第77話 しるし
「それじゃあヤマトさん。僕はここで失礼しよっかな」
二人で駅に向かって歩いているとふいにあきらがそう口にする。
「ん? なんだ、一緒に帰らないのか?」
「うん、ヤマトさんとはここまで。僕はやることがあるからもう行くよ」
「やることってなんだよ」
「えへへ~」
屈託のない笑みを浮かべてはぐらかすあきら。
「まあまたそのうち会えるよ、じゃあねヤマトさん。高校生のお姉さんにもよろしく言っといてねっ」
別れの挨拶もそこそこにあきらは駆け出した。
「あっ、おいっ……」
俺はあきらの背中に向かって声をかけたが、あきらは振り返ることもなくそのまま走り去っていってしまった。
「なんだよ……まったく」
あっさりとした別れ方に多少の寂しさを覚えつつ俺は一人駅へと歩を進めるのだった。
◇ ◇ ◇
その日の夜、俺がアパートに帰宅すると俺の部屋の前でコートを着た美紗ちゃんが立っていた。
「あれ? 美紗ちゃんどうしたの? また鍵失くした?」
「鬼束さん、わたしそんなにおっちょこちょいじゃありませんよ」
美紗ちゃんは口を尖らせる。
「ごめんごめん。えっと、俺を待ってたの?」
「はい。柏木先輩から話は聞きました。それで鬼束さんに一言お礼が言いたくて……」
「ふーん、でもわざわざ待っていなくてもよかったのに。寒かったでしょ?」
春先なのでまだ夜は肌寒い。
「いえ、大丈夫です。それに直接お礼が言いたかったので」
そう言うと美紗ちゃんはおもむろに頭を下げた。
「柏木先輩を助けてくれてどうもありがとうございました」
「そんなかしこまらなくてもいいよ。俺柏木さんからちゃっかり十万貰っちゃってるし、仕事をしただけだからさ」
「いいえ」
美紗ちゃんは顔を上げ俺をみつめる。
「鬼束さん……葉加瀬教授を殺したんですよね?」
「え……いや――」
「わたしには嘘をつかないでください」
真剣な表情の美紗ちゃん。
俺はそんな美紗ちゃんには嘘をつけず葉加瀬甚六を殺したことを正直に話した。
「……やっぱり。柏木先輩から話を聞いてもしかしたらそうじゃないかと思っていました」
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「謝らないでください。むしろ謝らないといけないのはわたしの方です」
「え?」
俺は美紗ちゃんに愛想をつかされるかと思っていたのだが、予想とは違う反応が返ってきたので思わず訊き返す。
「わたし、心のどこかで鬼束さんがそうしてくれることを期待して鬼束さんにお願いしたんです。鬼束さんの事情を知っていて利用してしまったんです、すみませんでしたっ」
夜の静けさの中、美紗ちゃんの凛とした声が辺りに響き渡った。
「わたし、柏木先輩を助けたいばかりに卑怯なことを……」
「美紗ちゃん、頭を上げて。俺は全然そんなこと気にしてないからさ。これでまた寿命が一週間延びたんだし」
「鬼束さん……」
「ほら、だからもう気にしないで。部屋に入ったほうがいいよ、清水さんが心配するから」
「は、はい……」
「あ、それとあきらが美紗ちゃんによろしくって言ってたよ」
思い出したのでついでに言っておく。
「あきらちゃんが……そうですか」
「じゃあ、おやすみ」
「あ、はい。おやすみなさい」
俺は美紗ちゃんに手を振り別れると自分の部屋に入っていった。
明かりをつけてから今日の日のカレンダーに殺人をしたしるしを赤いペンで書き記す。
美紗ちゃんに言った通り、これでまた一週間生きられる。