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クラビ・ハートネット旅立つ

 勇者の聖剣が、鱗をざっくり切断する。

「ギャアア‼」

 

 断末魔の叫びを上げる魔物。

 勇者である十五歳の少年は、悪人のアジトであるサブラアイムの城の地下で戦っていた。


 そして遂に悪人のボスがいる最深部。

「もう少し、あと一歩で平和が手に入る」


 そして世界を救った。

 彼はその後王位を継承し、平和で弱者が救われる世界を作った。


 しかし、実はこれは現実ではない。

 少年の頭に浮かぶ夢である。

 

 実は勇者は悪人に負けて死んだ。

「うわああ‼️」 

 暗黒の波動が勇者を飲みこみ、命と力を奪った。

 

 黒い声が響く。

「記憶も封印してやる」


 転生しても力が出せないように記憶も封印された。

 しかしデュプス神が現れた。

「勇者を救え!」

 

 間一髪、勇者は神に命を救われ転生した。

 そして、十二年が経った。


 ここは我々の人間界とは次元の違う異世界の一国、デュプス王国。

 サブラアイムの隣に位置する大きな国である。 

 そしてデュプスの名通り、勇者を救ったデュプス神を崇める国だ。


 ある貴族屋敷の汚く質素な住み込み使用人用の屋根裏部屋。

 壁にはがれ傷が多く補修もしていない。

 荘厳な外見の屋敷の中でここだけ違う世界の様だ。


 地震が起きれば即座に潰れそう。

 例えれば築数十年の超低家賃共同住宅のよう。

 もっと言えばまるで軽犯罪刑務所だ。


 彼はいつもついていない。

 運悪くコロコロと一枚の銅貨が転がり、タンスと壁の間に挟まってしまった。

「しまった!」


 少年はつぎはぎだらけの亜麻布のコットやブレーを着ている。

 とても身分や育ちが良さそうに見えない。

 彼は急いで何とかタンスと壁の間に手を突っ込み取ろうとした。


「僕の今月の全財産が」

 切実だった。

 しかし嫌な事に中々取れない。


「うーん、はあ!」

 手を思いきり伸ばしようやくコインは取れた。

 

 少年は嘆息した。

 命より大事な物が見つかった様に。

 

 そしてしみじみコインを見つめ、辛そうにつぶやいた。

「もう今月これしかないよ。いつまでこんな安賃金の使用人を続けなきゃならないんだ。孤児院、教会からここに来てもう三年になるけど待遇も状況も何も変わらない。食べ物は一日二食でわずかなパンと具のないスープだけ。僕のスープだけ具がない。ぼろくて狭い部屋。孤児はつらい。つらいよ。浮浪児はもっとつらいけど」


 銅貨一枚はせいぜい飴玉一個程度の価値だ。

 彼は農民や従僕よりも身分が下の極めて奴隷に近い立場なのだ。


「全財産の銅貨様アーメンアーメンハレルヤハレルヤ。デュプス神様どうか僕をこの状況からお救い下さい」

 

 蜘蛛の糸を掴む様にとても信心深く祈った。

 力のない者ゆえにデュプス神だけを頼りに必死に。

 すさまじいまでの信仰心。


 彼は夢の中の勇者に瓜二つだった。

 純粋で透明な瞳と優しげなアイラインが印象的だ。 

 髪は茶毛と苦労して変色した白髪が混じっている。


 身長百七十三センチ。

 十七歳。

 

 だらっとした細い手足。

 胸は張らず少し猫背気味。


 コットとブレーは白とベージュ、薄いスカイブルーが穏和なイメージのラインを作り、黒がコントラストとなる。 

 ライトインディゴのタイツを履いている。

 

 彼の印象は

 あまり戦いが好きそうでない。

 

 自信なげでたどたどしい動きの口元。

 のんびりしている。

 

 自分から謝る事が多そう。

 やる気があるのかないのか良くわからない表情。

 

 あまり人を疑わなそう。 

 等の言葉が思い付く。


 体は清潔とは言えない。

 入浴はしているが。

 具の入ったスープは彼だけ出ない。

 

