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第41話 二人の尾行者?

『――10 : 20

 ジン、パーティーハウスから出る』


 ペンが紙の上を走る音を横に、俺は問いかける。


「ロズリアって、結構形から入る方なんだな……」


 キャペリンハットを深く被り、サングラスに灰色のロングコートを着たロズリアがメモ帳に文字を書いている。

 ご丁寧にウィッグまでつけており変装は完璧だ。

 不審者に見える 点を除けばだけど。


「人生で一度あるかないかの尾行する機会なのですよ。ここは本気でやらなくては!」


「熱い意気込みだけは素直に認めるよ……」


 逆にその目立つ変装はなしだと思うけど……。


 ちなみに俺が現在いる場所はまさかのロズリアの部屋だ。

 二人でベッドに膝立ちになり、窓枠に手をかけていた。


 窓からはジンの姿が窺える。

 彼はこちらの視線に気がついていないようだ。

 特に変わったところもなく、街の中心へ続く道を歩き出している。


 窓から目を離し、部屋の中を見渡すと、「やっぱロズリアも女の子なんだなー」とか「何、あの高そうな宝石とアクセサリー!」とか「うわっ、ベッドから超いい匂いがするんだけど!」とか、そんな感想しか浮かんでこなかった。

 我ながらしょうもない感想だと思うのだが、女の子の部屋なんてそうそう入る機会があるものじゃないし、仕方ないだろう。


「じゃあ、行きましょうか!」


 同じく、窓の外を覗くのをやめ、立ち上がったロズリア。

 すぐさま俺は彼女の腕を握り、制止する。


「えっ⁉ 行かないのですか?」


 俺のいきなりの行動に驚いたようだ。ロズリアの声がうわずる。


「もうちょっとここにいない?」


「遂にノートくんがその気になってくれましたか!」


「その気ってなんだよ……」


「それはもう……わたくしの口から言わせるなんてエッチなんですから……」


「やっぱりそういうことかよ! 違うから! もう少し距離をあけてジンさんを尾行しようってことなんだけど……」


「今の確信犯ですよね! わざと思わせぶりなこと言って、わたくしに勘違いさせようとしていませんか!」


 ロズリアが深読みしているだけだ。

 というか、今のロズリアにいやらしい気持ちなど抱くはずもない。

 鏡を見ろ、鏡を。すごい服装してるからね。

 そんな不審者に欲情するほど、俺のストライクゾーンは広くないから。


「でも、早く追いかけないとジンさんを見失っちゃいますよ?」


「見失ってもいいんだよ。むしろ、ずっと見ている方が気づかれると思うし」


「でも、それでは尾行が成立しませんよ」


「その点は問題ないから。《索敵》と【地図化(マッピング)】を使えば半径1㎞以内ならジンさんの動向は探れるから、今回はそれと《隠密》を使って尾行しよう」


「ノートくん……ストーカーにぴったりな技術ばっかり持っていますね……」


 うるさい。そもそも、盗賊職にそういうアーツが多いのがいけないのだ。

 あと、覚えるアーツを選んだジンが悪い。

 自分でこのアーツを好きで身につけたわけじゃないんだし、ストーカー気質とかないからね。




『――10 : 40

 ジン、ダンジョンギルドに入る。

 ノートくんと二人でカフェに来ています!』


「後ろの文いる?」


 丸いテーブルを挟んで向かいに座っているロズリアに問いかける。

 彼女は猫背になりながら、メモを書きこんでいた。


「しょうがないじゃないですか……。ノートくんが尾行っぽいことをやらせてくれないから書くことないんですよー」


