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第38話 示された課題

 世の中には二種類の人間がいる。

 待ち合わせの時刻をしっかり守る人間と、そうでない人間だ。

 自分は前者なのだが、今回の待ち合わせ相手はどうやら後者らしい。

 かれこれ三十分も待たされている。


 もちろん俺が待ち合わせ時間や場所を間違えている可能性も考えた。

 しかし、出発前に何度も確認したし、伝えてもらった人物がジンだということを考慮すると伝達ミスということもないだろう。

 となると、最有力な理由は、これから会う予定になっている『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』のリースとやらが単に遅刻しているだけということになる。


 これから彼女に盗賊アーツを教えてもらうわけだが、少し不安になってきた。

 ちゃんとした人なのだろうか? ジンの紹介ということもあり、そこまで問題性がある人が訪れないことを期待していたのだが。

 そもそも、リースがここに来るのかすら怪しい。


 心配になって、辺りをきょろきょろと見回す。

 それらしき人はまだ来ていない。

 まあ、俺が焦ったところでリースが早く来るわけでもない。

 気長に待つことにするか――。


 そう悠長なことを考えてからリースが来たのは、それからさらに一時間後のことだった。




「やぁー、ごめんごめん。ちょっと遅くなっちゃった」


 目の前には両手を合わせ、軽く頭を下げる女性が。

 黒髪でショートカット。背はあまり高くなく、年齢はジンほどであろうか。

 サイズの小さめな白い半袖シャツに茶色のショートパンツと、随分ラフな格好をしている。


「全然ちょっとじゃない気がするんですけど……」


「細かいな、君は。男の子は女の子の遅刻を笑顔で許せるくらいじゃなくちゃ駄目だよ」


 馴れ馴れしく肩を叩いてくるリース。


 うるせえ。一時間半も遅刻してくる初対面の女を気遣えるほど、俺の心は広くないわ。

 そもそも、なんでリースがそんなに笑顔なんだよ。

 遅刻したんだから、せめてもう少し申し訳なさそうな顔しろよ。


 もちろん、俺は気遣いのできる男なので決して口には出さない。

 別に俺が初対面の人にそこまで強く出られない小心者だからとかいう理由じゃないからな。


「あなたがリースさんでいいんですよね?」


「正解! でも、呼び方は不正解! これから、君は私の弟子なんだから、師匠と呼ぶように! いい?」


「……はあ」


 こういうぐいぐい来るノリ好きじゃないんだよな……。

 自分に合わないっていうか、合わせようと思えば合わせられるけど、そうすると自分のペースで会話できなくて疲れるというか……。


 まあ、このくらいのぐいぐい具合なら昔、野良で冒険者やっていた時に何度もやり取りしていたし、問題はないけど。

 気圧されている俺を無視して、リースはなおも話を続けてくる。


「君が噂の幼女攫い君だよね?」


「ノート・アスロンです」


「じゃ、幼女攫い君って呼ぶことにするね」


「そう呼ばれないためにフルネームを名乗ったんですけど……」


「いつも耳にしている有名な呼び名の方が呼びやすいし、幼女攫い君でいい?」


 うわっ。めちゃくちゃいじってくるな、この人……。

 一応、初対面だよね……?


「好きにしてください。自分としてはノートって呼んで欲しいですけど。それよりどうしてこんなところで待ち合わせなんですか?」


 待ち合わせに使われたのは、ピュリフの街にしては人気の少ない地域にある喫茶店だった。

 この区域はパーティーハウスからも遠いし、街の南にあるダンジョンとは逆側で、あまり足を踏み入れたことがない。

 寂れた雰囲気が漂っていて、道を通るにもあまり人とすれ違わない。


 喫茶店の店内も店員を除くと俺達二人しか存在しない。


「いい雰囲気じゃない、この店?」


「確かに落ち着いた感じは好きですけど、正直言ってパーティーハウスから遠すぎます」


「そう言わないでよ。色々理由があるんだから」


「理由って?」


「幼女攫い君だって一応、男なわけじゃん。そんな君と二人で一緒にいるところを見られたら色々とまずいってわけ」


 一応ってなんだ。一応って。俺はれっきとした男だ。

 つっこむのを我慢して、相槌を打つ。


「彼氏とかに見られたらまずいですもんね」


「そうじゃないけど。あれ? 知らない? うちのパーティーのリーダーの話?」


「知らないですけど……」


 なんだ、その話?

