第20話 ピュリフビーチ
目の前に広がるのは一面の青。
際限ない青空と広大な海の境界線はどこかあやふやだ。
潮の香りが鼻孔をくすぐり、上空を照る太陽が、自分が現在ダンジョンに足を踏み入れていることを忘れさせる。
そう、ここはダンジョンの中。
それもピュリフのダンジョン4階層であった。
この階層の空は、ダンジョン内にもかかわらず本物の空と遜色がない。
太陽だって浮かび上がっているし、果てがあるようにも思えなかった。
海だって、水平線が遥か彼方に確認できるし、うっすらと島々だって存在していた。
まるで本物の海のようだ。
とか言いつつ、実際に海を見たことなんてないんだけど……。
話によると、この階層は海に点在する島々を中継して進んでいくことで、5階層への扉へたどり着けるらしい。
その点だけを見ても今まで経験した階層とは毛色が違うことがわかると思うが、この階層にはもう一つの特筆すべき点があった。
それが今いる、転移結晶が置かれたスタート地点の島。通称『ピュリフビーチ』にあった。
転移結晶の周りというものはどの階層においても結界が張ってあり、中にモンスターが入ってこないような仕組みになっているらしい。
4階層も例に漏れずそうなのだが、結界の大きさが他の階層に比べ格段に大きいそうだ。
島一個分を包み込むほどの大きさなのだそう。
よってこの砂浜は完全な安全地帯となっており、ピュリフの街の観光地にもなっていた。
水着姿の人がそこらじゅうで遊んでいる。
もちろんこのビーチに誰しもが来れるわけではない。
4階層まで到達できる力量のある冒険者や、そういう冒険者に1階層からの道のりを同行させてもらった者に限られる。
一度4階層にたどり着ければ、後は転移結晶で簡単にワープすることができるため、何度でも訪れられる。
ピュリフの街ではそのような同伴サービスもビジネスとして成り立っているほどだ。
「あんまり浮かない顔をしてるね……」
「ええ……まあ……」
声のもとへと目を向けると、黒の海パン姿に引き締まった身体をしたジンの姿が視界に映った。
彼の鍛え上げられた肉体は流石、一流冒険者といったところだ。
俺の身体とは構造がまるで違う。
自分の胸や腕に目を落としつつ、思っていたことを口にした。
「こんなところで遊んでいる場合じゃないと思うんですけど……」
現在、俺達、『到達する者』もまた海水浴をしにピュリフビーチを訪れていたのであった。
正直、俺としてはこの予定に納得していない。
遊んでなんかいないで、いち早くダンジョンを攻略すべきなんじゃないのかと考えていた。
まあ、異議を唱える俺も、ジンと同じく海パン姿なのだから説得力はない。
そもそも、どうしてこんな状況になったかというと――。
「ここは男達の楽園! 水着姿の美女が集まる宝石箱! ダンジョン冒険者続けてて良かったっー!」
砂浜を飛び跳ねてはしゃぐ男。
発案者であるフォースのせいであった。
元々、『到達する者』の当面の目標は、このパーティーの最高到達階層である15階層まで、俺とロズリアを連れていくことだった。
ダンジョンは今までの研究によって30階層まであるとされ、パーティーの進度である15階層はちょうど半分ということになる。
これは、この街にいるダンジョン攻略専門パーティーの中で到達階層が少ないというわけでなく、むしろ逆。
トップクラスの進み具合であった。
そもそも、この国に現存するパーティーでは19階層から先に進んだものはおらず、過去の記録も合わせると人類の最高到達階層は25階層なことが判明している。
そのような中での15階層という記録。
先に進めば進むほど難易度が跳ね上がるダンジョンにおいて、完全制覇までの道のりが果てしないことを意味していた。
だから、こんなところで悠長に時間を食いつぶしている余裕などないはずなのだが……。
俺が冒険者として使い物になるまで、育成とパーティーメンバー探しに時間を取られてしまったこともあるわけだし。
「話し合いで決まったことだし、こういう息抜きも大事だと思うよ、ボクは……」
不満が顔に出ていたのか、ジンが宥めてくる。
俺としても、この足踏みがパーティーの話し合いによって採決されたことに渋々ながら納得しているので文句は言えない。
フォースの海で遊びたいという意見に、真っ先に賛成を表明したのはロズリアであった。
妥当というか、なんというか……。
男のことしか考えていなそうな彼女が、海やビーチでの遊びを断るはずがない。
そもそもロズリアがちゃんとダンジョン攻略を志しているのかも怪しいところだ。
『到達する者』や俺に復讐するためだけに入った可能性だってある。
意外だったのはネメも乗り気だったことだ。
てっきり『水着を着るとか嫌です!』とか言うと思いきや、『ネメの水着姿で男達を悩殺してやるです』と張り切っていた。
その自信がどこからやってきたのか問い詰めたい。
その体形で悩殺できるとしたら、余程のロリコン相手だろう。
そういう人には気をつけた方がいいと思う。
ジンはもちろん反対意見を出さないので、乗り気じゃなかった俺はエリンに目で訴えかけた。
しかし、彼女もまた表立った否定を示さなかった。
『どうして否定しなかったんだよ』と後で訊いてみたが、『たまにはいいんじゃないの?』というあやふやな返答で応えたのみだ。
いまいち納得できない答えだ。
俺がたるんでいた時はあんなに非難してきたのに、今回は黙認するなんて釈然としなかった。
エリンはいち早くダンジョン攻略をしたいんじゃなかったのか?
