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第34話 ガール・ミーツ・ボーイ

 視界が白黒に点滅している。

 掠れたノイズが鼓膜を震わせている。

 急速に失われていた世界が戻っていくような感覚。


 ――ああ。限界が来ているな。


 四肢の感覚が戻るとともに、《偽・絶影》の終わりを悟る。

 ここまで頑張ってくれた自分の身体に労をねぎらいたいが、今はまだ立ち止まるわけにはいかない。


 気持ちを震わせながら一歩踏み出したところで、足の甲が砕け散ったと錯覚するほどの衝撃に襲われる。

 突然の激痛に受け身が取れない。

 そのまま体勢が崩れ、地面を滑り転げてしまう。


 痛い。痛い。尋常じゃないくらい痛い。助けてくれ。

 死ぬって。死ぬ。なんだよこれ。すごい痛い。痛すぎる。

 足だけじゃない。身体中だ。腕も喉も全部痛い。

 四肢が破裂するみたいに痛い。

 痛すぎて、転んだ時にできたかすり傷なんて気にならないほど痛い。


 痛くて、痛い以外の言葉が思いつかない。

 痛みのあまり叫ぼうにも、喉が焼けるように痛くて声が出せない。

 肺だって潰れてなくなったんじゃないのかってくらい痛い。

 心臓もすごい痛い。きっと破裂している。


 頭だってガンガン締め付けられる。

 視界も真っ白に染まっている。音も鼓動以外何も聞こえない。


 きっと付け焼き刃で《偽・絶影》を発動したせいだ。

 無理をしすぎた。自分のイメージに身体がついてきていなかった。

 その反動が今になってやってきた。

 全身の骨や筋繊維、細胞までが悲鳴を上げている。


 そもそも、《偽・絶影》を発動できたこと自体が奇跡なのだ。

 あの時、俺は生存本能が映し出した光景を頼りに、無我夢中で身体を動かした。


 ジンとの手合わせを疎かにしていたり、少しでも生きたいという気持ちが弱かったら、 鎧武者を撒くことはできなかった。

《絶影》を見せてくれたジンにも、俺に生きて帰る意味を与えてくれたエリンにも、感謝の言葉を伝えたい。


「まあ、生きて帰れればの話だけど……」


 指先の一本も動かせないことを確認しながら、芋虫のような体勢で呟く。

 その呟きの声すら、本当に口から出せているのかは怪しかった。


 徐々に薄れていく意識の中、自分は本当に死んでしまうのではないかという不安に襲われる。

 限界を越えて酷使した身体が終わりに向かっていくのを察していたし、たとえすぐに死ななくてもここで這いつくばっていたら、いつかはモンスターに見つかってしまう。


 結局、待ち受けるのは死のみだ。

 死にたくないなと思いつつも、心は充足感で満たされていた。

 ここで死んだら『到達する者(アライバーズ)』のみんなは悲しむだろうし、エリンはもっと悲しみに暮れるだろう。


 エリンを泣かせたくないのはもちろん、ここで死んだらせっかく立ち直れる機会を得た彼女の足を引っ張ってしまう。

 だから、死にたくはないんだけど。


 エリンをこの階層から帰せただけで充分なんじゃないの?って気もする。

 最低限の目標は達成できたのだ。

 ちっぽけで無力な俺が、これくらいのことを成し遂げたのなら、褒められるべきなんじゃないのか?


