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第40話 そこに男女がいれば恋愛絡みの案件は切り離せない

 結局、エリンのスペルを教わる計画は難航していた。


 そもそも、元から実行不可能に近い計画なのだ。

 キャシーはエリンのことを親の仇のように恨んでいるらしい。

 一度リースが頼んでみたところ、彼女はぶち切れ出し、事態を収拾するのに多大な労力を費やしたらしい。


 こればかりは過去のエリンの行いが悪かった。

 一応、リースが隙を見て、もう一度頼んでみるらしいが、それもあまり期待できないだろう。


 とりあえず、エリンは当分独学でスペルを学ぶつもりだそうだ。

 キャシーに教わるよりかは効率が落ちるだろうが、俺としてもそっちの方が心配ないように思えた。


 自分の方の修業の進度はというと、それもまた難航している最中だ。

 アーツ《必殺(クリティカル)》を練習するために森の中でゴブリンと戦っていたのだが、この前同様手こずっているうちに、しびれを切らしたリースが仕留めてしまった。

 今はその反省会をしているところだった。


「あのね、ゴブリン倒すのにどんだけ手間取っているの。さっきのタイミングはいけたでしょ」


 リースが手に持つナイフを空中へ放り、くるくると回してキャッチする。その動作を繰り返していた。

 俺は乱れた息を整えながら、彼女へと答える。


「そうですかね。あのタイミングで飛び込むのは反撃される気配がしたんですが……」


「じゃあ、反撃される前に殺しちゃいなよ」


「でも失敗したら危険じゃないですか。今は回復スペルを使える人もいないですし」


「その考えが駄目っていうの。自分に自信を持って、もっと大胆に攻撃っ! 何度も言ってるでしょ」


「……はい」


 ここ最近、毎回同じことを言われている気がする。

 自分でも駄目なことはわかっているんだけど、どうしても攻撃を成功させるビジョンが見えないから、強気の選択ができない。

 その欠点はリースにも見破られている。


「幼女攫い君は攻撃の回避は上手いよ。でも、生半可に敵の攻撃が視えすぎちゃうせいで、攻撃より回避に意識が持っていかれちゃってるね」


「自分でもそうだと思います……」


「一対一ならそれで問題ないかもだけど、ダンジョンでそんな吞気に戦っていたら、他のモンスターが寄ってきちゃうからねー。それに一回の戦闘にそんな時間かけていたら、連戦になると体力が持たないよー」


「確かに……」


「それと目の前の相手を早く処理しないってことは、パーティーの仲間に負担をかけるってことだからね。さっさと倒して、戦況が不利な仲間を援護しないと」


「わかりました……」


「それと――」


「まだあるんです⁉ やめにしません?」


「いくら言っても直らないからじゃん。っていうか君、センスなさすぎっ!」


「そんな極論言われても! どうすればいいんです⁉」


「わからないよー。自分で考えてー」


 そう言って、リースは地面にどかんと座り込んだ。

 首を背中側にだらんと垂らして、口をあんぐり開けている。


「この調子じゃ幼女攫い君がアーツ身につけるより、私が彼氏つくる方が早いんじゃないの?」


「それって、俺が一生戦えないってことですか」


「おい、言うようになったな。ちょっとどつかせてもらおうか」


 おもむろに立ち上がるリース。

 すみません。冗談です。

 これ以上近づかないで。目が怖いから。


 ちょっとどつくじゃ済まされず、しっかり絞められた。

 リースはというと、地面に横たわった俺の上にあぐらをかいて座っているところだ。

 上に乗られているため、お尻の柔らかい感触を味わうというより、重さに意識がいってしまう。


「悪かったですって。もう言いませんから」 「反省しているならよろしい」


 満足そうにリースは頷く。しかし何故か彼女はどいてくれない。


「でも、意外でした。師匠が、彼氏ができないことをそんなに気にしてるなんて」


「そう? 誰だって気にすることじゃない?」


「だって師匠、本気を出せば彼氏の一人や二人できそうじゃないですか?」


「嬉しいこと言ってくれるねー。これでも結構頑張っているつもりなんだけど……」


「そうなんですか? じゃあ、ただ単に好きな人とかいないから付き合えないだけなんじゃないですか?」


「出たよ、その意見。私、一番嫌いなんだよね。好きな人いないから恋人作れないんでしょ、って言ってくる奴。いるっていうの。内心に秘めているだけだっていうの。恋バナとかするほどの関係じゃないから、言わないだけっていうことを察してちょうだいよ」


