#06:招集
赤一色の制服に身を包んだ役人達は、村の中央の一番大きな浮橋に村人達をかき集めていた。その中には、ゼッキを始めとする、森林警備隊の隊員も混じっていたが、彼らは武器を奪われ、縄で手首を縛られていた。
シラの肩を支えながら家を出てきたクロンは、ほんの僅かな間に起きた出来事に唖然とした。
恐らく、ゼッキ以外の隊員は外で捕らえられたのだろう。人質にされた仲間を目撃したゼッキは、そのまま武器を捨てて諸手を挙げたに違いない――クロンはそう解釈した。
「あいつら、戦う気はないとか言いながら、森林警備隊のみんなを捕まえたのよ!?」
リーエは吐き捨てるように言った。
「今のところは大人しいけど、何をするか分からないわ」
「そこの三人! こっちへ来い!」
クロン達の姿に気付いた役人の一人が、指差すように槍を向けてきた。
リーエは不機嫌そうに頬を膨らませ、顎を上げた。
「断ったら何されるか分からないわよ、クロン。さっさと行きましょ」
「そうだね。……母さん、掴まって」
「え、ええ……」
風土病で弱っているシラは、本来なら立ち上がる事すらままならない。
それを守るのは自分の役目だ。何としても、母を助けなければ。
クロンは下唇をぎゅっと噛みしめ、シラを背中に背負うと、吊り橋から真下に飛び下りた。リーエもそれに続く。
三人は着地用に用意されている落ち葉の池に沈み込み、頭まで浸かったが、直ぐに頭や肩を掴まれ、強引に浮橋の上に引き上げられた。
「ちょっと!? 何すんのよ!」
「武器がないか調べるだけだ」
直ぐに三人とも身体を調べられたが、当然、武器らしきものは出て来ない。
リーダー格と思しき役人の男は、もう一度三人を観察する中でクロンに視線を移すと、ある事に気がついた。
「ん? その服は……子供だが、お前も村の森林警備隊なのか? 何故、武器を持っていない?」
「……獣に壊されたんだよ」
クロンがぶっきらぼうに答えると、穏やかだった役人の顔は途端に険しくなった。
「それはいつの事だ?」
「ついさっき。村の東の森で」
「さっき……? 昼間にか!?」
「そうだよ。最近よくあるんだ」
獣は夜にしか出ない――と、今まではそう信じられていた。
だから「言いつけ」は絶対だと伝えられてきたのだが、このところ、近隣の村から昼間に森に出た住民が襲われるというケースが報告されている。村人の間でも、意固地になってこの地に留まるのは難しいと考える者が出始めたぐらいだ。
「昼の獣は異例の事態だ。我々の間でも見逃せない案件として注目している。だからこそ、今のうちに都へ来てもらおう。森林警備隊の諸君らには抵抗されたので手荒な真似をしてしまったが、どうしても残りたいというのなら無理強いはするまい。その代わり、都へ来ると言うのなら、住む場所と替わりの仕事ぐらいは与えてやる」
やけに気前がいいな、とクロンは思った。そこまでしてぼくらを誘うのは、一体どういうことなのか。
蜜の如き甘い誘いには罠がある。特に都の連中は信用出来ない。
もし、誘いに乗れば、自分はどうなってしまうのだろう。奴隷のように扱われ、臭い飯でも食わされるのだろうか。
……いや。そんなことよりも――。
「……ぼくは、母さんを残して出て行けない」
「クロン……!」
シラが我が子の身を案じ、慌てて呼びかけたが、クロンは構わず続けた。
「母さんは病に冒されているんだ。看病する人間が要る」
シラの身体では、森を出るまで保たないだろう。何よりも、それだけが心配なのだ。
役人は、尚も交渉を続けた。
「ならば、若いお前だけでも都へ来るのなら、風土病の特効薬もつけてやろう。それでどうだ?」
特効薬と聞いてクロンの心は揺らいだ。
「治る保証なんて、ないじゃないか」
「要らぬのなら母親は死ぬだけだ。賢い選択をするんだな」
「…………」
役人の言うことには一理あった。シラは目に見えて弱ってきている。村にある薬は症状を後らせるか予防薬しかなく、根本的な解決には至っていない。
(師匠も、同じ病気で死んだんだ。村の薬を飲んでも治ることはなかった)
このまま放っておけば、取り返しの付かないことになる。十年前のように、――そして、ユーナンの時のように、出来ることをせずに後悔するのはもう……。
「……少しだけ。少しだけでいいから……考える時間が欲しい」
「よかろう。明日の夜明けまでだ。……結論が出た者は、今から都へ移動する。最低限の荷物を持って馬車に乗りたまえ!」
村人達は一斉に相談を始め、やがて何人かは家から荷物を持ち出し、何も言わずに馬車へ向かった。
「お、お前っ! 都なんかに行くつもりなのかっ!」
村人の一人が叫んだ。荷物を持った連中が振り返る。
「仕方ないだろう! 昼も危険だってなら、ここにいたって仕方ないじゃないか!!」
「そうだそうだ! 都には獣を防ぐ壁だってある! ここよりはずっと安全だ!!」
果たしてあんな僅かな間に決めたのか。――或いは、前もって村を出る機会を伺っていたのだろう。その中には、死んだユーナンの母、ウルヒも含まれていた。
クロンは複雑な想いで、目を細めた。ウルヒはクロンと目が合うと、気まずい表情で慌てて目を逸らした。クロンは追求したい気持ちをぐっと堪えた。
(ウルヒおばさん……ユーナンを残して都へ行くんだ……)
現実的と言えばその通りだ。いつまでも森に留まって未練を引きずるより、自分が生き抜く方が優先と考える者もいる。家族が亡くなった家庭では、それを「命懸けの教訓として遺してくれた」と解釈――あるいは口実にして、ここを去る者もいる。
獣の恐ろしさは、もはや昼夜を問わなくなった。先程のように実際に襲いかかられたという一例を聞いては、尚更黙ってもいられないだろう。
逆に、馬車に向かわなかったのは、初めからこの地を去るつもりのない村長や、十人ほどのクストスの村人、森林警備隊、リーエ、そしてクロンとシラの親子だった。
ウルヒ達を連れて役人の馬車が去った後、その様子をじっと見つめていたクロンの肩を、誰かが軽く叩いた。
「村も十年前に戻るようじゃの」
村長として村を見守ってきたガブルは、皮肉混じりに笑い飛ばした。
「なあ、クロンや。お前が都を行くと決めても、わしらは責めはせんよ。その時は、残った村人でシラの面倒を見るとしよう」
クロンは困ったような笑いを浮かべたが、直ぐに表情を暗くした。
「信じていいのかな、あの人達」
「少なくとも、都なら特効薬ぐらいあるじゃろ。でなければ今頃、あの閉鎖都市は風土病に満たされておるじゃろうな」
クロンは目を閉じ、かつて自分が生まれ育った半月の都の姿を思い出した。
――そして、十年前に失った家族のことも……。
2015/08/16 追記・修正