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第12話 デートらしきもの

 俺は今、とある命題に悩まされている。

 人が一生を懸けてでも、答えにたどり着けないかもしれない難題。


 すなわち、デートとはなにかという問題である。


 こんなことに頭を悩ませているのには理由があった。

 現在、俺とエリンは二人で黙々とピュリフの街の商店街を歩いているのだ。


 原因は俺にある。

 というのも、ジンが用意していた最終段階とやらの特訓を、俺が無断で進めてしまったからだ。


 本来だったら、特訓の第二段階に入った時点でジンは『到達する者(アライバーズ)』の欠けているもう一枠分、タンクの役割に就くメンバーの補充を始めようとしていたらしい。

 それなのに、俺が断りも入れずに勝手な行動をしてしまったせいで、メンバー不足でダンジョンに潜れないという事態に陥ってしまった。


 やることなすことが全部裏目に出る自分に嫌気がさす。

 ジンは決して俺を責めなかったが、そのことがまた心にくる。


 新メンバーを探している間、手持ち無沙汰にするのはもったいないということで、本来ならダンジョン攻略と並行して教えるはずであった他のアーツを教えてもらうことになった。


 次なる特訓に必要な武器を揃えるためにこうしてエリンと買い物に来ていたのであった。


『二人ともさっきまで喧嘩していたわけだしさ、仲を深めるためにも一緒に買いにいったら? あれこれあったけど、二人は相性良さそうだしね』


 なにやら含みのある視線を向けてきたジン。


 相性がいい? ないない。

 エリンとは男女の仲になるなんてこと、起こるはずがない。


 ジンにも買い物についてきて欲しかったが、新メンバー探しに忙しいと言って、そそくさと去ってしまった。

 明らかに挙動不審な速さだった。


 確かに、同じパーティーメンバーとして仲を深めた方がいいのは事実である。


 エリンも性格を除いたらかわいいし?

 ちょっとはそういう浮いた関係になってみたいかも……。

 なんて下心は全くなかったが、ジンの提案に大人しく乗ることにした。

 決して見栄を 張っているわけではない。


 そのように始まった買い物だが、現在二人の間に会話らしい会話はない。

 ジンが不自然な言動を放ってしまったせいで、お互いの間に何とも言えない雰囲気が漂ってしまったのだ。


 意識すればするほど、ぎこちなくなるっていうか?

 異性と二人きりの状況って何を話せばいいんだっけ?

 普段通りに話せばいいのか。


 って、そもそも、普段エリンと会話してないじゃん。

 普段通りもねえよ。どうすればいいんだよ。

 頭の中が大洪水だった。


 とりあえず、落ち着こう。

 これは決してデートなんかじゃない。

 同じパーティーの二人が一緒に武器を買いに行っているだけだ。


 これならば、自然だろう。完璧だ。

 世の中には男女二人がお出かけをするだけでデートだと宣うチャラ男がいるらしい。

 それは違うと声高々に宣言したい。


 もし、デートの定義が男女二人でお出かけすることだったら、ネメを担いで街中を走るのもデートになってしまう。

 あれはどちらかというと誘拐に近い光景だろう。

 自分で言うのもなんだけど。


 というか、エリン。何か喋ってくれ。

 なんでもいい。今なら罵倒でも許すから。

 なんでいつも口数多いくせにこういうときは黙るんだよ。


 もしかして、俺に「悪いことしたな……」って気に病んでいるのか?

 罪悪感があるなら、今すぐなにか話題を提供してくれ。

 それだけで俺は救われるから。


 こんなに会話のなくてつまらないお出かけがデートなわけあるか。

 悶々とした気持ちで歩いていると、目的の武器屋までたどり着いた。


 助かった……。

 十五分くらい黙りながら歩いていたからな。


 扉を開けると「いらっしゃい!」という威勢のいい声が待ち構えていた。

 声の主はガタイのいい禿げたおっちゃん。

 店内にいるのが彼一人なのを見るに、店主なのだろう。


「おっ、エリンちゃん! 久しぶり! 隣の男の子は見ない顔だね……もしかして、彼氏かい?」


いきなり爆弾をぶっこむのやめてほしい。

 普段はさばさばした受け答えをするエリンでも、その質問は不意打ちだったようだ。


「ち、ち、違うわよ……」


 とたどたどしく答える。

 尚更リアリティが増して、空気が三割増しで気まずくなった。


 エリンも同じように感じ取ったのか、気まずさを払拭しようと話題を変えた。


「なによ! 店主! 今日はやけに機嫌がいいじゃない!」


 店主のことを店主って呼んでいる人、初めて見た……。

 おっちゃんの胸には『グレイ』と書いてある名札がつけられてるからね。

 名前で呼んであげて!

 もしかしてエリン、動揺してるのか……?