 拳を掲げ、熱く語るリース。

 その熱量に驚いてしまう。


 あと、俺の背中の上から早くどいてほしい。

 上で動かれると、お尻の骨が背骨を削ってきて痛いから。


「ということは好きな人いるんですか? 誰なんです?」


「いても、君には絶対教えないから」


「いいですよ。どうせ知らない人でしょうし。この街の冒険者とかほとんど知らないんですよね。男で自分と交流のある人なんて、同じパーティーのフォースさんやジンさんくらいしか――」


 突如、ズドンと背中から転げ落ちるリース。

 バランスを崩して、後ろ向きに倒れていった。

 大丈夫だろうか。頭打ったんじゃないか?


 こんなわかりやすいリアクションする人初めて見た。

 ネメでももうちょっと上手に動揺を隠すと思う。


「ジンさんですか?」


「べ、別に! 好きじゃないし!」


「じゃあ、フォースさんですか」


「それはない」


「あっ、これジンさんで確定ですね」


「ち、違うから。私の話を聞いてよぉ」


「大丈夫ですって。誰にも言いませんから」


「それ言うやつじゃん! いろんな人に『ここだけの話なんだけど――』って言いふらすやつじゃん!」


「そんなことないですって。それで好きなんです? ジンさんのこと?」


「好きというか、ちょっといいなって思っているというか……」


「なるほど……ジンさんかっこいいですもんね」


「そうそう。優しくてクールでそれでいて強いとか――って誘導尋問しないでよ!」


「師匠が勝手に引っかかっただけじゃないですか……」


「うるさいっ! ああもう! いいや。この際だから聞いちゃうけど、ジンって恋人とかいるの?」


 どうだろう? このパーティーに入ってからだいぶ経つけど、みんなのプライベートとかあんまり知らないんだよな……。

 ジンとそういう恋愛関係の話、したことないし……。


「わからないですね。そういう気配もないですし、いるようには思えないですけど、ひょっとすると誰かと付き合っている可能性もあると思います」


 そこまで言うと、リースは人差し指をこちらに向けて立ち上がる。


「じゃあ、師匠命令! ジンに恋人らしき人がいるか探ってきて!」


「それって職権濫用命令じゃないですか……」






 ***






「――ということなんだけど、ロズリアはジンさんに彼女とかいると思う?」


「お一つ確認いいでしょうか? リースさんという方がジンさんに好意を寄せていることをわたくしに言ってもよかったのですか?」


 あっ……しまった……。

 リースに内緒にするって約束していたんだった……。

 アホかよ、俺……。


「ばれるとまずいからここだけの話にしといて」


「わかりましたけど、今後、内緒話はなるべくノートくんに話さないようにしておきます。それでどうしてわたくしに……?」


 ロズリアが首を傾ける。

 きょとんとした瞳が彼女のあざとかわいさを引き出していた。


「恋愛方面のプロフェッショナルである人に訊くのが一番かと思って……」


「わたくしがプロフェッショナルですか? 何を言ってるんですか、ノートくん。わたくしはただの一途な乙女ですよ」


「あれ? 今、誰の話をしてたんだっけ?」


「わたくしですよ! わ・た・く・し!」


「で、冗談はさておき、ジンさんの恋愛事情を探るいい案とかあったりする?」


「ちょうどやってみたかったこと……おほん。そうじゃなくていい案があります! こういうときは尾行ですよ! そうと相場が決まっています!」


 どこの相場だよ……。

 あと、絶対興味本位だよね? やってみたかったことって言っちゃってるし!


「ジンさんを尾行するってこと?」


「そういうことですね! 休日のジンさんの動向を探れば、恋人の有無はわかるはずです!」


 ジンを尾行するか……。

 あんまり褒められた行動じゃないんだろうが、面白そうでもあ る。

 普段、ジンがどんな行動を取っているか想像もつかない分、好奇心がそそられる。


 それとロズリアがさっき言った通り、自分も一度は尾行という行為をやってみたいという気持ちもあった。


「まあ、楽しそうだし、いいか。ちょうど明日が休日だし尾行してみよう」


「のりのりですね、ノートくん! それでこそです!」


 ロズリアが右手を差し出す。それをがっちりと右手で握った。


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