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第17話 最後の1ピース

「来なさいッ! 聖剣フラクタス!」


 ロズリアが叫ぶ。

 力の限り、全身全霊を振り絞った魂の叫び。

 その声に呼応するかのように、眩い光の束が現れる。


 束は収束し、そして顕現した。

 彼女が名を口にした聖剣が。


 大気が震えている。

 魔力の奔流が周囲を渦巻いている。

 聖光が刃から溢れ、一面の世界を切り離していた。


 まるでロズリアが、今までのロズリアじゃなくなったような。

 あざとくて、男好きな彼女なんてもうどこにもいなくて。

 ただ一振りの剣のために存在しているかのような乙女がそこにはいた。


「久しぶりの戦いです。派手に行きますよ!」


 声とともに大地が揺れる。

 一拍おいて、それがロズリアの踏み込みによるものだと気がついた。


 滑る音。いつしか出口への扉は斜めに一筋、切り捨てられていた。

 先には二人の見張りの女が啞然としている。

 状況が理解できていないのだ。


 それも仕方ないことだ。

 だって、一部始終見ている俺だって、理解が追いついていないのだ。

 目の前の光景に遊ばれていた。


 この二人をすぐさま制圧すれば、応援を呼ばれずに脱出できるかもしれない。

 そう思った矢先、ロズリアは驚きの発言をした。


「これからわたくし達はあなた方を倒して脱出しようと思います。ねえ、そこのお二人さん。早く仲間を呼んだらどうです?」


 二人は指摘されてやっと事態を把握したのか、鐘を鳴らした。

《索敵》によってアジト中の山賊達が起きてこちらに向かっていることが嫌でもわかってしまう。


「なにしているんだよ、ロズリア! 静かにしていればいいものを! 全員集まってきているじゃん!」


「それに何の問題が? 逆に好都合じゃないですか。喧嘩を売ってきた山賊どもを一網打尽にするチャンスですね」


 ああ。ロズリアは負ける気など毛頭ないのだ。

 勝つ確信があるのだ。ここにいる山賊全員を相手取って。


 そして、俺も確信している。彼女なら本当に実行すると。

 彼女の纏う凄みから、感じ取れる気配、そして表情から知ってしまった。

 それでも、不安なことはあって。


「俺のこともちゃんと計算に入れているよね……。見捨てたりしないよね……」

「……本当に情けないですね」


 俺の言葉にロズリアは呆れ果てていた。


「人を見捨てといて、なに都合のいいこと言っているんですか……」


「そうですよね……」


「でも、仕方ないですから。戦えないノートくんに代わって、わたくしが剣となり盾となりましょう。だから、安心して下がっていてください」


 ロズリアがそう言ったのなら、もう大丈夫だ。

 安心して下がれる。今の彼女は誰よりも頼れる存在だ。


 女の子の後ろに隠れて、戦いを任せるのって男としてどうなの? という疑問はこの際考えないでおくことにした。




 しばらくすると山賊達に周囲を取り囲まれた。

 しかし、数の利がある彼女らもロズリアの圧倒的なオーラに気圧され、動けないようだった。


 先に膠着状態を崩したのは山賊のリーダーだった。


「おいビビることないぞ、お前ら。相手はロズリアなんだ。大したことないはずだ。取り囲めば必ず勝てる!」


 その発言だけでも、彼女がビビっていることは明白なのだが、誰も突っ込むことができない。

 今のロズリアを前にして、平然としている方が非常識な反応だからだ。


「無理ですよ。絶対に、あなた方じゃ勝てません」


 自信満々にロズリアは宣言する。


「そんなことないだろっ! 何のスキルかは知らないが、ピカピカの見た目だけの剣を持っているだけじゃないか! 戦闘経験のない人間にいくら業物の剣を持たせたところで――」