「文句を言いたい気持ちはわかるけど……」


 頰を膨らませるロズリア。

 おそらく彼女が不満を抱いているのは、俺が決めた尾行方法についてだろう。


 その方法とは【地図化(マッピング)】スキルと《索敵》を使って遠くからジンの動向を探り、安全に尾行するというものだ。

 しかも用心に用心を重ねているため、視界からは全くジンの動向は探れない。

 今だってジンは三つ建物を挟んだ先にいる。


 この方法ではジンにバレることはそうそうないが、難点としてロズリアが尾行気分を味わうことはできない。

 ロズリアとしてはただ単に俺の後をついて来ているだけの状況に納得できず、「こんなの全然尾行じゃないです!」って何度も文句を言われた。


 今も余りにも退屈なのか、彼女は机の下で足を俺の足に絡ませぶらぶらさせている。

《隠密》の効果がロズリアに適用されなくなってしまうので、振りほどこうにも振りほどけない。

 だとしても、こんなに濃密に絡みつく必要はまったくないでしょ。


 幸いにも、ジンに尾行は気づかれてないようだ。

 彼が尾行を察してこちらに意識を向ければ、そのわずかな敵意を《索敵》で感知できる。

 今のところ、そういう類の気配は感じ取っていないので、心配ないだろう。


 ジンに指摘されて実感できるようになったが、20階層から戻ってきてから、自分でも驚くほど抜群に《索敵》の調子がいい。

 今の俺なら大抵のものは目で見なくても視える自信がある。


 リース曰く、《索敵》を日常生活で常に発動しているのは、普通では有り得ないらしい。

 確かにそうだ。街中で常日頃モンスターの気配を察知するためのアーツを発動しているっておかしい話だよな……。

 半ば癖になってしまったため、やめられそうにもないけど。


 おそらくジンは現在、《索敵》を発動していない。

 もし発動しているなら、俺達の尾行なんて余裕で見破られているはずだ。

 一応、下手なりに《隠密》で気配を消しているが、ジンの《索敵》の前じゃあまり役に立たないはずだ。


「それでジンさんはダンジョンギルド内で何をしているのですか?」


「うーん。よく分からないけど、誰かと話しているっぽいな」


「女の子ですか?」


「そこまでは《索敵》じゃわからないな。でも、特定の誰かと長時間話しているっていうわけじゃなくて、色んな人とまんべんなく話してるって感じかな」


「じゃあ、手続きとか、そういう類の業務的なものですかね。つまらないです」


 ロズリアが机にベタッと倒れ込む。

 すると、ちょうど彼女が頼んだパフェがやってきたようだ。

 身体を起こし、目を輝かせながらスプーンを握る。


 どうやらジンの動向に興味を失った彼女は食べることに専念し始めたようだった。




『――13 : 30

 ノートくんと一緒にお昼ご飯!

 ジン、武器屋に到着』


「書く順番逆じゃない?」


 ペンを走らせるロズリアに思わず指摘を入れてしまう。

 ロズリアはしゃしゃっと文を書き終わると、ペンを置き、机の上の料理に向かった。


「わたくしはもう尾行をしていることを忘れそうなくらいですよ!」


「それはごめんって。ロズリアが楽しむことを考慮しない方法を選んだのは悪いと思ってるけど」


「いいですよ。これはこれでデートみたいで楽しいですし」


「その姿で言われると、驚くほどドキッとしないな……」


 依然、ロズリアは怪しげな変装を続けている。

 そんな人物と向かい合って二人で昼食を取っている俺の気持ちを考えてほしい……。


 さっきから周りの視線が痛かった。

 こんなに目立つ尾行ってありなのか?