 たとえ、今の俺がどう思おうと、身体はもう一ミリも動かないわけで、エリンとの約束通りピュリフの街に帰るのは難しい。

 だったら、ここら辺で満足しておくのが身分相応ってもんだ。


 生を諦めて意識を鎮めようとすると、肩に何かが触れた。揺らされている。

 目が見えなくてもわかる。この温かさ、エリンだ。


「――――」


 もうなんて言っているのかすら聞こえない。

 摩耗しきった脳が音を受け入れることすら拒絶している。


「――――」


 だけど、不思議とエリンが優しい言葉をかけてくれたんだと理解できた。

 ここまで来てくれたんだ。俺を助けるために。


 身体が上に引っ張り上げられる。

 どうなっているのかはわからないけど、おそらくエリンは俺を担いでくれたのだろう。

 胸の辺りがほんのりと温かかった。多分、エリンの背中だ。


 ずるずるとぎこちないゆっくりな足取りだが、俺達は進んでいっている。

 帰るべきピュリフの街へ一歩ずつ進んでいっている。


 両足は引きずられて地面に擦りつけられている。

 前後左右に揺らされて、背負われ心地は最悪なはずだった。

 それでも、この瞬間俺は安心していて。 きっとそれはエリンと触れ合っていたからだ。


 気が抜けると、意識は一瞬で遠ざかっていた。






 ***






 目を開けると視界は黒一色に包まれていた。

 黒の奥にはほんのりと何かが浮かんでいて、決して目が見えなくなったわけではないようだ。


 暗さに段々と目が慣れてくると、暗闇の先には壁やら家具やらが見えてくる。

 ここはあれだ。自分の部屋だ。

 見慣れた光景。自分はピュリフの街に帰れたのだと実感した瞬間だった。


 久しぶりすぎる部屋の空気に心が落ち着いていられない。

 すぐさま立ち上がって、時計を確認する。

 どうやら今は午前三時らしい。

 案の定カーテンをめくると、窓は黒く染まっている。


 そこまで動いて、身体の調子に気づく。

 軽い。そして、どこも痛くない。

 肩を回して、足を上げても、どこも異変はない。

 怪我はおろか、違和感ですら微塵もなかった。


 おそらく、ネメ辺りが治癒スペルをかけてくれたのだろう。

 後で感謝を述べておこう。


 そうして、早速手持ち無沙汰になった俺は、まず初めに風呂に入ることにした。

 ダンジョン内に一カ月以上いたのだ。

 汚れを落として、身なりを綺麗にしようとするのが当然のことだろう。

 風呂好き過激派ではない俺も、今日だけは長く湯船に浸かっていたい気分だった。


 夜遅くということもあり、風呂のある一階は電気が灯っていなかった。

 おそらく、みんな寝ているのだろう。

 わざわざ起こすのも迷惑な気がして、足音を立てずに風呂場へと向かった。




 長風呂を終えて、部屋に戻ろうと二階へ向かう階段を上がると、手前から三つ目の扉から光が漏れていた。

 あそこは俺の部屋だ。


 電気をつけっぱなしにして出ていった記憶はないので、不審に思いながら扉を開けると、そこにはパジャマ姿の銀髪少女がベッドに腰かけていた。

 彼女も俺の存在に気がついたようだ。


「入っているわよ」


 と軽く微笑んできた。


「『入っているわよ』じゃない。人の部屋に無断で入ってくるな」


「いいじゃない。私とあなたの関係じゃない」


「といいつつ俺が無断でエリンの部屋に入ったら怒るだろ?」


「別に構わないけど……」


「おお……」


 なんか気まずい空気になってしまった。

 気まずいというかむず痒い空気といった方が正しいかもしれないけど。

 予想外の距離の詰められ方に戸惑ってしまう。


 そうだよな。そういえば、エリンとはダンジョン内でいい感じの雰囲気になっていたんだった。

 20階層にいた頃は、生きるのに精一杯であまり深く考えられなかったが、こうして平和な環境に放り込まれると、すごい意識してしまう。

