第98話 梶原家
「じゃあ俺たちはこれで……」
「あの、失礼ついでにもう一つだけわたしのお願いを訊いてもらえないでしょうか?」
病室を出ていこうとした時、涼子さんが口を開く。
「なんですか? 言ってみてください」
俺は半分笑いながら訊き返した。
この依頼にはメアリが乗り気なのでこの際だ、なんでも言うことを聞いてやろうじゃないか。そんな気分で涼子さんに視線を飛ばす。
「犯人が妹に、京子になんでこんなひどいことをしたのか知りたいです」
真面目な顔で俺をみつめる涼子さん。
理由なんて今さら知ったところでどうなるものでもないと思うが……。
「わかりました。約束は出来ませんけど、それでもいいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
涼子さんはゆっくりと頭を下げるとそのまま顔を上げることもなくただじっとお辞儀をし続けた。
そんな涼子さんを残して俺とメアリは京子さんの病室をあとにした。
◇ ◇ ◇
「メアリ、ちゃんと犯人たちの居場所わかるんだろうな?」
病院の廊下を歩きながら俺はメアリに確認する。
これで犯人たちをみつけられませんでしたじゃ、笑い話にもならない。
「大丈夫やで。記憶採取呪文でヤマトお兄ちゃんの家だってみつけ出したんやからうちに任せといてぇな」
今回ばかりはメアリがいないとどうにもならない。
俺は「頼りにしてるぞ」とメアリを奮起させる言葉を吐いてから、病院内の自動販売機でジュースを買ってやった。
◇ ◇ ◇
病院を出た俺たちはタクシーを使い京子さんが発見された場所へと向かった。
そこは広い公園の一画でほとんど人が寄りつかない場所だった。
監視カメラもなく人目もない。こう言っちゃあなんだが、人を捨てるにはうってつけの場所に思えた。
「さてと、でこれからどうするんだ?」
メアリに話を振るとメアリは「ユシイサクオキ」と唱えてから地面に手を置いた。
そして目を閉じ十秒ほど静かにうつむく。
「わかったでぇ。犯人たちの車は向こうの方に走っていったわぁ!」
「へー、そんなこともわかるのか」
犯人たちの車がわかったってことはナンバーもわかったはず。
それを警察に伝えれば俺たちはお役御免ってわけだが、もちろんそんなことをするはずもなく――
「あっちやあっち! ヤマトお兄ちゃん、うちについてきてなぁ!」
メアリは声を上げ駆け出していく。
「はいはい」
俺はそんなメアリを追いかけた。
◇ ◇ ◇
その後何度かメアリは記憶採取呪文を使っては走り出す、ということを繰り返した。
そして犯人追跡を始めてからおよそ一時間、俺たちは犯人たちの住む家の目の前にたどり着いていた。
「ここでいいんだな?」
「そうや、間違いあらへん」
俺たちが見上げているのは三階建ての立派な家。
広くはないものの庭もあって、その庭には子ども用の自転車が置かれている。
表札を見ると[梶原史郎、冬美、大地]の文字。
どうやら子どもを含めた三人家族らしい。
ちなみに玄関の上の部分には防犯カメラが設置されており、玄関前に敷き詰められた防犯砂利と合わせてかなり防犯意識の高い家庭だということがうかがえた。
「見てや、あの車が犯行に使われた車やで」
メアリが指差す先には黒いワゴン車がとめられていた。
その隣には真っ赤なスポーツカーもあり、なかなか生活水準は高そうだ。
「こっからはヤマトお兄ちゃんの出番やな。頑張ってきてなぁ」
とメアリは言うが、
「いやちょっと待て。今行ったらあの防犯カメラに俺の姿が映るだろうが」
「映ったらあかんの?」
「そりゃ駄目だろ。俺は証拠は残したくないんでな」
俺は強行突破はせずに一旦様子を見ることにした。
◇ ◇ ◇
俺の悪人感知呪文によると家の中から悪人の気配を二つ感じる。
金曜日の午後三時。働いている人が大半のはずのこの時間、梶原史郎と梶原冬美は家の中にいるようだった。
「なぁ、ヤマトお兄ちゃん。防犯カメラに映りたくないんやったらあの防犯カメラを壊せばええんとちゃう?」
待つことに嫌気が差したのかメアリがつまらなそうに言う。
「まあ、そうだな」
言われてみれば確かにその通りだ。
防犯カメラに映らずにそれを壊すには遠くから石でもぶつけるのが手っ取り早そうだが……。
俺の今のちからは成人男性の五倍ほどはあるはずだ。
石を思いきり投げれば充分壊せるだろう。
だが問題は当たればの話だ。
俺は野球経験など皆無なので、離れた距離から石を投げて防犯カメラを打ち抜く自信はまるでない。
慎重に狙ってゆっくり投げればあるいは当たるかもしれないが、それでは威力が落ちてしまう。
「う~ん……」
だがここで俺はある一つの秘策に思い至る。
それは武態呪文だった。
武態呪文は読んで字のごとく俺の体を戦闘形態に変形させるという呪文だ。
唱えると爪などが伸びて殺傷能力を帯び、その上全パラメータが増加する。
消費MPはたったの3。
効果は一時間有効で、さらにいつでも好きな時に解除できるという優れもの。
この呪文を使えば俺の身体能力を底上げできる。
そう考え、
「イタブ」
と口にする俺。
その直後、俺の全身が竜のうろこのように硬質化して手の爪が鋭く伸びた。
筋肉が隆起していくのを感じる。
「ほぇ~、ヤマトお兄ちゃんかっこええ~っ! 変身してるやんかぁ。っていうかほとんど別人やでっ」
ぱちぱちと拍手をしつつメアリは感嘆の声を上げていた。
「別人? なんだ、お前には俺がどう見えているんだ?」
「どうって、ヤマトお兄ちゃん、変身した自分の姿見たことあらへんの?」
「ああ、ないな」
武態呪文発動中に鏡など確認したことはないから今の自分がどんな顔になっているのかわからない。
「それなら別に防犯カメラ壊さんくてもええんちゃうかなぁ。ヤマトお兄ちゃんって誰にもバレへんと思うで」
「そうなのか? へー」
武態呪文を使うことにより顔も変形していたとは知らなかった。
まあ、とはいえ鋭く長い爪を生やした筋骨隆々の人間離れした生物が防犯カメラに映っていたら、それはそれで騒ぎになりそうだ。
「でもせっかく戦闘モードに変形したんだ。作戦通り行くさ」
俺はそばに落ちていたこぶし大の石を拾い上げるとぐっと握り込む。
そしてゆっくりと息を吐いた。
「ふぅ~……」
視力も聴力もすべての感覚が研ぎ澄まされたことで精神集中がたやすく行える。
「……よしっ」
俺は十メートル先の防犯カメラに焦点を合わせると腕を振りかぶり――
ビュン!
――石を投げつけたのだった。
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