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第15話 『幼女攫い』vs『傾国』——Round 2

 世の中には男女二人がお出かけをするだけでデートだと宣うチャラ男がいるらしい。

 この定義に当てはめるならば、これから俺の取る行動はデートなのかもしれないが、実際問題そんな響きの良いものではない。


 そう。これから行われるのは、俺と彼女の戦いなのだから。


 ロズリアとの初対面から数日後。

 俺は彼女と二人で出かける約束を取り付けた。


 そして、今日がその約束の日。

 ただいま待ち合わせ場所に向かっている最中である。


 先日の接触で、ロズリアの男を落とす実力は嫌というほど思い知らされた。

 彼女と何度も関わりあうのは非常に危ない。


 最小限の接触で済ませたかった俺は今日の機会に全てを終わらせることを決意した。

 つまり、俺とロズリアがデートしている光景をフォースに見せつけ、修羅場を発生させて、彼の目を覚まさせるという最終段階をこれから実行するのだ。


 ジン達にはフォースをとある場所に呼び出してもらっている。

 俺のすべきことはデートを装いながらフォースを呼び出した場所へ行くだけである。


 こうして整理すると、随分簡単なミッションに聞こえるが、女性経験の乏しい俺にとってこのミッションは難易度が恐ろしいほど高かったりする。

 まあ、自分で立てた作戦なんだけど……。


 そうこう考えているうちに、待ち合わせ場所である街外れの噴水に到着していたようだ。

 人気のない広場には一人の女性が佇んでいた。

 人気のない場所だからこそ、彼女の異質な麗しさが際立って見える。


「あっ! ノートくんっ!」


 手を振りながら駆けてくるロズリア。

 この前の法衣姿とは違って、目の前の白いワンピースを身にまとった彼女はなんというか、一言で言うとすごい輝かしかった。


 いや、そう言うと前の服装が駄目だったみたいに聞こえるけど、決してそういうわけじゃない。

 法衣姿もよかったんだけど、これはこれでズルいっていうか。

 前の服装とのギャップのせいか、『えっ……ロズリアってこんな私服なんだ……』とか『純情そう……』とか『む、胸が……揺れてる……』のような感想が頭の中で溢れ暴れていた。


「お、おう……」


 思わぬ動揺から、情けない返事しか出てこなかった。中途半端に上げられた右手の行き先が定まらない。

 いかにも女性慣れしていないダサい反応だ。

 自分で言うのも癪だけど。


 たじろいでいる俺にロズリアはそのまま距離を詰める。


「待ちましたよ」


 頰を膨らませるロズリア。


「えっ……待ち合わせの時間にはまだ……」


「ふふっ。知っていますよ。楽しみすぎて早くきちゃいました! だから待ったんです」


 そう微笑みながら、腕に手を回してくる。


「今日のエスコート、期待していますよ」


 ――無理無理無理。

 無理だって。これは耐えられないって。

 かわいすぎでしょ!

 なにこれ! 天使なの⁉


 上目遣いも、俺の腕に頭を寄せる仕草も、当たっている胸の感触も、全てが最高級だった。

 これぞ、この世の男の理想。楽園がここに顕現した。


『付き合っていない女の子と二人で遊ぶって、果たしてこれはデートなのか?』と戸惑っていた男子にこの距離感は必殺的だ。

 こんなの誰だって、『このあと俺はこの娘と付き合うんだな……』って確信しちゃうだろ!