 俺、そういえばエリンと手繫いでいたよな……。


「っていうか、会って第一声が『人の部屋に無断で入ってくるな』ってどうなの? もうちょっと感動的な一言が欲しかったのだけど……」


「それはすみません」


 丁寧に頭を下げると、「ほら」と声をかけられる。

 エリンは座っているベッドの、自分の隣を叩いた。

 座れということだろう。素直に指示に従って腰を下ろす。


「それでどうしたんだよ。わざわざこんな遅くに俺の部屋に来て」


「ノートの様子を見に来たのよ。あなた、一日近く寝ていたのよ」


「中ボスと戦ってからそんなに経っていたのか……」


「そうよ。起きたら声ぐらいかけなさいよ。心配してたんだから」


「寝ているところ起こしちゃ悪いかなって思って、声をかけなかったんだよ。起こした方が良かった?」


「そんな気配りいらないわよ。こっちはノートが早く起きてこないか、気になってあんまり寝れなかったっていうのに……」


 自分の発言に恥ずかしさを感じ、顔を俯かせるエリン。

 そんなに照れるんだったら言わなきゃいいのにと思いつつ、俺も照れてエリンに視線を上手く合わせられない。


 素直に好意を寄せてくるエリンは嬉しいけど、対処に困る。

 ただでさえ、自分の部屋に女の子と二人きり。

 しかも、ベッドに腰かけているときた。

 ダンジョン内では気にならなかった、色々な妄想が湧き出してくる。


「そう、ごめん……」


「うん……」


 俺の広がりのない返事のせいで会話が途切れてしまった。

 変なことを考えていたせいだ。

 彼女とどうやって話せばいいのかわからなくなっていた。


 昔ってどんな風に話していたっけ?

 20階層ではどういう感じで話していたっけ?

 意識すればするほど、頭が真っ白になるドツボにはまっていた。


「……とりあえず、他のみんなも起こす?」


「まだいいんじゃない? もう少し、二人きりで話しましょ」


「おう……」


 逃げ道が封じられた。

 というか、俺情けなさすぎでしょ。何逃げようとしてんだよ。

 混乱し出した頭を落ち着かせるために、一旦当たり障りのない質問を挟むことにした。


「俺達が戻ってきて、パーティーのみんなの反応はどうだった?」


「もちろん驚いていたわよ。最初は死人を見たかのような驚き様だったわ」


「それは見てみたかったな……。っていうか、俺達死んでいたことになっていたんだ……」


「二カ月近く失踪していたからね。捜索はたくさんしてくれてたらしいけど、それも諦めかけていた最中だったらしいわ」


「そうか、二カ月もダンジョンにいたのか……」


 外の世界の時間の進みようを知って、不思議な感慨に襲われる。

 俺はまだダンジョンの外の世界にチューニングが合わせられていないようだった。

 心ここにあらずといった状況。


 しかし、一足先にピュリフの街での生活に戻ったエリンは違ったようだ。

 彼女なりに色々考える時間があったのだろう。

 しばしの沈黙の後、思い詰めた顔で切り出してきた。


「これからノートはどうするの?」


 その真剣な眼差しにたじろいでしまう。

 後頭部を搔きながら、冷静に彼女の質問の意図を探る。


「これからって?」


「ノートはダンジョンに潜り続けるの?ってこと」


 予想外の質問に胸を撃ち抜かれるような衝撃を受ける。

 俺にとっては夜の次に朝が来ることを問われたような質問。

 でも、彼女にとってはそれが当たり前の事象ではなく、はいといいえ、どちらにも傾くべき問いだったのだ。


「ノート『は』ってことは――」


「そうよ。私はこれ以上ダンジョンに潜るのはやめようと思っているわ」


 エリンはきっぱりと言った。


「あんなにも怖い思いをしたからね。もう、ああいうのはごめんかなって。それに自分の求めているものがダンジョン攻略の先にないことも気づいてしまったわけだし。これを機にちゃんと自分の人生について考えようかなって考えているの」


