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#05:報告

「――……あああああああぁーーーーッ!!」

「お!? うおっと!?」

 叫び声を撒き散らしながら大の字で飛んできたクロンは、ちょうど監視塔の縁に足をかけていたゼッキに受け止められ、そのまま仰向けに倒れた。

「おい、何があった!? 信号弾を打ち上げたのはお前か!?」

「あ、はい! 木が腐って赤い樹液が出てて、獣が出て、仮面を付けた子が一撃で……!」

 矢継ぎ早に話すクロンに、ゼッキは慌てて待ったをかけた。

「いいからゆっくり話せ」


 クロンは、体験した森の異変について順番に話をした。

 ゼッキにはどれも信じがたい報告ばかりだったが、クロンは嘘をつくような性格でもない。

「……分かった。この事は上に報告しよう。お前は帰って休め」

「はい……」

 報告を終えたクロンは、途端にのしかかるような疲れを感じた。つい先程まで命懸けの攻防をしていたのだと、震える手先や膝が事実であることを物語っていた。

 とぼとぼと吊り橋を渡りながら、いろんなことが頭を駆け巡る。

 ユーナンの死。獣との遭遇。――そして、仮面の子供。

 都に行け、とそいつは言っていた。どうして、あんなところへ行けというのか。

(……本当は分かってる。都を嫌っていたのは、ぼくの我が儘なんだって)

 これまで、クロンは色々な事情を言い訳に、村に留まってきた。

 ――森林の警護は一人でも欠けてはいけないから、自分がその役に徹していれば、きっと森を抜け出さなくて済むだろう。たった一人の肉親である母さんも病にかかっている。だから、ぼくがここに残り、面倒を見なくちゃいけないんだ。

 そうして嫌がるのはクロンばかりではない。村人全員が、都に行きたいとは思わなかった。――本当は、都の方が安全だと知っていても。

 村人の大半は、都から越してきた者ばかりだった。何故なら、彼らはクロンと同じように人間のようで人間ではない者――則ち、「監視する者(クストス)」と呼ばれている種族だからである。反対に、人間のガブル長老やゼッキなんかは、元々この森で暮らす原住民だった。

 クストスは、遥か古代に人間によって造られた種族だと言われている。細分化すると何百、何千と存在するらしいが、真相は誰にも分かっていない。

 彼らはあらゆる獣の遺伝子を引き継いだ事による超人的な身体能力に加え、大気や物質に含まれる分子、時には自分の身体の構造でさえも「意志」の力で操作出来る能力を持っていた。人はこれを、単純に「魔法」と呼んでいるが、この力が、クストスにとっては悲劇の始まりでもあった。

「……母さん、ただいま」

 いつものように声をかけたつもりだった。なのに、どこか覇気のない息子の声に、母親のシラはベッドから身を起こし、心配そうに見つめた。

「クロン? お前、どうかしたの?」

「……母さん、寝てなくちゃだめだよ」

 小走りで駆け寄り、とにかくシラを寝かそうとするクロンだったが、彼女は自らそれを制した。

「クロンの悪い癖よ。都合が悪い時にはいつもそうじゃない」

「…………」

「余程の事が起きたのね。……きっと、ユーナンが死んだ事と関係があるのでしょう?」

「そ、そんなことないよ」

 クロンは苦笑し、長靴の爪先でトントンと床板を鳴らした。

「ほうら、やっぱり。困った事を誤魔化そうとすると、そうやって爪先を叩くのよ。お前は嘘がつけないね」

「……やっぱり、母さんにはかなわないや」

 堪忍した子供は、ベッドの横に椅子を持ってきて座り、今日一日で起きた出来事を洗いざらい話した。

 シラは最後まで我が子の話に口を挟まず、ただじっと、一言一句を噛みしめるように聞いていた。

 話を終えると、シラは二、三度頷き、クロンの小さな手を握った。

「そうね。長老様も仰っていたけど、そろそろ都へ移る時なのかもしれないわ」

「母さんまで……!」

「確かに酷い所だわ。十年前――大勢のクストスが殺されたあの時から、逃げ遅れた連中は『力』を奪われたまま、酷い迫害を受け続けているもの。

 ……でも、お前はその事を知りながら、一度でも『誰か』のために自分の『力』を使ったことがあった? 使おうとすら思わなかったでしょう?」

「…………それは……」

 クロンは無惨に殺された友人の姿を思い出した。それから、さっき出会った仮面の子供のことも。

 夜中に抜け出したユーナンを救うことは難しくても、己に秘めた「力」を使えば、仇ぐらいは取れたはずなのだ。

「だったら、尚更――」

 不意に、シラの言葉を遮り、監視塔の鋭い鐘の音が鳴り響いた。

「警鐘!?」

「クロン!」

 そこへ、リーエが駆け込んできた。彼女は肩で息継ぎをしながら、事態の深刻さを何とか目線で訴えた。

「リーエ、いったい何が起きてるんだ!?」

 リーエは生唾を飲み込み、ようやく言葉を紡ぎ出した。

「み、都の役人が来ているの! 全員が招集されているわ! 今出て行かないと……どんな目に遭うか……!」

「何だって!?」

2015/08/16 追記・修正

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