 この街に来てから日は浅いし、そもそも知り合いが少なくて噂話に疎いせいで、他のパーティーの情報って全然知らないんだよな。


「そうかぁー。なら、教えるけど、うちのリーダー、男性不信というか、男に恨みを抱いているの」


 リースは両手を頭の後ろに組みながら続ける。


「元々は有名な魔導士の家系のお嬢様だったみたいなんだけどね。結婚詐欺にあって借金を抱えて以来、男とカップルは許せない質みたい」


「それは災難というか……」


「で、借金を返すためにダンジョンを探索する冒険者になって、女性だけどパーティー、『復讐の戦乙女(ヴァルキリー)』を立ち上げたらしいの」


「行動力すごいですね」


「そんな三十路手前の行き遅れ女だから、メンバーが男の雰囲気を匂わせただけでパーティーから除名しようとしてくるの。ほんと頭おかしいよね」


 確かにそれは頭おかしい。除名って……。


「このままじゃ私まで行き遅れになっちゃうっていうの。ジンとの取引ということで、一応はうちのリーダーも納得してるみたいだけど、私達が二人でいるところを見て、いつ心変わりするかわからないからなぁー」


「ジンさんとの取引って一体なんなんですか?」


「お金や階層の攻略情報を貰って幼女攫い君や無鉄砲娘の捜索をしてたことの続きだよ。うちのパーティーの最高到達階層は14階層と他の攻略専門パーティーより進度が遅かったから、あまり捜索に貢献できなかったんだよ。それなのに報酬はたんまりと貰っちゃったから悪いと思って、ジンに予てから頼まれていた君の育成を引き受けたというわけ」


 そんな裏側があったのか……。

 話を聞けば聞くほど、ジンに苦労をかけていたことを実感する。

 俺って一人じゃ何にも できない人間だな……。


 というか、無鉄砲娘って誰のこと?

 もしかしてだけど、エリンのことじゃないよな……?

 どうしてそう呼ばれているのか気になるけど、触れないでおこう。

 なんとなく理由は察せるし。


「ずっとここで話していてもなんだし、移動して修業でも始めようか。幼女攫い君も盗賊としての戦い方を学びに来たわけだし、早く特訓したいでしょ」


 リースは両手を上げ、伸びをした後、カップに入っていたコーヒーを飲み干した。

 俺のカップの中身はとっくに空だ。散々待たされたからな。


「そう思うなら一時間半も遅刻しないでくださいよ」


「それはごめんって。お詫びにここの代金は私が払っておくからさ」


 立ち上がり、ひらひらと手を振りながら、リースはカウンターへと向かっていく。

 その後ろ姿を俺は大人っぽいなと感心しながら眺めていた。


「ごめん! 急いで来たから財布忘れた! お金貸して!」と戻ってきたのは数十秒後のことだった。






「ふむふむ。なるほど、そういう感じかぁー」


 特訓を始める前に実力が知りたいということで、俺とリースは街から出てすぐそこの森へと来ていた。

 当然、街の外壁の外にはモンスターがいる。

 森に出現するモンスターと戦うところを見ることで実力を把握するということになっていたのだが――。


「弱いね、君」


「しょうがないじゃないですか。攻撃アーツを一つも使えないんですし……」


 俺はというと一体もモンスターを倒せていない状況だった。

 回避アーツは使えるので、モンスターの攻撃を安定してやり過ごすことはできるのだが、あいにく攻撃手段が乏しい。

 毎回、俺が回避一辺倒になって膠着状態になっているところをリースに助けてもらうという結末になっていた。


「それにしてもだよ。回避系のアーツばっかり鍛えていたからか、モンスターと向き合う時に逃げ腰になりすぎているね。癖になっているのかな? それともセンスがないだけかも?」