 胸のドギマギに抗い、四苦八苦していた俺に、ロズリアは更なる追撃をかけた。


「どうしたのですか? 早くどこか行きましょうよ! せっかくのデートなんですから!」


 どうやらこれはデートだったみたいだ。

 良かったな、俺。




「すごく綺麗ですね」


 隣に並ぶロズリアが感嘆の声をあげる。


「うん、綺麗だ」


 ありきたりな感想だが、彼女の美しさに目を奪われている俺にとっては同じようなありきたりな言葉しか出てこない。


 俺達はピュリフの有名観光スポットである林浴の泉という場所に来ていた。

 街の北西に位置するそこは有名なデートスポットでもあった。

 ネメの持っていた雑誌のおすすめデートスポットランキング四位に入っていたほどだ。


 そのような定番の場所であるため、泉の周りにはたくさんの人がいる。

 カップルや家族連れ、カップルに、カップル。

 カップル率、異様に多いな……。


 このような場違いな場所にいてもよいのかと一瞬躊躇する気持ちが芽生えたが、隣で腕を組んでいるロズリアが目に入り、考えるのをやめた。

 今の俺達は誰がどう見ても恋人同士に見える。


 大丈夫、今のところ作戦も順調だ。

 ただ、一つだけ。気がかりなのはこの胸の高鳴りだけ。


 ロズリアの表情の移り変わりを眺めていると、しめやかな声を聴くと、しっとりとした肌が触れ合うと、切ない多幸感がこみ上げてくる。

 さっきの『うん、綺麗だ』っていう言葉だって目の前の泉に向けたものか、彼女の横顔に向けたものなのか、自分でもよくわからなくなっていた。


「あそこらへんに行こうか。人少ないし……」


「いいですね。行きましょう!」


 ロズリアに優しく腕を引っ張られる。

 俺達は泉の周りで比較的空いている場所に着いた。


「じゃじゃーん!」


 そう言ってロズリアは大きめのバッグから折りたたまれた大きなシートを取り出した。


「下に敷いちゃいますよ」


 周りを見ると、カップル達はこぞってシートの上に座り、戯れあっている。

 そうか。このデートスポットってこういう楽しみ方をするもんなんだな。

 俺、てっきり泉を見るだけなのかと思っていた。


 泉を見るだけの何が楽しいんだ?っていう行く前の疑問が解消された。

 恋愛経験値がちょっとだけあがった気がした。


 敷いたシートに二人して腰を下ろす。

 そんなにシートは広くないので密着した感じで肩を寄せ合う。


「綺麗ですね」


「それさっきも言っていなかった?」


「だって綺麗なんですもん」


「確かにね……」


 沈黙が流れる。

 普段では気になる静けさも、何故か心地よかった。

 風の音だけが俺達の間を流れる。


「ノートくんは、今もまだ幼馴染さんのことが好きなのですか?」


 最初に沈黙を破ったのはロズリアだった。


「どうして?」


「訊きたいから訊いたのですよ」


「それ、答えになっていないような……」


「ノートくんがわたくしの質問に答えたら、答えます」


「なにそれ……話はぐらかそうとしないでよ……」


「ノートくんの方こそ話はぐらかそうとしているでしょ?」


 バレてしまってはしょうがない。

 素直に白状する。


「もう、好きじゃないんじゃないかな……? いや、でも。別に嫌いってわけじゃないよ。なんというか、なんなんだろうね……」


「なんなのですか?」


「もう恋愛感情はないって言う表現が正しいのかな……?」


 ロズリアはズルいよ。

 俺の心の底にあった本心を語らせ、自覚させようとしてくる。

 これ以上喋ったらよくないってのがわかっているはずなのに口が止まらない。


「今となっては、ミーヤに向けていた感情が恋愛感情だったのかもわからなくなっているっているのが本音かも……」


「どうしてです?」


「あれは憧れとか、感謝とか、そういう尊いものに近かったんじゃないかって思い始めてきた……」


「それじゃあ、ノートくんが思い描く本当の恋愛感情ってどんなのなのですか?」


 この会話の流れ。

 おそらく、ロズリアは俺に告白の言葉を言わせようとしているのだろ う。


 女の子との会話に慣れていない俺でも感じ取れる。

 いや、わざと感じ取れるようにしているのかもしれない。


 ロズリアのあざとい罠だ。

 彼女は告白を待っている恋する乙女を演じているのだ。


 言うのは簡単だ。この状況なら、告白経験のない俺でも告白できる。

 多分……。


 でも、言ってしまったらおしまいだ。

 口にしてしまったら最後、この胸の高鳴りが恋だと認めてしまうことになる。


 そんなの認めるわけにはいかない。

 認めたら負けだ。作戦が失敗してしまう。


「これ以上答えたくないかも。次は俺の質問に答えてほしいな」


 無理やりにも、話を終わらせる。

 しかし、ロズリアは全く嫌な顔をせず答えた。


「どうしてこのようなことを訊いたのですかでしたっけ? 決まっているじゃないですか、ノートくんが未だに幼馴染さんのことが好きだったら嫌だったからです」


「い、嫌⁉ ど、どうして?」


「それは秘密ですぅー。ノートくんが先に言わないと言いませんー!」


 ロズリアは不機嫌そうに口をすぼめた。

 これってあれか?

 俺が好きって言ったらロズリアも好きって言い返してくれるってことか?


