第24話 夜の街の住人
ロズリアがパーティーに加入してから四カ月ほど過ぎた。
新たな戦力が加わった『到達する者』は順調に階層を突破していき、気づいたらパーティー最高到達階層を更新して16階層までたどり着いていた。
あまりにあっけない目標達成に流石の俺でも拍子抜けしてしまう。
この街にいるほとんどのパーティーが達成してない16階層到達という偉業を、こんなに簡単に成し遂げてしまっていいのかと戸惑っていたが、よく考えたらここまでの道中で俺は戦闘に加わってなかったし、当然か。
他人の力を100%借りて進んだ俺が煮え切らない気持ちを抱えるのは当たり前だ。
むしろ、「ここまでよく頑張ったな、俺」などと自信満々に、他人の功績をさも自分のもののように扱っていた方が怖い。
そこまで厚かましい人間には絶対になれないだろう。
「それにしても不気味だよなー」
フォースが不意にぼやいた声が、辺りに響く。
現在『到達する者』はというと、16階層に降り立って数分ほど探索をしていたところだ。
普通の声量で話していても、16階層である闇夜の街では目立ってしまう。
そのくらい、この階層は静けさに包まれていた。
「なんというか、生活感がない街ですよね」
家や建物はところ狭しと並んでいるのだが、どうにも人が暮らしている街には見えなかった。
街灯はあるのだが、通行人はいない。
馬車などの移動手段として必要なものも見られない。
街のタイルにはごみが一つも落ちていなく、汚れの欠片も見られない。
都市として機能している街ならこんなことは有り得ないだろう。
「そうだな――」
と言いながら、フォースはそこら辺に存在する家の一つのドアに手をかけた。
そのままなんの手ごたえもなく扉は開いた。
「ちょっと、何不用心に開けてるんですか。危ないですよ。モンスターが潜んでいるかもしれないのに」
「心配するなって。モンスターが出てきたら倒せばいいだけだろ? それにさっきお前、《索敵》でここら辺の家にはモンスターが隠れてないって言ってたじゃねえか」
「そうですけど……」
だけど不用心すぎる。
俺の《索敵》では気配を察知できないモンスターがいるかもしれないのに。
「確かにノート君の言う通りだと思うよ」
ありがたいことにジンが助け舟を出してくれた。
「この階層はボク達 たち にとっても初見だしね。それにダンジョンの階層難易度は5階層ごとに格段に跳ね上がるから注意は必要だよ」
これは事前にもジンに聞いた話だった。
ダンジョンは階層が進むごとに難易度が上がっていくが、5階層から6階層、10階層から11階層といった5の倍数の区切りで階層難易度が跳ね上がるらしい。
よって、この16階層も先の15階層ほど簡単にはいかないはずだ。
とはいっても、ジン達が戦闘に苦労する姿など想像できないのだが……。
衣服や食器、その他小物のない家の中を見て回っていると、ジンから声がかかる。
「【地図化】を持つキミから見て、この家は変に映ったりするのかな?」
「間取り的には普通の家ですし、隠し通路もなさそうですから逆に普通の家って感じがしますね。でも、実際に見た様子だと、誰も住んでいないのに家具だけ置いてあるって雰囲気で異様に感じますけどね」
【地図化】は建物の間取りなど比較的細かい情報も得られる。
3スロットを占める点さえ除けば、割と悪くはないスキルなのに……と思うことも多々あった。
「他の建物にもモンスターは隠れていないんだよね?」
ジンからの確認に頷く。
「そうですね。ここから少し離れたところにいるモンスターは全部路上にいるようです」
16階層からは、パーティーが作った地図が存在していない。
【地図化】スキル持ちの俺にとっての、やっとの出番だった。
今は、【地図化】、《索敵》、《罠探知》の役割をパーティー内で担っている状況だ。
やっと与えられた役割に少しだけ心が躍っていたのが本音だった。
「屋外だったら戦いやすそうだし、一度モンスター達と交戦してみようかな。この階層に出る敵の特徴も摑んでみたいし」
ジンが探索の方向性を決める。
もちろんメンバーから反対意見が出るわけもない。
このパーティーの行動指針はほとんどジンが決め、みんながそれに従うパターンが通例 だった。
六人は生活感のない気味悪い家屋を後にした。
家を出て大通りを横切ると、住宅密集地らしき区画から抜けたようだ。
住居とは造りが異なる、店らしき建物が視界に入る。
「見てくださいです! 商品も並んでいるみたいです!」
ネメは斜め前の店の中に備えられた売り場の棚に駆け寄る。
またしても不用心な行動を取るパーティーメンバーだったが、もう注意するのも面倒になってきた。
《索敵》でモンスターが潜んでいないこともわかってるし、まあいいか。
危険が近づいていたらジンがなんとかしてくれるだろう。
ネメが駆け寄った店の屋根にはテントが張ってあり、そこには何か模様が描かれていた。
なんだろう。あれは?