「センスないかもしれないんですか……?」


「まだ鍛えていないからよくわからないけどね。あまり期待はできなそうだなぁ」


 ショックである。まあ、この先鍛えていけばなんとかなるだろう。

 今までもなんとか なってきたわけだし。そう思わないとやっていけない。


「それにしても歪だよねー。幼女攫い君の鍛え方って」


「歪ってどこがですか?」


「見たところ回避系アーツや《隠密》だけで言ったら私とどっこいの実力じゃん。でも、攻撃関連はまるで駄目。かと思えば《索敵》は私より遥かに上手だし」


「そうですかね……」


「っていうか、どうしてそこまで《索敵》が無駄にすごいの?」


 無駄にって……。


「どうしてって訊かれても……。基本、日常生活でずっと発動してるからとしか。それと20階層で遭難するという命がけの状況でこのアーツを発動し続けたからですかね……」


「うわっ⁉ 本当にずっと発動しているの⁉《索敵》とか集中力すごい使うし、しんどくない? 私は絶対無理だわ。その分、労力を他の攻撃アーツの練習に費やしたいって思っちゃう」


 リースの言い分もわかる。

 でも、このアーツのお陰で20階層から生きて帰れたわけだし、結果的には間違っていなかったと思うけど。


「どうしよっかー。幼女攫い君をどういう戦い方の盗賊に育てようか迷うなぁ」


「今のところ何と何で迷ってるとかあるんですか?」


「それもまだ決まっていないんだよね。今後の方向性を決めるのは冒険者にとって大事な ことだから、しっかり決めたいんだけどな……」


 リースは頭に手を当てて唸る。

 大人っぽい見た目をしているくせに、こういう仕草だけは少し幼く見えないこともない。


「そもそも盗賊って戦闘職(バトルスタイル)の現状について詳しく知っている?」


 リースからの問いに対して、首を横に振って答える。

 彼女は俺の反応を確認すると口を開いた。


「盗賊とか暗殺者とかはダンジョン攻略に向いていないっていう考え方が現在の主流なの」


「えっ、どうしてですか?」


「だって、ダンジョンにいるモンスターって深く潜れば潜るほど、硬いし耐久力あるしで、全然攻撃通らないじゃん。だから攻撃力が高い戦闘職(バトルスタイル)の方が有利ってされてるの」


 確かに『到達する者(アライバーズ)』でも、火力の高い魔法を放てるエリンとか、巨大モンスターをもぶった切れる力を持つフォースがボスを倒している印象が強い。


「だから軽量級アタッカーである盗賊や暗殺者は流行ってないんだよね。もちろんダンジョン攻略に限る話だけどね。地上のモンスターや対人戦ならむしろ強い戦闘職(バトルスタイル)だから、冒険者全体では数も多いし。でも、攻略専門パーティーで活躍してる盗賊と暗殺者ってなると、私とジンくらいなんだよねー」


 だから、ジンは俺の修業をリースに頼んだのか。

 攻略専門パーティーで唯一活躍している盗賊である彼女に。


「それじゃあ、同じ盗賊である師匠の戦い方を真似ればいいんじゃないですか? 師匠は ダンジョンのモンスター相手でもやり合えているんですよね?」


「幼女攫い君には私の戦い方を真似るのは無理だと思うよー。私のはスキル主体の戦い方だから」


 そう言って、リースは懐からナイフを取り出した。

 何の変哲もない、ただの鉄のナイフ。

 彼女はそれを人差し指と中指で摘まむ。

 そのまま肘を起点にひょいと腕を振るう。


 すると、前方でズバンッと激しい音が爆ぜた。

 音の先に目を向けると、穴の開いた太い木の幹がそこにはあった。


「スキルの詳細は秘密だけど、投擲術系のスキルを持っているんだよね。ダンジョン探索ではこのスキルを中心に、味方の錬金術師が作ったナイフとか爆弾とかを投げてモンスターを倒してるって感じ。だから、スキルの違う幼女攫い君には真似しようと思っても無理ってわけ」


