第14話 『幼女攫い』vs『傾国』——Round 1
視界の左側に位置する窓に目を向ける。
空は一面を雲に覆われており、薄白い光が店内に差し込んでいた。
奥の柱に立てかけられた時計を見る。
短針は右側方向、水平に横たわっている。
昼過ぎということもあって客はまばらだ。
明かりを灯すのにも躊躇われる時間帯のせいで辺りが微妙に暗い。
どんよりとした空気がこの酒場に漂っていた。
「もう約束の時間よね……」
丸形のテーブルを挟んで正面に座っているエリンがぼやく。
目を細め、店の中を一周見回していた。
「そろそろ来るんじゃない?」
何の根拠もない発言を口にする。
俺とエリンがこうして酒場で顔を合わせているのは別に親交を深めるためとか、そんなんじゃない。
作戦を決行するためだ。
俺がロズリアに誑かされたふりをし、フォースを呼び戻す作戦。
その一番初めの段階であるロズリアとの接触――というか待ち合わせをここでしていた。
入り口のドアにかけられた鐘の音が鳴る。
開かれた扉の中央にいたのは、白い法衣姿の女性。
いや、俺より少し年齢が上なだけの女の子と表現した方が正しいかもしれない。
きょろきょろと周囲を見ている。目が合った。
「すみません、遅れてしまいました」
小走りで駆け、こちらに着いて早々、深く頭を下げる。
そして、彼女は頭を上げた。
藍色のふんわりとした髪が持ち上がる。
またしても彼女と目が合って、俺は息を吞んだ。
艶やかで潤んだ瞳。
欲情を誘うような湿った唇。
首元から見える肌は法衣と遜色ないんじゃないかってくらい綺麗な白だ。
さらに下に目を向けると、服の上からでも一目でわかるほど大きい胸。
ぴちっとした法衣を着ているため余計に目立つ。
予想外のあどけなさ、予想通りの美貌、予想以上の胸の大きさに思わず目を奪われていた。
俺の感覚が告げる。
こいつは強敵だ――と。
慌てて頭を振る。
落ち着け。冷静になれ。目的を忘れるな。
エリンに目配せをする。
彼女は俺の伝えたいことを察したようだ。軽く頷いた。
今回の会合にエリンを連れてきたのには理由があった。
単純に考えると、俺だけでロズリアと会った方がお互いの距離を縮め易そうに思える。
だが、今回はあえてその方法を取らなかった。
というのは、ロズリアを酒場に呼び出した口実にある。
「ちょっとあなた! うちのパーティーのフォースを、なに色目使って誑かそうとしているのよ!」
エリンが机を叩いて立ち上がる。大きな音が響いた。
数少ない客も音に反応し、こちらに目を向ける。
ロズリアは肩を縮こませていた。
そう、俺達はフォースの件を問いただすことを口実にロズリアを呼び出したのだ。
誰もが悪手だと判断するような、最悪の初手。俺の案だ。
これは仕方がなかった。
まず、ロズリアに手早く会える口実が思いつかなかった。
いつも男を周りに侍らせ一人になることが少ないロズリアに正攻法で近づくのは難しい。
俺がロズリアに好意を抱いていることを装って、彼女に話しかけるのも不自然だ。
ロズリアも自分がこの街でいいように言われてないと自覚しているのは、フォースの発言から確認済みだ。
そんな彼女にやたらと不用心に俺が近づいていったら警戒される。
また、俺がフォースと同じパーティーに所属していることも、すぐにばれてしまうだろう。
不覚にも、俺は『幼女攫い』という二つ名でこの街で有名になってしまった。
素性を隠すのは難易度が高い。
俺がロズリアとフォースの仲を知らない前提で近づくのも、フォースから話を聞いていたら一発でばれるタイプの噓なのでやめておいた。
偽ることが難しいならば、俺達は真実を使うことにした。
俺はフォースとロズリアの関係を知っている。
それ前提で彼女に俺を落とさせる。
そして、俺は落とされたふりをする。
この作戦なら、問題ないはずだ。
「落ち着いてエリン。俺達は話し合いに来たんだから……」
そのための手筈として、俺はヒートアップしているエリンを宥める。
「そうだけど! でもっ……」
エリンは俺を睨む。
客や店員の目が集まっていることを悟って着席した。
悔しそうに拳を握っている。
迫真の演技だ。
エリンがここまで演じることが上手いとは思わなかった。
というか、本当に怒っているみたいだった。
もしかしたら、ただ単純に怒りをロズリアにぶつけているだけなのかもしれない。
