まで下がっていた。


「【剣術・極】――」


 ジンの言葉に思わず反応してしまった。


 ――極。


 ミーヤが持っていた【弓術・極】と同じ、武術系最高ランクのスキルだ。


「行くぜ――」


 フォースは腰に差していた二刀のうちの一つ、白い鞘をした刀の柄に手をかける。


 そして、抜いた。煌くような銀色の刀身があらわになる。


 一瞬だった。

 剣閃というには細すぎて、しなやかな線が鬼をなぞる。


 残ったのは、刀の軌跡と六匹の死体。

 正直、初めてだった。あそこまでの高みを目にしたのは。


 そして、フォースの刀は、鬼達の命をほふるだけでは飽き足らず、俺の心の大事ななにかを抜き取った。

 一瞬で届かないとわかってしまった。


 彼の実力は同じ極スキルを持つミーヤを凌駕していた。

 彼女の実力が発展途上だとすれば、フォースの実力は完成されていた。


 惹かれた。憧れた。羨んだ。悔しかった。

 ミーヤの戦いをただ眺めているだけだった一年前の感情が舞い戻る。


 ただ、一つ。一つだけ一年前と違ったのは慣れていたことだ。

 その感情に。絶望に。


 だから傷は少なかった。心は折れなかった。

 まだ大丈夫。俺はまだやれる。






 ***






 一時間以上歩いたのであろうか。

 俺と『到達する者(アライバーズ)』のメンバーは1階層のボス部屋までたどり着いていた。

 道中、度重なる分岐点があったが、迷うことなく最短ルートを通れたため時間はそれほどかからなかった。


 ジン曰く、ピュリフのダンジョンは6階層までは探索されつくしているらしい。

 冒険者達がスキルを使わずに描いた完璧な地図が街では売られている。


 7階層からは一部の冒険者しか進めず、市場に出回っているのは最短ルートだけを描き起こした地図ばかりだ。

 これより正確なものとなると、パーティーが独自に作った地図だけになるとのことだ。


 ボス部屋前で一息ついた後、先に進もうとフォースは扉に手をかけた。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 エリンが声をあげた。床に置いていた杖を拾い、フォースへ歩み寄る。


「あ? なんだ?」


「あなた、ボスも一人で倒しちゃう気? いいとこ取りしすぎよ。私達にもちゃんと戦わせなさい」


「おい。お前の方がいいとこ取りしようとしてるだろ。雑魚モンスターはオレに任せておいて、ボス戦になったら出てくるとかズルいわー」


「フォースに任せたつもりなんてこれっぽっちもないんだけど……。勝手に戦っていただけじゃない」


「なんだと?」


 扉の前でにらみ合う両者。どちらも引く様子はなさそうだ。

 確かにエリンの言い分もわからないことはない。

 これまでの道中で出会ってきたモンスターは全部、フォース一人で片付けていた。


 おかげでフォースが強いことは嫌というほど思い知ることができたが、他のメンバーの 実力が気になるところだ。

 フォースくらい強いのか、そこまでではないのか。それとも、フォースより上なのか。

「俺も、他の人が戦っているところ見てみたいですし……」


「わかったよ。勝手にしろ。その代わり、オレは一切手出さねえからな」


 フォースは渋々納得したようで扉から離れていった。

 そのままの勢いで神官のネメに「暇だし、しりとりでもやろうぜ」と誘っていたが、「嫌です……」と普通に断られていた。


 フォースは俺の方へ目を向ける。

 俺もしりとりはやらないです……。


 不思議な模様をした扉をエリンが開ける。

 分厚い扉だから、てっきり開けるのに苦労するかと思ったが、そんなことはなさそうだ。

 すんなりと開いた。


 扉の先では、俺達が最初に出会ったモンスターである鬼が十匹以上、その鬼と色や身体つきが似ているが数回りも巨体の大鬼が一匹、何度も道中で見かけた翼をはためかせた悪魔が数匹待ち構えていた。