 彼女の瞳からは後ろ向きな感情が窺えなかった。

 必死に悩んで、考え出した結論なのだろう。


 彼女が『到達する者(アライバーズ)』に入ったのも、明確な目的があったわけではなく、なし崩し的なものであったはずだ。

 そんな彼女が、考えて出した結論なら尊重しなければならない。

 むしろ、このままずるずる『到達する者(アライバーズ)』にいる方が間違っているのかもしれないのだ。


「いいんじゃない? エリンが決めたことなら」


「少しは止めて欲しかったのだけど……」


「なんだよそれ……」


「めんどくさい乙女心ってやつよ」


「割とめんどくさいね」


「それでノートはどうするの?」


 上半身を傾けながら瞳を覗き込むエリンが尋ねる。


 ――どうするって言われてもな。


 答えはとっくに決まっているというか、迷う選択肢すらなかったくらいだ。


「もちろんダンジョンに潜るよ。ダンジョンを制覇するって決めたわけだし、今はそれが目標になってるから」


「そう……ノートと一緒にどこかで穏やかに暮らそうと思ってたんだけどな〜」


 エリンはベッドに仰向けで倒れ込んだ。


「あなたと恋人になって、二人でモンスターとか関係ない平穏な生活をして、ゆくゆくは結婚みたいな人並みの幸せを歩むっていうのも悪くないと思っていたのに……」


「確かにそれは悪くないな」


「でも、ダンジョンに潜るんでしょ?」


「うん」


 俺の返事にエリンは口をすぼませた。


「振られちゃったか、私」


「振ってはいないでしょ」


「でも、私よりダンジョン攻略を優先するんでしょ?」


「それはそうかも」


「否定くらいしなさいよ」


 腹に蹴りがくる。随分優しい蹴りだ。

 まるでじゃれ合いのスキンシップ。


 俺はその蹴られた勢いに任せるようにベッドへ倒れ込んだ。

 今はちょうどエリンの横に寝そべる形になっている。


「俺はダンジョンに潜るから、エリンはピュリフの街で穏やかな生活をするのはどうよ? それで休みの日とかにたくさんデートとかするってのは」


「何それ。私、ダンジョンでいつ死ぬかわからない夫なんて嫌よ。一人になっちゃうなんて寂しいじゃない」


 割と勇気が必要だった誘いがあっさり断られてしまった。

 というか、いつの間にか、結婚することと死ぬことが確定してるんですけど……。

 俺が凹んだり戸惑っていたりと内心忙しい中、ふとエリンは言った。


「じゃあ、私もダンジョンに潜ろ」


「えっと……さっきダンジョンに潜るのはやめるって……」


「それはノートがダンジョン探索をやめる前提の話よ。ノートが『到達する者(アライバーズ)』をやめないなら、私もやめない」


「それってどうなの……? 自分の将来について、自分で考えるような雰囲気出していたのに、他人の意見に流されちゃってるじゃん」


「そうでもないわよ。自分で考えてのことよ。さっき言ったじゃない、ダンジョンには自分の求めるものがなかったって。でも、ノートがダンジョンに潜り続けるなら、ダンジョンに潜る意味もできるから」


「それってどういうこと?」


「私の求めるものがノートだっていうことよ。あんな危険な場所に私以外のヘンテコ魔導士を同行させて、あなたが死んじゃったらどうするのよ。私以上の天才魔導士なんていないんだから」


「20階層に飛ばされた時はあんなに頼りなかったけどね」


「それは今までの話よ。これからは上手くやってみせる。魔法のことをたくさん勉強して、頼りになる魔導士になるんだから。そして、ノートを守ってみせるわよ」


「じゃあ、期待してようかな」


 仰向けになっていた身体を横に転がす。

 すると、エリンも同時にこちらを向いたようで、俺達二人は向かい合う形となった。

 彼女の生ぬるい吐息が感じられるほど、顔は近づいている。


「この前の続きでもする?」


 エリンは歯を見せ、笑っている。

 俺は平然を装い尋ねることにした。


「この前の続きって?」


「あれよ、あれ」


「あれってなんだよ」


「あれはあれよ。たまにはあなたの方から口にしなさいよ」


「それってキスのことでいいんだよね?」


「うん。その先もいいわよ」


 エリンが両目を瞑る。薄い桃色の唇が静かに閉じられる。

 俺はその優しい色に視線を釘付けにされながら、彼女の華奢な肩に手を置いた。


 そのまま、顔をそっと近づけ――。


「ちょっと待ってください! 何二人とも、いい感じになってるんですか!」


 バンッ! と激しい音でドアが叩き開かれた。

 突然の衝撃音に驚き、身体を跳びあがらせてしまう。


「うおっ⁉」

「な、何⁉」


 変な声で慌てふためく俺とエリンを前に、ロズリアはずかずかと部屋の中へ入ってくる。


「帰ってきたノートくんとスキンシップを取ろうと部屋を訪れてみたら、どうしてお二人はそういう雰囲気になっているんですか⁉ 完全にキスしようとしてましたよね⁉」


 しまった。いつもなら常に《索敵》を発動してるから、誰かが接近してきたらすぐに気配でわかるはずなのに、ダンジョンを抜け出した安心感だったり、エリンとの新たな関係性の発展に動揺していたりですっかり気が抜けていた。