シナリオを忘れていないことを祈るのみだ。
この場において、俺とエリンにはそれぞれ役割を割り振っていた。
エリンはロズリアをきつく問い詰める役。
俺は熱くなったエリンを宥めて、仲裁する役だ。
敵意をあからさまに向けてくるエリンを隣に置くことで、相対的に俺を自分の味方サイドだとロズリアの意識に刷り込む。
エリンを連れてきた真意だ。
「わたくしはそのようなつもりじゃ……」
「うるさい。猫被ってないで、さっさと本性現しなさいよ!」
弱々しく首を振るロズリアに、エリンはぴしゃっと言い放つ。
「あなたが尻軽女ってのはもうわかっているのよ!」
「おい、言いすぎだって!」
エリンの口を焦って止める。
ジンの忠告を忘れるな、エリン。
ロズリアに露骨な敵対行動を取ると、取り巻きの男を呼ばれ、ボコボコにされるぞ。
頼むから節度のある非難にしてくれ。
視界では確認できないが、《索敵》ではこちらの様子を陰から監視している二人組の存在を確認している。
しかも、かなりの腕利きだと《索敵》が告げていた。
幸いにも、今の時点では俺に敵意を向けていない。
即座に危険が迫っているわけじゃないので、頭の片隅にとどめておく程度でいいだろう。
彼らから敵意を感じるようになったら作戦を中止して一目散に逃げるつもりだ。
言い合いが始まり、しばらくの時間が経つ。
「もう話にならないわね!」
エリンが話をぶった切り、立ち上がった。
彼女は怒りに顔を染めていた。
「ノート、あなたもなんなのよ! このビッチの味方しちゃって! こんな女のどこがいいのよ!」
「俺はロズリアさんの味方をしているわけじゃないよ。ただ、エリンが熱くなりすぎてるから……」
もう、こいつ完全に作戦のこと忘れてるだろ……。
これ以上、この場に留まらせるのは危険だ。帰らせよう。
「エリンがいると話し合いが進まないし、もう帰ってくれ! 頼むから! 後は俺が事情を訊くから」
エリンの両肩を押して店から出るように促すも、彼女はまだ言い足りないようだ。
「そんなにあの女と二人っきりになりたいの? 下心丸見えで、露骨よ!」
そうだよ! 二人きりになりたいんだよ! 作戦のためにな!
だから、黙って出て行ってくれ。
余計なことは言うな。今すぐに口を閉じろ。
「いいから、落ち着け。目的を忘れるなよ」
無理やりにもエリンを店の外に押し出す。
もう力技だ。なりふり構っていられない。
「ノート! 覚えてなさいよ! こんな態度を取って! ただじゃ置かないんだから!」
覚えていなくちゃいけないのはエリンの方だ。
パーティーハウスに戻ったら、絶対説教してやる。
店のドアまでエリンを追いやり、外へ追い出した。
急いで、ロズリアのいる席まで戻る。
やっとだ。やっと、ロズリアと二人きりになれた。
彼女と出会ってから十分以上は経った。
途中、何度エリンの発言にひやひやさせられたことやら。
散々、策を張り巡らし、エリンの妨害に耐えて、ようやくロズリアとの戦いの舞台が整った。
労力に全く見合っていない成果。
エリン達にこの作戦の詳細を説明した際には反対された。
そこまで、面倒な仕込みをする必要はないのでは、と。
しかし、それは間違っている。
相手は男に対しては百戦錬磨の猛者。
対男性における最強の存在。
そんなロズリアに対して、女性経験が無に等しい最弱の格下が戦いを挑むのだ。
実力差の開き切った相手にはこれくらいやらないと同じ土俵に立てない。
これは挑まれる立場である『到達する者』の皆にはできない、弱者だけの戦い方。
卑屈でなんの取り柄もない俺ができる唯一の戦い方だ。
冒険者という職にしがみつくために荷物持ちにさえ勤しんだ野良パーティー時代から始まり、エリンに嫌われることも厭わずアーツ向上だけに突き進んだように。
失意の底で学び、『到達する者』に救われてからも続けているやり方。
目的のためにプライドを捨てて、なりふり構わず、使えるものは全部使う。
さあ、勝負だ。ロズリア。
多分、彼女は勝負を挑まれていることにも気がついていないのだろう。
それでいい。俺も気づかせるつもりはない。
戦いを気づかせずして、勝敗を決させるワンサイドゲーム。
格上相手にはそれくらいのハンデがなくちゃ戦えない。
***
「よしよし。ノートくんは何も悪くないですよー」
