勇者の記憶の一部分
さらに続く平原。
息つく間もなく怪物が現れる。
がちゃん、がちゃんと鎧のきしむ音を携えたどこか視点の定まらない動き方をしている騎士が一人でいる。怪我して群れからはぐれた人間の騎士の様な動きだ。
人間のそれと比較して明らかな異質感が漂う。
瘴気も漂う。
「あれ、騎士すか?」
ゾゾは怪物の姿を見て言った。
話題に挙がった「騎士」の姿をした怪物は何故か兜のひさしから顔が見えない。
顔の部分が空洞だ。そこが暗黒のようにも見える。
そこから瘴気を発している様にも見える。
錆びた鎧、剣と盾を持った鈍重そうな魔物だ。
ゾゾは続けた。
「騎士なのに随分がたが来た鎧で、しかも一人でさまよっているみたいです」
ジェイニーは言った。
「あれは亡霊騎士よ」
「亡霊騎士?」
「戦争で死んだ騎士が鎧姿のままアンデットとなっているのよ」
「じゃあ、生命体じゃないと判断していいんだな」
ジェイニーは言った。
「アンドレイの使い?」
クラビは思った。
もしあいつが亡霊なら浄化出来るかも。
そう思ったクラビは魔物に掌を向けた。
「聖なる光!」
クラビは手から聖なる光を出した。
しかし、反応がない。
あまり効かなかったようだ。
「アンデットにはこれが有効だと思ってたけど俺にはまだ浄化するほど力はないんだな」
そしてジェイニーは火炎弾を放ったがこれも効かない。
ゾゾは言った。
「かなり頑丈すよ」
クラビは言った。
「ここは奥義を使う必要があるかも」
そして武器をしまい素手となった。
「勇者の魂・怒りの鉄拳!」
クラビは勇者の魂をたぎらせ魂の力で噴出する様に猛然と亡霊騎士に殴りかかった。
しかし全く効かない。
とてつもなく鎧が固い。
微動だにせず鎧も傷ついていない。
「な、何て頑強な鎧だ」
亡霊騎士の攻撃予兆を見たボジャックは叫んだ。
「クラビ、間合いを空けろ!」
「うわ!」
亡霊騎士は水平に剣を一閃した。
人間の剣さばきに比べ少し遅い。
クラビは一瞬勇者の記憶が戻った様な感覚に陥り攻撃を上手くかわせた。
そしてクラビの中のもう一人の人格が心に訴えた。
「投げ技だ!」
「投げ技?」
とっさにクラビは亡霊騎士に背負い投げを仕掛けようとした。
ボジャックは驚いた。
「あいつ投げ技なんて出来るのか⁉」
しかしこれが上手く行かない。
投げるどころか亡霊騎士の体が浮かない。
ボジャックは叫んだ。
「逃げろ!」
亡霊騎士は何故か剣でなく代わりに鈍重そうだがすさまじく強烈なパンチを食らわせた。
ぐきりと音がした。
一瞬クラビの首がひん曲がった様に見えた。
「まずい! 撤退だ!」
ボジャック達は隙を見てクラビを救い、一目散に逃走した。
近くの町の病院に行った。
医師は言った。
「骨に別状はありません」
「よかった」
マリーディアは胸をなでおろした。
ボジャックは聞いた。
「どうするこれから」
クラビは言った。
「勿論あいつと再戦だ」
女神は言った。
「さっき何故投げ技をしようとしたの?」
「もう一人の俺が語り掛けてきたんだ。『あいつは頑丈すぎて剣とかは無理だ。投げるんだ』って」
女神は驚いた。
「えっそれって、十二年前勇者だった頃の封印された貴方じゃないの?」
「え」
「恐らく危機的状況で記憶が一部分戻ったんだと思う」
ボジャックは聞いた。
「じゃあ、記憶や技は危機的状況になると」
「それは分からない。でもさっき投げ技に失敗したと言う事はあなたがそれを使いこなせてないのよ。多分、記憶の中のクラビと今のクラビは波が一致してないんだわ」
ボジャックは聞いた。
「じゃあ、どうすれば」
クラビは言った。
「よし、町の道場へ行こう! そこで投げ技の特訓をするんだ」