「単純だけど、強力な戦い方ですね。やっぱりスキルって重要ですか……」


「当たり前じゃん。ジンもあの動く剣と速さが強みなわけだし。そう考えると、戦闘スキルを一つも持ってない点は、幼女攫い君には大きな壁となりそうだね」


「大きな壁……」


地図化(マッピング)】を手にしたからこそ『到達する者(アライバーズ)』に入れたわけだけども、【地図化(マッピング)】スキルしか持たないからこそ『到達する者(アライバーズ)』において戦闘面で活躍するのは難しい。

 確かにそれは一種の大きな壁だ。


「普通の人は持っているスキルを伸ばす方向のアーツを鍛えていくんだけど、幼女攫い君にはそのスキルがないから厳しいんだよねー。いや、そうでもないか……。現にジンは【地図化(マッピング)】スキルで補正のかかる《索敵》を重点的に覚えさせたわけだし、一応理には適っているっぽいな……」


 ぶつぶつと呟くリースに提案を投げかける。


「とりあえず色々アーツを学んでみて、良さそうなやつを伸ばすっていうのはどうですか?」


「それはなしかなー。スキルによる補正抜きでアーツ一つを実用レベルまで持っていくのに最低でも一カ月はかかると思うし、限られたアーツに集中させて練習した方が覚えやすいんだよ。君が他の並の盗賊に比べて《索敵》とかが上手いのも、攻撃アーツに練習時間を割いていなかったからだと思うよー。普通の盗賊は攻撃とそれ以外のアーツを7:3くらいの比率で鍛えているのに、君は0: 10 で鍛えていたわけだから」


「じゃあ、何か一つを極めた方がいいってことですか?」


「一つっていうのは極端な話だけど、概ね間違ってはいないかな? ところで、幼女攫い君はこの国で最強の人間は誰かって議論について知っている?」


「知らないですね……。でも、名前はわからないけど、国の将軍あたりなんじゃないですか?」


「そういう説もあるねー。でも、それを言ったら君のパーティーのフォースなんかも将軍様に勝てる可能性はあると思うよ。それに対人性能最強クラスの戦闘職(バトルスタイル)である暗殺者で名を馳せているジンもその候補の一人だし」


「そんなにフォースさんやジンさんって強いんですか?」


「そんなどころの話じゃないから。君らのパーティーの恵まれ具合は異常だから! 各戦闘職(バトルスタイル)のオールスター勢揃いみたいな感じだから! ダンジョン制覇パーティーの最有力候補の一つとされているだけはあるよ」


 そこまですごいのか。

 身近にいるせいで彼らのすごさに慣れてしまったというか、すっ かり忘れていた。

 昔のダンジョン攻略に興味のなかった俺でも名前は知っていたくらいだからな。

 すごいのは当たり前か。


 どうしてそんなパーティーに俺みたいな凡人以下の冒険者がいるんだろう……。

 改めて考えてみると不思議な話だ。


「それで誰なんです? この国最強として一番有力なのは?」


「そうだね。話を戻そうか。一番有力とされているのはとある殺し屋だね。本名は不詳だけど、二つ名は有名だったりする。その名も『首切り』。どんなターゲットの首も斬り落としてしまう凄腕の殺し屋だよ」


「どんな人なんですか? 首切りっていうくらいだから剣が強いってのはわかりますけど……」


「残念、はずれ。正体不明だから謎に包まれている部分も多いけど、剣の斬り口からは剣だけの実力はそこまでだとされているね」


「じゃあ、どうして――」


「答えとしては、誰も首切りを認知できないんだよ。《隠密》があまりにも上手すぎて、誰も気配を摑めないんだ。目の前に現れたことも、首を斬られたことすら相手に悟らせない暗殺者」


 ――《隠密》。


 俺も得意としているアーツの一つだ。

 あのアーツがそんな強力なものではないことは俺が一番よくわかっている。

 やり過ごせるモンスターには限界があるし、攻撃なんて仕掛ければ一瞬で自分の存在がばれてしまう。

 誠に信じ難い話だ。


「そんなの本当に実在するんですか? 誰も認知できない謎の存在って、幽霊みたいなもんじゃないですか?」


「確かに都市伝説じみたところもあるけど、実在すると思うよ。現に殺された人がいるわけだし、首切りはターゲットを殺す前に予告状を送るんだ。それが何よりも実在する証拠かな?」