「僕に今があるのは神様と教会のおかげだ。宝箱に入れておこう」

 と銅貨をそこまでするかと言う程大事に貯金箱に入れた。


 彼は出生を回想した。 

「僕は親の姿も誕生日も出身地も知らない」


 彼は四歳以前の自分や親、故郷の記憶はない。

 記憶が全くない状態で、五歳の時、何故か孤児院の近くの道にぽつんと、まるで「そこで生まれたかの様に」いた。


 どこから来たか、誰が連れて来たのかも分からない。

 そして見つけた職員に手を引かれ孤児院に行った。

 何故か名札に名前が書いてあり名づけ親は分からない。

 

 孤児院で九年過ごし十四歳の時巣立ち、今の貴族屋敷の住み込み使用人となり現在十七歳。

 少年の薬指の指輪にはどこの国の言語でもない文字が彫られている。

 

 それは記憶の始めから指についていた。

 そして右腕にも同じ刻印がある。

 これは彼にとって大きな手掛かりでかつ謎になっている。

 

 少年クラビ・ハートネットは孤児だ。

 昔のイギリス貴族の使用人の給与は日本円に直し年二十~四十万だがそれよりかなり厳しい。

 使用人には格付けがあるがランクで言うと従僕以下だ。


「お金はない、親はいない、頼れない、教育は受けられない、遊べなくて働きづめ、愛してくれる人はいない、差別される、いつの、いつの時代だってそうだ」


 腹がぎゅーっと鳴った。

「腹減って鳴ってるだけでなく、嫌な事ばかりで胃とメンタルをやられてる。でも僕は孤児。ここを辞めたら行く所がない」

 

 このデュプス王国には孤児院や貴族と繋がる特別な教会があり、十三、十四歳にもなると一旦教会に引き取られ仕事の世話をしてもらえる。


 だから基本は信用できる縁故採用しかしない貴族の使用人にクラビはなれたのだ。

 彼の目には純粋さと透明さ、どんなに辛くとも希望を失わず生きようとする一途さが感じられる。


 彼は経歴書を見た。

「窃盗、ひったくり、たかり、暴力〇回……」 

 彼は実は昔窃盗や他の罪の経験があった。

 

 外見からは想像もつかないと皆に思われる。

 それには理由があったのだが。

 

 部屋には少し錆びた銅の剣があった。

「貯金箱とこれと釣りざおが俺の所有物、ふん、ふん!」


 おもむろに剣を振るが、あまり筋は良くない。

「孤児院で習ったけど伸びなかったなあ。びりだったし」


 彼は戦いが苦手だった。

 運動神経も悪い。


 そしてある事情で途中からやらなくなった。

 その為現在は戦闘能力はほとんどない。

 

 彼には夢がある。 

「いつか王になり平和な国を作る、孤児には無理っぽいけど」


 孤児院時代の回想に入る。

「はい! 僕の夢は王様になって平和な国を作る事です!」

 

 少し間を置いて皆大笑いした。

 最初何故笑われているのか分からないクラビだったが恥ずかしそうだった。


「孤児じゃちょっと無理だろ」

 同級生が言った。

 回想を終わる。


「孤児院は本当色んな人がいて色々あったな。辛い事ばかりじゃなかった。皆それぞれの問題と向き合い笑ったり悲しんだりした。でも今の俺は辛さばっかり」


 クラビは宣言する。

「でも王様になる為、ゴミ拾い一つでも第一歩と思ってしっかりやるんだ。平和の為に!」

 まだこの職場を諦めてない。


 しかし、道は平坦ではなかった。

「クラビ、何やってる!」


 先程に続き、今日も先輩使用人、料理人にしかられた。

「ここに汚れが残っている!」


「すみません!」

「もっと物は慎重に運べ!」


 クラビは不真面目にやっている訳ではない。

 しかし何故か彼は真面目にやっているのに伝わらない。

 ここに彼の損な人ぶりがある。

 

 貴族クレゴス三世は当主であるが、クラビにはいつも苛ついていた。

 彼は一見高貴そうで人当たりも良く人望のありそうな顔に見える。

 

 温厚且つ精悍だ。

 コートとベストを着ている。

 