という思いは強かったが、たまたま今日の機嫌が良かっただけかもしれない。
これ以上の追及は諦めることに した。
結局、このパーティーで唯一海水浴に反対していた俺は、最後の頼みであるジンに申し出ることにした。
海で遊ぶ暇があるんだったら、早く先に進みたいし、《隠密》の練習だってしたい。
回避アーツを習得するためにジンとの手合わせだってしたい。
そういう意見をジンに伝えた。
しかし、返ってきた反応は難色だった。
『先に進むために技術を磨こうとする気持ちはわかるけどね……。ボクはそれより先に解決すべき問題があると思うよ』
『解決すべき問題?』
『ロズリアと他のメンバーの距離感だよ。ロズリアはノート君には心を開いているみたいだけど、他の人とはあんまり話してないでしょ? フォースには一方的に話しかけられているだけっていう感じだし、エリンやネメともあまり仲が良さそうにも見えないよね。ボクとだって、なんか一枚壁があるって感じだしね』
言われてみればジンの指摘通りだった。
ロズリアは、俺とは仲が良いと言えるか微妙なところだが、結構会話はする方だと思う。
俺との約束を守ってか、フォースには素っ気ない態度を取っている。
ジンとは世間話をするくらいの間柄だ。
女性陣からのロズリアの評価は最低辺で、彼女自身もそれを察してか、自ら話しかけようとはしなかった。
その結果、暇を持て余したロズリアが俺にちょっかいをかけてきて、女性陣に冷たい視線を向けられるという負のスパイラルが起こってさえいた。
確かにジンの言う通り、パーティーの親交を深めるのは必要なのかもしれない。
俺は嫌々ながら、海水浴に同意したのであった。
話は戻って現在。
俺達は女性陣の着替えを待っている状態だ。
身軽な男子達はいち早く着替えを済ませ、砂浜に来ていた。
フォースなんかはフライングして既に海に浸かっている状態だ。
「待ちましたか? ノートくん」
不意に背後から透き通るような声が聞こえ振り向く。
そこには純白の水着とそれに負けじと白い肌をさらしたロズリアがいた。
不意といっても、常時発動している《索敵》によりロズリアが迫ってくる気配は感じていた。
だから、声をかけられても驚くはずがないのだが、彼女の姿を見た途端、不意を突かれたと思ってしまった。
そのくらい水着姿のロズリアは美しかった。
「どうですか? わたくしの水着は?」
恥ずかしげな表情をしながらも、身体の隅々を見せつけようとその場で一回転するロズリア。
あざとかわいい……。
対する俺はというと、気の利いた褒め言葉など出るはずもなく。
女の子って一回転すると胸が揺れるものなんだな……。
というあほらしい感想しか出てこなかった。
「何、鼻の下伸ばしてるのよ……情けない……」
横からの失礼極まりない言葉に目が覚める。
言葉の主は案の定エリンであった。
淡い水色の水着に、薄手のパーカーを羽織った彼女は――。
女の子って一回転しても揺れないよな……。
という当たり前の常識を再確認させてくれるものだった。
「今、失礼なこと考えたでしょ?」
なんでわかるんだよ……。心でも読めるのか……?
