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第39話 隠された真意

 17階層に潜ってからしばらくの日が経ったが、未だ目指す戦い方が思いついていないのが現状だ。

 とりあえず、攻撃手段が一つもないのは冒険者としてまずい。

 時間を繫ぐためにも連日は《必殺(クリティカル)》の練習をしているところだ。


 今日も今日とて修業を終え、風呂で汗を流し、リビングでくつろいでいたところ、背後から声をかけられた。


「ノート、ちょっといい? 頼みたいことがあるんだけど……」


 この声はエリンだ。

 振り向くと、きまりが悪そうに斜め下を見ながら、なるべく目を合わせんとしている彼女がそこにはいた。

 何、その表情……。すごく不安なんだけど……。

 その頼み、聞きたくない……。


「頼みって?」


 嫌な予感がしたので、このまま逃げ去りたかったが、さすがにそれはエリンがかわいそうだ。

 仕方なしに話を聞くことにする。


「あなた、『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』のリースからアーツを教わっているんでしょ?」


「まあ、そうだけど……」


「なら、よかった。私も『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』のメンバーからスペルについて教わりたいの。私、使えるスペルの数も多いわけじゃないし、もっと勉強しなくちゃいけないなって……」


 20階層でのエリンの過去の告白を思い出す。

 彼女は学校を辞めて『到達する者(アライバーズ)』に入ってから魔法を研鑽するのをやめてしまったと言っていた。

 そして、その点に負い目を感じていた。


 エリンのこの頼みは、彼女が自分の過去と向き合い、変わろうとする最初の一歩なのかもしれない。

 そんな彼女の変化を、俺は喜ばしく思えた。

 自分に手伝えることがあるなら、是非とも応援したい。


 彼女が未だ目を逸らし続けているのも、自分の変化を悟られるのが恥ずかしいからなのだろう。

 そうに違いない。


「だから、ノートから『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』の魔導士の人に話を通してくれない? リース経由でもいいから。私、あのパーティーに仲いい人いないのよ……」


 なるほど。そういうことか。

 要は俺に『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』の魔導士の人との繫ぎ役になって欲しいということね。

 それくらいならお安い御用だ。


「いいよ。なんだ安心した。深刻そうな表情で話しかけられたから、もっと重い頼みかと思った」


「そうね……。言っておくけどノート、後でその頼み引き受けないとか絶対なしだからね……」


「任せといて」


 親指を上に突き立てて応える。

 しかし、自信満々な俺に対して、エリンは何故か不安げな表情を浮かべていた。


 そこまで難しい頼みではないと思うが、エリンの反応がどうしても心に引っかかる。

 怪しげな念押しもあったくらいだし、一応確認しておくか。


「念のため、一つ質問していい? 何か隠し事してない?」


 ギクッといった効果音を体現したようにエリンは背筋を伸ばした。

 随分とわかりやすい反応だ。どうやら嫌な予感は当たっていたようだ。


「正直に言ってほしいんだけど……。頼みとやらは絶対引き受けるからさ……」


「約束はちゃんと守ってよ。……スペルを教わりたい魔法使いがその、あれなのよ」


「あれって?」


 エリンに問いかけている最中に気がついた。

 リースが言っていた頭のおかしい『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』のリーダーって、エリンがこれからスペルを教わろうとしている魔導士のことなんじゃないのか?

 有名な魔導士の家系出身と言っていたし、一つのパーティーに後衛職である魔導士が二人いることは珍しいから、同一人物の可能性はかなり高い。


「もしかして、エリンの教わりたい人って『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』のリーダー?」


「そ、そうなのよ!」


 ようやく違和感が払拭された。

 エリンはその男性不信の魔導士に、男である俺を差し向けるのを申し訳なく思っていたのか。

 でも、その問題なら心配いらないだろう。リースに頼んで後のことを全て任せれば、俺 が直接的に関与する事態にはならない。


「確かにいいうわさは聞かないけど、そんなに心配しなくてもいいんじゃない? 俺はリースさんに交渉を丸投げしちゃうつもりだし、女の子であるエリンが関わる分には何も問題ないでしょ。それこそ、過去に恨みを買っているようなことでもしてなきゃ――」