 事実多くの有名人、有力者を家に招く。

 しかし実際はそんなに高貴でも高潔でもなかった。


 屋敷は他の場所はクラビの部屋と比較するまでもなく綺麗だ。

 外観はハーフティンバー、天井に「クレゴス一世」の文字がある。

 玄関はバロック。

 

 壁の美しい彫刻。

 大広間、高い天井、大きな書斎、寝室、応接間、インテリア、三メートル程のギャラリー、部屋数四十、階段は晩餐会を彩る。


 大きな書斎でクレゴスは使用人名簿を出していた。

 するとそこに従僕よりさらに下ランクで「最下層、奴隷クラビ」と書いてあった。


 クラビはコーヒーを運んだが足取りが怪しい。

 見るからに不安定だ。


 実はクラビは図書館の様な本の多いクレゴスの書斎に憧れ読んでみたかった為少し気が浮いていた。

 そして揺れクレゴスの書斎で転んだ。


「あーああ‼️」

「あっ‼」


 クレゴスは怒鳴った。

「何て事をしてくれるんだ! 書類がずぶぬれじゃないか! 全くお前と言う奴はいつもいつも」

「す、すみませんすみません」


 それは有力者との付き合い時の上品さはなく、自分より下の人間の前で見せる本性だ。

 

 クラビは心から謝っていた。

 しかしクレゴスには半分も伝わっていなかった。


「全く早く親が見つかって引き取って欲しいよ。貴様のような役立たずはその内食べ物も無くなる。どうせお前の親など禿げたうだつの上がらない底辺労働者だろうが」

 くっ、ととても自制心の強いクラビもこの言葉には動揺した。


 さらにタキシードを着ているクレゴスの十七歳と十六歳の息子と娘、キーマとレザリーも嫌味を言った。

「バーカ! またミスしてんの!」

「早くお父様も首にしてしまえばいいのに」


 しかし三人に嫌味を言われてぴくぴくしながらもクラビは抑えその場を去った。

 クラビが去った後に妻・ヴォル夫人はやって来てクレゴスに聞いた。

 

 夫人は料理など使用人教育もする事がある。

「全く、何であんな役立たずの子雇ったんですか? いつもいつもへまばかり。まあ従順ですが」


「あっせんした教会の頼みを断ると印象が悪くなる。今の時代は教会にとって貴族は重要な供給元でありそれにより密接な関係が生まれる。それもあるがあいつはいつもぺこぺこしていて反抗的でない。ある意味使いやすい。きつい仕事も押し付けられるしはけ口にもなる。またあいつがいる事で他の使用人達も『あいつよりはましだ』と思える効果があり離職率が減る。あいつは奴隷と同じだ」


「ああ、そう言う効果もあったんですか」

 キーマは言う。

「親父も罪な人だなあ」


 クラビは心の中でつぶやく。

 今まで幸せは金だけじゃないって気持ちで頑張ってきた。 

 

 でもお金がなくてもいいわけじゃない、金も必要だ。

 弱者が裕福になれる世の中になってほしい。


 俺が王様だったらそう言う国を作りたい。

 それが夢だ。

 

 でも頭おかしいと思われるかも知れないけど、俺は何かから生まれ変わって五歳児になった様な気がする。

 

 時々十五歳位の剣を持った俺が巨悪と戦ってる白昼夢を見る。

 あれは何なんだろう。

 何か勇者みたいな。

 