 このなかで、初めて目にするのは大鬼だけだ。

 多分、あいつがボスモンスターというやつなんだろう。

 オーラっていうか、圧が一匹だけ違う。


 扉が勝手に閉まっていく。

 俺達はエリンに続くように部屋へ駆け込んだ。


 ドッと扉の閉まる軽い音が響くと同時に、エリンが掲げた杖の先が光った。


「《黒雷》っと!」


 黒き轟雷が右端にいた悪魔に吸い付くよう向かう。

 雷の先端が着弾したと思った瞬間、エリンは掲げた杖を大きく左へ薙なぎ払った。

 杖の動きに合わせるように雷は広がり、モンスターを焼いていく。


 ――スペル。


 魔導士などの戦闘職(バトルスタイル)が使う、魔力に依存した奥義。

 一般的に魔法とも言われている。


 一年間冒険者としてやってきて様々なパーティーを渡り歩いたが、これほどまでに豪快に、破壊力のこもったスペルを放つ魔導士は初めて見た。

 本来、魔導士っていうのはもっとこぢんまりとしたスペルを放つものであり、あんな無茶苦茶に威力をこめたスペルを撃ったら、一瞬で魔力が尽きてダウンしてしまう。


 それなのにエリンは軽く笑いながら前を向いて立っている。

 彼女も規格外の一人だった。


 雷撃は天井、地面、壁に当たり、周囲を破壊しつくす。

 粉塵が舞い、雷が焼き払った跡は白に覆われた。


「こんなもんね」


 振り返ろうとエリンは一歩下がった。

 その瞬間だった。煙から現れる影があった。

 悪魔だ。生き延びた悪魔が数匹、飛び出してきた。


「エリン、適当にスペル撃ちすぎだろ。後ろにいたモンスターに全然当たってなかった ぞ」


【心眼】で見切ったのか、フォースは両手を頭の後ろで組みながら言った。


「えっ……ちょ、ちょっと誰か止めて!」


 自慢げな表情を一転させ、エリンは焦っていた。


「タンクいないの忘れていたわ! やばい! これまずい! フォース!」


 慌てふためきながらも、突撃してくる悪魔を一体ずつ丁寧に雷で撃ち落とす。


 しかし、煙が晴れた先には大鬼までいた。

 体表がところどころ焦げているが、それでもまだまだ健在だった。

 前には黒焦げになった死体がたくさんある。

 鬼達だったものだ。


 おそらく大鬼は鬼達に守られて致命傷を避けたのだろう。

 これはエリンの言う通り、大変まずい状況なのではないだろうか。


 それでも、隣にいるフォースに焦りは見られない。

 それどころか――。


「悪りいな、エリン。オレは一度決めた約束は守る男なんだ。手は出せねえ」


 悔しそうに床を叩いていた。

 どう見ても演技だ。ふざけている。


「こんなところで男見せなくていいから! ピンチな女の子を見捨てる方が男として失格 だから!」


 ツッコミながらも淡々とモンスターを処理していくエリン。

 なんだかんだいって仲良さそうじゃん、この二人。


 しかし、エリンの努力もむなしく、二匹の悪魔がこちらまで迫ってきた。

 そのうち一匹をスペルで焼き、もう一匹は――。


 漆黒の影によって切り裂かれた。

 翼が落ち、三つ切りにされた胴体が地面を滑る。


 それが、たった今、手の届くところにいたはずの、ジンによるものだと理解するのに数秒かかった。


 影は流れるように着地し、駆けていく。

 向かう先は大鬼。

 黒き蛇のような軌跡を描き迫っていく。


 対する大鬼も即座に反応した。

 手にした棍棒でジンを殴りつける。

 それは殴りつけるというよりも叩きつけるといった 方が正しいような威力だ。


 ジンは右手に握っていた黒いダガーを逆手に持ち替え、容易く受け流す。

 ひゅいっ、といった擬音が相応しいかのように。


「今……ジンさんのダガー動きませんでしたか……?」


 動いたのだ。確かに。錯覚とかじゃない。確実にダガーの刃が動いた。

 理解できない光景に、思わず疑問が口から漏れ出る。

 隣にいたフォースは笑いながら答えた。


「あいつのスキルだ。【形状変化・鉱物】っていう、鉱物でできた物質の形を変化させる力がある。それを使ってジンは、ダガーを自由自在に操って戦うんだ」


「そんなことって可能なんです?」


 形状変化系のスキルは、ものづくりに関わる職に就く分には優秀なスキルだ。

 それこそ、【形状変化・鉱物】なんて鍛冶職や採掘業でなら崇めたてられる。


 でも、冒険者になるには向いていないスキルと言われている。

 戦闘にはあまり使えないとされているスキルだからだ。


 俺がフォースに質問している間にも、ジンの右手から伸びる黒い刃は大鬼の連打をいなし続け、攻撃の隙間を縫って巨体を切り裂いていく。

 ジンの刃は生きていた。

 生き物より生き物じみた蠢きをみせている。


「ジンはオレやエリン、ネメに比べたら強力なスキルを持っていない。だけど、有り余る経験と踏んできた場数、潜ってきた死地の数があいつにはある。だから生産職向けのスキルを一級の戦闘スキルとして仕立て上げられる。やっぱ、すげえよ。あいつは……」


 大鬼は決して弱くなかった。それでも、ジンにかかれば一瞬だった。

 身体中におびただしいほどの傷を携えた死体だけが残った。


 フォースは、ジンの力は経験と場数、歩んできた死地の数によるものだと言っていた。

 なら果たして、俺がジンほどの力をつけるにはどれだけの経験、場数、死地を潜りぬける必要があるのか。

 その答えが、俺には皆目見当もつかなかった。


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