第70話 テーブルを囲む四人
「あれ? 柏木さんも一緒だったんだ」
てっきり美紗ちゃん一人で来るものだと思っていたので俺は思わず声に出す。
「申し訳ありません、私なんかが突然お邪魔してしまって……」
「あ、別に全然構わないよ、そういう意味で言ったんじゃないから」
柏木さんが恐縮した様子で頭を下げるので俺は慌てて訂正した。
「すみません鬼束さん。わたしが連絡するの忘れちゃって」
と美紗ちゃん。
「いや、ほんと気にしないで。それより二人とも上がってよ」
「はい、お邪魔します。さ、柏木先輩も入りましょう」
「え、ええ。では失礼します」
二人は靴を脱いできちんと揃える。
とそこであきらの小さい靴に気がついた美紗ちゃんが口を開いた。
「鬼束さん、今もしかして誰かいるんですか?」
「ん? あー……」
靴を隠すことをすっかり忘れてしまっていた俺がなんて説明しようか困っていると、ガチャっと隣の部屋のドアが開き中からあきらが顔を覗かせる。
そして、
「お姉さんたち、いらっしゃい」
にっこりと笑った。
◇ ◇ ◇
俺と美紗ちゃんと柏木さんとあきらはリビングのテーブルを囲むようにして座っていた。
「えーっと、この子は石神あきらっていって、十二歳の女の子なんだけど……」
俺はあきらを指差しながら美紗ちゃんと柏木さんの方を見る。
「十二歳の女の子……」
美紗ちゃんが目をぱちくりなせながらオウム返しをした。
二十四歳の男が十二歳の女の子を家に招いている状況はやはり気になるようだ。
「どういう関係なんですか? 親戚とかですか?」
「あ、いや、う~ん……」
なんて答えたらいいのだろう。
柏木さんの手前あきらが殺人者だということは明かせない。
「友達だよっ」
すると俺に代わってあきらが口を開いた。
「友達……ですか?」
美紗ちゃんは俺とあきらの顔を交互に眺める。
「そう、僕とヤマトさんは友達だよ。なんかおかしいかな?」
「え、ううん。ちっともおかしくなんかないよ。ごめんね」
純粋な子どもの問いかけに美紗ちゃんはすかさず首を横に振った。
よく考えると二十四歳の男と十二歳の少女が友達というのはおかしい気もするが、美紗ちゃんはそれ以上追及しようとはしなかった。
「えーっとそれから、こっちの二人がお隣さんの清水美紗ちゃんとその先輩の柏木由香さん。美紗ちゃんは高校三年生で、柏木さんは大学一年生」
「へー、そうなんだ。よろしくね、お姉さんたち」
「うん、よろしくねあきらちゃん」
「こちらこそよろしくお願いします」
かなり年下のあきらに対しても丁寧に返す柏木さん。
「あきら、さっきも言ったけど俺たちちょっと話があるから少しの間隣の部屋で遊んでてくれないか」
「うん、いいよ」
そう言うとあきらは素直に隣の部屋に消えていく。
「あきらちゃん大丈夫ですか?」
「ああ、平気平気。それより大事な話があるって言ってたけどどんな話かな」
俺は美紗ちゃんと柏木さんに向き直った。
「柏木先輩の話なんですけど、柏木先輩、今ちょっと実家に帰省してて。というのも……」
「美紗さん、あとは私が直接お話しします。そのためにこうして鬼束さんの家にお邪魔させてもらったのですから」
「あ、はい。わかりました」
柏木さんは美紗ちゃんから話を受け自らの口で話し出す。
「鬼束さん、実は今私には困っていることがあります……それは私が大学で参加しているゼミの教授のことなのです」
「ゼミの教授?」
「はい」
柏木さんは一つうなずくと話を続けた。
「ゼミでは主に学生が主体となって勉学に励むのですが、その教授は事あるごとに私に協力してくださるのです」
「うん……別にいいんじゃないの」
「いいえ、よくありません。ゼミの先輩方と話し合って分担した私が自分で調べなければいけない事柄をその教授は簡単に私に教えてしまうのです。それでは私の勉強になりませんしゼミの先輩方にも申し訳ないのです」
うーん、要は教授に贔屓されて困ってるってことかな。
柏木さんは美人だからその教授の気持ちはわからないでもないけど。
「それで私、その教授にお願いしたのです。私も他の学生や先輩方と同様に接してほしいと」
「うん、そうしたら?」
「翌日教授室に呼び出されてゼミをクビになりました」
「なるほど」
「それだけじゃなくて柏木先輩その教授に脅されたんですよ。この大学にいる間は英語の成績、合格点は取れないと思えって」
まるで自分がされたかのように美紗ちゃんが怒りだす。
「英語は必修科目だから絶対に落とせないのに……鬼束さん、これってひどすぎると思いませんか?」
「うんまあ、確かにひどいね……でもそれで俺にどうしてほしいの?」
その教授は公私混同しているし、言っていることもやっていることも滅茶苦茶だが俺にはどうすることも出来ない。
殺してほしいっていうのなら話は別だが、まさか美紗ちゃんがそんなこと頼むはずがないしな。
「鬼束さんって探偵やってますよね」
「ん? うん、そうだね……」
清水さん母娘には前にそう説明したきりになっていた。
今は探偵ではなく殺人請け負い業をやっているのだがそのことはまだ話してはいない。
「だからその教授の秘密とか弱みを握ってこれまでの発言を撤回させたいんです」
「あー、そうなんだ……」
俺の影響なのか美紗ちゃんは少しばかり考え方が過激になっているような気がする。
初めて会った頃の美紗ちゃんなら弱みを握るだとかそんなことは口にしなかっただろう。
「柏木さんも同じ意見なの?」
俺は一応柏木さんに問いかけてみる。
「それは……」
柏木さんは一瞬躊躇したが、
「はい」
俺の目を見返して言った。
「英語の単位が取れないと進級できません。両親のためにも落第するわけにはいかないのです」
既にここに来るまでに何日も考えた上での結論なのだろう、柏木さんの気迫が伝わってくる。
「もちろんお代はお支払いします。どうか私の願いを聞いていただけないでしょうか」
「わたしからもお願いします。鬼束さん、柏木先輩を助けてあげてくださいっ」
柏木さんも美紗ちゃんも床に頭をつけてお願いしてきた。
二人のそんな姿を見て、
「……わかった。やってみるよ」
俺はとりあえずそう答えるのだった。