前へ次へ
35/138

第35話 再開

 金銀、魔道具、叡智。

 地上では手に入れられない宝の数々を秘めている閉鎖空間。ダンジョン。


 誰も最奥まで到達したことのないその未開の地は、人々を興味という見えない力で引き寄せる。

 夢や希望、はたまた欲望や打算など、大小、公私を問わない様々な理由で冒険者達はダンジョンに挑まんとする。


 そのような無数のダンジョン攻略を目論む冒険者達の中で、最も偉業に近いとされているパーティーの一つが俺の所属する『到達する者(アライバーズ)』だ。

 しかし、当のパーティーは現在深刻――いや、滅茶苦茶しょうもない問題を抱えていた。


「ちょっと、エリンさん。ノートくんに近づきすぎじゃありませんか?」


「そうかしら?これくらい20階層の生活では普通のことだったけど?」


 睨み合う両者。どちらも一歩も引く様子はない。


 前者の発言をした女性、ロズリア・ミンクゴットはこのパーティーでは聖騎士というポジションについている。

 紺色の艶やかな長髪に潤んだ赤い瞳。

 女性の平均サイズを大幅に上回った胸の大きさに、容姿の整った麗しい顔立ち。

 と、世の男性を虜にするために作られたといってもおかしくないくらいの美女である。


 しかし、そう簡単に彼女に騙されてはならない。

 彼女は数多の男性を誑かし、数え切れないほどのパーティーを崩壊させた過去があり、俺が住んでいるピュリフの街では悪評高い女である。


 現在も俺のことが好きだと宣い、積極的にアピールをされているが、過去に俺も騙された経験があるのでその言葉をどこまで信用していいかわからないという、微妙な関係性の女性だ。