 言いかけた途中で言葉に詰まった。

 明らかにエリンの顔色がおかしい。

 彼女の頰には一筋の冷や汗が伝っていた。


「おいおい、ノート。もしかして知らねえのか?」


 聞き耳を立てていたのだろう。

 同じリビングにいたフォースが話に割り込んできた。

 何故かその表情はどこか楽しげだ。


「こいつ、昔、そのリーダーとやらに喧嘩吹っ掛けたんだよ。この街一番の魔導士を決めるとかで、当時一番と名高かったリーダーに勝負を挑んだんだ」


「そんなことしてたんですか……。それで結果は?」


「こいつの圧勝だよ。エリンのスキルは圧倒的だからな。経験では負けていても、スキルの差でボコボコにしたというわけだ。そりゃあもう、相手のプライドをずたずたに引き裂いたこと。しかも最後に言い放った言葉がまあ、えげつなかったぜ。『10歳以上年下の私に魔法で負けて、女としても行き遅れて。あなた、ほんと哀れね』だっけか。さすがの俺でもあれは引いたぜ」


 エリンに目を向ける。

 彼女は気まずそうに頰を搔いていた。


「あれは私も若かったっていうか……尖っていた時期だったのよ……。反省はしてるわ」


 おい、エリン。何しているんだよ。鬼畜かよ!

 しかも、そんな地雷原に俺を突っ込ませようとしていたのかよ……。

 鬼畜度がその昔とやらから、大して変わっていない気がするんですけど……。


「スペル教わるの他の人にしてくれない? 約束をした手前だけど、俺には荷が重すぎる」


「だ、だから確認したじゃない! それでもノートは引き受けるって――」


 そうだけど! 約束したけども! こんな罠ありかよ⁉

 想像を数倍超える、最悪な頼みだったわ!


 よく考えたら、リースはエリンのことを無鉄砲娘と呼んでいた。彼女のあの言葉から、『復讐の戦乙女ヴァルキリー』とエリンの間に確執があったことは想像できたわけで――。


 ってそんなわけあるか!

 無理だろ! 誰も察せられないわ!

 しょうがない。こうなったらやけくそだ。

 男らしく頼みを引き受けてやろうじゃないか!


「エリン、とりあえず明日二人でリース師匠に相談しない?」


 はい……噓です……。

 男らしく一人で頼むのは無理です……。

 情けない男ですみません……。






「――というわけです」


 翌日、俺はリースにあらかたの事情を説明した。

 エリンは隣で黙ってもらって、彼女の反応を窺うことに徹している最中だ。

 対するリースはというと――。


「……他の人に頼んだら?」


 だろうな。そんなことだろうと思ったわ。

 だって、俺がリースの立場なら絶対そう断ってるもん。


「そこをなんとかお願いします、師匠!」


 俺は軽く頭を下げる。エリンもそれに続いて頭を下げた。


 どうして俺はこんなことで頭を下げているのか、よくわからなくなってきた。

 おそらく、考えたらいけない疑問の類だ。


「『迷宮騎士団』の一軍メンバーは【地図化(マッピング)】スキル持ちを探しに行ってるせいでこの街にいないし、『天秤と錠前(リベレーション)』には魔導士がいないから、うちのリーダーに教わるしかないっていうのはわかるけどさ……」


『迷宮騎士団』はジンからの情報を得て、【地図化(マッピング)】スキル保有者をメンバーに加えることにしたようだ。

 俺達が20階層から無事に帰ってきたので、ジンとの取引の条件となっていた捜索を続ける必要がなくなった。

 過去の『到達する者(アライバーズ)』と同様に、攻略を打ち切って、【地図化(マッピング)】持ちを探し始めたそうだ。


天秤と錠前(リベレーション)』はベテランパーティーだ。

 他の攻略専門パーティーに比べて、圧倒的にダ ンジョン攻略のノウハウを蓄えこんでいる。

 その豊富な経験から【地図化(マッピング)】持ちはいらないという判断を下したようだ。


「そもそも、エリンちゃんはうちのリーダー、キャシーの姉さんに魔法対決を挑んで勝ったんでしょ? それなのに教わる必要あるの?」


 リースはエリンの無謀な頼みを断ろうと質問を投げかける。

 俺としてもその点は気になっていた。


「確かに戦いでは勝ったわ。魔導士としての実力ももちろん私が上だと思う。だけど、キャシーは無駄に年を食っているだけあって魔法の知識は私よりずっと多いわ。魔法を使っての小細工も得意だし、私が持ってないものをたくさん持っているわ。だから教わって得られるものも多いと思うの」