頭にロズリアの手が添えられる。
つむじを滑らかに撫でる温かい感触に思わず目を閉じてしまう。
「だから、そのように悩む必要も苦しむ必要もないですよ。辛さから解放されるのなら、わたくしは喜んで話し相手になります」
そのままロズリアは俺の頭を抱きながら優しく手を引いた。
俺は心地よい誘いに身を任せることにした。
このままロズリアの手の赴くままに従えば、彼女の豊満な胸に顔をうずめることになるだろう。
それでもいいや。
ロズリアの腕が頭の後ろに回される。
あと少しで楽になれる。
椅子から腰を浮かし、倒れ込むようにロズリアに重心を預け――。
待て待て待て。
その場で踏みとどまる。
俺の顔とロズリアの胸まではあと3cmあるかないかといったところ。
とても不格好な中腰状態で立っていた。
「どうかされましたか?」
頭の上で優しい響きを持った声が紡がれた。
「いや、会ったばかりのロズリアにそこまでしてもらうのは悪いかなって……」
唇を嚙みしめ、何とか正気を取り戻す。
彼女の腕を優しく振りほどき、席に着いた。
ロズリアは少し残念そうな顔をしていた。
「遠慮する必要なんてないですよ。でも、そういった紳士的なところも素敵だと思います」
言い切ると、表情を一変させ、微笑んできた。
頭上に灯る照明なんかとは比べ物にならないくらい眩しい笑顔。
向けられたその表情に、俺はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
――想像以上だ。想像以上に目の前の女は危ない。
危うく落とされるところだった。完全に負けかけた。
あのまま彼女の胸に顔をうずめ、慰められていたら、確実に俺はロズリアの虜になっていた。
おそらく、あそこから逃れられる術はない。
我ながら、寸前で止まることのできた自分に感心してしまう。
そして、そんな自画自賛を満足に受け止めることができないほど、俺はロズリアという女に戦慄していた。
心を落ち着けがてら、ここまでの経緯を思い返すことにしよう。
制御の利かなくなったエリンを酒場から追い出したのち、俺とロズリアはようやく二人きりになることができた。
さて、ここからどう話を持っていこうかと悩んでいると、
「少しお腹が空いてしまいました。よろしかったら何か頼んでもいいでしょうか?」
とロズリアからの提案を受けた。
「そうですね。せっかく料理が美味しそうな酒場に来たんですもんね。料理頼みますか」
ロズリアは俺を標的に定め、この店に長居することにしたようだった。
俺としてもこの展開は都合がいい。
フォースの件をダシにロズリアを呼び出したものの、二人きりになったからにはその話題から逸れて、早くプライベートな話をして距離を詰めたかった。
ロズリアも同じ気持ちだったのだろう。
「この店のおすすめ料理を知っていたりしますか?」
話題を器用に変えるロズリア。
俺もその流れに乗ることにした。
「この店来たのは初めてなんですが……メニュー見た感じ、肉料理がおすすめみたいですよ」
「そうみたいですね。じゃあ、肉料理にしようと思います。ノートくんはどうします?」
「俺も同じようなやつにしようかな……」
「これなんて美味しそうですよ。ああ、あとこれも」
「じゃあ、これにしようかな?」
「いいですね。わたくしもそれ美味しそうだと思います」
「そうかな?」
「はい、絶対美味しいですよ。わたくしのと少しずつ分けっこしません?」
「まあ、ロズリアさんがいいなら……」
「ロズリアでいいですよ。呼ぶの。あと敬語も外しちゃって構いませんよ」
「でも、失礼じゃないですか? ロズリアさん、一応年上だし……」
「女の子に年上って言うの失礼ですよー」
頰を膨らませるロズリア。
「すみません……」
「悪いと思っているなら、ロズリアって呼んでくれませんか?」
彼女はいたずらな笑みを浮かべていた。
「……ロズリア」
「えへへ、なんか恥ずかしいですね……」
「こっちだって恥ずかしいんだけど……」
「なら、お酒でも頼んじゃいますか! 恥ずかしさを紛らわすために!」
メニューのアルコールのページを開くロズリア。
「どれにします? わたくしはこれにしようかな……? ノートくんは?」
「ええと、これかな……」
あれ? お酒まで頼むつもりなかったんだけどな……?
