第21話 決闘!?
「――《絶影》」
暗転する視界。
直後、自分の身体が叩きつけられたことに気づいた。
うつ伏せになった俺の上には影。もといジンがいた。
俺はちょうど組み伏せられている状態であった。
「今日はここまでにしようか」
ジンの一声を機に、背中の圧迫感から解放される。
17戦0勝。これが本日の成績。
またしても、1勝どころか一回も回避できてなかった。
これは今日に限ったことでなく、この修業を始めてから毎度お決まりの結果であった。
毎回のごとく、ジンの初撃を躱せないままやられてしまう。
その現状に情けなさを感じ ている。
どれだけ試行錯誤しながら戦ったところで、ジンの攻撃を避けられるビジョンが見えない。
俺の些細な小細工など《絶影》の前では紙くず同然だ。圧倒的なスピードを前になすすべがなかった。
「……わかりました」
日が落ちてきて、視界に入る景色の輪郭がぼやけ出す時間帯。
辺りの暗さが練習の終わりを告げていた。
これ以上粘るのは得策ではないし、ジンにも迷惑がかかるだろう。
彼の提案に仕方なく頷いた。
疲労で重くなった身体に鞭を打つように立ち上がる。
ジンは既にパーティーハウスへ向かって足を進めていた。
俺はというと、その後ろ姿を見ながら、一人、絶望と焦燥を感じていた。
「本当にあれを躱せるようになるのか……?」
脳裏に浮かぶのは疾風の影。
初撃ですら躱すことのできない迅速。
未だ回避アーツを使えない俺はもちろんのこと、たとえ回避アーツを使えるようになったとしても避けられる気配がしなかった。
そもそも、今は一撃すら避けられないため、回避の技術やセンスを磨くどころの話じゃない。
何も得られないまま、ジンとの差を思い知らされて一日の修業が終わるだけだった。
***
「ノート君、ごめん。今日は特訓に付き合えなそうなんだ」
ある晴れた日の午後。突然ジンにそう切り出された。
なんでも、明日のダンジョン探索に必要な備品を買いに行かなくちゃいけないらしい。
ここのところの『到達する者』は順調にダンジョン攻略を進めていた。
そもそも、一流冒険者揃いの『到達する者』にとってダンジョンの浅層など相手じゃない。
なんの苦もなしにどんどん先に進める状態だった。
先日も6階層を突破したところだ。
このまま順当に進めば、当初の目的である16階層につくのも、そう時間はかからないだろう。
ダンジョン攻略における下仕事をしてくれているジンの邪魔はできない。
特訓をしたいのは山々だったが、素直にジンの要望を飲むことにした。
ということで、突然予定が消え、俺はというと暇を持て余していた。
本当は俺もジンの仕事を手伝った方がいいんだろうけどな……。
手伝っている暇があったら一人で修業でもしてろよって感じもするし……。
あまりダンジョン探索のことを知らない俺が同行しても役に立つか疑問だし……。
と悩んでいるとジンは一人で出かけてしまった。
俺より暇なエリンやフォースはジンのことを手伝ったりしないのだろうか……。
俺、ジン以外がそういう仕事してるとこ見たことないわ……。
リビングをぶらぶらと歩いて、これからどうしようかと頭を悩ませていると、ソファーでくつろいでいたフォースが声をかけてきた。
「あれ? お前、今日は修業とやらじゃないの?」
俺が毎日この時間になるとジンと修業するのを知っていたのだろう。
ふと疑問が思いついたから、訊いてみたという雰囲気だった。
「なんか、ジンさん用事があるみたいで……」
「なら、仕方ないな」
疑問が解消したからか、素っ気ない返事が戻ってきた。
このまま会話を終わらせるのも味気ない。
これから一人でどんな修業をやろうかと悩んでいたところなので、目の前の男にアドバイスをもらうことにした。
こう見えても彼は、超凄腕の剣士なのだ。
「フォースさん、一人でできるおすすめの修業ってなんかあります? ジンさんがいなくてもできることって限られているんですよね……」
《隠密》の修業は一人でもできるが、回避系の修業は一人じゃやりづらい。
午前中は《隠密》の練習に費やしたし、午後は別のことをやりたかった。
「そんなのオレが知るわけねえだろ。そもそも、盗賊と剣士の鍛え方って違うし、参考にならねえと思うぞ」
早くも会話をぶった切られる。
俺の方も大して期待していたわけではない。
フォースからいい案をもらうのは諦めて、一人大人しく《隠密》の練習でもしようかと考えていると――。
「おい、待て。ノートって今、ジンと手合わせしてるんだったよな? 回避アーツを習得するために?」