 あの……一つ確認しておくと、それ悪口のつもりじゃないんだよね?

 本当に教わろうとしてる?

 このままのエリンをキャシーに会わせるのが怖いんだけど……。


「うん……そうか……」


 苦笑を浮かべるリース。

 彼女もだいぶ変わった人だと思っていたが、どうやらエリンの方が何枚も上手だったようだ。

 軽薄な絡み方をしてくるいつものリースはどこへやら。

 エリンの言葉に一方的に気圧されている。


 リースはちょいちょいと俺を手招きして、俺の耳元へ顔を寄せてくる。


「面倒ごと持ち込まないでよ! どうすんの、これ?」


「知りませんよ! 困っていたから師匠に相談したんです。かわいい弟子の頼みですよ。なんとかしてください!」


「全然かわいくないんだけど! むしろ弟子に取ったこと後悔してるくらいだよ!」


「二人とも何をそんなにひそひそ話してるの? やましい話?」


 目を細め、疑り深い視線を向けてくるエリン。

 俺は即座に手を振って否定する。


「違う、違う。なんか師匠があとは全部引き受けてくれるらしいって」


「おい、幼女攫い君。私を見捨てないでよ。私達は運命共同体でしょ? 死ぬときは一緒って誓い合った仲じゃん」


「いつ誓い合ったんですか……。そんな記憶微塵もないんですけど……」


「この薄情もの!」


 リースは両肩を強く摑んでくる。

 痛い。指が食い込んでいる。


「あなたたち、随分仲よさそうね……」


 エリンはというと、こちらに向けられる視線が疑り深いものから冷ややかなものに変わっていた。

 これはいちゃついているとかじゃなくて、本当に困っているからいがみ合っているだけだからね。

 そもそも、俺達がこうやって責任を押しつけ合っているのも、原因はエリンにあるんだ ど。


 こうして、一向に進まない話し合いをしているうちに一日は過ぎてしまったのであった。






 ***






「本当にこの作戦で大丈夫なんですかね、師匠……」


「しょうがないよ。この作戦しか思いつかなかったんだから。決まっちゃったものは仕方ない。あとは奇跡を天に願うのみだね」


 と言いながら、リースは腕を組んで頷く。

 そして、そのまま拳を握り締め、空へと掲げた。


「じゃあ、キャシーの姉さんにいい男を紹介して、機嫌が良くなったところでエリンの頼みを聞いてもらおう作戦』を開始するぞぉー!」


「おー……」


 棒読みの返事で応える。

 この作戦、絶対成功しない予感がする……。


「作戦をこれから遂行するにあたって、もう一度手順を確認しておくよー」


 そう言ってリースは前を向く。

 彼女の視線の先にあるのは、ダンジョンギルドとして使われている建物だ。


 ダンジョンギルドとは、ダンジョン探索を専門とする冒険者の為に作られた協会である。

 協会では、ダンジョン探索における情報の流布、備品の販売、モンスター素材の買取などを行っている。

 販売や買取は協会からの補助もあり、相場と比べて冒険者全体が得をするようになっている。

到達する者(アライバーズ)』のようなダンジョン攻略の最先端を行っているパーティーではあまり恩恵は得られないが、中堅以下のパーティーにとってはありがたい存在らしい。