 あまりにも夢、幻覚にしては鮮明過ぎる。

 今日は勇者が勝つ夢を見たけど、日によって敗北して死ぬ映像も出てくるから結末がこんがらがってる。


 本当は勝ったんじゃなくて負けたのかあの夢。

 呟きは終わる。


「こら! ぼっとするな!」

 と怒鳴ったクレゴスの前に何のまえぶれもなく、十七歳位の少女があまりにも突如出現し蹴りを食らわせた。 

「な⁉」


 妖精のような恰好をしていた。

 髪は長く黄色だが明るく金髪気味。


 あどけない目だが憎しみでクレゴスを睨んでいる為すわった怖い感じだ。

 クレゴスは驚き大声を上げた。


「何だお前は! 不法侵入者だ! 捕まえろ!」

 使用人たちは追いかけたが少女は逃げ全く姿を消した。

 少女は結局見つからなかった。


 クラビはもう三年になるがきつく怒られたり意地悪されても切れたり辞めたりせず、涙も流さない。


 クラビに孤児院時代の仲間から手紙が来た。

 マークレイと言うリーダー格の少年だ。


「元気か? 皆今は国の悪い部分を直そうとする活動に明け暮れてるよ。いつか平等で弱者も笑える世の中にするにはきれいごとは言っていられない。俺達元窃盗団だしな」


 クラビは心のなかで、いつか会おう、と呟いた。

 俺は幸せになる様に生きる。と。


 しかし信念が曲がりそうでくじけそうになる。

「やっぱり辞めたいよ」

 そして不意にぽつり口から弱気が出た。


 ところで、今日は奇しくも我々の人間界で言えばクリスマスに当たる一年に一度の神を祝う祭りだった。

 貴族たちは勿論パーティをする。


 使用人たちは喜んでいた。

 何故ならこの日だけは豪華な料理やケーキを貴族から大盤振る舞いしてもらえるからだ。

 

 そして使用人達は集められ、クレゴスやキーマ達は料理を持って来た。

「うわーうまそう!」


「今日だけは日ごろの疲れを癒しジャンジャン食べてくれ」

「ありがとうございますクレゴス様!」


 クラビも食べようとした、ところが

「あーお前は駄目」

「えっ⁉」


 クレゴスはクラビに冷たく言った。

「お前はいつもミスばかりするから駄目だ。いつもの様にぼろいパンだけだ」

「そ、そんな!」


 キーマがさらに言う。

「もし、お前が大事にしている親の手掛かりの指輪をくれたら食べさせてやってもいいぜ」

「そ、そんなこれだけは!」


 断られるなりキーマは冷たく言った。

「嫌なら街へ出て行って物乞いでもして来いよ」

 

 レザリーは「ふふっ!」と笑い

「お祝いなのにみすぼらしい」

 と言った。


「そうだそうだこの足手まとい」

 料理人が言い、他の使用人も笑った。


 くっ! とクラビは怒りの沸点まで来ていた。

 キーマは挑発した。

「何だその目は? やんのかよ」


 しかしクラビは何とかこらえて外へ出て行った。

 その様子を皆は笑った。


 二十分後、クラビは寒い町中をとぼとぼ歩いていた。

 しかしパーティをやっている家庭が多く雰囲気は明るかった。

 大聖堂では聖職者が行列する。お祭り騒ぎが起きている。


 前日降った雪のおかげで雪景色がなかなか良い。

 しかしクラビは暗かった。

 あいつら、俺が絶対怒らないと思って馬鹿にしやがって……


 もはや感情制御の限界に来ていた。

 クラビはあまり運命と他人を恨まない。

 何とか希望をみようとする性格だ。


 しかし彼は神でも聖人でもない。

 人や世を恨みたくなる事も当然の様にあるのだ。

 今日はその最たる日だった。


 涙はなく恨みと憎しみ、僻みだった。 

 自分が何故記憶がないのかの謎より、ただただ自分を捨てた親への恨みだった。


「俺には帰る家や家族もいない。いつ以来だっけおれが感情むき出しにして怒ったの。我慢しすぎて怒れなくなっちゃった。他人もだけど自分の運命を恨むよ。俺の親どこで何やってるんだろうな。どこかの家で俺を除いて楽しんでたら本当に恨むよ」