「わざわざ予告状まで送るって殺し屋として大胆すぎません?」


「それでも、誰にも気配を悟らせず実行しちゃうところが、首切りの最強とされている所以だよ。フォースやジンだって、いることがわからない敵にはさすがに敵わないでしょ?」


「というか誰も勝てなくないですか?」


「そうなんだよー。ほんと卑怯なレベルで無敵だよね。私なら絶対に戦いたくないわ。死にたくないし。私も【投擲術・大】なんかじゃなくて、隠密系のスキルを手に入れてこの国最強の称号を手に入れたかったなぁー」


「師匠のスキルって【投擲術・大】なんですか……」


「あっ、言っちゃった! ミスった! 秘密ね、これ! 誰かに言ったら、ナイフで狙撃しちゃうかも」


 両手を合わせてウインクをしてくるリース。

 そんなお茶目なポーズをしても、言ってること物騒だからね!

 それ、脅しだから!


「大体想像していましたし、初対面の俺に口走っちゃうくらいなんですから、多分他の人にもばれてますよ」


「私はそこまでアホじゃないから! とりあえず私が伝えたかったのは、自分がどういう戦い方をする盗賊になるのかはじっくり考えた方がいいってこと。場合によっては君でも首切りみたいにこの国最強とされるようになるかもしれないし、有象無象の冒険者で収まるかもしれない。君には無限の可能性がある! そういうことだね!」


「いい話風に締めましたね。アホの件をうやむやにして」


「だから、アホじゃないから!」


「で、結局どういう戦い方にすればいいんです?」


「それは……」


「要するに何も決まっていないと……」


「その通り!」


 リースは指をビシッとこちらに向けてくる。

『その通り!』じゃないから。なんでちょっと偉そうなんだよ。


「それだと、修業進められなくないですか……?」


「いやぁー、そうなんすよねぇー。今、思いついたのでいいなら……威力が高くて習得難易度も高くない《必殺(クリティカルにでもしよっか?」


「雑すぎませんかね……」


 この師匠についていって大丈夫なのか、不安に思う俺であった。






 ***






 リースとの顔合わせの二日後、俺達『到達する者(アライバーズ)』はというと17階層へと赴いていた。


 俺とエリンが遭難してから二カ月以上経った。

 この探索は10階層での肩慣らしと異なり、『到達する者(アライバーズ)』にとって久しぶりの本格的なダンジョン攻略となる。言わば復帰戦だ。


 強風に荒らされる前髪の隙間からは一面の蒼が窺える。

 見上げていた視線を戻し、正面を向くと、背景の空には無数の島々が浮いている。


 島と島の間は橋や浮遊する岩場で繫がっており、俺達が立つ島の先にも小さい岩が寄せ集まってできた道が出来上がっている。

 この先こそ前回の探索において中ボスと遭遇した地点であり、俺とエリンが20階層に飛ばされた場所である。


 今回の中ボス戦において、俺は一つ、やらなければいけない課題がある。

 それは先日、リースに指摘された、盗賊としての戦い方の模索だ。

 どのようにモンスターと戦い、パーティーのどの役割を担うのか、それは修業を進めていく上で早急に決めておいた方がいい事柄。

 簡単に言うと、目標によって、そこへ到達する努力の仕方が変わってくるということだ。


 いきなりそんなことを言われても困るというのが本音である。

 でも決めなければ先に進めないので、身近にいる『到達する者(アライバーズ)』の面々の戦いぶり、特に自分と戦闘職(バトルスタイル)が似通っているジンの戦いぶりを参考にして、方針を決める腹積もりであった。