 ダンジョンギルドの業務の一つにはパーティーメンバーの斡旋というものがある。

 新しくダンジョンに挑戦する冒険者やフリーの冒険者に空きのあるパーティーを紹介するというものだ。


 地上での活動と異なって、きちんとしたメンバーが揃ってないと簡単に死人が出てしまうのがダンジョン探索だ。

 そういう事態を避けるためにも、ギルドはダンジョンに潜れるパーティーを審査し、メンバーが足りないと見るや適切な人員の補充を手伝っているのだ。


 ちなみに俺が『到達する者(アライバーズ)』に入ったときはパーティーの個人的な引き入れであり、協会は関与していない。

 元々、『到達する者(アライバーズ)』はギルドからダンジョンに潜る許可を得ていたので、俺が入ることで必要になる手続きはなかったそうだ。


 そして、今日のメインターゲットは新たにダンジョンに挑戦せんとする冒険者達である。


「この街に来たばっかりの、キャシーの姉さんの悪い噂を耳にしていない冒険者をひっ捕らえる。そして、姉さんに紹介する。手順は以上だね」


「作戦が雑ですね……。そもそも、どうしてダンジョンに潜ろうとしている冒険者の中から探すんですか? 冒険者以外の職種に就いている人の方が数も多いですし、条件として緩いんじゃないですか?」


「ちっちっちっ。なにも分かっていないな……」


 リースは人差し指を振ってみせる。その後、大げさにため息を吐いて、腰に手を当てた。

「女の子っていうのは、自分より頼りがいのある男を好きになるものなの。だから、ある程度は強い人じゃないと駄目ってわけ。この街に来る強い人間はほとんどここに集まるからさー」


 リースは錆びた青い屋根の建物を指し示しながら自論を展開していた。


「意外と考えていたんですね……」


「なんだ『意外と』って! 失礼すぎない⁉ ちゃんとキャシーの姉さんのタイプまで分析してきたっていうのに!」


「おっ、それはありがたいですね。ちなみにタイプってどんな人なんです?」


「直接聞いたわけじゃないけどねー。年上か同い年くらいの人がいいっぽいかなぁー」


「なるほど。他には?」


「こっからは私の勝手な経験則なんだけど、魔導士を戦闘職(バトルスタイル)にしている人って、戦士系の戦闘職(バトルスタイル)に就くようながっしりと筋肉のある男を好きになる印象があるかも。人って自分にないものを好きな相手に求めたりする傾向あるじゃん?」


 あるじゃん? と言われてもな……。

 そういうものなのか?

 後でエリンにでも訊 き いてみようかな?


 でも、頷かれたら嫌だな。

 俺って、全然筋肉質じゃないし。


 って、何でこんなくだらないことで悩んでいるんだろう。

 なんか馬鹿らしく思えてきた。

 リースの言葉には何の確証もないわけだし、単なる経験則だ。

 外れることだってたくさんあるはずである。


「ちなみに盗賊を戦闘職(バトルスタイル)にしている男はどんな人を好きになる傾向があるんです?」


「ロリだね。盗賊とか暗殺者の戦闘職(バトルスタイル)に就いている人はロリコンが多い」


「なんだ、適当に言っているだけじゃないですか。俺、ロリコンじゃないですから」


 心配して損した。リースの言葉を真に受けていた自分が恥ずかしい。

 不本意な二つ名が勝手に広まってしまっただけで、俺は実際にロリコンではないし、暗殺者のジンもロリコンではないはずだ。

 多分。違うよな……?


 リースは俺の反論が不服だったのか、口をすぼめながら言い返してきた。

 「私の経験も案外当たるもんだよ」


「案外ってどのくらいですか?」


「うーん。 30 %くらい?」


 それって大して当たっていないんじゃ……。






 ダンジョンギルドで待つこと三時間。

 30歳以上の、体格が良くて顔もそこそこ良いこの街に来たばっかりの冒険者という条件に合った人物はなかなか見つからなかった。


 そもそも30にもなってダンジョンにチャレンジし始める冒険者なんて、そうそういない。

 いくら待っても見つかるわけがない。


「諦めてもうちょっと条件緩めましょうって」


「駄目、駄目。ただでさえ男運が壊滅的にないのが、うちのリーダーなんだよ。呪われてるんじゃないかって勘ぐっちゃうほどね。妥協なんてしたら、それこそとんでもないことになるよ」