 路上生活、食べ物の取り合い、たかり、かっぱらい、食べ物を恵んでもらおうとして追い出されたり闇米配達の手助けをした事などが思い起こされた。 


 そしてクラビの耳にそれと反対な暖かい家庭から笑い声が聞こえて来た。

 クラビの胸に怒りと妬みがたぎる。

 あいつらいい暮らししやがって、と珍しく露骨に荒れた。


 クレゴスやキーマの意地悪でもう自分が何なのか分からず放心気味だった。

 そこへ偶然ケーキ屋の前に来た。


 それがクラビの目と心を激しくとらえた。

 そんな大きなケーキは生まれてから見た事もなかった。


 誕生日も知らないので誕生日パーティもない。

 欲望、他者への憎しみ、嫉妬などが絡み合い増大する。


 目が獲物であるケーキをとらえ凝視し、飛び出さんばかりだった。

 掴もうとガラス越しに怪しい手つきで手を伸ばす。


 まるで女性を襲おうとしている変質者の様に見え、道行く人たちはどよめいた。

 そしてついに。


「あ、あああ!」

 クラビは自我と自制心を失った。


「お客さん、何を!」

 クラビはケーキ屋のガラスを割って盗もうとした。

 

 もう何が何だか分からなかった。

「通報だ!」


 翌日この件でクラビは屋敷で呼び出された。

 当然クレゴスは怒った。


「全く何て事をしてくれたんだ! 私の力で事件にだけはならないようにしてやるが、今日でお前は解雇だ! わかっているな⁉️」

「すみません……」


「すみませんですむか! ついに貧乏人の本性を出して暴れたな、もう貧乏で最悪犯罪者にでもなっている親の元へ帰れ」

 

 これにさすがにクラビは下を向きながらも目と腕がピクピクした

「お……」

「切れるか……」


 キーマは思ったが結局クラビは背を向けとぼとぼ去った。

「お世話になりました」


 キーマは後ろ姿を見て思った。

 あいつ…褒めるつもりじゃないけど、特に親の悪口まであそこまで言われてよく抑えられたな……


 怒った事あんのかな? 自制心すごい強いな……

 その後、クラビは泉で釣りをしていた。 


「はあ、結局無一文だよ。もう帰る所もないし野宿しかない。今真冬だよ凍死しちゃうよ。とりあえず釣りで今日の食料を確保しよう」


 クラビは泉の淵に腰掛けじっと獲物が引っかかるのを待った。

 すると竿がぴくぴく動きだした。

「おっ!」


 大きな魚がかかった手ごたえがあった。

 しかし重い上に抵抗している。


「う、うーん!」

 クラビは必死に釣竿を引いた。

 しかし転んでしまった。


「あっ!」

 この拍子に竿は泉に落ち沈んでしまった。


「なんてこった唯一の食料の元が、どこまでついてないんだ! 唯一の趣味でもあったのに!」

 クラビは激しく地面に頭をぶつけ悔しがった。


 すると泉のちょうど竿を落とした辺りがぴかりと光った。

「えっ!」


 そしてそこから一メートル程の光に包まれた球体が現れた。

 そしてそれは徐々に人間の姿に変わっていった。


 そして現れたのはあの屋敷で飛び蹴りを食らわせ不法侵入した妖精の様ないでたちの少女だった。

 クラビは慌てふためいた。

「あ、あうあう、あなたは!」


「ふふ」

 少女はクラビの反応を見て優しく笑った。


 クラビはまだ受け入れきれない。

「何がどうなっているんだ」


 少女はクラビが受け入れやすいよう努めて優しく分かりやすく、かつ誠意もこめ説明した。

「はじめまして。私は女神。天から地上を見守る女神です。大人も子供も強者も弱者も。だから貴方の様な弱い立場の人も救おうとずっと見ていたわ」


 少しだけクラビの中で受け入れられてくる部分が上がった。

「信じられないけど事実……」


 女神は同情も込め優しく続けた。

「貴方にはもう何もなくなってしまった。だから生きる為に必要な物をあげるわ」


 それは金貨十枚と銀貨二十枚だった。

「良いんですかこれ⁉」

「貴方は本当に控え目ね。貴方は散々苦労したんだからこれ位は受け取る権利はあるわ」


 クラビは心から感謝し満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう! この恩は一生忘れないよ!」


「ごめんなさい。貴方を助けに来るのが大分遅れたわ。何故ならあなたにかけられた不幸の呪いがなかなか取れずデュプス神様も手こずったわ。その為貴方は不幸な十二年間を過ごす事になったのよ」