「まあな。うちの店で一番高価な杖が売れたもんでな」


 嬉しそうに店主は胸を張った。

 エリンは店主の言葉に興味がないといった様子で店内を見回す。

 そして、ドヤ顔の店主に向き直った。


「そうね。じゃあ、私達にもこの店で一番高いダガーナイフを売ってくれるかしら」


「は?」


 驚きのあまり大声をあげてしまった。


「はいよ!」


 俺の反応がなかったことのようにして、店主はカウンターの裏側に行ってしまった。


「俺、そんなお金持っていないけど……」


「知っているわよ。関係ないわ、私が払うから」


「どうしてエリンが払うのさ」


「お詫びとしてってことにすれば納得するかしら……今までのね……」


 目を伏せるエリン。

 すると、店主はこちらに戻ってきて、ダガーナイフを俺達の目の前に置いた。


 俺はナイフに詳しくないのでどれくらい業物なのかはわからなかったが、とにかくすご いナイフなんだろうなってことがわかるくらいはすごかった。

 何とも情けない感想である。


 値札に目がいく。桁が違った。比喩とかではなく。

「待って待って待って。こんな金額払うつもりなの?」


「私ほどの一流冒険者になると、お金に余裕があるのよ」


「だからってエリンが払わないでも……」


「お詫びとしてなんだから、黙って受け取っておきなさいよ!」


「無理だから。こんな金額のもの受け取れないから! そもそも、お詫びをお金で解決しようとするのが――」


「もしかして、金額見てビビっちゃってるの?」


「そりゃそうだよ。誰だってビビるわ、この金額は!」


「あなた、意外と肝が小さいわね……」


「いやいや、エリンの金銭感覚が狂っているだけでしょ」


「ずっと使うものじゃない。高いもの選んで当然でしょ。そういうノートが貧乏くさいだけじゃないの?」


「俺が貧乏くさい? 冗談もたいがいにしろって」


「私が冗談を言っているように見えるの? 相当目が悪いのね。眼鏡買ったら? もしかして、眼鏡を買う金もないのかしら」


「なんだと、このダンジョン成金女!」






 ***






「どうして二人は仲直りのために買い物に出かけたはずなのに、仲が悪くなって帰ってきているのかな……?」


 ジンのもっともな指摘に反論がなにも思いつかない。

 今になって思い返せば最初の雰囲気はまだマシだったのだ。


 あの無言は解釈次第では初デート時の初々しさととれないこともないんじゃなかろうか。

 二百歩譲ればデートと呼べる代物だったのかもしれない。


 ところが、武器屋での言い合いを経て、どうせだし夕食でも一緒に食べるかってなれば店決めで揉める。

 店内でも揉める。帰り道でも揉める。

 どう弁明しても、デートと取り繕えない惨状だった。


 俺達はもともと相容れない運命に生まれてきたのだ。

 似て対極なる存在。決して交わることはない。


 たいそうかっこつけた言い方をしてしまったが、ただ単に女慣れしていない男が女の子とのショッピングで失敗してしまったという、ありきたりで悲しい話なだけだ。


 四カ月前の関係よりは良くなったわけだし、総合的に見ればプラスなので許してはもらえないだろうか。

 今回のお出かけでは互いに喧嘩はしたけど、その間にある程度の思いやりは存在していたと思う。


 武器屋での討論の結末としてはエリンにもう一つ型の落ちたダガーナイフを買ってもらった。

 型落ちだからといっても値段は俺の手に届くようなものじゃない。

 本当にありがたい限りだ。


 だから、夕食は俺が奢るって言ったのに、「貧乏人が見栄を張っているのを見るのは見苦しいわ。今回は私が奢ってあげるわよ」って罵倒された。


 思い出したら腹が立ってきた。

 結局、間を取って割り勘になったけど。

 それにしてもムカつくな、あいつ……。


 まあ、俺もエリンの優しさは感じていたわけで、それを素直に表現するのが難しい性格なだけだろう。

 嫌いというより好ましい人間の部類に入ると、この買い物で評価を改めた。

 だから、いくら喧嘩をしても、不快感は少なかったんだけど――。


 素晴らしく純粋な気持ちを心の中で吐露しているっていうのに、エリンは敵対するような視線をバチバチ向けてくる。

 引き下がるのは癪なので、俺も負けじと睨み返した。

 状況を全く理解していないネメは「あわあわ……」と慌てふためいていた。




 しかし、悲劇っていうのは油断したときに起こるもので。

 予測できないようなところから現れてくるのだ。


 でも、全くの不意打ちってわけじゃなくて。

 ああ、そういえば。と思うような布石がいくつもあって。

 でも、気づいた頃にはもうどうしようもなくて。

 ふざけんなって大声で叫びたくなるのが悲劇なのだ。


 バンッと大きな音が鳴り響く。

 リビングのドアが乱暴に開いた音だ。

 入ってきたのはフォースである。


 そして彼は開口一番、とんでもないことを口にした。


「オレ、『到達する者(アライバーズ)』辞めることにしたわ」


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