「でも見つからないよりはマシじゃ――」


 そう言っているところで、目に入ったのは一人の男だった。

 カウンター前でキョロキョロしている三十代後半くらいの男。

 あの落ち着きのなさから見て、この建物に来るのは初めてなのだろう。


 男は重厚な大剣を背負っている。

 戦闘職(バトルスタイル)は戦士系の何かか。

 ガタイもいい。顔も悪くない。

 もしかして、完璧に条件に当てはまった人物なんじゃないだろうか。


「師匠、あれ……」


 リースを小突く。

 彼女も俺の言わんとしていることを理解したようだ。

 目を合わせ頷くと、二人して一目散に駆けていった。


「何かお困りでしょうか?」


 俺の声掛けに、男は安堵したように息を吐いた。


「ダンジョンに挑戦してみようかと、新しくこの街に来たんだ。聞けば、パーティーメンバーを探すにはここがうってつけらしいじゃないか。だが、どのカウンターに行けばいいのかわからなくてな。声をかけてもらって助かった」


 丁重に頭を下げる男。

 確かにダンジョンギルドの建物のなかにはカウンターがいくつもあった。

 初見じゃ、どこがどの業務を担当しているカウンターなのか見分けづらいのかもしれない。


 しかし、助かったのはこっちの方だ。

 リースに横目で合図をする。

 こういう交渉事は彼女に任せたほうがいいだろう。バトンタッチだ。


「なるほど、恋人探しですね」


 リースが口を開く。男は驚いたように瞬きを繰り返す。


「はいっ? だから、パーティーメンバー探しと……」


「失礼ですが、あなた、恋人はいらっしゃいますか?」


「それはカウンターの場所を教えてもらうのと関係のある質問なんだろうか」


「はい、大事なアンケートです」


「……そうか。なら今はいないが……」


「そういうことならまず恋人探しですね。パーティーメンバーなんかより人生のパートナーを見つけた方がいいでしょう。ね?」


 俺に話を振ってくるリース。

 上手いこと言っただろ、みたいな顔をこっちに向けてくるな。

 彼女の流れに乗るのは癪だが、今は目的の達成が最優先事項だ。

 続けて、畳み掛けることにする。


「その通りだと思います。人間、愛する者がいる方が強くなれるって言いますしね。パーティーより恋人を探した方が、ダンジョン探索もうまくいきますよ」


「それは君の経験談かい?」


「余計な茶々を入れないでください、師匠」


「ごめんごめん。話を元に戻しますね。そうだ! 恋人が欲しいあなたにとっておきの女性がいるんでした! 今なら特別にただで紹介してあげましょう!」


「いや、別に欲しいとは言っていないが……」


 戸惑う男にリースはまくし立てていた。

 というか、随分胡散臭い詐欺みたいな台詞だな……。




 結局、男は押しに負けて俺達に付いてくることになった。

 これから『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』のパーティーハウスに向かい、キャシーに会わせる手筈となっている。


 男の名前は、ヒューゲルというらしい。

 元は王都で冒険者をやっていたそうだ。

 自分の実力を確かめるために、わざわざ遠い土地から来たらしい。


 だが、俺達に捕まったのが運のつき。

 彼には悪いが、こちらの企みに巻き込まれてもらおう。


「でも、意外ですね。ヒューゲルさんみたいにかっこいい人に恋人がいないって」


 キャシーの下へ向かう道中ずっと黙っているわけにもいかないので、雑談がてら話を振る。

 ヒューゲルも俺の問いかけに、苦笑交じりに口を開いた。


「そう言ってもらえると嬉しいような情けないような……。

恥ずかしい限りなのだが、どうにも好きになる女性に縁がないらしい。相手方に『今はまだ誰かを好きになるとかわか らない』と断られたり、両想いになっても相手方の両親に交際を猛反対されたりと……」