 そういった彼女も『到達する者(アライバーズ)』に入ってから、早半年になるのだから驚きだ。


 後者の発言をした女の子、エリン・フォットロードは『到達する者(アライバーズ)』で魔導士のポジションについている。

 銀髪のツインテールが何よりの特徴で、鋭い目つきと華奢な身体つきが目立つ。


 二カ月前、俺と彼女はダンジョンにある転移罠に引っかかってしまい、二人で20階層に放り出されるという窮地に陥ってしまった。

 途中、色々なぶつかり合いなどもあったが、共に困難に挑むことで彼女との距離は随分縮まったりもした。


 以前までのキツイ言動は鳴りを潜めたかと思ったのだが、それは俺に対してのものだけ だったようだ。

 ロズリア相手には相変わらず口調が厳しい。


「どうして二人は喧嘩してるんだ?」


 俺に向かって問いかけてきたのは、フォース・グランズ。

 この『到達する者(アライバーズ)』でリーダーをしている男だ。

 戦闘職(バトルスタイル)は剣士。実力者揃いのパーティーの中でも、一位二位を誇る強さの持ち主だ。


「さあ……」


 首を振って、フォースからの問いを誤魔化す。

 もちろん、この諍いが起きた原因は把握している。

 直接的な原因としては、エリンが俺を今日の昼食の食材の買い出しに誘い、ロズリアがそれを咎め出したことで始まった争いだ。


 根本的な原因といえば、二人の女の子が俺を取り合っているという構図――って、張本人の自分が言葉にするとかなり恥ずかしいな……。

 これが全部俺の勘違いだったらどうしよう……。超痛いやつじゃん……。

 悪い方に考えるとキリがないので、仮定として二人が俺を原因に争っているとしよう。


 フォースにその状況を素直に説明するわけにはいかない。

 ロズリアが俺にアピールをしているのは知っているはずだが、エリンが俺に好意を寄せていることは知らないはずだ。


 そして、彼は恋人ができないことに頭を悩ませており、他人の幸せは平気で妬むタイプの人間でもある。

 二人の女性に俺が迫られているということを知ったら、何をしでかしてくるかわかったもんじゃない。


 ちなみに、恋人ができないことに頭を悩ませていた過去の俺は、当時女の子(ロズリア)と仲良くし ていたフォースを妬み、破局まで追いやったことがある。

 人のこと言えないな、おい。

 まあ、ロズリアとエリンの言い合いを見てれば、フォースに状況がバレるのも時間の問題だと思うが……。


「なんか修羅場の匂いがするです……。恋愛マスターのネメにはわかるです……」


 目を光らせて、二人の言い争いを楽しそうに見つめているのは、ネメ・パージン。

 このパーティーの回復役である神官である。


 児童と間違われるくらい幼い見た目をしているが、これでも俺より6歳上の大人なお姉さんである。

 それと恋愛マスターではない。


「なんか大変そうだね……ノート君……」


 後ろから声をかけてくれたのはジン。

 このパーティーのまとめ役であり、俺を『到達する者(アライバーズ)』に誘ってくれた恩人でもある。

 ちなみに彼の戦闘職(バトルスタイル)は暗殺者だ。


「あの二人、またずいぶんと仲が悪くなっちゃったね……」


 それ、言外に俺を責めてますよね⁉

 いつもより、少しだけ声が冷たい気がするし。


 パーティーのまとめ役という彼の立場上、二人の喧嘩は見過ごせないのだろう。

 過去には、仲が悪かったロズリアとエリンを慮って、行動をしていた節もあったわけだし。


「ということで、あとは任せたよ」


 ポンと俺の肩に手をのせてきた。

 やっぱり俺が何とかしなくちゃいけない感じですかね……。

 いや、俺のせいだけっていうわけじゃ――。


「……」


 彼の優しくも冷たさを帯びた瞳を見て、反論をする気はそがれてしまった。

 仕方ない。ここは専門家に任せよう。


「恋愛マスターのネメ姉さん、任せました」


「そこでネメに来るです⁉」


 いきなり話を振られて跳び退くネメ。

 でも、俺は知っている。ネメは押しに弱い人物だと。


「ネメ姉さん、お願いします」


「嫌です!あの中に入るの怖いです!」


「俺もですよ。でも、大人で頼りがいのある女性なネメ姉さんなら――」


「もちろんできるです! ネメに任せてくださいです!」


 うん。やっぱちょろくて押しに弱いな。

 敬礼をして、ロズリアとエリンの方へ駆けて行くネメ。

 その姿を見て、後ろにいたジンが呟いた。


「ノート君のそういうところ良くないと思うな……」


 はい……俺もそう思います……。






 ***






 午前中には色々とごたごたがあったが、それも落ち着き、時刻は昼の二時。

 昼食も食べ終え、皆が皆、一息吐いているところだ。


「さて、明日はダンジョンに潜ろうか」


 突然、ジンは話を切り出した。

 俺としてはやっとかという気分だったのだが、他のメンバーはそうではないようだ。

 エリンはダンジョンという言葉を聞いて、ビクッと身体を震わせたし、ロズリアやネメも明るい顔をしていなかった。


 それもそうだろう。

 俺とエリンはダンジョンで命を失いかけた。

 他のメンバーから見れば、仲間の命を失いかけたのだ。

 ダンジョン探索に対して暗いイメージを抱えるのも当然だろう。


 言い方が悪いが、以前までの俺達はどこか遊び感覚でダンジョンに潜っていた。

 それがメンバー二人の消息が不明となるという一件を経て、『到達する者(アライバーズ)』のダンジョン探索に対する意識は変わることとなった。


 ダンジョンとは数多の冒険者が命を落とす場所であり、自分達もその例外ではないのだと。

 明日のダンジョン探索で死ぬかもしれないし、死ぬのはその次の日かもしれない。

 見知った仲間が翌日にはいなくなっている可能性もあるのだ。

 そのことをやっと実感した。だから、腰が引けるのは当たり前だ。

 ジンもそれがわかっていたのだろう。


「かれこれダンジョンには一週間も潜ってないしね。これ以上潜らないと勘も鈍っちゃうよ」


 ここが『到達する者(アライバーズ)』がダンジョン探索を続けるかの分岐点。

 もう少しだけとつかの間の安息を願うようなら、このパーティーはダンジョン攻略という偉業を成し遂げられない。


 そう思って、ダンジョン探索の提案を持ち出したのだろう。

 皆にとって過酷な提案をするという憎まれ役をジンは引き受けた。


「いいですね、行きましょう」


 こういう状況はいずれ訪れると思っていた。

 その時、最初に声をあげるのは自分であるべきだとも考えていた。


 今回の転移罠による遭難事故において、フォースやネメやロズリアは直接的な被害を受けた張本人ではない。

 いわば第三者の彼らが、張本人である俺やエリンの前で、大きな声でダンジョン探索を推し進めるというのは憚られるだろう。

 張本人である俺が一番に賛成すれば、少しでも彼らの気遣う分が軽くなるかもしれない。


 俺以外のメンバーが反応に困っていると、次に声をあげたのはエリンだった。


「うん、私も賛成……」


 その声色は全然賛成しているように思えなかったが、それでも賛成していることはしている。


 20階層から帰って最初に目を覚ました日、彼女と二人きりで話したやりとりが思い出される。

 あの時、最初エリンはダンジョン探索をやめるつもりだと言っていた。

 それから俺の覚悟を聞いて、彼女は意見を翻した。


 彼女は心の内ではダンジョン探索に抵抗を覚えているのだろう。

 その気持ちを抑え込んで絞り出したのが、今の答えだ。


「それじゃあ、今から準備しなくちゃですね」


 明るい声でエリンの言葉に反応したのはロズリアだった。

 暗い雰囲気を払拭しようと、胸の前で大きく手を叩く。


 彼女は空気を読む力はあるのだ。

 普段から和を乱すような発言をしているのは、ただ空 気を読む気がないだけだ。

 こういう時の彼女の配慮はありがたい。

 午前中エリンと口論していたのが噓みたいだ。


「おう、そうだな」


「ダンジョン行くです!」


 フォースとネメもそれに乗っかり、話はダンジョン探索に行くことで決まったようだ。


「そうだね。今回は久々に六人揃っての探索だし、深い階層は潜らないで、10階層あたりにしようか」


 これもジンの配慮だろう。

 いきなり因縁のある17階層には向かわずに、比較的安全な階層での肩慣らしをする。

 それは良い提案だ。


「10階層ですか……。あのゴーレムばっかり出る場所ですよね……」


「そうだね。あそこなら極端な気候や地形はないから楽だし、出てくるモンスターも強すぎず、ちょうどいいかなって」


 ダンジョンは火山や雪山、沼地や浮遊島など様々なコンセプトで階層が成り立っている。

 機械的な工場地帯を模した10階層は地形の癖が強くなく、ジンの言う通り肩慣らしに最適そうであった。


前へ次へ目次