 焦りのせいで、矛盾交じりの言い分をする山賊のリーダー。

 しかし、ロズリアの返答は無慈悲だった。


「わたくしに戦闘経験がない? ありますよ、幼い頃から。騎士団長さんによく稽古をしてもらったものです」


「き、騎士団長……。なに噓言ってるんだ。たとえそれが本当だったとしても、最近はろくに戦闘もしてないはずだ! ずっと監視していたから断言できる!」


「確かにその通りです。けれど――」


「この世界ではスキルが全てですよ。圧倒的なスキルの前には、歴戦の兵士だって無力なんです」


「――ッ」


 その息を吞む声は、自分のものだったのか、山賊のものだったのか。

 だけど、誰も否定することができなかった。

 だって、それはこの世界の紛う方なき真実だから。


「わたくしはただの聖剣の導き手です。こうしたいと願えば、あとは勝手に聖剣フラクタスが切り開いてくれる。聖剣が選び取った最善手をなぞるわたくしに、それでもあなた方は勝てると言いますか?」


 勝負は戦う前からはっきりと決していた。

 山賊達の今にも崩れそうな表情を見れば明確であった。






 ――激烈。

 眼前に広がる光景はその一言に尽きた。

 崩れ去る櫓。切り伏せられた山賊達。

 一振りの剣とともにある彼女。


 俺は今しがた繰り広げられた、『傾国(クラッシャー)』ロズリア・ミンクゴットの剣舞に目を奪われていた。


 時間は一瞬だった。

 瞬く間に彼女の蹂躙は終わっていた。


 だけど、この記憶は生涯ずっと忘れられないのだろう。

 自分の足が震えているのがわかる。

 もはや、立っているのが不思議なくらいだ。

 止めようと思っても震えは止まらなかった。

 震えずにはいられなかった。


 だって、俺は猛烈に興奮しているのだから。

 身体が熱に浮かされている。

 ここまでの高揚は、初めてダンジョンに潜って『到達する者(アライバーズ)』の戦闘に出会ったとき以来だった。



 誰もが抱く、強者への憧れ。

 そんなものを俺はロズリアに向けていたのだと思う。


 山賊達が全員、戦えない状態になっているのを確認すると、ロズリアは聖剣を手放した。

 聖剣は地面に落ちる直前、光の粒となって消えていってしまった。

 あたかも剣がこの世のものではないかのような儚い光景だった。


「わたくしの戦いぶりはどうでした? 期待に添えましたか?」


 質問をするロズリアの笑顔は何故か悲しそうで、どこか泣きそうだった。

  から、俺は素直で純粋で飾り気のない感想で返す。


「良かったよ。今まで見たロズリアの中で一番素敵な姿だった」


「そうですか……。その答え方はその答え方で、普段のわたくしの魅力がないみたいに聞こえてどうかと思うんですけどね……」


 背を向け歩き出すロズリア。

 答え方を間違ったかと一瞬焦ったが、彼女の満足げな足取りを見て、その考えが思い過ごしだったと理解した。






 ***






「大変申し訳ありませんでした! オレをパーティーに戻してください!」


 フォースが土下座をしているのはパーティーハウスのリビングでのことだ。

 話があると言われて、招き入れて早々の出来事である。


 俺やジン、エリンやネメは互いに視線を合わせ、どうしたものかと逡巡している。

 この中で最初に口を開いたのはエリンであった。


「一体どういうつもりなのよ……。ロズリアって女に尽くすんじゃなかったの?」


「それがですね……お恥ずかしい話……振られてしまいました……ロズリアちゃんに……」


「ふ、振られたって……」


「フォースっ……」

「あなたってば……」

「最高に笑えるです!」


 全ての事情を知っている俺達にとって、フォースのこの落ち込みようは笑えるほかなかった。

 誰しもが我慢できず、噴き出してしまう。


「う、うるせえ! 俺だって落ち込んでいるんだぞ! 絶賛失恋中の人間を笑うなよ!」


「……無理ですね」

「少し難しいかな……」

「うん……無理」

「ふ、ふっ……笑いが止まらないです!」


「オレがいない間に息ぴったりになってるし! この一体感腹立つな!」


 他人の不幸は蜜の味っていうか、知り合いの失恋話って笑えるんだから仕方ないじゃん。

 過去に自身の失恋話を鉄板ネタにしていた男が言うんだから間違いない。


 あと、純粋にフォースが戻ってきてくれたことが嬉しかった。


「い、いやー振られてしまいましたかー。いい感じだったのにどうして振られてしまったんでしょうねー」