 本人には問題はないけど、運がないパターンか。

 安心して頷いていると、リースが俺の耳に口を寄せてきた。


「キャシーの姉さんの男運の無さには呆れていたけど、今回は大丈夫そうだねー。あーよかった。これでやっと私も彼氏作れるようになるよー」


 彼女はだいぶ喜んでいる様子だ。

 その後も十分くらいヒューゲルと話していたが、特に悪い印象は受けなかった。

 むしろ、大人の男性の魅力が感じられ、同性の俺としても好印象である。


 この調子なら多分、キャシーという人物もOKを出すことだろう。

 あとはヒューゲルがキャシーをどう思うか次第だが、そこだけは運頼みだ。


 幸いなことに、リース曰く、キャシーは化粧さえしていれば顔は綺麗な方らしい。

 化粧さえしていればっていう文言が大変気になるところなのだが、そこは目を瞑ることにしよう。


 しばらく雑談を続け歩いていると、『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』のパーティーハウス目前というと ころになって、視界の端を小さな影が過る。

 あれはもしかして――。


「ネメ姉さんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところで?」


「あっ! ノート!……と知らない人です……」


 こちらに駆け寄ってくるものの、リースやヒューゲルの姿を見つけ、即座に縮こまるネメ。

 相変わらず、彼女の人見知りは健在だ。

 腰が引けたまま、俺の袖を摑んでいる。


「これからお買い物に行くところです……」


 買い物に行くのならここにいてもおかしくない。

復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』と『到達する者(アライバーズ)』のパーティーハウスはピュリフの街の同じ区画にある。


 というのもダンジョンに潜る冒険者達はダンジョンから近い、街の南東に拠点を構えていることが多いのだ。

 だから、これから買い物に出かけんとするネメと『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』のパーティーハウスに向かっている俺達が鉢合わせしてしまったのは、当たり前といえば当たり前の出来事だった。


 だけど、この偶然がまずかった。


「すみません、私と付き合ってくださいませんか?」


 その言葉が彼から発せられたものだと気づくには数秒の時間を要した。

 自分の耳を疑うようにゆっくりと後ろを振り返ると――。


 片膝を立てた、ヒューゲルがいた。

 彼の視線の先にいる相手はただ一人。

 そう、ネメである。


「率直に申し上げます。貴女の見た目がドストライクです。不束者ですが、宜しかったらご飯でも一緒に……」


 思い返されたのはヒューゲルの先ほどの発言だ。


 ――恥ずかしい限りなのだが、どうにも好きになる女性に縁がないらしい。相手方に『今はまだ誰かを好きになるとかわからない』と断られたり、両想いになっても相手方の両親に交際を猛反対されたりと……。


 これを読み替えるとこうなるのではないだろうか。


 ―― (まだ幼すぎるせいで)相手方に『今はまだ誰かを好きになるとかわからない』と断られたり、両想いになっても( まだ幼すぎるせいで)相手方の両親に交際を猛反対されたりと……。


 ようするに、一言で言うと、ヒューゲルは――。


「「ロリコンかよ!」」


 俺とリースの重なった声が街中に響く。


「やばいですよ、師匠! マジもののロリコンですよ!」


「しかも両想いになったことあるって、犯罪じみてない? これほんとに駄目なやつじゃん!」


 手を合わせて震える俺達。

 何が盗賊はロリコンだよ。リースの経験則外れまくりじゃんか!

 ヒューゲル、お前がロリコンなのかよ!


 ネメまで俺の腰あたりの服を握って震えていた。

 人見知りの彼女にとって出会いがしらの告白なんて苦行そのものなのだろう。

 目じりに涙を溜め、顔を青ざめさせている。


「あわあわ……」


「どうかご飯だけでも……」


「「ロリコン……」」


 この地獄絵図は騒ぎを聞きつけた憲兵が駆け寄ってくるまで続いた。

 ちなみに憲兵が来ても、強引気味なアプローチをし続けたヒューゲルは、彼らに取り押さえられ消えていった。


 過去に似たような経験をした者として、少し気の毒に思えてきたが、よく考えたら彼の場合は自業自得なので仕方ない。

 ネメは一応成人しているため罪に問われることはないが、余罪もあるだろうし牢屋でしっかり反省してほしい。


 それにしても、キャシーの男運の無さは相当なようだ。

 本当に呪われてるんじゃないのか?


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