第73話 あきらと大学へ
「ヤマトさん、こっちこっちー!」
「わかったから先行くなって」
東京にたどり着いた俺とあきらは葉加瀬甚六が教授として勤務している大学へと向かっていた。
あきらは急勾配の長い坂道をものともせず笑顔で駆け上がっていく。
その後ろを俺が追う。
レベル30の俺はそんじょそこらの人よりは筋力も体力もあるはずなのだが、あきらはそんな俺を置き去りにしてさっさと坂の頂上に上がった。
「ヤマトさん、遅いよ~」
「まったく、お前が早いんだよ」
レベルアップの恩恵によるものか、あきらの体力は少女のそれではない。
「それよりほら見てよ。あれがそうでしょ?」
あきらが遠くを指差す。
指差した先には大きな建物があった。
「ああ、あれだな」
俺たちが目にしていたのは葉加瀬甚六の勤める国立の名門大学。
美紗ちゃんの先輩の柏木さんが通っている大学でもある。
「さっ、行こ行こっ」
「だから走るなって」
◇ ◇ ◇
「じゃああきらはここで待っていてくれ」
正門前に着くと俺はあきらに声をかける。
「え、なんで?」
「なんでって俺はともかく、どう見てもあきらは大学生に見えないだろ。変に注目されたくないからな」
「え~、僕も大学入ってみたいっ」
「そんなこと言われてもな……」
俺は二十四歳だから大学生として潜入できるがあきらは十二歳だ。
さすがに大学生のふりをするのは無理がある。
と、
「あっ、じゃあ僕透明になればいいんだっ」
突然あきらが言い出した。
「透明?」
「うん。ヤマトさんに言ってなかったっけ? 僕透明になる呪文覚えてるって」
「マジか……」
そういえば前に聞いたような気もするが。
「じゃあちょっと場所変えよう。透明になるとこ見られたら元も子もないからな」
「わかった」
俺たちは正門から少し離れて大学生たちのいないところまで移動する。
そして、
「カイメウト」
あきらは俺の顔を見ながらそうつぶやいた。
すると俺の目の前からあきらがすぅーっと消えていった。
「おおっ、すごいな。ほんとに消えたぞ」
「そういう呪文だからね」
姿は見えないがあきらの声は聞こえてくる。
「じゃあ行こっか」
「あー、待て待て。学生証がないから多分俺も正面切っては入れない」
この大学が学生の出入りにどういうシステムをとっているのかはわからないが、このまま入っていこうとしてもおそらく門前払いをくらってしまうだろう。
「じゃあヤマトさんはどうするの? ヤマトさんも透明化呪文使えるの?」
「いや、俺はそんな便利な呪文は使えない」
「だったら――」
「でも中には入れるから心配するな」
そう言って俺は手を差し出した。
「どういうこと?」
「まあいいから俺の手を握ってくれ。そうすりゃわかる」
「僕がヤマトさんの手を握ればいいの?」
「ああ」
あきらは不思議そうに問いかけてから俺の手をきゅっと握る。
それを受けて、
「インテ」
俺は転移呪文を発動させるのだった。
◇ ◇ ◇
「わぁ、すごいっ。一瞬でワープしたよっ」
「声がでかいぞ、あきら」
俺たちは大学の部室棟の裏に瞬間移動していた。
とりあえず周りに人はいないが誰が、どこで聞いているかわからないので一応あきらに釘を刺しておく。
「はたから見たら俺は一人なんだからな。話す時はなるべく小声で頼むぞ」
「は~い。っていうかヤマトさんの手って温かいんだね。知ってた? 手が温かい人って心が冷たいんだって」
「知らん」
透明状態のあきらを連れて俺は大学の校舎内へと入っていく。
今は昼休み。
葉加瀬甚六が自身の教授室にいることは既に千里眼で確認済みだ。
「ねぇ、ヤマトさんも大学通ってたの?」
「ん? ああ、通ってたぞ。といってもこんないい大学じゃなくて三流の私立大学だけどな」
「ふーん。それって行く意味ある?」
「さあな」
今考えると人生の中で最も無駄な四年間だった気がしないでもない。
楽しそうにはしゃぎながら廊下を駆けていく女子学生たちを尻目に、俺は自分自身の怠惰な大学生活を思い返していた。
◇ ◇ ◇
「葉加瀬、葉加瀬っと……」
教授室が並んだ建物に移動した俺たちは葉加瀬甚六のいる部屋を探す。
「あっ、あったよっ」
廊下の前方からあきらの声。
俺は近寄っていく。
するとドアの横には[経済学部教授――葉加瀬甚六]と書かれていた。