「ちょっと棒読みなのが気になるんだけど……裏で何か企んでいたとかないよな⁉」


「あるわけないじゃないですかー」


「そ、そうだよな……。普通に振られたんだよ……好きな人ができたとかで……」


「そうなんですか」


 どうやらロズリアは約束通りフォースから手を引いてくれたようだった。

 ロズリアの善意に頼った取引だったので、約束を守ってもらって本当に助かった。

 彼女がこのまま強引にフォースを誑かし続けるようであったら、打つ手がなかった。


 ありがとうロズリア。元々はあんたが蒔いた種だけどな。


「それで……パーティーに戻してくれるのか……?」


 フォースがおそるおそる顔をあげた。


「どうしますジンさん?」


「ボクに訊かれてもね。エリンはどう?」


「私? うーん、ネメに任せるわ!」


「ね、ネメが決めるのです⁉ 無理です! ノートにパスです!」


「ネメ姉さん。一度、回答権を譲った人にパスするのはルール違反ですよ」


「そのルール初耳です! え、えーと……フォースにパスするです!」


「オレが決めていいの⁉ じゃあ、戻るわ」


「ネメ、何やっているのよ……」


「どうして怒られなくちゃいけないのです⁉ 理不尽です⁉」


「まあまあ。戻ってくれるならありがたい限りだしね」


 ジンがフォローを入れる。確かに彼の言う通りだ。

 俺達がフォースをパーティーに引き戻すためにどれだけ頑張ったと思っているんだ。


 ロズリアとエリンの喧嘩を宥め、ロズリアとデートして、山賊に捕まって。

 俺達というよりほとんど俺一人が苦労してる気がしたが、そこは大目に見ようじゃないか。


「でも、良かったです。これでやっとダンジョンに潜れますね」


 俺の一言に、ジンは忘れていた事実を突き付けてきた。


「それはまだ難しいかな……? タンク職のメンバーがまだ見つかっていないし……」

「そういえばそうだったですね……」


 俺が途方に暮れていると、チャリンチャリンと来客者を告げる鐘が鳴った。


「ネメが出るです」


 玄関に一番近いポジションにいたネメが駆けていく。


「目星とかはついているんですか?」


「困ったことにそれがついてないんだよね。ある程度強い戦士職の人ならいくらでも見つかるけど、ダンジョン制覇を目指せるくらい強い人ってなると……」


「エリンはないの? そういうの?」


「自慢じゃないけど、私って冒険者内では顔が狭いから期待しないでほしいわね」


「本当に自慢じゃなかった! それじゃあ、フォースさんは?」


「オレの希望としてはかわいい女の子に入ってきて欲しい!」


「希望を訊いているわけじゃないですから……。かわいい女の子でも誰でもいいから連れてきてくださいよ……」


「ノート、逆に訊くぞ。オレにそんな力があったら、今頃彼女できてると思わねえか……」


「なんかすみません……」


「それにしても、ネメ遅いわね……何かあったのかしら?」


 エリンの疑問ももっともだ。ネメが来客者のところへ向かったきり帰ってこない。

 玄関に続く廊下への扉へ一同の注目が集まる。

 すると、バンッと扉が開き、ネメが飛び込んできた。


「た、助けてくださいです……あ、あの人が……」


「怯えるように震えて一体どうしたんです――」


 言いかけて、固まった。

 視界に彼女の姿が映ったからだ。

 ここにいてはいけない存在。予想外の人物。


 藍色の艶やかでふんわりとした長髪。

 ぱっちりと大きくて澄んだ瞳。数多の男を釘付けにする抜群のスタイル。


「ロズリアちゃん! もしかして、オレに会いに――」


 フォースは抱き着かんとする勢いで駆けていく。

 ロズリアはそれを何事もないかのように躱し――。


「ノートくん! 会いに来ちゃいました!」


 俺に抱き着いてきた。

 なんで⁉


「…………」


 リビングに冷たい風が吹き荒れる。

 いや、実際吹いてはいないんだけど。体感的な問題で。


 急いでロズリアの身体を引きはがす。

 離れた胸の感触は惜しかったが、この空気をどう にかする方が優先だ。

 息を整え、疑問を口にする。


「……会いに来たってどうして?」


「乙女が男性に会いにいく理由なんて大体一つでしょう? ノートくんが好きだからです」


『他にも理由なんてあると思うけど……』というツッコミは入れられる余裕がなかった。


 だって! ノートくんが好きだからって!