文字だろうか?
細い線でうねうね書かれているし。
しかし、どう頑張っても俺には読めなそうだ。俺の知らない言語なのだろうか?
俺が注視していると、エリンが隣にやってきた。
「『スーパー ヒヒーン』って書いてあるわね?」
「えっ⁉ どこに⁉」
「ノートがさっき見てた文字のことよ」
「あれやっぱ文字だったの⁉っていうか読めるの⁉」
「そんなの当たり前じゃない」
「どこが当たり前なんだよ……」
俺には彼女が当たり前と言う意味が全くわからなかった。
エリンは言葉足らずなんだよ……。
もしかして、と思って目の前の少女の全身をまじまじと見つめた。
「はっ、もしかして……エリンはこの街で生まれたダンジョン産のモンスターだったとか?」
「そんな衝撃の展開ないわよ! 私みたいな一流魔導士がダンジョン文字を読めないはずないでしょ?」
「ダンジョン文字?」
知らない単語が現れたので、思わず尋ねてしまった。
俺の様子にエリンは面倒そうな様子でため息を吐いた。
「あなた、そんなことも知らないのね」
エリンの口ぶりにちょっとイラッてきたが、ダンジョン文字の説明とやらが聞きたかったのでグッと堪える。
まあ、エリンの言う通り、俺はダンジョンや魔法などの知識は乏しい。
故郷のチャングズにいた頃は、まさか自分が冒険者の中でも物好きしか挑戦しないような危険蔓延る地、ダンジョンに挑戦することになるとは思わなかった。
そのため、予備知識とかもない。
チャングズは小さな村だったので、魔法などを教わる施設もなかった。
魔法とはスペルの中でも、エリンのような魔導士が使うもののことを指す。
ネメやロズリアが使うスペルは厳密には魔法じゃなくて神聖術という。
魔法を使えるようになるには多額の金や恵まれた周囲の環境が必要となるとされていた。
魔法使いを目指す者は幼い頃からの学習が必要となる。
魔法を会得するには、膨大な知識量が必要であり、一朝一夕で詰め込めるようなものではない。
それに小さい頃から魔法の練習を行うことで、スペルがより早く身につくようになり、保有する魔力量も大きくなるらしい。
そのような背景があるため、魔法使いとして大成するには親や魔法系の学校からの早期教育が必要とされていた。
だから、お金や恵まれた環境が必要なのだ。
ちなみに15歳までに魔法の修練をしていると魔法関連のスキルが得られやすいらしい。
それは魔法以外にも当てはまるらしく、15歳までの教育である程度スキルの指向性が得られるらしい。
俺もチャングズにいた頃は軽く剣の稽古をしていたが、得られたスキルは【地図化】だった。
なんでだよ……。
まあ、確率が少し増えるってだけの話みたいで、俺みたいな例外はよくあるらしい。
そんなわけで、魔法に縁のない生活をしていた俺はエリンの話に興味を持っていた。
彼女の説明に耳を傾けることにする。
「ダンジョン文字っていうのはね、ダンジョンのそこら中に書かれている文字のことよ」
「説明がそのまますぎませんか? エリン先生?」
「うるさいわね……黙って最後まで話を聞きなさい」
「はい、エリン先生!」
「……」
俺の悪ふざけを華麗にスルーされた。
少しくらい乗ってくれても良かったのに……。
「ダンジョン内にある文字には様々な情報が詰まっていて、今いる階層が何階層なのかといった簡単な情報から、階層攻略のヒント、スペルやアーツにまつわる情報など貴重な知識まで書かれているわ」
「どうしてそんな情報がダンジョン内にわざわざ書かれているんだ?」
「それは魔法学会でも永遠の謎とされているのよ……。今、一番有力な説はダンジョンを造った何者かが、私達人類にダンジョンを攻略してもらうためのメッセージだっていうもの。これはダンジョンが神によって造られた試練と言われている理由にもなっているのよ」
次から次へと新しい情報が入ってきてわけがわかんなくなってきた。
魔法学会ってなんだよ。新ワード入れてくるなよ。
多分、エリンは学校で教職に就いたら生徒達に「あの先生の授業わかりにくい」って陰口を叩かれるタイプの先生だ。
とはいっても、話を逸らした俺も悪いけど……。
「話ちゃんと聞いてるの、ノート⁉」
「はい、聞いてますって、先生」
「それで次はどうして魔導士がダンジョン文字を勉強するかよ。それはね――」
「話の流れから大体わかったから説明しなくていいよ。どうせ、スペルを勉強するには、スペルについてたくさんの情報が記されているダンジョン文字を読めるようにした方がいいからとかでしょ?」
なんかこの茶番も飽きてきた。
俺の興味はエリンの冗長な説明のせいで冷めていた。
逆にエリンは少し気分が乗ってきたみたいで、
「うっ……そうだけど……それで……次は……」
更なる知識をひけらかそうと唸っていた。
エリン先生にはここらで教壇から降りてもらおう。
「ネメ姉さん、店の中に何かありましたか?」
「えっ……ちょっと……待っ――」
エリンの呼び止める声を無視して、ネメの下へ向かう。
ネメも俺の声に反応して、手を振っていた。
「みんな来てくださいです! 店で売られているのが全部にんじんです!」
ん? 言っている意味がわからない。
頭でもおかしくなったのか……?