いつの間にかペース握られてない?
そんな疑問が一瞬脳内に浮かんだが、ロズリアが店員を呼ぶ声にかき消されていったのであった。
「あの……大丈夫でしょうか……?」
二人きりになった直後のことを思い返して、上の空になっていたようだ。
視界のすぐ先でロズリアが手を上下に振っている。
「ごめん。考え事してた……」
「なに考えていたのですか?」
「いや……なんでも……」
顔を近づけてくるロズリアに思わず腰が引いてしまう。
近いって。
っていうか、手、軽く握られているし。
「そう言われてしまいますと、さらに気になっちゃいますね」
「ほんと大したことじゃないから。それで、何の話していたんだっけ?」
「忘れてしまったのですか? ノートくんの幼馴染さんの話ですよ」
そうだった。俺は会話の種にと野良冒険者時代にお世話になった鉄板話、ミーヤに見限られたエピソードを話していたのだった。
その結果、ロズリアに慰められ、頭を撫でられる状況に陥ったのだ。
どうしてこうなったかはよく覚えていない。
ふと気がついたら、こうなっていた。
自分でも全く意味がわからない。
多分、選択肢を間違えていたら負けていた。
ミーヤとの話ではなく、『到達する者』での苦労話をして慰められていたら、俺は彼女の抱擁に抵抗することができずに落とされていただろう。
ミーヤの話をしようと口を開いたとき、俺は自分の中に生じた違和感を発見した。
――ミーヤ。
その名前を、存在を。
ここ数日、いや数カ月、全くと言っていいほど思い返していなかったという事実に。
半年前の俺では想像できなかった。
ミーヤのことを忘れていられるなんて。脳内に浮かばない日がくるなんて。
何をするにも彼女の姿がちらついて、心臓と喉の間がぎゅっとするような苦しみを味わっていた自分はもういなかった。
おそらくそれは、俺の中でミーヤとの別れに一つの区切りがついたってことだと思う。
要するに、俺は変われたのだ。
過去を引きずって怠惰な毎日を送っていた自分から、ダンジョン攻略という目標に向かって前に進む自分に。
だからだろう。
過去の過ちを全て肯定して受け入れてくれる、そんなロズリアによる悪魔の甘言は心に響かなかった。
当たり前だ。 ロズリアが認めてくれた俺は過去の自分なのだ。
現在の自分じゃない。いわば別人なのだ。
そんな別人を褒められてもなんら嬉しくない。
昔の情けない自分のまま、立ち止まって変われないでいたらロズリアの誘惑に負けていた。
だから、彼女の誘惑に負けなかったのは俺自身が変わった証拠でもあり、それが耳元で投げかけられる甘い言葉なんかよりもずっと嬉しかった。
変わりたいと思っていた自分から、少しだけ、ほんの少しだけかもしれないけど前進している。
俺の努力は無駄じゃなかった。
それからの俺は、なるべく『到達する者』に加入後の話を避けながらロズリアとの会話を続けた。
自分が変わったといっても、変わったあとの自分をロズリアに肯定されちゃ意味がない。
手も足も出ないまま、彼女の胸に沈む羽目になるだろう。
「それでは、またたくさんお話しましょうね」
ロズリアが元気よく手を振っている。
場所は酒場を出た先すぐの道路だ。
いつの間にか辺りは暗かった。
随分、はっきりと星が見える。
「こちらこそだよ。今日はとても楽しかった。ありがとう!」
耐えきったのだ。俺は。
最後まで。ロズリアの誘惑に。
手を振り返して、その場を去る。
ロズリアの視線が背中に刺さっているような気がしたが無視する。
これ以上はもたないかもしれないからだ。
今日の作戦は終了だ。成功といっても過言じゃない出来だろう。
ロズリアとの接触は果たした。距離も縮めた。
あとは、フォースに二人で仲睦まじくしているところを見せつけるだけだ。
これは次の機会にしよう。
「次の機会か……」
ため息が出る。
もう一度、耐えきらなくちゃいけないのかよ……。
軽い絶望に苛まれながら、俺はパーティーハウスへの帰路につくのであった。
***
憂鬱のあとには憂鬱がやってくるというか、すっかり忘れていたというか、なんというか。
うん。どうするか。
とりあえず、気持ちを落ち着かせるために開きかけた扉を閉めた。
この扉というのはパーティーハウスに入るドアのことである。
潜らなければ、部屋で心を落ち着かせることもできないが、その前には大きな試練が立ちふさがっている。
精神的にも。物理的にもだ。
「ちょっと! 何も見なかったかのように閉じてんじゃないわよ!」
勢いよく開かれた扉とともに怒鳴り声が飛び込んでくる。
声の主は、ずかずかとこちらに迫ってきていた。
「閉じるのも当たり前だわ! ドア開けたら、仁王立ちで待っているなんて怖すぎるから!」
俺は腕を組んで玄関で睨みを利かせていたツインテールの少女、エリンに向かって物申す。
その声は少し、自分でもわかるくらい震えていた。
何時間待っていたの……?
