第74話 葉加瀬甚六
俺は目を閉じて再度、葉加瀬甚六の教授室の中の様子を確認してみる。
とそこには葉加瀬甚六以外に四人の男女がいた。
年恰好からして学生には違いないはずだが、昼休みにわざわざ集まっているところを見るともしかしたら葉加瀬甚六のゼミの学生たちかもしれない。
「あきら、中に葉加瀬甚六以外の人間が四人いる」
俺はドアから少し離れてあきらに話しかける。
「じゃあ僕が消そうか?」
「お前なぁ……なんでもかんでも殺そうとするな」
どこまで本気で言っているのかはわからないが念のためあきらにそう注意しておいた。
「四人がいなくなるまで少し待とう」
「は~い」
◇ ◇ ◇
廊下で待つこと十分弱、学生たちが教授室から出てきた。
四人とも部屋の中に向かって「失礼しましたー」とお辞儀をしてからその場を立ち去っていく。
学生たちの姿が見えなくなったのを確認すると俺はドアをノックした。
トントントン。
「んっ、なんだー? 忘れ物かー?」
葉加瀬甚六が声を上げる。
それとともにドアに近付いてくる。
ガチャ。
「ん? きみは誰だんぐっ……!?」
俺は葉加瀬甚六の顔が見えた瞬間、彼の口を手で塞ぎ体を部屋に押し込んだ。
強引に中に入っていき葉加瀬甚六を椅子に座らせる。
「ねぇヤマトさん。僕には殺すなって言ったくせにヤマトさんも結構なことしてるよ」
「俺はいいんだよ。それよりドア閉めてくれ」
少々手荒なやり方だが相手は学生を脅すような悪人だから気にはしない。
それにどうせ部屋を出ていく時には記憶を消去するつもりだしな。
俺は「ンシクド」と唱えると葉加瀬甚六を見下ろしつつ、
「お前の一番の秘密はなんだ?」
問いかけた。
「ん~っ! ん~っ……!」
俺が口を塞いでいるので葉加瀬甚六はもちろん喋ることは出来ないがそれでも一向に構わない。
俺は読心呪文によって葉加瀬甚六の思考を読み取る。
(なんなんだこいつはっ!? 秘密だとっ……ま、まさか女子トイレのカメラがバレたのかっ……!?)
「ヤマトさん、その人クズだよ。大学の女子トイレを盗撮してるみたい」
「ああ、俺も聞こえたよ」
「ん~っ!? ん~っ……!?」
葉加瀬甚六は何もないところから子どもの声が聞こえたことに怯えてか、目をしきりにぎょろぎょろと動かしながらうめいた。
「やっぱ殺しちゃった方がいいんじゃない?」
「そうだなぁ……」
柏木さんの依頼はあくまで葉加瀬甚六の弱みを探ることであって殺すことではない。
だがこいつは俺が思っていた以上の悪人だった。
放っておくと柏木さんも被害に遭ってしまうかもしれない。
「殺すか」
「んっ!? ん~、ん~っ!!」
「あきら、お前人を殺してから何日経つ?」
「僕はえ~と、三日かな」
「俺は六日だ。ってことで俺が殺ってもいいか?」
「うん、いいよ。譲ってあげる」
「ん~、ん~っ!!」
俺は体を揺さぶって必死に逃げようとしている葉加瀬甚六の鼻をもう片方の手でゆっくりと塞いだ。
「ん~っ!? ん~、ん~っ!! ん~っ!! んん~っ!!」
「なぁあきら、俺って悪人を殺す時はまったくと言っていいほど罪悪感がないんだけど変かな?」
「別にそんなことないんじゃない。ヤマトさんが悪人を一人殺せばそれだけ世界が平和に一歩近付くってことなんだから」
「なるほど、そっか。そう言われるとそうかもな」
あきらの意見になんとなく納得する俺。
「ねぇヤマトさん。そんなことよりもっと効率的な殺し方しないの? 窒息死って時間かかるし面倒でしょ」
「あいにく俺は攻撃系の呪文は一つしか使えないんだ。しかもそれも結局は相手を窒息死させる呪文だからな、だったらMPを温存しておいた方がいいだろ」
「ふーん、まあいいけどさ。多分そろそろ死ぬだろうし、その人」
あきらがそう口にした時だった。
ててててってってってーん!
陽気な効果音が俺の頭の中に響いた。
続いて今度は機械的な音声が流れる。
『鬼束ヤマトは葉加瀬甚六を殺したことでレベルが1上がりました』
『最大HPが1、最大MPが1、ちからが1、まもりが1、すばやさが1上がりました』
『鬼束ヤマトはイタブの呪文を覚えました』
「ああ。今死んだよ」
と俺はあきらに告げた。
すると間もなく息を引き取ったことで葉加瀬甚六の体がこの世から消失していったのだった。