「というか、ロズリアよくそんな大きなステーキ食べられるよな。さっきも大きなパフェを食べ切ったばかりじゃん」


「よく言うじゃないですか。デザートは別腹だって」


「その順番だと、ステーキが別腹になると思うんだけど……」


 俺のツッコミを無視して、ロズリアはステーキを頰張っていた。

 まあ、いいか。


「それで、ジンさんはどうしているのですか?」


「普通に武器を見ているだけじゃないかな?」


「一人でですか?」


「うん。店内には店員とジンさんの二人だけだし……」


「なんか面白くないですね……」


「尾行は忍耐っていうじゃん。これから何かあるかもしれないし……」


「そうですけど……」




『――15 : 45

 ノートくんとショッピング!』


「ショッピング! じゃないから! 尾行の状況も書こうよ!」


「尾行? 何の話ですか?」


「なかったことにしちゃうんだ……」


「はっ⁉ どうしてわたくしはこんな怪しい格好を⁉ このメモは一体⁉」


「俺が訊きたいくらいだよ……」


 ツッコミが追いつかなくなってきた。誰か助けてくれ……。

地図化(マッピング)】を頼りにジンの動向を探ったところ、どうやら彼は現在買い物しているようだった。

 冒険者用の道具を多く売っている店の中にいる。


到達する者(アライバーズ)』のダンジョン探索用の食料や備品は全部ジンが用意している。

 今日のジンは、明日のダンジョン探索の準備とやらをしていたのだろう。

 先ほどのダンジョンギルドではこれから18階層に赴くことを報告して、手続きをしていたのだろう。

 武器屋では、モンスターとの戦闘用のナイフや小物を見て回ったのかもしれない。

 それで今は食料や、その他の探検道具を買っているのだろう。


「どうして、俺達はこんな馬鹿みたいなことしてるんだろうな……」


「確かに馬鹿なことしてましたね……」


 明日からはまたダンジョン探索が始まるのだ。

 尾行なんてしてないで、ジンの手伝いでもすればよかった。


 このパーティーは良くも悪くもジンに依存している。

 俺もエリンもフォースも、ネメやロズリアでさえ。

 このパーティーはジン以外誰もパーティー運営に関わっていない。

 こんな一人に任せっきりなパーティーはなかなかないだろう。


 それも仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 フォースやエリン、ネメに任せるのはまず無理だし、――ロズリアも怪しい。

 俺だって、そういう作業を受け持てるほどの器じゃない。


 こんな至らない人だらけのパーティーで一番苦労しているのはジンだろう。

 ジン抜きではやっていけないパーティー、それが『到達する者(アライバーズ)』だ。

  今日はジンへの感謝の気持ちを改めさせられる一日だった。


「帰ろうか」


「もう帰るのですか?」


「うん。もう尾行はいいかなって」


「そうですか……」


 俺の言葉を聞いて、ロズリアはサングラスに帽子を外し、コートを脱ぎだした。


「暑かったんですよ。やっと脱げました」


「なら、最初から着るなよ……」


 ロズリアは何というか――、人が真面目な気分になっているところをぶち壊すの得意だよな。


「もう暑くて倒れそうです。どこかで休みませんか?」


 よく見ると、汗でシャツが透けていた。

 青色の下着がうっすらと浮かんでいる。

 かなりエロい……。


「あそことかどうです?」


 ロズリアが指さす先に目を向ける。

 やたらと見た目が豪勢なホテルだった。

 どっからどう見てもいかがわしいホテルである。


「帰ろうか……」


「ノートくん……ひどいです……。人が勇気を振り絞ってお誘いしているのに……グスッ……」


「泣き真似はなしでしょ……」


「あれっ? 見破られちゃいましたか?」


「見破られちゃいましたかじゃないから」


 あどけなく舌を出すロズリア。

 傍から見ると本当に俺が泣かせているみたいだからやめろって。


「いいじゃないですか。今ならパーティーメンバーの誰も見てないしバレませんって」


「バレるとかバレないとかの問題じゃないと思うんだけど……」


「ちなみにノートくんと関係を持てた暁には、わたくしからみんなに言いふらすので見られているかどうかも問題じゃありません」


「危なっ! 久々にパーティークラッシュさせる癖、出してきたな……」


「エリンさんの悔しがる顔が今にも浮かんできます! いいですね! 行きましょう! 早く!」


「いや、行かないから……」


 ぐいぐいと腕を引っ張ってくるロズリア。

 必死に抵抗する俺。

 脱ぎ捨てられたコートやサングラス。

 遠巻きに騒ぎを眺める通行人。


 なんだ、この状況……。


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