「怖い? それは負い目があるからじゃないの? 私を見捨てて、あのクソビッチをひいきしたことへの!」
「そうだ! 思い出した! 怒りたいのはこっちの方だった! エリン、よくも作戦をぶち壊しにしようと――」
「なに、逆ギレしているのよ! ところで作戦って……?」
「あれ? 覚えていない感じ?」
「覚えていないもなにも――」
「俺がロズリアに誑かされるふりをするために、彼女の肩を持つっていう……」
「……ああ、なんかあったわね……そんなの……」
あからさまに目を逸らし始めるエリン。
気まずそうに銀色のツインテールを指でいじり始めていた。
「あったわねじゃねえよ! 色々考えたのが無駄になりかけたわ!」
「しょうがないじゃない! 私、カーッとなっちゃうと周りが見えなくなる性格なのよ!」
「自信満々に言われても困るっ!」
「それに……同じパーティーの仲間に見捨てられちゃったかと思ったっていうか……」
「エリンっ……」
俯く彼女はどこか弱々しくて。
その肩はいつもよりも小さく見えて。
夜の闇で表情が窺えないのが、惜しく思えてしまった。
だってその言葉は、エリンが俺を同じパーティーメンバーだって認めてくれたってことだから。
どんな顔で発言したのか気になったが、あからさまに覗くのも癪に思え、隠すように言葉を継いでいった。
「まあ、エリンが本気で怒ってくれた分、ロズリアも嵌められていることに気づいてなさそうだったし? 結果的には良かったのかも」
「それだわ! 私的にそれも計算のうちだったり……」
「前言撤回。調子に乗るな」
「いいじゃない! ちょっとくらい!」
どこがちょっとなのかツッコミたかったが、面倒なやり取りになること必至なのでやめにした。
一瞬、見直せるかな? と思えば、即座に好感度がだだ下がりするところがエリンっぽいな、と思いつつ話を続ける。
「危なかったんだからな……。あのままエリンが怒っていたら取り巻きにボコボコにされていたかも……」
あの場では、俺達の動向を監視していた取り巻きの敵意が増していたようには見えなかったけど、一応釘を刺しておく。
「そんな情報もあったわね……。あの女の話を聞いていたら、また腹が立ってきた。やっぱ、取り巻きごと魔法でドカンとやっつけちゃえばよかったのよ!」
「脳筋すぎるから! 今までの俺の努力はなんだったんだよ⁉」
「はっきり言うと無駄ね! さあ、今から寝込みを襲うわよ、ノート!」
「それやっちゃったら、完全にこっちが悪者だからね……」
「大丈夫! ちゃんと目撃者まで消すわよ!」
「全然大丈夫じゃないし……。っていうか、多分、その作戦は無理だと思うよ……。取り巻きの人達強そうだったし……」
「へえ〜、私より?」
「そうじゃないけど、エリンは魔導士でしょ? 近接戦闘とか苦手じゃなかったっけ?」
「そうだけど……」
「それに――」
「お二人とも、仲睦まじくいちゃいちゃするのはいいけど、家の中でしてほしいかな。近所迷惑だしね」
言いかけたところで、二階の窓から顔を出してきたのはジンだった。
思い返すと、確かにところどころ大声で喋っていたかも……。
だけど、一つだけ言わせてほしい。
「いちゃいちゃしてないです!」
「いちゃいちゃなんかしていないから!」
「だから、静かにね!」