勇者の記憶・ニ 葛藤
勇者の記憶が、戻った?
意識が戻った。
頭がすっきりシェイクされ配合された様だ。
とクラビは両手を見つめはっきり自覚した。
「でも『戻った』と言うよりもう一人の俺が語り掛けているみたいで、一体感がない」
しかし記憶の中のもう一人のクラビは説明した。
「そうだ、記憶の中の僕も確かにクラビであり、君だ。君が生まれ変わる前アンドレイに戦いを挑んでいた十二年前の君だ」
「じゃあ、確かに俺自身が過去に経験して思った事?」
記憶のクラビは続ける。
「そうだ。それを君はまだ受け止められないだけなんだ。例えばさっき射出型光剣を出した時も上手く行けばドードリアスの命、悪くても致命打を与えられていたはずだ。その絶好のチャンスを逃してしまった」
本当のクラビは答えた。
「いや、あいつがどんなに悪人でも俺にはたやすく人の命を奪う事は」
しかし昔のクラビは言った。
「僕だってそうだったさ」
「えっ?」
「人の命を奪う事に悩み、時には自分の体を傷つける程悩んださ。でも人を守るためにはどうしても悪人を殺さなきゃいけない事がある。自分で十二年前悩んで答えを出したんだ」
ドードリアスは言った。
「甘い奴だな、戦場では人の命を取るのにためらいがあれば先に死、愛する者も守れない。例え正義の者であっても倒した敵の屍を踏んで行かなければ生きる事は出来ない。それが戦士として生きる者の宿命だ」
マリーディアは思った。
あの人の言ってる事悔しいけど半分正しい。師匠にも言われた事がある。
でも虫も殺せなかったクラビが変わってしまうのは何か辛い。
「う、ううう!」
クラビは頭を抱えた。
記憶のクラビは言った。
「何を悩んでるんだ。今射出型光剣を使えば奴を倒せるぞ。ためらうな」
本当のクラビは激しく葛藤した。
「わ、分かってる、勇者として生きるにはここで変わらなきゃ行けないんだって事!」
「ふん、やれ」
ドードリアスはフダンに命令した。
「……」
しかしフダンは動かない。
「どうした」
ドードリアスは怪訝な顔をした。
フダンは返答をしない。
青い顔で震え、怯えぬいた。
そして遂に絞り出す様に言った。
「で、出来ません」
自分の誇りを全て賭け勇気を出した。
「何、逆らう気か!」
と叫びドードリアスはフダンを蹴飛ばした。
飼い犬に噛まれた気分だ。
記憶のクラビは言う。
「早くしないとフダンが殺されてしまうぞ!」
「で、でも非情になり切れない!」
そして……
「あっ!」
どこからか飛んできた矢がフダンを刺し貫いた。
フダンは一瞬で息を引き取った。
「……!」
クラビには残酷過ぎた。
「当然の処刑だ」
クラビは膝をつき悔やみ、全身を震わせた。
「ああ、俺のせいだ、うう、俺をこれ以上悩ませないでくれ! 怒らせないでくれえ‼」
クラビは悲しみで絶叫した。
何度も地面を叩いた。
ドードリアスは嘲笑った。
「男のくせに大泣きか」
「うおおお‼」
クラビは涙を流しながらも突如立ち上がり恐ろしい速さでドードリアスに切りかかり致命傷を与えた。
「ぐああ‼」
もう一人のクラビは気づいた。
体内の大量の勇者の魂が悲しみとともに爆発したのか。
そしてクラビはもう一発今度はざっくりと水平に切った。
「はあ、はあ」
ドードリアスは倒れたがクラビも疲れ果て倒れた。
クラビは叫んだ。
「俺が、罪をかぶる覚悟が足りなかったからだ……でもやっぱり人は殺したくない!」
そこには勝利の爽快感はなかった。
マリーディアはつぶやいた。
「クラビ……」
ドードリアスはわずかに息があったが動けなかった。