「俺が弧児だったりしたのはそう言う理由があったんだ。なるほど。でもこれからは光が刺すんだね」

「あっ、それだけでなくもう一つ大事な事を伝えに来たの。びっくりする事だけど」


「え?」

「ええ、驚かないで欲しいけど、貴方は実は伝説の勇者の生まれ変わりなのよ‼️」

「え⁉️」


「普通の人間ではないわ! 貴方は天の国に選ばれた勇者だったの。そして前世で十五歳の時に国王に化けた魔界の住人アンドレイを討伐しに行ったの。でもそこで敗北してしまい、記憶を封印され殺されたわ。でも私の上司デュプス神様は何とか貴方を助け五歳児の姿に生まれ変わらせて孤児院に送ったの。でも魔力が強すぎて封印された記憶までは戻せなかった。そして貴方のつけている指輪が『神が蘇らせた勇者』の証明なのよ!」


「そうか! 俺に四歳以前や親の記憶がないのはそのせいなんだ。それに魔界の住人は俺の因縁の相手って事だね」


「そう! だからこれから勇者として旅に出て、隣の国で正体を隠して暴れている国王、つまり貴方に呪いをかけた悪人・魔王アンドレイを倒して欲しいの」

「ひええ‼️」


 女神は優しさだけでなく少しきりっとした顔で、かつ伝わるように言った。

「貴方も知ってる隣国サブラアイムの国王アンドレイ・デーニスは実は人間じゃない魔界の住人なの。国王に化けて民に重税を課してこき使い他国に攻め込むつもりよ。この国にも攻めこむ体制が出来てる。だから貴方に倒して欲しい。貴方は勇者だから出来るわ」


 クラビは急に弱気になった。

「そ、そんな、僕そんな強い人じゃないですよ。剣の腕も弱くて孤児院で女の子に負けてそれがトラウマになってるし、いつもぺこぺこ頭を下げるしか能がない一使用人だから」


 しかし女神は決して軽蔑しない。

「貴方は控えめね。でもそれこそが強さ。貴方は時々夢を見ない?」


「そう言えば十五歳くらいの俺が剣を持って悪と戦ってる夢を時々見る」

「それは十二年前の貴方の記憶なのよ」


「そうだったんだ」

「で、だからこそ魔界の男アンドレイ・デーニスを倒す旅に出て欲しいのよ。彼を倒さなければサブラアイムの人だけでなくデュプス王国もすぐ近い内に攻めこまれるわ。そうなったら全面戦争よ! 平和はなくなるわ、それだけじゃない、貴方は今度負けたら二度と蘇生出来ない無の存在になるわ!」


「すぐ近い内に全面戦争……蘇生出来ない無の存在……ひええ、わ、わかる事情は。でも僕は剣だけでなく心も弱虫だし」

「いいえ、自信を付ける為に今から記憶の一部を引き出すわ」


 女神に頭に手を当てられクラビはぼうっとなった。

 すると転生して少し後の五歳のクラビが孤児院の近くを歩いていた。


 その時道端に箱を寝床にしている四歳位の子供がいる。

 クラビはその子供の前に行き、パンをあげた。


「えっ⁉ いいの?」

「あと家がないと大変だから孤児院に行こう」


 と言いクラビはその子供を背負って孤児院に向かった。

 回想は終る。


 女神は言う。

「ね? なけなしのパンをあげて助けちゃうような人柄と優しさが貴方の良い所で勇者に相応しい所なのよ」


「ずっと昔の事で忘れてた」

「それともう一つ、貴方にとっておきの道具をあげるわ。ジャーンこれよ!」


 それは手甲の形をしたブレスレットだった。明らかに地上の材質ではなく装飾、彫刻も地上の職人製とは思えない。

「なにこれ」


「これぞ取って置きの武器、『神の万能勇者アンカー』よ!」

「神の万能勇者アンカー!」


「そう! これがあればどんな敵とも戦えるわ」

「どうやって使うんですかこれ」


「念じて標的に向かって行くよう唱えて!」

 クラビは木に狙いを定めた。


 そして「行け!」と念じると天の国製のロープで制御されたビー玉の様な球体が大型化し鋼鉄の鉄球となりクラビのブレスレットから飛び出し、凄まじい轟音と共に木を貫いて穴を開けた。