 というか、この前ロズリアとデートしてた時も、エリンが接近するまで気づかなかったし、ほんと使えないな、このアーツ。

 まあ、鼻の下伸ばして、他人の気配とか全て抜け落ちていた自分が悪いっちゃ悪いのかもしれないけど。


「エリンさん、ノートくんを誑かさないでください!」


 エリンをピシッと指差すロズリア。

 まさか彼女が人に向かって『誑かすな』などと発言する日が来るとは誰が想像しようか。

 胸に手を当てて、自身の過去を見つめ返して欲しいものだ。


「誑かしてなんてないわよ。これは双方が同意の上、そうでしょノート?」


 あっ、ここで俺に話を振ってくる感じなんですね……。

 正直、ここで振られても困る。


 ロズリアも俺への好意を寄せているアピールはフリじゃなかったの?

 とか、ならどうしてロズリアは怒っているのか? とか、これも企みの一部なのか? とか、もう色々と意味がわかんない。


 とりあえず、パーティーメンバーにエリンとキスしようとしてたなんて事実を知られるのはなんか恥ずかしいし、しらばっくれるようにしよう。


「ごめん……さっき起きたばっかりで、寝ぼけて何がなんだかよくわかってないんだ……」


「う、裏切られた!」


「ノートくん……わたくし、少し前からドアに張りついていたんで噓だってわかるんですけど、その言い訳は雑すぎませんか……。今、割と引いています……」


 まあ、バレますよね……。

 自分でも言い訳の下手さに、びっくりしたもん。


 俺が居心地の悪さに頭を搔いていると、不安そうに見つめてくるエリンの視線とぶつかった。

 後で二人っきりになった時、噓をついた釈明をしようと思っていたが、彼女の震える目を見ていると非常に申し訳なくなってきた。

 ここは素直に認めることにしよう。


「すみません……噓つきました……。はい、仰る通りで……わたくしノート・アスロンは、そこにいるエリン・フォットロードさんとキスしようとしました……」


 言葉にしようとするとめっちゃ恥ずかしいなこれ!

 しかも、未遂で終わった報告をしているのがまた恥ずかしい!

 どうせなら『キスをしました……』で締めくくりたかったよ!


 顔色を窺うため、おそるおそるエリンの方へ横目を向けてみると、意外にも彼女は満足 そうに頷いていた。

 自分で言うのもなんだけど。俺結構クズ発言してたと思うよ。

 もっと、責めた方がい いって、絶対。

 俺に対してイエスマンすぎるエリンの将来が不安になってきた。


「そういうわけよ。これから私達はキスをするから、あなたは空気を読んで部屋から出ていきなさいよ」


「う〜っ⁉ 言いますね、エリンさん! なら、ここから出ることはますますできませんね」


「あなたに配慮して言ってるのよ。私は別にあなたの前でノートとキスをしても構わないのだけど」


 俺は構う。


「随分、積極的になりましたね。前々から危ない存在になりそうだとは思っていましたが、遂にこうなってしまいましたか……。吊り橋効果恐るべし……」


「わかったなら、早く部屋から出ていきなさいよ」


「なら、あの最後の切り札を使うしかないですね……できればわたくし自身にも被害がくるのでこの手は使いたくなかったのですが……」


「最後の切り札……?」


 ロズリアの覚悟を秘めた瞳にエリンがたじろぐ。

 なんか、俺も雰囲気に吞まれて、唾を飲んでしまった。


「そうです。前にエリンさん言っていたじゃないですか。パーティー内恋愛は禁止だって。エリンさんともあろう方が、まさか自分で言い出した約束を破るとか有り得ませんよね ……?」