 落ち着け、俺。そうとは限らないじゃないか。

 逸る気持ちを必死に抑える。


「この話は終わりにしましょう! 恥ずかしいですから!」


 手を叩くロズリア。

 心なしか顔が赤らんでいるような気がした。


「そうです! お弁当作ってきたんです! よかったら食べてくれませんか?」


 こ、この上目遣い。最高すぎる……。


 認めよう。俺はロズリアの術中に嵌まっている。

 既に惚れかけている。


 でも、仕方ないじゃん。

 こんな顔で見つめられたら食べるしかないじゃないか。

 というか、食べたかった。

 ロズリアの手作り弁当を。


「もちろん!」


 どうなっても知らないぞ……俺……。






 ***






「それじゃあ、街に戻りましょうか!」


 シートを畳みながら、ロズリアが言う。


「……うん」


 その光景を眺めながら、俺は弱々しい返事で応える。


 ロズリアは小さくなったシートをバッグにしまうと横に寄ってきた。

 右手の指先がふと触れ合うと、そのまま握られる。

 数歩ずつ進むたびに重なる面積は大きくなり、いつしか指と指が絡まりあっていた。

 これが噂に聞く恋人繫ぎってやつなんだろう。


 朝までは違和感を拭えなかったロズリアからの接近も今ではしっくりときていた。

 このお互いの体温が感じられる距離に安心するっていうか、そこにロズリアがいないと寂しいっていうか。

 泉での数時間は、俺にそんな心境の変化をもたらしていた。


 良くないって思っている。

 けど、仕方ないじゃん。楽しかったんだもん。

 さっきまでの時間が本当に楽しかった。幸せだった。

 ずっと続けばいいのにって思ってしまった。


 手作り弁当が美味しかった。

 彼女のころころ変わる表情が眩しかった。

 聞かされる何の山もオチもない話に笑えた。


 だから、俺はロズリアの左手を強く握り返す。


「ねえ、さっきはこれから街に戻ってショッピングをしようって言っていたけど……駄目かな? そうしなきゃ?」


「えっ?」


 ロズリアは不思議そうに首を傾げる。


「別にノートくんが決めた予定ですから……いくら変更されても構わないですけど……」


 俺が言いたいのはそういうことじゃない。

 こう言っているのだ。


 ――フォースを呼んでいる待ち合わせの場所に行かなくちゃ駄目かな?


 事情を知らないロズリアにとっては伝わらないだろう。

 俺が立てた作戦の最終段階。

 ショッピングと銘打ってフォースが待っている店に行き、 このデートの光景を見せつけるという手筈を知らなければ。


 決して伝ってはいけない。この躊躇いは。

 彼女に気づかれたら、警戒されたらもう終わりだ。

 作戦が失敗してしまう。


 でも、もういいや。失敗しても。

到達する者(アライバーズ)』の皆を裏切ってロズリアとの恋に走っちゃっても。


 別にパーティーが元に戻ったって、また自分の弱さや情けなさに打ちのめされる日々は続くのだ。

 喜びはあるかもしれないけど、その分辛くて苦しい日々が。


 だったら、このままロズリアと二人でいちゃいちゃする、何の達成感もないけど幸せな日常を選ぶのもありなんじゃないのか。

 それが戦う力を持たない冒険者の末路に相応しいんじゃないのか。


 一度浮かんできた疑問はもう留まることを知らず、思考の波が溢れかえる。

 溢れた思いは、疑問となって口から出た。


「ロズリアはさ。俺のこと、どう思ってる? フォースや他の男の人と比べてさ」


 彼女の気持ちを確かめるための質問。

 この問いの答えをはぐらかすようなら、ロズリアに騙されていることを認めてすぐさま待ち合わせ地点に向かう。


 けれど、もし、望む答えが返ってくるようなら。

 俺はロズリアを選ぶ。


 最後の決断をする。今、ここで。


「まだ、フォースくんとの関係を疑っているんですか? わたくしの方は彼に恋心などはないと――」


「疑ってはいないよ。ただ確認したかっただけ。俺もフォースと同じなんじゃないかって心配になって……」


「そんなことないです! 今日のデートは本当に楽しくて、ノートくんといる時間がずっと続けばいいのにって思いました」


 そして、ロズリアは。

 俺の内心を知ってか知らずか、こう答えた。


「わたくしはノートくんと過ごした時間が、他の誰と過ごした時間よりも楽しかったです! 一番でした!」


 ああ、完璧だ。完璧な回答だ。

 俺が求めていた答え通りだ。

 模範解答といっても差し支えがない。


 だから、俺は――、


「前言撤回。やっぱり街に戻ろう。一緒にショッピングをしよう」


 ――『到達する者(アライバーズ)』でのこれからを選んだ。


 その答えは完璧過ぎなんだ……ロズリア……。

 それじゃ、まるでロズリアが男を誑かすことに慣れた女の子みたいじゃないか……。

 計算高く、男が欲しがっている言葉を投げかける悪女みたいじゃん。


 彼女が都合よく俺に惚れているだけかもしれない?