 中ボス戦の作戦としては前回と同じく、ジン一人でモンスターを相手取る予定だ。

 ということで、彼の戦いをじっくりと見る機会もある。

 むしろ、絶好のチャンスと言っても差し支えないだろう。

 これから始まる中ボス戦で、何かヒントが得られることを願うのみだ。




 戦いは序盤から熾烈を極めた。

 影が撫でるように怪物の首元を通り抜けたと同時に鮮血が走る。

 ジンの攻撃だ。青く鮮 やかな血が岩場に広がる。


 かと思いきや、一瞬でその岩場が爆ぜる。

 今度は中ボスの攻撃。破壊の暴風をまき散らしながら、礫の散弾で応酬してくる。


 しかし、ジンも中ボスの一撃を食らうほどのろまではない。

 縫うように散弾の中を進み、怪物へと斬り込んでいく。


 この戦い、はっきり言って規格外だ。

 ジンのすごさは予 かね てから知っていたが、今日の彼は一段と冴え渡っている。

 彼一人で中ボスを相手取らないといけないという状況からか、それとも前回の失敗を悔やんでいるからなのか、おそらくジンは全力を出している。


 本気を出したジンは、中ボスを圧していた。

 体長、体格、構造、全てにおいて人類より勝っているはずの怪物に対して、速さというただ一点のみで制圧をかける。

 それは暗殺者として完成された姿のように思えた。


 正直、俺の手合わせの時とは次元が違う。

到達する者(アライバーズ)』の暗殺者がここまでの実力を持っているとは思わなかった。


 リースの言う通り、ジンがこの国最強の候補とされても全く違和感がない。

 むしろ、彼以上の強者がいるはずがないとすら、今では確信している。

 彼は人類の到達点だ。暗殺者としてあるべき形だ。

 これ以上の暗殺者はこの先、存在することがないのではないだろうか。


 彼の雄姿をまじまじと見せつけられながら、一つ悟った。

 ――俺は彼を超えることができない。

 揺るぎない事実がそこにはあった。


 俺が『到達する者(アライバーズ)』に入ってから、ジンとは幾度となく手合わせをした。

 毎回のごとく負けていたが、それでも勝ち目が数万分の一でもあるんじゃないかと思って挑み続けた。

 だけどその考えは間違えだった。


 俺はこの先、何度挑んでも決してジンには勝てない。

 それはスキルの差であり、歩んできた経験の違いだ。


 数あるスキルの中で最大の速度補正があるとされる【絶影】。

 そして、以前彼がほのめかしていた、謎に包まれた凄惨な過去。


 俺にはどちらも足りず、どちらも埋めるすべを持たない。

 どうひっくり返っても、ノート・アスロンという人間は冒険者としてジンに勝つことはできないのだ。


 おそらく、それはジンも知っている。

 だから、彼は俺に暗殺者という戦闘職(バトルスタイル)を選ばせず、盗賊になるよう勧めた。

 自分の手で鍛えるのではなく、同業者であるリースを頼った。

 なぜなら俺がジンの後を追い、彼の戦い方を真似たなら、俺はただの下位互換に成り下がってしまう。


 それはジンだけでなく、リースもわかっていたことだ。

 だから彼女は俺に戦い方の重要性を語った。

『首切り』という例を示し、ジンの戦い方とは別の方向性を提示してくれた。


 あの時リースが最も伝えたかったのは、俺がジンとは違う道を歩むべきということ。

 違う技術を身につけ差異化を図り、競う舞台を移すことでしかジンと渡り合うことはできないということだ。


 だけど、俺は首切りの戦法を真似るわけにもいかない。

 それは俺がジンを超えられないのと同様、首切りを超えられるはずがないのだ。

 隠密系スキルはもっていないし、彼がその戦い方に至るまでに積み重ねてきたものがあったはずだ。


 結局は自分に適した戦い方は個人によって異なり、誰かの真似では劣化版に成り下がる可能性がほとんどだ。

 考えるべきだとリースは言った。

 多分、その通りなんだろう。


 俺は考えなくちゃいけない。見つけなければいけない。

 ある一点ではジンを超え、パーティーの手助けになるような、そんな戦い方を。


 それが俺に与えられた課題。

 答えの見当はつかないし、そもそも答えがない可能性だってある問いだ。


 俺が冒険者として、そして『到達する者(アライバーズ)』の一員として活躍するための明確な壁が、姿を現した瞬間でもあった。


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