おそらく、俺の顔に思っていることが出ているだけだったと思うけど……。
「……気のせいでしょ」
適当に追及を受け流そうとしていると、どうやらネメも着替えを終えたようだ。
「どうです! ネメのセクシー姿は⁉」
と右手を頭に、もう一方の手を腰に当てて身体をくねらせてきた。
何、そのポーズ……。
『セクシー』というより『せくしぃー』と表現した方が正しいん じゃないのか?
発言とは裏腹に胸部から股まで繫がった、ぴっちりとした紺色の水着は彼女の幼さをより一層際立たせていた。
「うん、かわいいんじゃないですか……」
自信満々の彼女に真実を告げるという残酷な仕打ちは俺にはできなかった。
時には、噓が人を救うこともあるんじゃないかと自分に言い聞かせる。
「やっぱりそう思うです⁉ ノートは女を見る目があるです!」
しかし、無情にも俺の優しい噓によってネメは調子に乗り出してしまった。
どう正気に戻ってもらおうかと逡巡していると、ロズリアが不貞腐れたようにも、何かを企んでいるようにも見える笑みを浮かべていた。
「もしかして……ノートくんって本当にロリコンだったんですか……?」
「『本当に』ってなんだよ! 『本当に』って!」
「だって『幼女攫い』という二つ名もありますし……」
「その二つ名、ロズリアにまで知れ渡っているのかよ……」
「ピュリフの冒険者の中では有名ですし……」
最悪な情報を聞いてしまった。
海水浴なんて行かないで、家で一人お留守番してれば良かった……。
「それで本当にロリコンなんですか?」
「そんなわけないじゃん」
この点だけはきっぱりと否定しておく。
「ということはスタイルの良い大人体型の女性の方が好みなんですか?」
「まあ……そういうことになるのかな……?」
「なら、わたくしですね!」
と、いきなり抱きついてきたロズリア。
なんだよ、その雑な誘導尋問……。
「いやらしい顔しちゃって最低ね……ノート……」
エリンがすぐさま冷ややかな視線を向けてくる。
だってしょうがないじゃないか。胸、当たってるんだもん。
ロズリアと女性陣の仲が深まるどころか溝が深くなっていく気配に、ジンでも考えた作戦が失敗するんだ……と意外な発見をしたのであった。
この階層内の偽物な太陽も、地上のものと同様に移動はするらしい。
頭上に照る太陽の位置から現在の時刻を推測すると昼下がりほどだ。
そんな中、俺はというと熱い砂浜に座りながらボール遊びをしている男女グループを眺めていた。
一人きりで。
もちろん、その男女グループとは『到達する者』のメンバーのことである。
みんな仲良く楽しそうに遊んでいた。
俺の姿を客観的に見ると完全にぼっち。
まさかの海水浴ソロプレイという異端者のオーラを放っているのだが、これは自らが望んだ状況なので心配はいらない。
いや、強がりとかじゃなくて……。本当だから……。
「俺がいるとロズリアが俺ばっかりと話しちゃうからな……」
太陽の眩しさに目を細めながら、一人呟く。
午前中、皆と遊んでて気づいたのは、ロズリアは俺がいると俺以外の人にほとんど話しかけないということだ。
しかも、異様にベタベタした様子を見せてくるため、他の女性陣にあまりいい顔をされないのだ。
その結果、仲を深めるための海遊びが却って仲を悪くさせている印象があった。
というわけで、このままではまずいと思った俺は一人離れて彼らの動向を見守っていた。
まあ、一人でぼーっと見守ってるのもなんなので、《隠密》の練習も並行して行っているところだ。
パーティー内の仲を深めるために俺はビーチにいるわけで、遊びに来たわけじゃない。
無益な娯楽に時間を無駄に使うくらいなら、一人アーツの練習をしていたかったっていうのが本音だった。
「まあ……こうやって一人でいるのも寂しくないわけじゃないんだけど……」
自ら一人になっているとはいえ、疎外感は襲ってくる。
そのせいか独り言が増えていた。
めんどくさい人間だな、と思いつつ、《隠密》に集中しようと気を引き締めようとしたところで――。
パーカー姿の少女が気だるそうにこちらに向かって歩いてきた。
特徴的なツインテールから遠目でもエリンだとわかる。
トイレにでも行く途中なのかなと思い、軽く目で追っていると、そのまま近づいてきて俺の隣までやってきた。
体育座りの俺を見下ろすような形で、立ったままの彼女は口を開いた。
「何しているのよ、こんなところで……」
「エリンこそ、どうしてわざわざ俺のところに来たんだよ……」
エリンがここに現れては、ロズリアとの溝は埋まるはずもない。
拒絶の意味も込めて、質問を質問で返した。
「気配の消し方が下手くそすぎて、逆に気になっちゃったのよ……」
遠回しに《隠密》が下手なことを指摘され肩を落としていると、立っていたエリンはそのまま隣に腰を落としてきた。
「で、どうしてひそひそしながら、みんなから離れたところにいるのよ?」
エリンはこのままここに居座るつもりなのか?