 すごくない⁉ 俺、こんな直接的な好意を向けられるの初めてだよ!

 すごい! 嬉しい!


 まあ、ロズリアの本性を知っているからもう騙されないんだけど……。


「会いに来ちゃ駄目でしょ……一応約束したんだからさ……俺達の邪魔をしないって……」


「はて……そのような約束しましたっけ……?」


「とぼけるつもりなのかよ……」


「とぼけるつもりなんてないですよ。確かにわたくしはフォースくんから手を引くとは約束しましたよ」


「なら――」


「でも、ノートくんから手を引くとは一度も言っていませんよ」


「……ありなの? それ?」


「それに邪魔をするつもりなんてありません。手を差し伸べに来たのです。わたくしの調べではこのパーティ五人しかいませんよね? 足りないのじゃないのですか、メンバーが?」


「だから、なんなのよ……」


 声をあげたのはエリンだ。

 ロズリアを睨んで牽制している。


「だから、加入してあげると言っているのです。わたくし、ロズリア・ミンクゴットが」


「な、なに言ってるの、あなた……正気?」


「正気ですよ。わたくしこそがこのパーティーの空いた一枠に相応しい人材だと思いますよ」


「神官はもう足りているです……」


「ええと、ネメさんでしたっけ? それは知っていますよ。だから、本職である聖騎士として入らせてもらいます」


「せ、聖騎士? あなたが?」


 エリンはロズリアの言葉に戸惑いを隠せないようだ。


「もちろんノートくんならわたくしの加入を認めてくれますよね?」


 いじらしい笑みを向けてくるロズリア。

 脳裏に浮かぶのは、あの光景。

 彼女の激烈な戦いぶり。

 あんなに熱いのを見せられたらさ――。


「断れるわけないじゃん。最強の聖騎士が加入してくれるって言ってるんだから」


「認めるの⁉ ノート⁉」

「認めるのです⁉」


「エリンとネメ姉さんの否定したいって気持ちはわかるけど……俺が保証するよ。人格はともかく、実力はちゃんとあるから!」


「ちょっと! 人格はともかくって酷くないですか?」


「……ノート……ロズリアちゃんとはいつ知り合って……」


「ノート君が大丈夫っていうならボクも信用しようと思うけど……」


「それじゃあ、皆さんの総意で加入決定ってことでいいですね!」


「どこが総意なのよ! ロズリア!」


 あれ? なんか収拾つかない展開になってきたような……。

 どうしよう……。

 とりあえず、フォースには弁解して、エリンとネメを説得して、それから――。


 やることが多い!

 なんか考えるのが面倒になってきた。

 少しだけ頭痛がするような気がする……。


 初っ端からこんな滅茶苦茶な雰囲気のパーティーって大丈夫なのか?

 これから先のことが不安になってきた……。


 まあ、でも、同時に実感してる部分もあった。

 この賑やかさがフォースの戻ってきた『到達する者(アライバーズ)』であり、この無秩序さが新しくロズリアの加わったこれからの『到達する者(アライバーズ)』なんだなって。


 そして、そこに俺の居場所があって、期待できる未来があった。


 ここならば、きっと上手くやれるんじゃないか?

 一度は挫折して、失敗した俺だけど。大切な人を傷つけもしたけれど。


 彼らとなら上手くやれる。

 時にはぶつかることもあるかもしれないけど、それでも前に 進むことができる。


 当初の夢とは違う。

 ミーヤと一流冒険者になって活躍するという夢はもう叶わなくなってしまった。


 だけど、俺には新しい目標がある。

 自分を変えるということ。

 そして、『到達する者(アライバーズ)』のみんなとダンジョンを制覇するということだ。


 だから、今度こそ俺は絶対に間違えたりしない。


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