 そんな夢物語あるわけない。


 だって、俺は彼女に会ってから、かっこいいところも頼れる姿も一度も見せていないの だから。

 弱音を吐くだけで、大したリードもできずにあたふたしていただけだ。

 特別に顔がいいわけでもない。

 そのような自分が、たくさんの男と関わってきたロズリアに選ばれるはずがないのだ。


「おすすめの店があるんだ。よかったら行かない?」


 目が覚めた。夢からも醒めた。

 もう大丈夫だ。俺は間違わない。

 最後まで作戦を完遂してみせる。




 俺は彼女の手を引いて、街に向かう道を歩いていった。

 人気のない道を進んで十数分。

 俺は違和感を抱いていた。

 自分が致命的なミスをしているのではと。

 明らかにおかしい。


 それはロズリアに対する感想ではない。

 日常生活においても、常時発動するようにしている《索敵》で感知していたものに対してだ。


 今、俺は五人の男に見張られている。

 この気配はデートの最初の時点で感じていた。当初は二人だった。

 しかし、泉に行ってからは数も増え、今の数に収まっていた。


 向けてくる敵意も明確に増大している。

 まさにこちらに襲い掛かろうっていうところまで来ているのではないだろうか。


 頭を全力で回転させ理由を考える。

 以前酒場で察した男二人の気配と同じものが二つある。

 おそらく、この男達はロズリアの取り巻きだ。


 なら、どうして襲い掛かる?

 まず考えられるのは、俺の企みが全部バレたって可能性。

 でも、自分がバレるようなミスをしたとも考えられないし、この可能性は低いだろう。


 次に考えられるのは、嫉妬だ。

 取り巻きの男が、俺とロズリアのデートの様子を見せつけられ、嫉妬に狂い襲ってくるという可能性が考えられる。


 納得はいくけど、合理的ではない気がする。

 もし、俺が取り巻きの立場なら、陰でロズリアとデートしている男を懲らしめる。

 ロズリアの目の前でそのような野蛮な行為をするのは、彼女からの好感度を下げてしまうからだ。


 人間、感情で動く生き物なので合理的な行動だけを取るとは限らない。

 先ほどまでの俺のように。

 だから、腑には落ちないのだけど、この可能性が一番妥当な気がする。

 他に理由も思いつかないし……。


 そうこう警戒しているうちに、男の一人が動き出した。

 続くように他の男達も動き出す。

 素早い動き。相当な手練れだ。


 もちろん戦う力のない俺はどうすることもできない。

 立ち竦んでいると、瞬く間に取り囲まれた。


「ぇっ⁉」


 そして、ようやく目の前に現れた人物を見て、俺は間抜けな声をあげてしまった。

 直前までの俺はなんと馬鹿らしい勘違いをしていたのだろう。


「ロズリア、ちょっと来てもらおうか……」


 だって、目の前に現れた男――いや、その人物は男でなかったのだ。

 女だ。五人全員が女性だった。


 俺の勘違いとは、ジンからの噂から酒場で見つけた気配をてっきり俺の動向を見張っているロズリアの取り巻きだと思い込み、男だと信じ込んでしまったことだ。


 目の前の女性らはロズリアの取り巻きなんかじゃなく、むしろ逆の立場。

 ロズリアを倒そうとしている人物だったのだ。

 現に女性らはロズリアに武器を向けていた。


《索敵》では、敵意の強さや実力は感じ取れるが、性別までは判別できない。

 当たり前のことだった。


「観念しろ、ロズリア。人気のないところにお前が来るのをずっと待っていたんだ」


 正面の女は武器を構えながらにじり寄る。

 囲っていた他の四人も同様に迫ってきていた。


「怖いです……ノートくん……助けてください……」


 こんな窮地でもロズリアはあざとさを忘れていなかった。

 庇護欲を搔き立てるように震えながら、俺の背中に隠れる。


 怯えた彼女の言葉に応えるように俺は――。


「悪いけど、無理。俺、戦う力ないし……。この人ら、俺より強いからどうしようもないと思う。ごめん、ロズリア。あとは自分でなんとかして」


《索敵》でこの場にいる全員の実力を理解している俺は、正々堂々降伏宣言を口にした。


 そして、ロズリアを前へ押し返す。


「えっ⁉  普通、この状況でわたくしみたいなか弱い女の子を見捨てます⁉」


「本当にか弱い女の子は自分でか弱いって言わないから! それに、この人達に襲われそうになっているのって、どうせロズリアの方に原因があるんでしょ? 男を引っ掛け回した結果、恨まれていたとか」