とりあえず真偽を確かめようと、五人はネメに駆け寄った。
「本当に全部人参だね……」
ジンが店に並んでいたオレンジ色の野菜を一つ手に取った。
彼の手にするものと同じような野菜が店中に置かれている。
「この階層にいる間は食料には困らなそうだな」
「そういう問題ですか……」
ジンと同様、人参をまじまじと眺めているフォースにツッコミを入れる。
「ずっと人参だけ食べてちゃ飽きますよ」
「でも、わかりませんよ! ノートくん!」
「なんだよ、ロズリア……」
「エリンさんの【料理・小】スキルなら飽きないように美味しく調理できるかもしれませんよ! 【料理・小】スキルなら!」
おい、ロズリア! それ絶対エリンを煽っているよね⁉
わざわざ【料理・小】の部分を強調してるし!
ほら、エリンがこっち睨んできてるじゃん!
俺まで悪口言ってる風になってるじゃん!
俺、何も言ってないのに!
ロズリアがこのパーティーに入ってきてから、エリンを煽る人が二倍に増えたせいで、エリンの機嫌が悪くなりがちなんだよ。
マジでこの雰囲気どうにかしてくれ。
「見てくださいです! あっちの店も人参だらけです!」
俺の気苦労もつゆ知らず、ネメははす向かいの店へとことこと駆けていく。
俺達も続いて歩いていくと、店内に陳列されている商品は案の定人参だらけだった。
「何よ……この階層……。不気味ったらありゃしないわ……」
エリンの呟きもごもっともだった。
俺達はあれからいくつもの店を回ったが、店内に並んでいるのはどれも人参だけ。
他の商品は全く見当たらなかった。
こんなに大量の人参を見ていると頭がおかしくなりそうだ。
まるで誰かが雑に造った街。そういう表現がぴったりの階層だった。
先程、エリンが言っていたダンジョンを造ったのが神だという説もあながち否定できないような気がしてきた。
ただ、もし俺が全知全能の神ならもっとまともな都市を造り上げただろう。
もしかして神とやらは案外万能でないのかもしれない。
「そろそろモンスターと遭遇しますから気を引き締めてくださいよ」
俺は自分に言い聞かせるように、パーティーメンバーに忠告を投げかけた。
気配の数は十。距離は100mないくらい。
建物を三つ、道の二つほど先にモンスターの気配があった。
十という数は少し多めだ。群れるタイプのモンスターなのかもしれない。
十体のモンスターから感じられる脅威度はどれも一様で、強さや種類に優劣がないようだ。
「わざわざ戦闘する必要のない距離だけど、一応戦ってみようか。みんなもそれでいい?」
ジンの提案に一同は頷いた。
建物同士の間にある小路を抜け、静かにモンスターとの距離を詰める。
そのままモンスター達の進行方向へと場所取りをし、曲がり角で待ち構えることにした。
相手の様子を確認しようと、ジンは《隠密》を使いながら、曲がり角から顔を出した。
「なんだあれ……」
どうも歯切れの悪い反応だ。
珍しいジンの反応に興味がそそられたのか、ネメが自分も見てみたいと急かしてくる。
仕方ないので、彼女の肩に手を置き、《隠密》を発動させた。
「馬が――」
「――二足歩行してるです」
「何よ、その感想……」
俺達の口から漏れ出た感想にケチをつけてくるエリン。
いや、エリンも見てみろって。
そうとしか言いようがないから。
「一体何がいるの?」
「ウマ人です!」
ネメがすぐさま答える。
「ウマ人って何よ⁉」
「ネメの造語です!」
「造語のセンスないわね!」
いや、珍しく今回だけはネメを擁護したい。
ネメの表現は正しい。あれはどう見てもウマ人だ。
エリンも見てみろって。
本当、そうとしか言いようがないから。
「じゃあ、奇襲かけるよ」
ジンの言葉を合図に、俺達六人は飛び出した。
「あっ! ほんとにウマ人っ!」
エリンのうるさい叫びは無視することにしよう。
先頭を走るのはジンだった。《登破》で重力に逆らいながら建物の壁を駆けていく。
そのままウマ人達の下へ降り立ち、二人の首を刈った。
あまりにあっけなく成功してしまった奇襲に、この階層のモンスターも大したことないのかと一瞬だけ思ってしまった。
それは他の五人にも言えたことだろう。
俺達の一瞬の隙をつくように、奥にいたウマ人が首にかけていた笛を吹いた。
ピーーーッ!