「言った! 言ってしまった! 何やってんの、過去の私っ!」


 叫びながら、頭を抱え出すエリン。

 ロズリアが加入して間もない頃、確かに彼女は言っていた。

 もちろん、その時ロズリアはその約束事に反対してたけどね……。


 助けを求めるように見上げてくるエリンに向かって言う。


「うん……言ってたことは言ってた……」


「そうよね……」


「お二人とも認めましたね。よって、わたくしは心を鬼にしてでも、そういう雰囲気に なっているあなた方を止めなくてはなりません」


「そんなオチってあり? せっかくいい感じだったじゃないぃぃぃぃぃ!」


 頼むから、大声で発狂しないで欲しい。みんな起きてきちゃうからね。






「よっ、久しぶりだなノート」


「随分あっさりとした再会の挨拶ですね。フォースさん」


「口ではこう言ってるけどね。こう見えても彼、かなり心配していたんだよ」


「そうなんですか、ジンさん」


 先に部屋に入っていたジン、そして、今入ってきたフォース。

 室内はかなり賑やかになってきた。

 その賑やかさに目が覚めたのか、目を擦りながら廊下から歩み寄ってくる小さい影が。


「なんです……? こっちは寝ているんですから静かにしてくださいです……?」


「おはようございます、ネメ姉さん。あと、傷とか治してくれてありがとうございます」


「の、ノート⁉ 起きてたです⁉ お、おはようです!」


 跳びあがった影の正体はこのパーティーの神官ネメだ。


「だ、大丈夫です⁉ 夢とかじゃないです⁉」


 実態を確かめるように手足を触ってきた。

 これでパーティーメンバー一同が揃ったことになる。

 残ったメンバーのエリンとロズリアはというと――。


「あともう少しだったのに……なんで……ぐずっ……」


「これがノートくんのベッドですか。いい匂いですね」


 部屋の隅でうずくまるエリンと、無断で俺のベッドに入っているロズリアだ。


「おい、ノート。ロズリアちゃんはいつも通りだとして、なんでエリンはうなだれているんだ」


 ロズリアの奇行をスルーするな、フォース。

 あと、そこはあまりつっこまないで欲しい。


「一カ月以上ダンジョンにいたせいで精神が不安定になったんじゃないですか?」


「そうか? 昼間は普通に話せていたけどな……」


「うっ……」


 そうだ。エリンはダンジョンから出てくる際、気を失ってなかったんだった。

 フォース達とは既に顔を合わせているはずだし、俺の拙い言い訳は通用するわけもない。


「それはですね、フォースくん――」


「ちょっと黙ろうか、ロズリア。勝手に人のベッドに入ってることは不問にするから」


「なら、しょうがないですね」


 毛布を頭に被り、さらに人のベッドに身をうずめるロズリア。

 不問にするとは言ったけど、続行していいとは言ってないからね。


「おい、ノート! 何隠してるんだよ?」


「な、何も隠してなんかいないですよ……」


「噓だろ……目が泳いでるぞ?」


 追及がしつこい。

 なんでもないし、ここで真実がわかったところで誰も得しないからやめて欲しい。

 下手したらフォースですら、傷つきそうな案件でしょ? 俺が女の子とキスしそうになっていたなんて。


「ネメわかったです! ノートはエッチなことを隠してると思うです!」


 なんで、そこニアピンしちゃうのかな!

 いつもは外れた発言しかしないくせに、その外れ度合いが一周回ったせいで、ほぼ正解しちゃったよ!

 エリンとキスより先のこともしそうな雰囲気だったし、そこを追及されたらもう言い逃 れができな――。


「いや、それはねえだろ。だって、ノートだぜ? エリンとそんなことになるわけねえだろ」


 フォースがアホで良かったー!

 ナイス、フォース!

 そしてナイス、女の子と無縁そうなオーラを醸し出している俺!

 うん、自分で言っていて悲しくなってきた。


「ノート君が戻ってくると、このパーティーも随分賑やかになってくるね」


 確かに、俺もそう思います、ジンさん。

 みんな、深夜なのにハイテンションすぎでしょ。


 まあ、それもそうか。なんせ一カ月以上ぶりの再会なんだから。

 自分のテンションですら高いような気がする。多分、俺も浮かれているのだろう。


「生きて帰ってきてくれて良かったよ。本当に良かった。ありがとう」


 笑顔で語りかけてくれるジンに思わず目頭が熱くなった。

 彼の言う通りだ。本当に帰れて良かった。

 この懐かしくて楽しい雰囲気を味わって、ようやくダンジョンから戻れた喜びを嚙みし

められた。


 ここ最近の苦労が全部報われた。そう思った瞬間でもあった。


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