彼女がロズリア達の方へ戻ってくれないと俺がこの場にいる意味もない。
理由を素直に告げてお引き取りをお願いすることにした。
「俺が交ざると、エリン達とロズリアの雰囲気が悪くなるでしょ?」
「意味わかんない。随分とあの女思いなのね」
棘のあるエリンの言葉にため息を吐きつつ、誤解を解こうとする。
「そうじゃない。パーティー全体のことを考えてだよ」
「それこそ意味がわからないわ。自分がいない方が上手くいくからなんて、遠慮して一人でいることを選ぶっていうのはおかしいじゃないの……」
「遠慮しているわけじゃないよ。アーツの練習をしたいっていうのもあるし」
というか、俺としてはそっちが本命になりつつあった。
「ほら、早く戻れば? そして、ロズリアと仲良くしてこいって」
手で追い払う仕草をし、エリンをこの場から立ち去らせようとする。
しかし、彼女は首を振るばかりだった。
「嫌よ。私はあいつと仲良くするつもりはないわ。元々、そりが合わなそうだし……」
「確かに……」
ロズリアは同性から嫌われそうなタイプだし、エリン自身も気難しい性格をしている。
あの二人が仲良くなるビジョンが見えなかった。
「でも、エリンがここにいると、ロズリアまで来そうじゃない? せめて、ネメ姉さんとは仲良くなって欲しいし、戻りなよ。俺はエリンの要望通り、アーツ練習に真剣なんだからさ」
立ち上がりかけたかと思えば、エリンは途中で固まった。
そして、そのまま砂浜に手と腰を下ろした。
「あのー、人の話聞いてた?」
「聞いていたわよ。聞いていたから、ここにいることに決めたの」
エリンの瞳には、何か得体の知れない感情が浮かんでいた。
優しさとか、喜びとは程遠い、後ろめたさを秘めている表情。
「ロズリアがこっちに来るのが嫌なんだったら、私にまで《隠密》をかければいいじゃない。そのアーツって自分以外にも効果があるんだったわよね? なら、二人まとめて《隠密》状態にした方が練習になりそうじゃない?」
「そうだけど……」
エリンはどうやらここから立ち去る気がないようだ。
もう仕方がない。観念して、エリンを《隠密》の対象に入れようと、彼女の右手に手を伸ばすと――。
「何、手を握ろうとしているのよ、この勘違い男!」
「は? 《隠密》をかけるために触れようとしただけじゃないか! 勘違いはそっちの方だろ!」
「どうだか……。触れるだけなら手じゃなくてもいいんじゃないの? どうしてノートと手を繫がなくちゃいけないのよ! 足にでも触ってなさい!」
「……わかったよ」
エリンの言い分は悔しいが理にかなっていた。
どうして、俺はこいつの手を握って《隠密》をかけようとしちゃったんだろう……。
別にいやらしい思惑とかはなかったはずだ。多分、ロズリアがやたらと手を繫ごうとしてくるせいで、異性と手を繫ぐことに抵抗がなくなっていたせいだ。
エリンは俺と違って異性と手を繫ぐことに抵抗を感じていたのだろう。
生意気な彼女の言葉に従うのは癪なのだが、無理に手を繫ぐというのもまた、エリンに気があるみたいに誤解されそうで嫌だ。
しかたなく、彼女の太ももに手を置いたのだが。
――逆にこれ、エロくない⁉
いやいや、女の子の太ももに手を置くって手を繫ぐよりまずいだろ。
なんかすべすべしてるし。柔らかさがまた絶妙だし。
肉感っていうの? ああ、エリンも女の子なんだなっていうか。
って何考えてるんだよ、俺。
よりにもよって、あのエリンに欲情するなんて。
俺が謎の葛藤に苛まれているのを知らずして、エリンはなんの気なしにこちらの顔を覗き込んできた。
「まだ、気にしているの? あれ?」
「あ、あれって何? 感触?」
「は? 感触って何よ! そうじゃなくて、前に私が怒ったことよ」
危ない……。もう少しで自分の口からボロが出そうになった……。
出そうになったというか、ほぼ出ていた疑惑まである。
幸いにもエリンには気づかれていないようだけど。