「凄い!」

「それだけじゃないわ。ここにスロットがあるでしょ? ここに古代文字の書かれたカードを入れると様々な使い方が出来るようになるの。例えば」


 女神は「重」「投げ」と言う意味の書かれたカードを入れた。

「もう一回別の木に向かって『行け!』と念じてみて!」

「良し!」


 するとさっきと同じ様に速いスピードでアンカーが木に向かい射出された。

 しかし今度は貫かずアンカーが磁石の様に木の表面に貼りついた。


「えっ⁉」

「今度は木を持ち上げるのよ!」


「う、うおおお!」

 すると木にクラビの力の何倍以上もの力が加わり根っこから引っこ抜かれた。

「すごい!」

「それだけじゃないわ。今度は木を振り回して見て!」


 言われるままクラビはアンカーに貼りついたままの木を持ち上げた。

 これもクラビの何倍以上の力だ。

 そして勢いにまかせてぐるぐる振り回した。


「う、うおお!」

「そして投げて!」

 

 すると貼りついていたアンカーが外れ遠くに木は放られずしんと音が響いた。

「すごいすごい!」

「これが『ビー玉万能勇者アンカー』の威力……」


「じゃあ私は小型化して瓶の中に入って帯同するわ」

 と体を小さくして瓶に入った。


 その時後ろから声が聞こえた。

「クラビ!」


 振り向くとそこにはキーマがいた。

「見させてもらったぜ。お前と女神とやらの一部始終」


「見てたんですか」

「さすがの俺もびっくりしたぜ」


「勇者の話も聞いたんですか」

「あっそれは聞いてない。その何とかアンカーってやつの話だけ」


「何が言いたいんですか? あんたはもう雇い主じゃないんだ」

「まあ、そう怒るなよ。お前に良い話があるんだ」

「良い話?」


「ああ、お前、家に戻ってくる気ないか? 屋敷に戻ってきていいぜ。親父には話をつけてやる」

「え?」

 妙にキーマの表情にはいつものずるさの様な物があまり感じられなかった。


「やっぱ飯も家もないと大変だろ」

「どう言う風の吹き回しですか? それに俺は女神にお金をもらったんです」


「でもこの先不安だろ」

「何が言いたいんですか? どうせあんたの事だから何か企んでるんでしょ」


「おっと人聞きが悪いな。と言うか交換条件、その武器で力を貸して欲しいんだ」

「え?」


「俺はこれから敵国サブラアイムがこの国で怪しい動きをしてるのをキャッチしたからそれの調査、偵察に行きたい。屋敷からはるか東の洞窟で軍が何か悪い工作をしてるみたいなんだ。ひょっとして我が国を侵略する為の下ごしらえかもしれない」


「その情報確かなんですか?」

「親父が友人と話してたり軍人の先輩から聞いたから確かな情報だ。でも多分危険もある。でお前のその凄い武器でボディガードになって欲しいんだ。お礼ははずむぜ」


「まあ、お礼はいいけど、俺も実は敵国の王の事を調べなきゃ」

「サンキュー! 今まで意地悪してごめんな。ほらお菓子とパンだ食え」


 クラビは思った。

 しかしこの人が企みなしで良い事をやるとは思えないけど


 対してキーマはこう思っていた。

 よし、俺が敵国の調査に成功して手柄を立てれば親父の評価も上がるし軍でも出世出来るかも、と言う算段だった。


 まあ騙してないし本当の事だし、罪ではないだろ。

 しっかしあれだけ意地悪されても信じる所が超がつくお人好しと言うか、幸せな世の中を築きたいとか言ってたしな。


 クラビは切り出した。

「その探検だけど、仲間を二人連れてきていい?」

「ああ、まあいいけど」


 キーマは少しだけ不安になった。

 こいつ友達いたなんて知らなかった。


 どういう奴だろ? 同じ使用人?

「じゃあ連絡取るから時間と待ち合わせ場所決めようよ」


 クラビは伝書鳩を飛ばした。

 三時間後クラビとキーマは洞窟に直結する森の入り口にいた。



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