何やら怪しげな笑みを浮かべているフォースがいた。
不信感を募らせる俺に、フォースは続ける。
「なら、オレが手合わせしてやろうか?」
「えっ⁉」
嫌な予感がして一歩後ずさる。
フォースが、自分に利益のない提案をするはずがない。
何か企んでいるに違いなかった。
すぐさま首を縦に振りたいほどありがたい提案なのだが、危険の予測を司る本能が警鐘を鳴らしていた。
ここは大人しく直感に従うことにしよう。
「嬉しい提案なんですけど、何か企んでそうなのでやめときます」
「何か企んでそうってなんだよ! 人が善意で言ってあげてるのに! オレがそんなに信用ならねえか?」
「はい、まあ……」
「お前は少し噓をつけ! 反応が正直すぎる!」
「いや、何かを企んでいる気しかしないんですけど……」
「何も企んでねえよ! 善意100%だよ!」
推しが強すぎて、逆に怪しさを増してきたな……。
「人間、そもそも善意100%で行動することなんてあるんでしょうか? どんな善行にも打算や思惑が何割か混じっているのが普通というか――」
「何、急に難しい話始めてるんだよ! オレ達がしていたのって、ノートの修業を手伝うかどうかって話だったよな⁉」
「そうだったですね。フォースさんが話を逸らしてくるから忘れちゃいましたよ……」
「なんかオレのせいになってるし……」
あまりにもフォースがきちんとつっこんでくれるので、思わずふざけてしまった。
まあ、こういうこともあるよね……。
「そこまで言うならフォースさんのこと信じますよ。修業お願いできますか?」
「ああ……いいぜ……」
突然の手のひら返しに戸惑った様子を見せるフォース。
困ったように頭を搔いていた。
「それにしても、最近ノートからの尊敬が感じられねえんだけど……」
当たり前だろう。過去に俺にしたことを考えれば……。
俺を散々煽ったり、パーティーを突然抜けると言い出したり……。
どれだけ迷惑をかけられたと思っているんだ。
まあ確かに、フォースに対してはここ最近なおざりな態度をとりすぎていたかもしれない。
仮にも先輩冒険者であり、実力も遥か上なのだ。
反省して、少し対応を改めなければいけないな、と思ったのであった。
「引っかかったな、ノート! こうしてお前と二人きりになる機会をずっと待っていたんだよ! 勝負だ! ロズリアちゃんを賭けてオレと真剣勝負をしろ!」
普段ジンと修業を行っている街の外の空き地についた途端の出来事だった。
満足気に刀を向けながら宣戦布告をしてくるフォース。
俺はその姿を眺め、頭を抱えていた。
「フォースの言葉を真に受けた俺が馬鹿だった……」
どうしてあんな見え見えの罠に引っかかったんだよ、俺!
馬鹿かよ! 頭悪いの⁉
善意なんてものを持つはずのないフォースが、見返りのない行動なんてするわけないじゃないか!
「お前、今呼び捨て……」
フォースは少し驚いたように固まっている。
それは呼び捨てにもなるわ! 普通!
「そもそもですね――」
俺はこれから起こるであろう無益な戦いを防ぐために口を挿む。
「ロズリアを賭けてって、ロズリアは俺のものじゃないですし……」
「くっ……とぼけやがって……」
「とぼけてないですよ……」
「悔しいがオレは認めているんだよ……ロズリアちゃんがお前に惚れているって……。だがな! オレはそんなことで狙っている女を諦めるようなヤワな男じゃねえ! お前に 勝ってロズリアちゃんを手に入れるんだ!」
「人の話を聞いてくださいって……」
ロズリアが俺に惚れているなんて有り得ない話だ。
確かに彼女はそう思わせるよう振る舞っているが、おそらくあれは何かの策略のうちだろう。
俺はロズリアに惚れられる要素なんて何にもないし、ましてや恨まれている心当たりがある。
俺達が山賊に連れ去られた際の諍いなど、詳しい事情を知らないためにフォースは勘違いしているのであろう。
彼の誤解を解きたいのは山々なのだが、誤解を解いてしまうと俺達がフォースを謀っていたこと、ロズリアがフォースを避けているのは俺との約束があってのこと、など都合の悪い事実が次々と露見してしまう。
なので、その件には触れずして話題をすり替えることにした。
「そもそもフォースさんはロズリアのどこがそんなに好きなんです? どう見ても地雷臭が漂っている気がするんですけど……」
露骨にロズリアを下げて、フォースの目を覚まさせる作戦だ。
しかし、俺の思惑など気にも留めず、ガッツポーズを作りながらフォースは答える。
「顔と胸!」
最低かよ! クズ男すぎる!
でも、ちょっとだけ理解できてしまうのがまた悔しい!