エリンが今言ってるのは、俺がパーティーに入って一カ月ほどした辺りに、気持ちが緩んでいることを指摘されたことだろう。
「どうして今になってその話?」
思っていた疑問をそのまま口にした。
エリンはこちらの表情を窺いながらも微妙に視線を逸らしている。
「だって、さっきそんなこと言っていたじゃない。エリンの要望通りなんとかって。それに今もみんなと遊ばないでアーツの練習しているし……。やっぱ私のせいなのかなって……」
気にしていないと言えば噓になるけど、気にしているというほどでもない。
今、皆に交じって遊ばないのは俺自身の意向だし、エリンのせいにするつもりもなかった。
その旨を伝える。
「別にそうじゃないよ。俺がやりたいからやっているだけ。だから、エリンが気にする必要はないと思うし、気にされても困るって言うのが本音かな」
エリンは俺の言葉を受けて、すっと目を見つめてきた。
俺の発言の真偽を探っているようだ。
「本当なの……?」
俺は黙って頷いた。
「……あなた変わっているわね」
ふと、エリンは言った。
「それはないだろ。どちらかというと、エリン達の方が変わっているでしょ?」
キツイ性格をしているエリン。
人見知りでどこかずれているネメ。
男に媚を売りまくるロズリア。
欲望に忠実なフォース。
『到達する者』のメンバーは誰も、一癖や二癖ある。
まともな人といったら、俺とジンだけだろう。
しかし、俺の否定にエリンは納得していないようだった。
「あなたの方が私より変だと思うわよ。最初の方はノートのことを普通の人って思っていたけど、最近はそう思えなくなってきたわ」
「どうしてそう思うのさ」
「今だってそう、パーティーのみんなから離れて、一人ずっとアーツの練習をしてるし」
「それはエリンとロズリアが――」
「建前でしょ? 本当はアーツの練習がしたいだけなんでしょ?」
「――っ」
その言葉に胸を突かれた。図星だったからだ。
正直、ジンほどパーティーの仲を重要視しているわけでもなかった。
俺が一人でいるのはエリンの言う通り、《隠密》の練習がしたかっただけだ。
彼女はそのまま続ける。
「そもそも、どうしてノートはそこまでダンジョン攻略に真剣なの?」
「弱い自分を変えたいからだよ」
「じゃあ、どうして自分を犠牲にしてまで変わりたいと思えるの? 私に嫌われてまで《索敵》と《罠探知》を同時並行で練習していた時もそう。フォースからロズリアを引き離そうとした時も。そして、今も。ノートは常に自分を犠牲にして目的を達成しようとするわよね? どうして? どうしてそこまでできるの? 私には――」
エリンは怒っているのであろうか。悲しんでいるのだろうか。
それとも別の何かなのか。
どうして、彼女が責めているのか、俺には理解できなかった。
みんなと遊ぶという自分の楽しみを捨ててまでアーツ練習をしている俺を非難しているのだろうか。
だったら、放っておいて欲しかった。
人が何を求めるかなんて勝手だし、どういう方法を選ぶかだって勝手だ。
「恵まれた人間にはわからないんだよ……。エリンみたいに恵まれたスキルを持っていて、実力も備わっている人間には……。俺みたいな何も持っていない人間は何かを犠牲にしない限り、エリン達のような選ばれた人間についていくことができないんだよ……」
俺が放ったのは明確な拒絶だった。
お前にはわからない。
だから、俺の気持ちを理解しなくていいし、口出しもするなとい う。
酷い口ぶりなのはわかっているが、間違ったことを言っているつもりはなかった。
しばし、二人の間に沈黙が流れる。
「やっぱり、あなたは変わっているわよ」
最初に口を開いたのはエリンだった。
水着の尻部分についた砂を払いながら立ち上がる。
「あなたの言う通り、私には全くわからなかったわ。別に非難したいわけじゃないから、勝手にしなさい」
そう言って立ち去るエリンの表情はどこか非難めいていて、憂いを秘めていた。
立ち去る彼女の背中を眺めながら、俺は得体の知れない心の引っかかりを覚えていた。