甲高い大きな音に、全員がひるんでしまう。
しかし、残りのウマ人達は手にしていた槍を構えているのみで、襲ってこなかった。
完全なる防御態勢。
安易な攻撃を仕掛けてこない彼らに焦りを覚え、大声を出した。
「合図です! その笛、仲間を呼ぶ合図みたいです!」
《索敵》により、おびただしい数のモンスターがこちらに集まってくるのを察知してしまった。
ジンも俺と同じように《索敵》で危険を察知したのだろう。
「ここから逃げよう! この数に囲まれるのはまずい!」
口を動かしながらも、黒刀を振るった。
生き物のようにうねる刀身が、目の前のウマ人の足を切り裂く。
敵の殲滅から機動力を奪う方針へ変更したのだろう。
ジンの次に先行していたフォースも、身体を翻し退却の構えを取る。
「ノートくん、道案内お願い!」
「はい!」
集まってくるモンスターの居場所を探れるのは俺とジンのみだ。
ジンは今、ウマ人との交戦で手が空いていないし、俺には【地図化】だってある。
どうやら、ジンの指示通り、自分が退避ルートを決めなくちゃいけないようだ。
モンスターが比較的少ない区画へ進む道を即座に考える。
それになるべくなら、先へ進みたい。
スタート地点から離れる方向へ進んだ方がいいだろう。
大体の指針を決め、走り出す。
「ロズリア、案内するから前お願い!」
戦闘能力のない俺が先頭を走るのは心許ない。
いくらモンスターがいない道を行こうとしても、何体かとの交戦は必要に思えた。
「そこの道、右に行って!」
ロズリアに指示を飛ばしつつ、足の遅いネメを抱えて走る。
こういう場合ネメを保護するのは俺の役目だ。
毎朝、ランニングをしていた備えが今に活きていた。
ロズリアとネメと俺の後ろを、他の三人もちゃんとついてきているようだ。
後ろは気にしないでいいだろう。退避ルートを選ぶことに集中しよう。
右へ左へ。
いくら進行方向を変えても、モンスターの包囲網は確実に狭まっていた。
やっぱり交戦は避けられなそうだ。
「その先の道に三体、モンスターがいる! どうにかして!」
「どうにかって雑すぎませんか!」
「じゃあ、なんとか!」
「大して変わらないですよ!」
叫びながら、ロズリアは小路から現れたウマ人の一人に向かって、速度を落とさないまま突撃していった。
走っていたエネルギーを持て余すことなく、盾でウマ人を弾き飛ばす。
その場で回転し、残りのウマ人達を聖剣でスライスしていく。
しかし、ロズリアが盾で弾き飛ばしたウマ人は大したダメージを受けていないようだった。
家屋に叩きつけられた体を起こさないまま、笛を吹いた。
またしても仲間を呼ぶ合図だろう。
モンスターが集まってきているのが《索敵》で嫌というほどわかってしまう。
「ああっ! もうっ!」
ロズリアもそのことに気がついたのか、苛立たしそうに地面を踏みつける。
「もうあれはほっといて逃げよう」
「わかりました……すみません……」
「いや、謝んなくていいから。ほら早く」
倒れているウマ人に恨みの視線を送るロズリアを急かす。
階層中の仲間を呼ぶモンスター達。
確かにこの階層は厄介かもしれない。
今までの階層にはこんな面倒な特徴を持つモンスターは存在しなかった。
さすがは16階層といったところだ。
今まで通り、簡単に攻略――とはいかなそうである。