ロズリアの胸の感触が瞬間的に思い起こされる。
理性を鬼にして、頭を振って雑念を取り除いた。
「で、顔と胸が好きなロズリアを取り戻したいから、俺と戦って奪い取ると?」
「まあ、そういうことだな」
あっけらかんと言うフォースに毒気を抜かれる。
「もういいですよ……。面倒なのでフォースさんに譲ります。そもそも、俺、ロズリアと付き合う気なんてないですし。フォースさんがちゃんと『到達する者』にいてくれれば、ロズリアと恋人関係になっても構わないと思っていますから。だから、無益な戦いなんてやめましょう」
このやりとりにうんざりしてきていたので、早めに打ち切ることにした。
ちなみに俺の発言の後半部分はまるっきり噓である。
ロズリアがフォースの恋人になっても構わない?
そんなわけないだろ。
別にロズリアに恋愛感情を抱いているというわけじゃないが、フォースと付き合うのはなんか腹が立つ。
たとえ演技であろうと、自分に好意を寄せているそぶりを見せている女の子が、他の男と付き合い出したら不満に思ってしまうのが自然の摂理ってやつだろう。
特にかわいい女の子ならなおさらだ。
仮に相手がジンなら百歩譲って納得できるが、相手がフォースなのは普通に嫌だ。
こんなちゃらんぽらんな男に彼女ができることすら許せない。
フォースがロズリアと付き合うくらいなら、代わりに俺が付き合ってしまいたいぐらいだ。
しかし、そのように考えている俺がどうして自分の本心を偽った発言をしているのかというと――。
いやいや、無理でしょ!
フォースに決闘で勝つなんて!
単純にフォースに勝てるわけないだろ、という逃げ腰的な姿勢によるものだった。
「お前、負けそうだからって逃げる気か?」
なんで、そういうところは鋭いんだよ!
その安い挑発の通りだよ!
「そうですよ! 俺じゃフォースさんに勝てなそうなので、ロズリアは譲ります! 戦略的撤退です!」
「どうして、そんなに自信満々に弱気発言ができるんだよ……。まあ、回避の練習だと思って戦ってみようぜ。オレも怪我させないよう手加減するからさ……」
「そういうことならぜひ!」
「手のひら返しが潔いな……。いいや、とにかく戦おうぜ……」
フォースの一声で、お互いが戦うことを了承する形となった。
ジン以外と戦える機会は珍しいし、この申し出は俺としてもありがたかった。
俺は数歩分離れ、フォースとの適度な距離を取る。
フォースはというと、刀と鞘に紐を巻きつけ、刀身が抜き身にならないよう固定していた。
同じく俺も、ケースに仕舞ったままのダガーナイフを構える。
重心を下げ、いつでも攻撃を躱せるように臨戦態勢を取る。
フォースもそれに応じて、左手で鞘を押さえる。抜刀の構え。
睨み合う両者――。
先に動いたのは、居合の構えをしていた剣士だった。
「《抜刀瞬閃》」
衝撃が響き渡る。
鳩尾からだ。鳩尾から重い衝撃がっ――。
息が上手くできない。
痛いというよりも先に圧迫感が押し寄せ、俺の身体の自由が奪われていく。
そのまま宙へと投げ出された。
どうやら俺は、フォースに鳩尾辺りを突かれたようだ。
地面に落ちていく一秒も満たない間に、意味もない状況把握しかできなかった。
「本当、弱えな。ノートって」
「うるさいですよ……」
一瞬にも満たない手合わせを終え、しばらく休んだ俺は受けたダメージをだいぶ回復しつつあった。
一応、手加減はしてくれたみたいなので、身体のダメージは尾を引いてはいなかったが、心のダメージは甚大だった。
またしても、一撃すら避けることができなかった。
手も足も出なかったという表現がぴったりの負けっぷりだ。
戦いと呼ぶことすらおこがましく、両者の差は圧倒的だった。
「どうしたらジンさんやフォースさんの攻撃を避けられるようになるんですかね……」
意外なことに、自分の口から弱音が漏れ出る。
俺としてはそんなこと言葉にするつもりがなかったのだから驚きだ。
この進歩のない日常が、自分でも気づかないうちに堪えていたのだろう。
ジンの《絶影》やフォースの剣閃を攻略する糸口さえ見つけられない。
自分の成長度合いがわかる修業はそこまで苦を感じず進められるが、なんの取っ掛かりも見つけられない修業はきつかった。
自分がどこを走っているかわからないし、今進んでいる道が正しいとも限らない。
姿形のわからない探し物を、僅かな伝聞だけをヒントに一人探している気分だ。
前に進みたいのに上手く前に進めない状況に嫌気がさす。
普段は俺が弱音を吐いたら嘲笑ってくるようなフォースでも、今回ばかりは空気を読んでくれたようだ。