「手のひら返し早すぎませんか! こんな最低な男の人初めて見ましたよ!」


 おい、ロズリア……。素に戻っているぞ……。

 やっぱ、今までのは演技だったのかよ……。


 わかっていたつもりだけど、ここまで大っぴらに豹変されるとショックを受ける。

 まあ、ロズリアを見捨てる判断をした俺も悪いんだけど。


「最低な男だな……」


 俺達を囲んでいた女達も、俺の手のひら返しを見て、ドン引きしていた。


 なんでだよ!

 俺、一応あんたらの味方しているつもりなんだけど!

 大人しくロズリアを引き渡そうとしているんだけど!


「お前の言う通り、うちらはその女を恨んでいる。根城にしていた山賊団はそいつが男どもを誑かしまくったせいで、内部から崩壊させられた」


「それはご愁傷様です。やっぱ、ロズリアのせいじゃん」


 ロズリアに向き直る。

 だけど、彼女はまだ不満なご様子で。


「そこはじゃあ、認めますよ。わたくしが悪かったです。で、でも、普通見捨てます?」


「いや、逆になんで助けなくちゃいけないんだよ……」


「だって、自分で言うのもなんなのですが、わたくしかわいい方ですよ? かっこいいところ見せたいとか思っちゃったりしません?」


「見せたくても見せられないんだよ……俺、弱いし……」


「でも、ご褒美を期待して無茶をしようとは――」


「思ったりしないかな……」


「わたくし、今、びっくりするくらい引いています……ノートくんに……」


 奇遇だな、ロズリア。俺も同じ考えだ。


 もう、全部が面倒になってきた。

 実際、ロズリアさえいなくなればフォースは戻ってくるわけだし、全部が全部丸く収まる気がしてきた。

 取り囲んでいる女性らに引き渡すことに決めた。


 まあ、自分の身の安全を重視したかったっていうのもあるけど……。


「お前らで勝手に盛り上がるなよ! いいからうちらの身の上話の続きを聞けよ!」


 元山賊団の女は大声を張り上げる。


 あっ……まだ続いていたんだ……その話……。


 武器を向けられているため、不用意な態度は取れない。

 俺とロズリアは指示に従うことにした。


「それから、うちらは女どもだけで山賊団を再結成した。人数は少なくなったけど、クソみたいな男どもを入れなくなったせいで団結感は前よりも増した」


「男の人がいない集団で過ごすとか正気ですか?」


「このタイミングで余計な一言を入れるロズリアの方に俺は正気を疑うからね……」


「いいから黙っていろ、お前ら……」


「ほら、ロズリアのせいで怒られちゃったじゃん……」


「ここで人のせいにします⁉ そのクズっぷり、逆に尊敬しちゃいますよ……」


「そうだ、その通りだよ!」


 正面の女はロズリアの意見に同意の色を示した。


「お前だ、ノートとかいうやつ!」


「は、はい! 何でしょうか……?」


「うちらはロズリアをクソ女だと思っている。だがな! 自分の身の安全欲しさに女を見捨てる男もクソだ。女の敵だ。その女に誑かされたクソ男と同罪だ。無抵抗なら見逃してやろうかと思ったが、気分が変わった。一緒に捕らえてやる!」


 マジですか……答えの選択肢間違えたわ……。

 どうすればよかったんだよ!

 立ち向かっても駄目、見捨てても駄目って正解なくないか⁉


「ざまあみろですね!」


 今日一の笑顔で拳を握るロズリア。

 許さねえぞ……おい……。


 彼女に目を奪われているうちに正面の女は動き出した。

 一瞬で距離を詰め、足を払われる。

 咄嗟の出来事に、受け身を取る暇もないまま地面に転がされた。


 俺の左手を捻り上げ、手錠をかけようとする女。

 これは非常にまずい。一秒、いやその半分さえあれば――。


「あっ、ジンさん!」


 前方の木陰に向かい大声をあげた。

 ここにいる全員の視界が釘付けになる。


 しかし、何秒経ってもその光景には変化が訪れず――。


「ハッタリかよ!」


 組み伏せてきた女はそのまま剣の柄で俺の頭を殴りつける。

 バレたか……、という負け惜しみが届かないまま、自分の意識はおぼろげに沈んでいった。


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