「オレやジンの攻撃をアーツ抜きで避けるのは無理だと思うぜ」
珍しく彼から慰めのような言葉が出てきた。
俺は驚きながらも、上手くいかない現状に少し乱暴な口調で返してしまう。
「言われなくてもわかってますよ。回避アーツ習得のために、手合わせしてもらってるのに、一回も攻撃が躱せないせいで、回避の感覚とやらも摑めないのが困っているんです」
「なるほど……そういうことな……」
フォースは俺の発言を吟味するように頷いていた。
「それは卵が先か、鶏が先かみたいな問題だな」
「は?」
彼の示唆したいものがわからなかった。
食い気味の質問に、フォースはもうちょっと嚙み砕いた答えを用意した。
「アーツが先か、回避が先かって問題ってことだよ」
そう言って、二本指を立てた。
「アーツを身につけるには二つの方法があるんだ。知ってたか?」
「二つの方法?」
「そうだ。一つ目の方法は今、ノートがやろうとしているようなやり方。ある方面の技術を磨くことで、それに付随したアーツを自然と習得するというパターンだ」
「今やろうとしているやり方って――、回避の技術を身につけることで回避アーツを学ぼうとしていることですか?」
「そうだな。そして、もう一つの方法が――」
フォースは一本の指を折り曲げた。
「お前が《隠密》を練習している時と同じ方法。アーツを直接習得するというやり方だ。誰かのを真似するんでもいい、感覚をなぞるんでもいい。そうやって、最初からそのアーツを身につけようとする方法だ。ノートみたいに基礎能力が低い人間は案外こっちのやり方の方が合っていたりする。まあ、ジンは器用だから前者のやり方でアーツを学んだんだろうな。だから、そういうやり方で教えようとしているんだろうけど、オレは自分に合っているやり方を選ぶべきだと思う」
予想外にちゃんとしたアドバイスがもらえたことに驚いてしまう。
俺が目をぱちくりしていると、フォースは笑いながら続けた。
「だからさ、ジンがアーツを使うところを盗み見て、真似でもしてれば、案外簡単に回避 アーツができるかもしれねえぜ」
不覚にもフォースが少しかっこよく見えてしまった。
なんか気恥ずかしくなって、不本意な軽口が漏れ出てしまう。
「どうしたんです? 急にまともなこと言い出して……頭でも打ったんです?」
「失礼だろ! 人が珍しく真面目なアドバイスしてやってるのに!」
「ほら、自分でも珍しくって言ってるじゃないですか!」
「確かに!」
そう言いながら、フォースは目を逸らすように俯きながら言った。
「これでも感謝してるんだよ……お前には……。俺がパーティーを抜けるとか言い出してみんなに迷惑かけた時、色々頑張ってくれたみたいじゃねえか。だから、これはあれだ。借りを返してるだけだ」
居心地の悪そうなフォースに思わず噴き出してしまう。
というか、ばれていたんだな。
俺がフォースからロズリアを引き離すために色々と暗躍していたの。
まあ、そうか。いつかはばれるよな。
特に隠してるわけでもなかったし、誰にも口止めはしてなかった。
フォースだって馬鹿じゃないし、気づくのは当然の結果だ。
「何、照れてるんですか。確かに迷惑はかけられましたけど、あまり気にしてませんから。むしろ、このパーティーに招き入れてくれたことに、俺の方こそ借りがあるくらいですよ」
「なんだ、それ……。ああ、もう! 恥ずかしいったらありゃしねえ! やめだ、やめ。こういう真面目な雰囲気はオレの柄じゃねえ! とりあえず、言わなきゃいけないことは言ったからな!」
俺に向かって人差し指を向けるフォース。
その表情は溜まっていた感情を吐き出したかのように晴れやかだった。
「あと、ロズリアちゃんを賭けると言った件もなしだ。お前にこの話をする口実みたいなもんだったから! オレにボコボコに負けたからって、お前が手を引く必要はねえよ。オレはオレの手でロズリアちゃんの想いを手に入れてやるよ」
決め台詞っぽいの言ってるところ悪いけど、俺、ロズリアのこと狙ってないからね。
手なら既に引いてるまであるから……。
「わかりました。頑張ってください」
ただ、フォースの決意がこもった発言を訂正するのも野暮ってもんだ。
俺は差し出されたフォースの手を握り、座っていた身体を起こした。
なんか、俺にもジンがフォースを『到達する者』のリーダーだと認めている理由の一端がわかる気がした。
こういう時のフォースはやけにかっこよく見える。
俺が思い描く、パーティーのリーダー像そのものだった。
「おう! 頑張ってロズリアちゃん大きな胸を揉むという夢を叶えるぜ!」
前言撤回。全然かっこよくなかった。